「何が悲しくってこんな奴とせっかくのクリスマスを過ごさなきゃいけねぇんだ
か……」
俺がそうため息をつくと目の前の男はいつものようにニコニコと笑ったまま言った。
「別に、私と過ごさないといけないわけではないでしょう?ただ、孝太がいっしょに
過ごす女性の一人もいないってだけで」
目いっぱい非常識な男のくせに、痛い所をついてきやがった。
俺は雨宮 孝太。
市内の高校に通う、ごく普通の!常識的な!!男子高校生だ。
なのに、俺の周りでは何時だって妙な事が起こってばかりいる。
たとえば、俺の部屋の押入れだ。
普段はごく普通の何の変哲もない押入れなのだが、ちょっとしたきっかけで変な場所
につながってしまう。
俺の側からはどこにもいけないくせに、あちらからは勝手にいろんな奴が来る。
何時だったかは突然牛の大群が飛び出し、とんでもない目にあった。
他にも猿の大群だの、鳥の大群だの、謎の食虫植物だの、数え上げればきりがない。
だが、そんなのはまだマシだと、最近になって俺は悟った。
真昼間から出てきた挙句、人のことを金縛りにしておいて、昼間っから寝ていてはい
けないと説教垂れるような幽霊や、ニンニクや十字架も効かない上、夜中に勝手に人
の首筋に噛みついて行くような吸血鬼の存在を知ったからだ。
中でも厄介なのが、今、俺とチゲをつついている男――魔術師で国王のルーゲンタ
だ。
最初はただの非常識な奴だった。
魔法を使って季節外れの物をどかどか出してきたり、部屋のど真ん中に土付き根っこ
付きでアジサイを出したりする程度の。
(――って、これをただの非常識で済ましちまうほど、俺も慣らされちまってんだよ
な。はぁ…)
それがだんだんエスカレートしてきたのは吸血鬼で俺の幼馴染――というか、一度遊
んだだけの奴なんだけど――、血鬼(と書いてケッキと読むそうだ)が俺に会いにき
た時くらいからだったと思う。
恐怖を抱くほどの独占欲。
子供のように無邪気で、だからこそ残酷な。
俺はそのとき、本当に、奴を怖いと思った。
――だから、かも知れない。
こいつがやってくるたび、何だかんだ言ってさっさと追い返せないのは。
俺がため息をつくと隣りから妹の奏が、
「孝太、何ため息ついてんの?タラ食べないんならあたしが食べるぞ」
「誰が食べないっつったよ!大体お前、そういう話し方止めろって言ってるだろ!」
「うるっさいなー。小姑みてェ」
「誰が小姑だよ誰が!!」
噛み付かんばかりに叫ぶ俺にルーゲンタが、
「まあまあ、それも奏の個性でしょう」
ともっともらしいことを言ってとりなす。
「つーかなー……それ以前の問題って気もすんだけど」
俺はもう一度ため息をつき、
「それにしても、何でクリスマスにチゲ食ってんだろ…」
「おや、お嫌いですか?」
「いや、好きだけどさ。好きだけど、…やっぱ、クリスマスっつったらもうちょっと
洋風のご馳走を…」
「洋風のご馳走ですか。じゃあ七面鳥でも」
「アッ、コラ待て…!」
俺が止めようとしたがもう遅かった。
ルーゲンタは生きたままの七面鳥を出してしまった。
「この馬鹿野郎!!生の七面鳥なんて出されても困るだろ!!大体これ、羽根を取ら
れてめちゃくちゃ寒々しいじゃねぇか!!」
「冬らしくていいでしょう?孝太は季節感を大事にするから。前にそれでこっ酷く怒
られましたし」
「それ以前の問題だっつってんだろアホ!」
「はいはい」
ルーゲンタは素直に七面鳥を消し、奏はケケケと笑って言った。
「相変わらずの夫婦漫才だよなー」
「なんだと!?」
「おっと、そんなに睨むなって。あたしだってこんな訳の分かんない異世界人に大事
な孝太をやりたくないし」
大事な、と言われて喜ぶべきか、やる、と言われて怒るべきか俺が悩んで居る隙に
ルーゲンタが言った。
「手厳しいですね。でもまぁ、訳がわからないと言うなら、分かってもらえばいいこ
とですし」
「あたしは厳しいよ?孝太は大事な玩具だからね」
「私も欲しいんですけどね」
こいつら…っ!!
