眠り月

文化祭と常識人


本当に、どうして俺はこんな目にばかり遭うんだろうか。
あの押入れがいけないのか?
それともこの無駄になよっちい顔つきがまずいのか?
何にせよ、誰かどうにかしてくれ、と俺は今日も思うのだ。

文化祭と常識人

文化祭なんてのは、それが学内だけの地味なイベントでもない限り、共学校であっても大盛り上がりの一大イベントだろう。
うちの高校は男子校だから特に、そんなイベントでもなければ女の子と接触する機会が無いなんていう可哀相な連中も多いせいで、それこそ運動会その他のイベント以上に盛り上がる。
とは言っても、所詮は野郎のやることだ。
食い気に走って食い物屋をするか、自らの筋力だかなんだかを誇ってか無駄に体力使わせるゲーム屋をやるとか、傾向は分かりやすい。
中には奇をてらってか、女装に走る奴等もいる。
大抵、そんなもんは見ていられないどころか笑いを誘うこともなく、ただ寒く痛いだけに終るので、可哀相にと同情のまなざしを向けるか、あるいは軽蔑も露わに通り過ぎてやるくらいが一般人の反応だ。
しかし今年は、それを笑ってもいられないらしい。
何故なら、他でもない俺のクラスが、更に言うなら俺が、今回は笑われるポジションにいるからだ。
「ナース喫茶」なんつう、メイド喫茶だの執事喫茶だの以上に危なげな、かつどうしようもない企画を受け付けてしまううちの生徒会や職員会もどうかと思う。
立案したうちのクラスの連中については何も言うまい。
独裁者たる恐怖の大王に勝てる人間なんざそうそういやしねーんだからな。
それにしても、だ。
「この衣装はなかったんじゃねぇのか!?」
と俺は今更ながら和貴に向かって怒鳴った。
「ひとりでやってんじゃないんだからいいだろ、別に。よく似合ってるぜ? ナース服」
「うるさい黙れ」
何が悲しゅうて男の身でタイトなミニスカートだのピンクのナースキャップだのを身につけねばならんのだ。
「似合ってんだからいいじゃん。脚もこんなつるつるだし」
「ひぎゃっ!」
つぅっとストッキングをはいた脚を撫でられて、思わず奇声を上げちまった。
くすぐったいなんてもんじゃない。
これは気色悪いんだ。
なのに、何だって周りの馬鹿共は落ちつかなさそうにこっちを見てんだろうな。
「なんでこんな見られなきゃならねーんだよ…」
「孝太が変な声上げるからだろ。後はやっぱ、倒錯の美が惹きつけるからだろ」
「何が倒錯だ。俺もお前も今の状態じゃただのカマだぞカマ」
「二度言わなくても聞こえてるっての。でも……本当に綺麗じゃん、脚」
「どこかの馬鹿のおかげで奏が張り切ってくれてなぁ…」
「どこかの馬鹿って?」
へらっとした顔で言うな。
「お前に決まってるだろ、お前に!」
思わず指差すと、その指を掴まれた。
「だめだぞ孝太。人を指差しちゃ」
なんて軽い調子で言ってるが、込められる力は半端じゃない。
「千切れる千切れる!」
「あん? そこまで力入れてねぇよ。千切れるってのはこれくらい力入れねえと…」
「ぎゃーっ!!」
冗談じゃなく痛いって!
「これに懲りたら人を指差すのはやめろよ、自称常識人」
「ちくしょー…」
うわ、指の色変わってるし。
「返事は?」
「…はい」
大人しく返事をしなければ鉄拳を頭に喰らうと経験的に知っていた俺は諦めてそう言った。
「よしよし。どれ、このナース様が怪我の具合を見てやろう」
満足げに言いながら和貴が脚を組んだ。
「……キワドイ」
思わず呟くと、
「なんだよ。せっかく綺麗にしたんだからこの美脚を見せびらかしたっていいだろ」
いいから見せろ、と言いながら和貴が俺の指を取った。
「うあ、乱暴にすんなって…。痛いだろ」
「平気だろ、これくらい。それに、――痛いのだって嫌いじゃないくせに」
「嫌いに決まってんだろ。人をマゾ呼ばわりすんな」
「ああ、じゃあ気持ちいい方が好き?」
「……普通はそうなんじゃないのか?」
何を言い出すんだ、と首を傾げていると、和貴はなぜかため息を吐いた。
「なんだよ?」
「いや……お前って本当に危なっかしいと思ってさ。こりゃー奏ちゃんが心配すんのもしょうがないわ」
「はぁ?」
わけの分からん奴だな。
「いいよ。分かんないまんまでいな。俺や奏ちゃんが精々必死こいて守るからさー…」
言いながら和貴は開店準備に忙しくしていた周囲の連中に目を向け、
「とりあえず、今前かがみになってる連中、開店時間までにトイレ行って始末して来い」
と命令した。

