「常識人なら貰った以上御礼はするだろ」
と、和貴が言ったのはホワイトデーの二日前だった。
うちに遊びに来た和貴は両手いっぱいに袋を抱えていた。
「なんだよ、それ」
尋ねると和貴は、
「何って……材料」
「なんのだよ」
「決まってるだろ。ホワイトデーの」
何のための材料かなど、聞くまでもない。
いくら俺でも、そんなことも分からないわけではない。
が、一体俺に何を作れというんだ。
「クッキーくらいでいいんじゃねェの?たくさん渡さなきゃなんねーだろ」
「馬鹿野郎。クッキーはクッキーで結構面倒なんだよ。特に型抜きは抜いたりまとめ直したりってのが」
「えー、じゃあ、シュークリーム?」
「もっと面倒だっつの。だいいち、学校まで運ぶのが大変だろが」
「んーじゃあー…」
と考え込む和貴の背後で、ルーゲンタが言った。
「蜂蜜のカップケーキなんてどうです?」
「うわっ!?……誰?」
和貴が驚くのも無理はない。
さっきまでそこにルーゲンタはいなかったのだから。
ルーゲンタは俺の部屋にある奇妙な押入れから時々現れては俺にちょっかいを出していく迷惑な魔術師だ。
他にも幽霊だのなんだのと妙な連中が出てくるが、今日は来ないだろう。
和貴はその押入れの前に座っていたのだ。
「ルーゲンタ…何しにきやがった」
俺がドスの聞いた声で言うとルーゲンタは肩を竦め、
「怖い声を出したりしてどうしたんです。蜂蜜ケーキはお嫌いですか?」
「蜂蜜はアレルギーがあるから駄目だろ!…ってそうじゃなくって!」
「じゃあただのカップケーキにしましょう。ね?」
「お前が食いたいだけかよ」
「私もあげたでしょう?バレンタインにチョコレート」
「うねうね動く気色悪いやつをな」
「私が手作りするといっつも動くんですよねー」
「二度と作るな」
本気で言うと怪訝な顔をした和貴が言った。
「なぁ、ほんとに何なんだ、こいつ」
「ああ、こいつはルーゲンタ。そういうのもすっげぇ嫌だけど、一応俺の友達」
「ふーん…。まぁ、なんにしても、カップケーキってのはいいかもな」
「分かったよ、作りゃあいいんだろ」
「そう言うこと。んじゃ、俺は帰るわ」
「って、お前、それだけのために来たのかよ!」
「トーゼン。じゃーな」
和貴はへらりと笑って帰って行った。
「孝太、頑張ってくださいね」
そうルーゲンタが言い、俺は思わず、
「なら、邪魔だから帰れ!」
と叫んで奴を押入れへ蹴りこんだのだった。
そうして作ったカップケーキを俺は吐き気を堪えながら配りまわった。
何しろ、少しでも隙を見せようものなら考えたくもないような目に遭うのだ。
今日ばかりは和貴がまとわりついてくるのがありがたかった。
そうしてホワイトデーが終わって見れば、俺はすっかり校内のアイドルと化していた…。
俺が、何をしたと言うのでしょうか。
調子に乗って配りまくったのがいけなかったのでしょうか。
なんにしても、和貴の口車に乗せられてはいけないと言うことを、俺はやっと学習した。