眠り月

妹と常識人


こんなことを言うのは大嫌いだけど、言わずにはいられない。
どうして、俺ばかりがこんな目に遭うんだろう?

妹と常識人

「孝太ー。辞書貸して…って……それ、何?」
俺の妹、奏が指差したのはルーゲンタだった。
「何だと思う?」
俺はルーゲンタを睨んだまま言った。
「孝太の機嫌の悪さから察するに彼氏とか?」
「ぶげふっ」
タチの悪い冗談に、俺は奇声を発した。
「大丈夫ですか?」
と言いつつ、ルーゲンタが俺の背中をさする。
俺はルーゲンタを弾き飛ばすと奏を睨んだ。
「訳の分からん推理をするなっ!!!」
「で、何なわけ?」
「……異世界人?」
「………また押入れから?」
俺が頷くと奏はため息をついた。
「ほんっと、変なのに好かれるよなー、孝太は」
「なっ!?俺のせいかよ!!」
「だって、俺がここ使ってたときには全然出てこなかったもん」
「う…羨ましい奴め〜……」
「んで、それはどこから来た誰なんだよ」
「名前はルーゲンタで職業は魔術師だけど……どこから来たんだっけ?」
ルーゲンタはにっこり笑って、
「私の国からですよ」
「や、だからその名前教えろって」
「ルーゲンタ王国ですけど?」
「………は?」
ちょっと待て。
今何か信じられないことを聞いた気がする。
きっと俺の気のせい。
そう思い込もうとしたのに奏が、
「へー、じゃあ職業は王様?」
と確認しやがった…。
「そうですよ」
「まっ、魔術師じゃなかったのかよ!!」
「魔術師で国王ですよ?」
奏はケケケと笑って、
「だめじゃん孝太ー。自分の彼氏の素性くらい把握しなくちゃー」
「バカタレ!!俺はそういう冗談が大っっ嫌いなんだよ!!!」
「……あれ?」
突然奏が首をかしげた。
視線は俺の首筋に向けられている。
俺ははっとして手でそれを隠した。
中国育ちの吸血鬼、血鬼の噛み跡だ。
「…孝太ぁ〜?それは何かな〜?」
「何って、…虫刺されだって、ただの」
「ほー、虫刺されをわざわざ隠すわけ?」
「だってこれ、気持ち悪いだろ?」
「……あたしには噛み跡か何かにしか見えないんだけど?――ルーゲンタさん、何かしってる?」
「ええ」
とルーゲンタはあっさり答えた。
「またあの吸血鬼に血を分けてあげたんでしょう?孝太」
どういうわけだかルーゲンタは血鬼の話になると機嫌が悪くなる。
「わ、悪いかよ。実害があるわけでもあるまいし…」
「……へぇ、そんなこと言うんですか」
「……ルーゲンタ?」
「――子供ってたとえ遊んでいなくても自分の玩具を他の誰かに取られたりするとむかつくんですよね。で、全力をかけて取り戻す。たとえその過程で玩具が壊れてもいいんですよね…」
「何の話を……」
「まぁ、言ってみればそんな気分なので、私の前であれの話はしないほうがいいですよ」
脅してやがる。
しかも俺、凄い扱いされてる。
誰が玩具だぁっ!!!!
と、叫びたいのをぐっと堪える。
どうせ答えは決まっているんだから。
な・の・に、
「玩具って…何のこと?」
わざわざ聞くな、奏!!!
「もちろん、孝太のことですよ」
「えー、孝太はあたしのなのにー?」
いつの間に俺がお前のものになった!!?
てかお前ら勝手に所有権を主張すんなぁっ!!
叫ばなかった、いや、叫べなかったのは軽い口調の割に火花が飛び散って見えるほどに睨みあう二人に圧倒されていたからだ。
怖い、怖すぎる。
誰か助けてくれ……。
苦し紛れに押入れを開けると青空が広がっていた。
その下に広がる赤い屋根の町並みが見える。
俺は力いっぱい踏み出した。
当然落下していく。
「孝太!!!」
ルーゲンタと奏が叫ぶ。
恐怖を覚えるよりも前に、ザマァ見ろと思った。
ルーゲンタが飛び降り、手を伸ばす。
それを掴むのが嫌で、払うとルーゲンタが見たこともないほど厳しい顔で叫んだ。
「どうして!!」
「人のことを物扱いするような奴に助けられたくないっ!!!」
「っ!!」
その時のルーゲンタの顔と言ったら。
「っく、ハハハハハっ!!!」
思わず笑い出した。
「なっ…孝太!!」
「ザマァ見ろ!」
「……」
「言うべきことがあるだろ、この大馬鹿野郎」
「……ごめんなさい」
「よし」
俺はルーゲンタの手を掴んだ。
その途端、落下が止まる。
ルーゲンタは不満げな顔のまま、上昇し始める。
「本当に…全く……」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「私が悪いんですよ、ええ」
「…あのな、逆ギレしてるみたいな言い方だけど、本当にお前が悪いんだからな」
俺は呆れながらそう言った。
遥か上空に押入れと奏の姿が見えはじめていた。