眠り月

父の日と常識人


父親なんて、だいっ嫌いだ!!
ルーゲンタよりも奏よりも、他のなによりも、俺は父親が嫌いだ。

父の日と常識人

オールバックの黒髪に、シャープなラインの眼鏡。
口元には人に警戒心というものを忘れさせる笑み。
スーツを着てみせれば、どこかのホストか営業マンかと悩むほどだ。
そんな、妙に若々しい奴が俺の親父だ。
年は34。
…つまり、俺は18の時の子だと言うことだ。
別に、未成年のうちに結婚したから嫌いなわけじゃない。
こいつの職業と経歴があまりにも非常識で嫌いなんだ。
親父の職業は家族以外誰も知らない。
世間のなにも知らない連中は、青年実業家だと思っている。
でも、親父は本当は、ギャンブラーなのだ。

その道に入ったのは18のときだったという。
俺を身ごもった母さんを両親に紹介したら家を追い出され、生活費欲しさに麻雀に手を出した。
すると、どうしたことか勝ちまくり、あっという間に数十万を手に入れた。
……それこそ、いかさまを疑われるほどに勝ったのだという。
雀荘ではいかさまを疑われ、ボコられる。
そう悟った親父は、それまでに稼いだ数十万を手にアメリカに渡った。
行き先はもちろん、ベガスだ。
ラスベガス中のカジノを転々とし、一度も負けることがなかった。
3つばかりのカジノで潰れるギリギリまで金をむしりとると、その金を持って日本に帰って来た。
それで土地と家を買い、家族を養い始めた。
豪邸に住んでいる以上、雀荘で荒稼ぎをするわけにも行かないので、親父はべつのギャンブルに目をつけた。
それは、株だった。
情報収集もしない。
証券屋に任せたりもしない。
ただ、勘に頼っているだけのやり方で、親父は未だに勝ち続けている。
――その、あまりにも非常識な強運が、俺はだいっ嫌いだ。

「それでも、父の日だからってプレゼントを用意するあたり、孝太も生真面目だよな」
そう笑いながら言ったのは、妹の奏だった。
「それも、そんな高そうな鉢植えだし」
「これは元手はタダだ。ルーゲンタに持ってこさせたからな」
「へぇ?」
「あっちじゃ珍しくもない花だと」
「そりゃ、父さん喜びそうだな」
親父の趣味は、職業にも顔にも似合わないが、園芸だ。
特にサツキの盆栽が大好きで、時々品評会にも出品している。
この花もサツキに良く似ていた。
ただし、色は蒼だったが。
「花粉を飛ばしたりしないらしいし、こっちの環境に影響を与える心配はないってさ。もし、万が一何かあってもフォローするって言ってたし」
「ふぅん…」
ニヤニヤと奏が笑ったので、俺は眉を顰めて奏を見た。
「何だよ」
「んー?別に?…ただ、ルーゲンタを信頼してるなぁっと思って」
「なっ…!!」
「ああ、心配しなくても、変な意味じゃねぇよ。いい友達してんなって思っただけ」
「……そう、かな」
「そうだろ」
むかつくような、照れくさいような、複雑な気持ちになったとき、戸が開いた。
「孝太ーっ!!ア、奏はここにいたんだなっ!」
…親父だ。
「何だよ?」
「庭でキャッチボールでもして遊ばない?」
「……あのさ、俺、いくつだと思ってんの?」
「なーに言ってんだよー。いくつになっても孝太は孝太。僕の息子だろっ?」
「………」
「それとも、嫌か?キャッチボール」
しゅんとされて、なんとも言えず、俺はたまりかねて奏を見た。
奏は心得たとばかりに笑って、
「父さん、俺とやろ」
「うん?…うん!」
あーあ、嬉しそうな顔して…。
ついでだから、喜ばせてやるか。
「父さん」
「ん?」
出て行きかけていた親父は足を止めて振り向いた。
「これ、やるよ。父の日のプレゼント。―― 一日早いけ…どっ!?」
いきなり抱きつかれて、俺は息が詰まった。
親父はぎゅうぎゅうと俺を抱きしめて言った。
「ありがとぉっ!孝太!!嬉しいよ!!」
「…サツキ、好きだもんな」
「それもあるけど、何より、孝太がくれたってことが嬉しいんだよ。あ、もちろん、奏もだからね?」
にこにこと奏にフォローを入れることも忘れない。
奏はにっこりと、あの、何か企んでいるとき特有の笑みを浮かべた。
「じゃあ、これ」
「えっ!ありがと…ぅ」
目に見えて、親父が落ち込んだ。
なにをやったんだ、と思って覗き込むと親父の手に握られていたのは一枚の紙切れ。
「奏の言うこと聞く券?」
俺が声に出して読むと、親父は今にも泣き出しそうな顔をして言った。
「孝太にも、そう読める〜?」
「あ…ああ」
「…いいよ、奏がくれたんだもんね。うん、僕、奏の言うこと聞くよ……」
親父も少しは苦労しているのかもしれない。
そう思うと、少しだけ、本当に少しだけ、親父を好きになれた気がした。