バレンタインに好きな女の子から本命チョコを貰うって、ある意味男の夢だよな?
貰ったのが手作りだったりしたら、たとえあんまり意識してなかった子からだとしても、嬉しいよな。
なのに、何で。
「何でこんな事になってんだよー!!!」
そう叫んで、俺は山積みになったチョコレートごと、机をひっくり返した。
「五月蝿い」
ごっという低い音と共に俺の頭の上に鉄拳が降ってきた。
鉄拳の主は委員長で友人の大江和貴だ。
細い体のくせに、こいつの鉄拳は半端じゃなく痛い。
思わずしゃがみこんで唸る俺に、非情な言葉が降ってくる。
「自業自得だ、バカ」
「和貴、俺が何したっつーんだ…」
「チョコレートを乱雑に扱った」
「……それで何でお前に殴られなきゃなんねーんだよ!」
「煩いっつッてんだろ」
再び鉄拳。
「…絶対、今ので脳細胞死んだ」
「気にするな。どうせ毎日死んでる」
「酷…」
「あァ?」
「ナンデモナイデス…」
また食らったら死にかねん、と俺は思った。
「で、何が気にくわねーんだよ」
「殴る前に聞けよ…」
「さっさと言わねえと殴る」
「…なんで、俺がこんなにチョコ貰わなきゃなんないわけ?」
「何贅沢言ってんだ。貰って嫌なのかよ」
「嫌に決まってるだろ!うち、男子高だぞ!!」
「んなもん、入学前から知ってる」
「男子高って事は男ばっかだってのになんで俺がこんなに同級生やら先輩やらから貰わなきゃいけねえんだよ!!」
「煩えっつーの。女がいたらお前にチョコが集中するわけないだろ」
「うっ……」
「まぁ、分からなくもねェよ。普段、カワイーカワイー言われて怒り狂ってるもんな、お前」
「悪いかよ」
「けどな、みんなそれなりに本気なんだよ」
「キモイ」
「キモイかも知れねーけど、心こめて作ったり、選んだりしてくれたんだろ?それ貰っといて、お前、礼も言ってねーじゃん。物貰っといてそれはないだろ」
「う…」
「違うか?自称常識人」
「自称って何だよ!!」
「常識人ならちゃんと礼するから」
「……」
「次からはちゃんと言えよ?」
「……分かった」
「てことで、ほれ」
ぽん、と和貴は軽くチョコレートを投げよこした。
「……なんだよ、これ」
「何って…チョコレート以外の何かに見えるとしたら眼科にいけよ?」
「嫌がらせか?」
「…眼科じゃなくて精神科だな。全く、なんだってこんなに屈折してんだか…」
「どういうつもりだよ」
「日頃のお世話に感謝をこめて、って感じ?」
「ぜ、絶対嫌がらせだ…」
「ウルサイ。で、なんて言うんだったかな、常識人くん?」
「う、ぅう……」
「ほら」
「……あ、あ、ありが…とう……」
「ん、よく言えました」
にっと笑った和貴に俺は脱力したまま尋ねる。
「これ、ホワイトデーに何かやらねーといけないのか…?」
「お前の事だからどうせ忘れるだろ。その山の中のチョコでうまそうなのくれたらいいよ」
「や、でもこれひっくり返したし……」
俺はごそごそとカバンの中を探り、一昨日買った10円チョコを取り出した。
「ごめん、今、こんなのしかねぇや」
「さんきゅ」
和貴は意地の悪い笑みを浮かべ、殊更声を張り上げ、
「孝太にチョコもらえるなんて感激だな」
と言いながら俺を抱き締めやがった。
「アホか――!!離せバカ!!」
「悪いな。奏ちゃんに頼まれたんだ」
小声でそう言われ、俺はぎょっとして和貴を見た。
奏は俺の妹だ。
それがなんで…。
「『孝太に悪い虫がつかないように頼む』って言われてなー」
「あっ、さてはお前、いくらか受け取っただろ!!」
「そりゃな。バイト料として2万円と校内でのお前の独占権を」
「なんだよそれっ!」
「さぁ?」
久しぶりに変な奴が周りにいないと思ったのに。
ルーゲンタも血鬼も幽霊も奏も出て来ないから安心してたってのに。
「あんまりだ――!!!」
俺の悲鳴が校内に響きわたった。