「2月11日は紀元節です。」
…なんて言われて、すぐに何のことか分かる奴なんて、そうそういないと思う。
まだ、
「2月11日は建国記念日です。」
と言われた方が分かりやすい。
つまり俺は、わざわざ奴が来るなんて、思ってもみなかったんだ。
2月11日。
今日は祝日。
約一ヶ月振りのそれに、俺はなんだかうきうきしていた。
それでも、半日くらい寝ていたいと思うあたり、疲れているのかもしれない。
もうすぐ受験だとか卒業だとかで頭に変な虫が湧いたらしい高校の先輩どもに、ここ最近、追い回されているのだ。
人のことを癒し系だのなんだの言うだけならともかく、抱き締めようとするっていうのは納得いかない。
だって、俺、男だし。
割とガリガリだから抱き締めても癒されそうにないし。
何より俺には、自分よりガタイのいい男に抱き締められて喜ぶような趣味はない。
だから逃げる。
ひたすら逃げる。
そうしたら追いかけたくなるのが動物だ、と和貴は言ったが、こればっかりはどうしようもない。
一度和貴に、
「お前もいっぺん抱き締められたら俺の気持ちが分かる!」
って言ってみた。
すると和貴は意味ありげに目をそらし、
「いっぺんくらいはやられたけどな、俺も」
「なら、分かるだろ!?」
「すかさず腹に一撃ブチ込んで沈めたけど」
「……」
「男だろ。反撃ぐらいしてみせな」
…あの時の和貴の笑みは凶悪以外の何物でもなかった……。
とにかく、日頃の疲れを癒すべく、俺は爆睡すると決めたのだ。
そう決めた時の俺は、うっかり忘れていたんだが…こういう時に限って、奴は来るんだよなぁ……。
「孝太っ!紀元節おめでとう!」
板と釘で止めてあった押入れの戸を難なく開いて飛び込んできたのは、毎度おなじみルーゲンタだった。
俺は当然眠っている。
布団に包まって、まるきり蓑虫みたいになって。
「こーうーたー?」
「うぅ……煩い……」
「相変わらず酷いですね」
そう言って奴は、俺の体に圧し掛かるようにして俺の頭に自分の顔を近づけると、
「起きないと…襲いますよ?」
「っ!!!」
思わず俺が飛び起きた拍子に、ルーゲンタはあごを俺の頭にぶつけてもんどりうった。
……ざまあみろ。
そう思ったが、俺の頭も結構痛んだ。
和貴の鉄拳で日々鍛えているつもりだったが、まだまだらしい。
「…一体何しに来たんだよてめーは」
布団の上にあぐらをかいた俺に向かって、ルーゲンタは言った。
「今日は紀元節なのでしょう?」
「紀元節?」
何それ、と言うと、ルーゲンタは首を傾げた。
「知らないんですか?」
「ああ」
「じゃあ、今日は何で学校が休みなんです?」
「……建国記念日だから」
「建国記念日ってことはこの国が始まった日ってことでしょう?」
「…だな」
「……本気で、知らないんですね。じゃあ、説明しますけど」
と言ってルーゲンタは帽子をどこかから取り出して被った。
アメリカなんかで卒業式の時に被っているあの帽子だ。
角張ってて、房がついていた。
「…先生ごっこ?」
俺の呟きを否定も肯定もせず、ルーゲンタは説明をはじめた。
「紀元節と言うのは、神武天皇の即位から始まる日本という国の始まりを祝ったものです。始めに決められた日はその年の旧正月にあたる1月29日でしたが、まあいろいろあって2月11日に固定されました」
「って適当だなオイ!」
「太平洋戦争後も祝日として存続させようと言う動きがありましたが、その時は連合国軍最高司令官総司令部によって削除されました」
「無視かよ…」
「日本独立の1952年から復活運動が起き、1958年に国会への議案提出があり、1966年に祝日として再制定。翌年の2月11日から建国記念の日として実施されています。以上、Wikipediaを参考に私なりにまとめてみました」
「しかもwiki…。…で、それでなんでうちに来たんだよ。このところは何かイベントでもなきゃ来なかっただろ」
「え、寂しかったんですか…!?」
「違う!!嬉しそうに顔輝かせてンじゃねぇよ!キモイ!!」
「まぁ、ちょっと色々と事情がありましてね」
「一応国王だしな」
「いえ、私の方はいいんですが織葉の方に都合が…」
「その名前は禁句だ!!」
危ない奴め。
とにかく、と俺はもう一度尋ねた。
「何で今日来たんだ?」
「…だから、今日は紀元節でしょう?」
「ああ」
「紀元節と言うのは建国を祝う日でしょう?」
「…らしいな」
「てことはお祭りじゃありませんか」
「何でだよ!?」
「えぇ?違うんですか?私の国では盛大に祝いますよ?それこそ一週間くらいかけて。町中に花を飛ばし、赤い雪を降らせて…」
「……まさか、今日は降らせてないよな?」
「え?ええ、もちろん。こっちではこっち流の祝い方があると思ってましたから。でも、祝わないとなると…」
「赤い雪は降らすな!!絶対に!」
「じゃあ、花はいいですか?」
「やめろ」
「相変わらずわがままですねぇ…」
じゃあせめて、とルーゲンタは部屋の机にむけて杖を振るった。
「ご馳走くらい、食べましょうか」
机の上いっぱいに料理が広がる。
机の上いっぱいどころかはみ出ても不思議じゃない量なのに収まっているのは、ルーゲンタがまた何かやったからだろう。
「しょうがねえな」
と俺は言う。
「それくらいなら付き合ってやるよ」
「ありがとうございます」
あくまでも下手に出るあたり、こいつも学習したのかもしれない。
疲れは癒せそうにないし、落ち着くことも出来ないだろうけど。
紀元節として考えるなら、こんな朝もそう悪くないかもしれない。