やがて時間が来てざわめきが大きくなってきた、と思うと猛烈な勢いで一団の男共がやってきやがった。
顔を見なくても気配で分かる。
「孝ちゃんっ!」
だの、
「孝太!」
だの、嬉しそうに呼ばれたって、俺は全っ然嬉しくねえ。
が、背後に和貴が控えている以上、手抜きは許されない。
「いらっしゃいませ」
と精一杯の営業スマイルを浮かべてやると、そいつ等は歓喜の咆哮を上げたが、和貴からは小声で、
「ぎこちないぞ」
と突っ込まれた。
「うるさい。俺にはこれが限界だ」
「まあ、そうだろうな」
呆れたように呟いた和貴は俺以上に明るく、妙に板についた営業スマイルで、
「写真撮影禁止、お触り厳禁ですからねー。もし違反された方には法的手段に訴えてでもそれ相応の慰謝料を頂きますし、触ってきたりした時には警察くらい呼んでさしあげますからねー」
と牽制した。
ありがたいんだが、怖い。
俺はびくびくしながらもげんなりするという妙な精神状態のまま接客をこなし、俺が作ったカップケーキやら、俺のレシピで量産されたクッキーなどを売りさばいた。
そうして、それを見逃すような奏ではなく、おまけとしてルーゲンタと血鬼まで引き連れてやってきやがった。
「孝太、かっわいい!」
と初っ端から叫んだ奏は、
「うん、やっぱり朝晩化粧水塗りたくってやったり、マッサージしてやった甲斐があるな。美人だぞ、孝太」
と俺の顔を撫で回した。
「脚どころか関係ないところまで除毛してくれた恨みは忘れねえぞ」
接客疲れのままに俺が唸ると、奏はけらけらと笑って、
「いいじゃん、おかげで見苦しくなくって嬉しいんだからさ。な、血鬼。お前も孝太の可愛い格好見られて嬉しいだろ?」
いきなり話を振られた血鬼は苦笑しながら、
「そうですね。孝太、本当に綺麗だよ。知らなかったら普通の女の子だと思うかもしれないって思いました」
気を使ってくれてるのかも知れないが、
「全く嬉しくない」
「すみません」
「まあ、悪気はないみたいだから構わん…がぁあ!?」
俺が絶叫したのはルーゲンタが俺のことを思いっきり抱きしめてきやがったからだ。
「てめぇっ、この、離せ!!」
「凄いですね。この胸、何詰めてるんですか?」
「うぎゃっ! 揉むなっ!」
「ちゃんとパッドを用意したとかですか? 言ってくださったらいつだって女体化くらいさせてあげたんですよ?」
誰がそんなことを望むかよ。
「いいから、離せ!」
脚を撫で回すな!!
「勿体無いですね」
と言ったルーゲンタの頭で、
「ゴン!」
「ガン!」
と鈍器でも使わなきゃならんような音がした。
和貴が素手でぶん殴り、奏が手元にあった会計用の簡易レジ――つり銭を放り込んだただのプラケースとも言う――を叩き落したのだ。
流石のルーゲンタでも床に倒れ伏す。
奏は怒りを隠そうともせず、
「和貴、こいつどっかに捨てに行くぞ」
「そうだね。ダストシュートと焼却炉、それから裏の林、どれがいい?」
「確実なので行こうぜ」
などと言いながら和貴と二人、気絶したルーゲンタを引っ張っていった。
止める隙などないし、そうするつもりもなかった俺は、残った血鬼に、
「血鬼、お前はどうする?」
「ここに残るべきだろうねぇ。孝太をひとりにしておくのは心配だし」
「…俺ってそんなに頼りなく見えるか?」
自分ではしっかりしてるつもりなんだが。
俺の言葉に、血鬼は困ったように笑い、
「孝太は年の割にしっかりしてると思うよ。でも、ところどころ少し分かってないところがあるから、放っておけないんだ。…孝太は嫌かもしれないけど、心配するくらいは許してください」
「まあ、いいけどな」
「ありがとうございます」
ところで、と俺は血鬼のいつものことながらけばけばしい中華風衣装に目を遣り、
「その格好でうちからここまで来たのか?」
「え? そうですけど、何か?」
「…いや、滅茶苦茶目立ったんだろうなと思ってな」
「そうでしょうか」
そう首を傾げた血鬼だったが、別に構わないと判断したんだろう。
「本当はさぼも来たがったんだけど、流石に動くサボテンを連れてくるのはまずいだろう? それで泣く泣く諦めたんだ。だからお土産に、孝太が作ったものを買って帰りたいんだけど、どれがそうなのかな?」
「そこのカップケーキがそうだけど……さぼへの土産なら俺が持って帰るぞ?」
「いいんだよ。僕も、孝太の作ったものを食べたいし」
「お前の作る餃子の方がうまいと思うけどな」
「そう? また今度作ってくるよ」
「おう、約束だぞ」
「はい」
楽しげに笑った血鬼とその後少し話した後、奏と和貴が戻ってきたので俺は仕事に戻った。
「ちなみに、ルーゲンタはどうしたんだ?」
俺が聞くと和貴はニヤリと笑い、
「孝太、風葬って知ってるか?」
ととんでもないことを言いやがった。

帰りに、国旗掲揚台に燦然と輝く「何か」を見たが、俺はその他の生徒にならって、それを見なかったことにした。