美味しい物を目の前いっぱいに並べられた時。
そんな時だけ俺は――我ながら現金な奴だとは思うけど――ルーゲンタがいて良かったと思うんだ。
そんなわけで、今、俺の前には松茸や栗、柿に梨、そして新蕎麦まで並んでいた。
幸福感に浸りながら、俺はそれを眺めている。
「気に入って頂けましたか?」
正面からそう言ったルーゲンタさえ、目に入っていなかったほど、俺は感激していた。
「ああ!すっげぇ、嬉しい」
「それはよかった」
ルーゲンタは珍しく、控えめにそう言っただけだった。
そこで、何か妙だと思うべきだったのかもしれない。
けれど俺は目の前の幸せでいっぱいいっぱいで、とにかくにこにこしていた。
左手に座った奏は呆れ気味に、
「孝太、顔、溶けてるぞ」
と言い、右手の和貴は肩を竦めて、
「無駄無駄。こうなったら何にも聞きゃしねぇんだから、孝太は」
「孝太って喰い意地が張ってんだよなー」
何とでも言え、とばかりに俺は柿に手を伸ばした。
持って来ておいた果物ナイフでくるくると剥いていく。
その作業さえ、楽しい。
ルーゲンタがじっと俺の手を見ながら、
「孝太って器用ですねぇ」
なんて、本当に感心したように言うものだから、俺は照れ隠しに、
「そうでもねぇよ」
と言った。
ルーゲンタはそれでも俺の手を見ている。
俺はちゃっちゃと柿を剥き終えると、四つに切った。
全員にひとつずつ行き渡るように、だ。
けれどルーゲンタは首を振り、
「私はもう十分食べてきましたから、孝太、どうぞ」
「いいのか?本当に」
「口に運びながらそう言われても…ねぇ?」
だって、美味しいのだからしょうがない。
柿は物凄く甘い。
なのに、それが嫌でない甘さなのだ。
さっぱりとしているからか、どんどん食べてしまいそうなほど。
柿を食べ過ぎたら体に悪いってことは知っていたのに、俺は調子に乗って食べてしまった。
さらに、松茸を分厚く裂いて炙ったものや蕎麦まで出来てはもう止まらない。
本当に、食べすぎじゃないかと言うほど食べてしまった。
一番最初に気付いたのは、奏だったらしい。
らしい、と言うのは、その時既に俺には意識がなかったからだ。
だからこの先は三人の証言による。
俺は顔をほんのりと赤らめて、上機嫌で食べていた。
それは別に悪いことではない。
しかし、その上機嫌と言うのにも限度があった。
俺は満面の笑みを浮べたまま箸を動かし、挟んでいた松茸を和貴に食べさせたのだ。
「ほ〜ら、和貴、あ〜ん…」
なぁんて、甘い声で言って……。
ああ、想像するだに恥ずかしい。
和貴は変だなと思いつつ口を開ける。
松茸にぱくっと噛みつき、咀嚼していると、俺が言った。
「…なんか、松茸ってエロいよね……」
「ぶっ!!」
噴き出したのは和貴と奏だった。
「こ、ここ、孝太!?」
奏は慌てて俺をひっぱった。
引っ張られるまま振り向いた俺に、叫ぶように言う。
「孝太、どうしたんだよ!いっつも下ネタとか嫌いだって言って、聞くのも嫌がるくせに…。よりによって食事中、それも大江に食べさせといて言うなんて…」
「なぁんだ、奏も食べたかったんだ?」
「いや、んなこと誰も…」
「はい、あ〜ん」
そこで口を開けてしまう奏も奏だと思う。
それも、
「あーん…」
なんて言いながら。
「美味しい?」
「美味しい…けど、孝太、なんか変だぞ…?」
「えぇ?どっこも変じゃないよ〜」
「…変だ」
和貴も頷いた。
ただルーゲンタだけは面白そうに笑っている。
「孝太、私にはしてくれないんですか?」
「いいよぉ。ほら、あ〜ん」
「あ〜ん」
「美味し〜い?」
「ええ、とっても。孝太が食べさせてくれたからですね」
「え〜?そんなことないよぉ」
何も知らない人間が見たらただのバカップルだな、との評価を下したのは和貴。
それにキレたのは奏だった。
「ルーゲンタ!!貴様、孝太に何かしただろ!!」
「いいえ、別に?」
「嘘吐け!」
「嘘なんて言ってませんよ。孝太には何もしてません。ただ…」
「ただ、何だよ」
「この食べ物全部、体内で酒に変わるんですよね」
「はぁ!?」
「つまり、皆さん同じように酒を摂取したわけです。孝太は随分ペースが速かったのと、もともと強くないせいで、こんなに早く酒が回ってしまったんでしょうね」
「てことはこれは…」
「酔っ払ってるだけです」
俺は――想像したくもないのだが――ぷぅとほっぺたを膨らませて、
「俺、酔ってなんかないもん」
可愛い、と悦る馬鹿魔術師一人。
将来を案じて頭を押さえる妹一人。
学校の連中に見せたらヤバイなと考えている奴一人。
何も分かってない状態の俺は、その中でも一番ヤバイ奴に言った。
「ね、俺、酔ってなんかないもんねー?」
「そうですね、ばっちり素面ですよね」
だから、とルーゲンタは俺を抱き締めて言った。
「私の城へ来ませんか…っ!!」
ゴッと鈍い音がし、ガツンと何かが当たる音がした。
「ゴッ」の方は和貴の鉄拳制裁で、「ガツン」は奏が鍋の蓋で殴った音だったらしい。
「調子に乗るんじゃねぇっ!!」
と二人の声がそろったと言うから大したものだ。
そして俺が気がついたのは、やけにぐちゃぐちゃになった俺のベッドで。
何があったんだとしばらく考え込んだ。
ぐったりとした和貴と奏は床で眠ってしまっている。
俺は和貴を突付き起こした。
「おーい、何寝てんだ?」
「…孝太……」
「ん?」
「…お前、一生飲酒禁止!!」
「え、何で…」
当然の如くそう尋ねた俺に、和貴は俺の醜態をぶちまけ、最後につけたした。
「しかも、布団に入れて寝かせようと思ったらきゃあきゃあ言って逃げやがって!しかも、何?鬼ごっこだぁ?いい加減にしろよこの馬鹿っ!!」
「や、俺、覚えてないんだ…けど……」
「覚えていようがいまいが、お前のことだろうが!分かったら、二度と飲まねぇって誓え!!」
「ち、誓う誓う」
「本当だな?」
「ああ」
「…よし」
そう言って、和貴は俺をひと睨みした後、崩れるように寝てしまった。
奏は未だに夢の中だ。
よっぽど迷惑をかけてしまったらしい。
「…ごめんな、二人とも」
そう呟くように言ってから、俺は片付けをはじめた。
鍋も七輪もルーゲンタが出したままだ。
二人はかなり強引に奴を帰らせたらしい。
「お疲れ様」
思わずそう言わずにはおれなかった。