運動会に家族が応援に来て、皆で弁当食って、楽しかったなんて話しながら家路につく。
それが楽しいのなんて、せいぜい中学生までだよな?
「なのに…」
俺はふるふると怒りに拳を震わせながら叫んだ。
「何でそんな大勢で来てんだバカヤローッ!!!」
奏はともかく、なんでルーゲンタに血鬼までいるんだよ!!
「い、いけなかったかしら…?」
おろおろと言った母さんに、俺は慌てて、
「いや、母さんが悪いんじゃなくって…」
「でも…」
「悪いのは、その、こいつら…いや、こいつだけで」
と俺が指差したのは当然ルーゲンタだ。
この際、血鬼が小さくガッツポーズしてんのは無視してやる。
「まぁ、孝ちゃん、お友達にそんなこと言ったら、だ・め・よ?」
めっ、なんてしてくるかわいらしい人が、俺の母親だったりする。
十六才で俺を産んだだけあって、恐ろしく若いが、それ以上に中身が幼い。
優しくて、ふわふわしている。
俺を産んだ頃なんて、一体どれだけ幼く見えたのだろう。
そのせいで俺は親父が大嫌いなのかもしれない。
後ろで奏が和貴に、
「ほらな?孝太はマザコンだって言っただろ?」
なんて言ってんのは聞こえてないことにした。
それにしても、一体何人出来たんだこいつら。
そう思って数えてみる。
親父。
母さん。
奏。
血鬼。
ルーゲンタ。
それからなぜか……サボテン。
「サボテン?」
うごうごと、返事をするように動いたそれには見覚えがある。
「ゴラかよ!!」
「違いますよーゴラちゃんです」
とルーゲンタは悠長に訂正してきたが、それは確かに夏場、二人で川に行った時に連れていき、なおかつ忘れていったサボテンだ。
「なんで…川に忘れてってそのままにしたんじゃ……」
「ゴラちゃんは自力で戻ってきたんですよ」
犬猫だったら感動の内容も、サボテンでは台無しである。
台無しどころか…キモイ。
どうやって異次元にあるルーゲンタの国まで戻ったのか、考えるのも嫌だ。
気を取り直して数え直す。
確実に乱入してくる和貴も入れると、7人。
いや、サボテンをのければ6人だが…。
何で、俺一人の応援に、こんな大人数なんだよ。
それとも、じじばば呼ばなかっただけ、マシに思うべきなのか?
俺はがっくりと肩を落とした。
「孝太ー、そろそろ開会式だぞー?」
そう、和貴に呼ばれるまで、俺は再起不能だった。
開会式の途中、校長のヅラが飛んだのはルーゲンタのせいだと、俺は大声で叫びたかった。
横で笑ってた和貴を、苦し紛れに殴ってやりたくなったほど。
それでも、式の真っ最中にルーゲンタなどと言うわけの分からない名前を叫ぶことは常識人として避けたいことだったから、黙っていた。
――校長、すまん。これからはごまかしをせずに生きてくれ。
高校生にもなって、PTA競技なんてなしだと思う。
俺は事前アンケートの段階からそう言って、廃止を求めていたのに。
今、俺の右足は、親父の左足と、繋がれてます。
きゃーなんていう、野太い叫びは、聞こえてないことになってます。
ああもう俺、難聴だね?
今日だけで何回聞こえてないんだろ…ふふっ。
なんて、思わず逃避してみても、親父と二人三脚、なんていう状況は変わらないわけで。
諦めて、ため息をついた。
「孝太、僕と走るの、嫌?」
犬がしゅんと耳を垂れているように見えた。
「別に…」
「本当に?」
…いい年して上目遣いはヤメロ。
「ああ、本当だよ」
「――よかったぁ…。孝太に嫌われたら僕どうしようかと思って…」
「それより、もうすぐだぞ、順番」
「ア、うん、大丈夫大丈夫」
やけに自身満々に、親父は頷いた。
理由を知ったのは、そのすぐ後だった。
俺たちがバトンを受け取り、走り出そうとした瞬間、隣の奴はつまずいてこけ、その向こうの奴はひもが解けた。
コーンを回って帰ってこようとしていた奴らは軒並みコーンにぶつかるか他の走者にぶつかるかして、一時場内は騒然。
俺たちは悠々とコーンを回り、アンカーへバトンを渡した。
俺は、小声で親父に尋ねた。
「…父さん、今の……」
「昔っから、そうなんだよね。僕が何か競技に出たりしようとすると、周りの人が転んだりするの。何でだろ」
本当に、なんて非常識な強運だろう。
弁当の時間が来て、俺は和貴と一緒に保護者席へ走った。
走った理由はただひとつ。
他の奴らがうろつきはじめる時間が来るより早く食べ終り、生徒席へ戻るためだ。
だが、そんな作戦も無意味だったらしい。
親父に母さん、それに奏。
ルーゲンタも血鬼も、無駄に華やかなのだ。
美形、と言えばいいのだろうか?
元々、うちの学校は男子校で、顔がよければ男にだってフラフラ近づいていく奴が多い。
だから、奴らの回りは見物人がいっぱいだった。
それさえ日常茶飯事なのか、親父は悠長に手なんか振って、
「あ、孝太、こっちだよ〜」
なんて言ってる。
…頼むから、止めてくれ。
母さんまで、
「孝ちゃん、今日は孝ちゃんの好きな糸こんにゃく、たっくさん、持ってきたからね〜」
と手招きしてる。
180度方向転換しようとした俺の襟首を掴むのは、当然和貴で、
「ほら、大好きなお母さんが呼んでるぜ?」
お決まりのように、意地の悪い台詞を吐いてきた。
「…動物園のパンダになった気分だ……」
そう言いながらも、俺の箸が動いているのは、冷めても美味い血鬼の餃子と母さんの糸こんにゃくのおかげかもしれない。
血鬼は笑って、
「パンダってそんなに人気あるの?」
「うん、まぁ、最近はどうか知らないけどさ」
「うちの方じゃありふれてるからなぁ。パンダの肉で焼肉したり。…あれ?孝太、箸が止まってるよ?」
「…これには使ってねぇだろうな……」
「あ、その心配?大丈夫だよ。ちゃんと普通の肉です。大体、僕の世界とこっちの世界って似てるんだよ。あんまり違いがないくらいにね」
「へぇ…いっぺん行ってみたいかも」
「餃子を上手に作れる子を探しに?」
いつかの俺の台詞を利用したような台詞に、俺は苦笑して、
「ま、それもいいかもな」
と言った。
「私の所には来たくないとしか言わないくせに……」
などとルーゲンタがぶつぶつ言っていたが、俺は今難聴なので聞こえていない。
「頑張れ孝太!ファイトファイト!」
母さんがそう言ってるのなら嬉しかったかもしれない。
(マザコン?…ほっとけ!)
奏でも嬉しかったと思う。
(俺はシスコンじゃねぇ!!)
血鬼でも…まあ、嫌じゃなかったかな。
(ホモでもねぇぞ。念のため)
親父でも、ここまで嫌じゃなかったと思う。
(何だかんだ言って、そこまで嫌ってないのは、自分でも分かってるんだ)
だが、ルーゲンタ。
しかも、何故超ミニのスカート。
チアリーダーのコスプレって……男がするもんじゃねぇぞ。
色々と、見苦しくて。
「引っ込め変態――!!!」
競技中なのも忘れて、俺は絶叫した。
帰る時にはへとへとで。
喉なんかがらがらで。
本当に、疲れた。
…来年の運動会、さぼろっかな……。