えー…思えば長いこと皆様にはお世話になっております。
楽しい事もあれば苦しい事、辛い事、苛立たしい事、泣きたくなるような事、ムカツク事、情けない事などもたくさんありました。
リクエストから生まれた俺ではありますが、育ててもらったのは毎度毎度の企画の皆様だと思っております。
中でもこの11月29日という日は思い出深いと言うか、そもそもの発端のようなものですから、俺にとっても大事な日です。
そんな訳で、織葉(注:作者)が勝手に決めました。
俺の誕生日は11月29日です。
「孝太、誕生日おめでとうございます」
「ハッピーバースデー、孝太!」
「誕生日だってな、おめでと」
「うごうごうごうご」
「孝太、誕生日おめでとー!」
「誕生日おめでとう、孝ちゃん」
「孝太、お前ももう……あれ、いくつだっけ?」
祝福の言葉とそうなのかよく分からない言葉をいくつも投げつけられて、俺はぽかんとした。
普通に起きて、着替えて、飯を食おうと食堂に入った途端、こうだったんだから、決して非常識な反応ではないと思う。
とりあえず、
「あ、ありがとう…」
と答えはしたものの、突っ込まずにはいられない。
「…って、なんで朝も早よから揃ってるんだよ!!しかも血鬼やサボテンまで!!」
ああ、我ながら、自分の突っこみ体質が恨めしい…。
けれど母さんはいつものようにほわほわと柔らかく、
「前にいらした時に、孝ちゃんの誕生日を聞かれたから教えてさしあげたのよ。そうしたら皆さん朝早くからきてくださって…。孝ちゃんは幸せ者ね」
あんまり幸せに思えないのは何でですかお母様。
「なあなあ、お前いくつになったんだっけ?」
としつこく聞いてくるのは親父。
サザエさんワールドの仲間入りしてるってのは分かってるんだ。
だからそう突っ込まないでくれ。
ただでさえこのところ自分は本当に常識人なのか分からなくなってきてるんだから。
俺は多分、永遠の16歳ってことになっちまってるんだから。
……やべぇ、泣きそうだ。
「うご」
くっ、と顔を歪めた俺に向かって、サボテンが慰めるように手(?)を動かす。
……サボテンに慰められるなんて屈辱だ。
「ゴラちゃんは賢いんですよー。ちゃんと誕生日プレゼントも持って来たんですから」
浮かれたルーゲンタの声と共に俺に向かって突き出されたのは、小さな、本当に小さなサボテンの鉢だった。
サボテンのゴラは照れたように体を動かしながらそれを俺に渡した。
「……えーと……まあ、ありがとう」
とりあえずそう言うとゴラと、俺の手の上にある鉢のサボテンが同時にうごうごと動いた。
「ひぃっ!!」
思わず乾いた悲鳴を上げると、ゴラとサボテンがしょげたように頭を下げる。
「あ、ご、ごめん、ビックリしただけだから」
慌ててフォローを入れると、ふたつとも(?)安心したようだった。
「とりあえず、ここな」
と言いながら俺はサボテンをテーブルの上に置いた。
すると今度は和貴がなにやら怪しげな箱を差し出してくる。
「怪しげって酷いなー。ただのプレゼントだって」
「人の心を読むな馬鹿野郎」
「孝太の考えてることなんてどうせ単純だからお見通しだって」
そう言いながら和貴は俺にその箱を押し付けた。
「開けてみな」
「……分かった」
しばらく躊躇ったもののそう答えたのは、ひとえに、ひとりになってから開けるのが恐ろしかったのだ。
どうせならもってきた張本人の前で、と腹を決めて箱を開けると、
「………」
「気に入ったか?」
「……和貴」
「ん?」
「…お前、頭は大丈夫か?」
「元気元気」
「なら、なんでこんなもん誕生日プレゼントとして寄越すんだよ!!!」
箱の中にあったのは数冊のエロ本だった…。
「何言ってんだよ、孝太に一番必要なものだろ?」
「んな訳あるかあぁぁぁぁ!!!」
「だってなー、お前っていっつも堅苦しいし?猥談もしねえし?友人としては心配なんだよなー。いつ欲求不満が高じて性犯罪に走るかと…」
「ふざけんな!!」
「なんだよー、エロ本は男子高校生の必須アイテムだろー」
「アホか!!!」
「あれ、それともやっぱり孝太って性欲ねえの?」
「やっぱりってなんだやっぱりって!そして、そんな訳あるか!!」
「いやー…孝太ならありそうだなって」
「てめぇ…俺をどんな目で見てやがるんだ」
和貴は笑顔で自分の両目を指差した。
「こんな目」
俺は黙ってエロ本を振り上げ、それで和貴を殴りつけた。
奏はいそいそと和貴に近寄り、
「なあなあ大江、孝太がいらないって言うんならこれ(エロ本の事だ)、あたしにちょーだい」
「奏ちゃんも変わってるよなー。どうぞ」
「さんきゅー」
俺は言葉も出なかった。
そんな奏からのプレゼントはというと、
「……『助けてあげる券』って何」
そこはかとなく伊予弁かつ駄洒落ちっく。
「そりゃもちろん、」
と奏はどこか得意そうに言った。
「ルーゲンタとか大江とか、孝太の学校の連中とかの魔手から孝太を助けてあげるっていう回数券。ちなみに10回分ね」
「魔手ってなんだよ」
「あれ?孝太ってやっぱり激鈍?」
