眠り月

魔術師と常識人


「俺さー、前に言ったよな?」
呆れながらいうと目の前の男はパクパクと御節を食べながら俺を見上げた。
「季節感無視する奴って嫌いだって」

魔術師と常識人

「御節は嫌いでしたっけ?」
「イヤ、そういうこと言ってんじゃねェって分かってて言ってんだろうな?」
「いーじゃないですかー、別に」
「許せねぇって言ってんだよ。俺は。このじめじめじとじとした季節に御節食いながらテーブルに桜の枝を置いてる奴ってのは特に!」
「孝太、イライラするのはカルシウム不足の証拠ですよ」
と言ってそいつは指を振り、俺の目の前にどぉんと牛を出した。
「さぁ、お腹いっぱいお飲みなさい」
にっこり笑って言ったそいつに俺は叫ぶ。
「飲めるかぁっ!!てか出したての牛乳はまずいんだぞ!?」
非常識すぎるこいつに、俺の血管はぶち切れそうだ。
突然目の前に牛は出すわ、桜は出すわ、ついでとばかりにコタツとミカンも出すこいつは魔術師のルーゲンタだと名乗った。
俺の部屋の押入れは時々変な場所につながるが、ここまで非常識な奴が現れたのは初めてだった。
その上俺の部屋に居座って。
「じゃあ何ならいいんです?」
まるで俺がわがままを言ったかのように顔をしかめて言うそいつに、俺はとにかく冷静になろうと息を止めて三秒数えた。
それから息を吐き、言った。
「いいか?今は梅雨だ。梅雨なら梅雨らしいものを食べるなり愛でるなりすりゃいいだろ?」
「梅雨らしいものと言うと…鍋焼きうどんとか…」
「違うっ!!ハモとかそうめんとか、あるだろ?」
「ハモとそうめんですね」
ぽんぽんとそれを出すルーゲンタにポリシーはないらしい。
「愛でるならアジサイとかだな」
「アジサイも綺麗ですよねー」
ほややんと笑ってルーゲンタはコタツの上にアジサイを出した。
……土付きで。
「部屋ん中に土ごと出すな―――――!!」
「ああ、ごめんなさい。じゃあ切花にしましょうか」
「ついでにそのコタツとかミカンとか桜とか牛とか除けろ!!」
「はいはい」
部屋の中を整えたルーゲンタの横に、俺はやっと落ち着いて座ることが出来た。
「お前さ、もっと常識ってものを知ろうよ。な?」
「まぁ、いずれということにして、星でも見ませんか?」
「星って言ってもこんな町の中じゃ……」
「忘れたんですか?私は魔術師ですよ?」
ニッと笑ってルーゲンタは指を鳴らした。
…魔法の使い方にもポリシーはないらしい。
窓を開けると空いっぱいに星が輝いていた。
「うわぁ……!」
「気に入っていただけましたか?」
「ああ!これまでで一番いいよ!なぁっ、あの星は?なんて星座?」
「あれは髪の毛座、あっちはさそり座、あれはオリオン座ですね」
「……は?」
「あ、ほら、うお座も見えますよ。南十字星と北斗七星も」
「だから季節を無視すんなっつ―の!!!」
俺はすぱぁんとルーゲンタの頭を叩いた。