俺はずきずきと痛む頭を押さえてチゲを食べるのに専念する事にした。
ルーゲンタが出した材料で俺と奏が作ったチゲは結構美味かった。
「じゃあ、今晩はこれで」
とルーゲンタが押入れの戸に手をかけた。
時刻はもう12時寸前だった。
「おう、さっさと帰れ」
しっしと手を振って言うとルーゲンタは笑って戻ってくると、俺のことを抱き締めや
がった。
「なっ!?」
「メリー・クリスマス、孝太。来年もいい年でありますように」
似合いもしない優しげな声と口調で言って、ルーゲンタは体を離した。
「おやすみなさい、孝太。また今度…」
押入れの戸を開け、夜空へと飛び下りていくルーゲンタへ俺は叫んだ。
「二度と来るな―――――ッ!!!」
それからやっと片付け、ベッドに入った途端、押入れがかたりと音を立てて開いた。
「メリー・クリスマス!孝太っ!!」
「ぐえっ」
嬉しげな声で言って飛びついてきたのは件の吸血鬼、血鬼だった。
「お前なぁ〜…!!中国産吸血鬼ならそれらしくしろよ!何でサンタの扮装でクリス
マス祝いに来るんだよ!」
「いいだろ別に。クリスマスってのは口実で、本当はいつも血を貰ってる孝太にお礼
がしたかっただけなんだからさ」
そう言って、血鬼は持参した袋の中から蒸篭をいくつも取り出して机の上に並べはじ
めた。
「孝太、餃子大好きだったよね?いっぱい持って来たから、食べて食べて」
次々出てくる餃子に、俺は思わずうっとりしてしまった。
なんと言っても大好物なのだ。
それが、普通ならとても食べられないような高級品まで次々と…。
カニ以上に美味しいと言う名前さえついている、賽蟹餃子。
美しいヒスイ色のエビ餃子、翡翠蒸餃子。
ひらひらの襞が鶏のトサカのように見えるフカヒレ餃子の魚翅鶏冠餃。
血鬼はほっとしたように笑って、
「よかった、気に入ってもらえたみたいだね」
「…血鬼…っ……」
「何?」
「……俺、お前に血ィやっててよかった…!!」
「…こんなことでそう思われても……」
困ったように苦笑する血鬼を他所に、俺は机の前に座り、
「食べていいんだよな?な?」
「え、うん、もちろん。全部どうぞ」
「いっただっきまーっす!!」
俺は本当に嬉しくて、最高のクリスマスプレゼントだとか言いながら、一つ残らず食
べた。
それから血鬼はニコニコ笑いながら、
「おいしい?」
なんて聞いて来るから俺はコクコクと頷いて、
「最高!」
「僕が作ったんだ」
「お前が!?」
「うん、孝太が餃子が大好物だって言ってたから――」
俺はガバッと血鬼を抱き締めた。
「孝太?」
「…俺、お前みたいな嫁が欲しー……」
「……そんなに、餃子が好き?」
からかうように血鬼が笑っても、気にならないくらい、俺は上機嫌だった。
「大好き」
血鬼は貧血でも起こしたかのようによろめき、額を押さえた。
「血鬼?貧血か?」
「い、いや、なんでもない…。でも、孝太…」
「なんだ?血でもいるのか?」
今なら機嫌がいいからいくら吸ってもいいぞ?
「血は別に…。ただ、そんなに餃子が好きなら僕のお嫁さんにならない?」
「ヤダよ」
即答すると血鬼はがっくりと肩を落とし、
「そ、そう…」
「だって男同士じゃん」
だからさ、と俺は血鬼の手を握った。
「妹とか知り合いとかいないの?餃子作るのが上手な」
「一人っ子だから。知り合いも…ちょっと、いないなぁ。僕くらい上手な人は」
「そっか、残念だな」
「まぁ、とにかく、喜んでもらえてよかった。それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ。ま
たね、孝太」
「ああ、またな」
血鬼を笑って見送ると俺は時計を見た。
もう1時を過ぎていた。
窓を開けるとちらほらと雪が降り出し、俺は目を細めた。
なんだか、いいことがありそうな気がした。
メリー・クリスマス