「はあ?」
「孝太、学校でモテモテじゃん」
「あれはふざけてるだけだろ。それかただの妄想にとりつかれてるんだろ」
「ふー…」
と奏は大げさにため息をつき、
「分かってないなぁ、孝太は」
「?」
「昔から孝太を守るために、あたしがどれだけ苦労してると思ってんの?大江には金を握らせ、ルーゲンタを追い返し、通りすがりの変質者の金所には飛び蹴りを加え…」
「え、お前、何やってんだよ」
「ほーら、気付いてない」
って言われたって、変質者とかしらねえし。
「孝太はね、顔がいいからかそれとも何か変なフェロモンでも放出してんのか、めたらやったらと野郎にもてるの!いい加減理解しろよ!!」
「だからっ、そんなのありえないだろ!お前、変なもんの読みすぎじゃねぇの?」
「だーっ、頭固すぎだよ孝太!!とにかく、これまで以上に身辺に気をつけるように!!」
「……訳分からん」
奏と和貴は顔を見合わせ、ため息をついた。
……なんか知らんがむかついたぞ、おい。
「出来ましたよー」
と言う声がして、いい匂いが俺の鼻をくすぐった。
台所見ると母さんのピンクのエプロンをつけた血鬼が大きな鉄鍋を手に立っている。
「私から孝太への誕生日プレゼントはこれ。孝太の大好きな餃子♪」
「血鬼ーっ!」
鉄鍋をテーブルに置いた血鬼に駆け寄り、抱きつく。
「もう、お前、大好きだ…!」
「ありがとうございます。私も、孝太は大好きだよ」
「うわー、美味そうー」
嬉々として餃子を眺める俺に、奏と和貴、ルーゲンタまでもが白い目を向ける。
「結局さぁ、孝太って食いもんにつられるんだよな」
「そうそう。せっかくこっちが守ってやろうとしてやってんのに、なんで自分から飛びついていくかねー」
「血鬼ばっかりずるいですよね」
「お前は黙れ」
と奏と和貴の声がはもった。
テーブルについた俺の前に、さらに母さんが料理を並べる。
「本当はお昼か夜にと思ったんだけど、こんなにいっぱいお客様がいらしてるんだもの、いいわよね?」
そう恥ずかしそうに言いながら。
並べられた料理はどれも見事な出来映えで、俺は満面の笑みで言った。
「ありがとう、母さん」
「どういたしまして。孝ちゃんには奏ちゃんのことやお父さんのことで苦労をかけてるから、お母さん張りきっちゃった」
親父は俺に向かって綺麗に包装されたプレゼントを突き出した。
「孝太、これ、誕生日プレゼント」
「ありがとう」
だが、妙に薄い箱はすかすかと軽い。
まるで空箱のようだ。
だが、この親父に限って空箱をつかまされるようなことにはなるまい。
何しろ非常識なまでに幸運なのだから。
箱を開けると、出てきたのは一枚のカードだった。
プラスチック製、IC付、金色。
「……ってゴールドカード!?親父、何考えてんだよ!!」
「いやー、孝太くらいの年になったら親に言いたくないような買い物も出てくると思ってさ、そのためのお金に困らないようにと…」
「どこの世界に16の息子にゴールドカードをくれてやるような親がいるんだよ!!!」
「何言ってんだよ。あちこちにいるさ」
「いや、そりゃ、いるかもしれねーけど、うちの生活水準考えろよ!!!」
うちの生活水準はいたって一般的だ。
よくて中の上と言ったところか。
少なくとも、ゴールドカードをぽんと渡されるような生活はしていない。
だが親父はへらりと笑い、
「大丈夫。お父さん、今度の世界長者番付に載る見込みだから」
……本当に、どれだけ稼いでやがるんだこの親父は。
俺は心の底から呆れ果てた。
「それでは真打登場と行きましょうか」
「自分で言うなよルーゲンタ」
俺の突っこみにもめげず、ルーゲンタは俺の眼の前に箱をつきだした。
なんか大きい。
一抱えはあるぞ。
「さあ、開けてみてください」
楽しそうに言うルーゲンタにため息をつき、俺は箱を開けた。
中にあったのは、
「……ドールハウス?」
「いえいえ、これはサボテンハウスです」
「……ってもしかして」
俺はテーブルの上に置いたサボテンを見た。
さりげなく俺の食いかけの餃子を食ってやがる。
食うな。
「…こいつの?」
「そうです」
「なんで俺の誕生日にこいつの家をプレゼントな訳?」
「だって、この動くサボテン族って育てるのが大変なんですよ。だから、少しでもそれが楽になるようにと思って」
「育てるのが大変だって言うならゴラを止めろよ!飼い主だろ、お前!!」
「ゴラちゃんの望みを打ち砕くなんて酷いこと、私には出来ません」
もっともらしく言うな。
面白がってるだけだろうが。
「……変な仕掛けはないだろうな」
「ありませんよ」
「…分かった。ありがたくもらう」
「大事にしてくださいね」
「へいへい…」
俺はため息をついて部屋の隅に積み上げたプレゼントを見た。
小さい動くサボテン。
『助けてあげる券』。
ゴールドカード。
ドールハウスならぬサボテンハウス。
さりげなく混ぜてあるエロ本。
「……ほんと、非常識」
俺は小さくそう呟いて、朝食と言うにはあまりにも豪勢な料理を口に運ぶのだった。