炬燵に入って紅白見て。
行く年来る年の頃にはコートを着込んで二年参り。
うちの近所には寺はないから神社だけど、緩やかに響き渡る太鼓の音を聞きながら新しい年を待つ。
配られる雑煮を食べ、焚き火に当たって身体を温め、そうしてまた、家へ帰る。
「あけましておめでとうございます」なんて、家族内でも畏まって言ったりする。
ああ、日本の正月って感じ。
俺は雨宮 孝太。
市内の男子校に通う、極普通の、常識人だ。
周囲の人間があまりにも非常識だから、俺の常識まで最近狂わされつつあるけれど、まだ常識人と言ってもいい…はず。
顔は目立たない普通の顔…と言いたいけど、残念ながらの女顔。
背もまだ伸びきってないから、厚着をして、帽子なんか被ってると女と間違えられることがある。
だから、これも、珍しいことではないはずだった。
俺は神社の境内の人ごみで、妹の奏や親父とはぐれ、一人になってしまった。
なんとか見つけようときょろきょろしていると、不意に声を掛けられた。
…男に。
「迷子?」
間違ってはいない。
間違ってはいないがこの年になってそんなことを言われるのも嫌なら、声をかけてきた野郎がいかにも不良でございと言った風体なのも気に食わない。
俺はそいつを無視して人の流れを眺めた。
「なぁ、迷子なんだろ?俺と一緒にいかねぇ?」
「いかねぇ」
ドスの聞いた声で言うと、男は返って楽しそうに笑った。
「かわいーねー。気の強い女って好きだぜ」
「煩い」
諦めて先に家に帰ろうと足を踏み出した途端、腕を掴まれた。
「な、いいだろ。そこの出店で何か食おうぜ」
「嫌だっつってんだろ!?放せ!!」
そう叫んだ瞬間だった。
ひゅっとその場の気温が下がった気がした。
そして、俺の傍らに突然現れる、背の高い男――ルーゲンタ。
ルーゲンタは俺の部屋の押入れを通って現れる、変な魔術師だ。
俺の周辺の非常識なやつらの中でも際立って妙な奴で、俺のことを自分の所有物扱いしたがったりする。
それでも、それは奴なりの好意の表れらしいので、俺は最近それを止めさせることを諦めている。
俺が変な奴に絡まれている、というのはルーゲンタが怒り狂うパターンの最たるものと言っていいような状況だ。
ルーゲンタは男を睨みながら言った。
「どういう、状況でしょうかねぇ?」
唇には冷笑。
声には氷。
吐き出す息が白いのさえ不思議に思えるほど、冷たい表情をしていた。
俺は憤然と、
「見りゃ分かるだろ」
「そうですね。これ、どうしましょうか?」
「…殺さない程度に、やっ…」
やっちまえ、と言おうとした瞬間、男が後頭部を殴られた。
奏だ。
「孝ちゃんに何しやがる!この腐れ外道!!」
「――ッ!こ、の…!」
男が反撃に出る、と思った途端、鉄拳が男の頭頂部に突き刺さる。
「奏ちゃんに何しようとしてんだァ?」
俺の同級生――大江 和貴だった。
「お前、何でここにお前がいるんだよ」
俺は驚いて和貴を見た。
和貴はにぃっと笑って、
「初詣に決まってんだろ。どうせなら、お前と会えた方が楽しそうだと思ってな」
「…あっそ」
俺はもう脱力するしかない。
訳の分からない上、どこか鬼気迫る集団に恐怖を覚えたのか、ナンパ野郎が逃げ出そうとした。
が、それも許さないのが非常識な奴。
信じられないほど幸運な男――つまり俺の親父――が逃げようとした方向に立っていたのだ。
そこで、力尽くで止められたなら、ナンパ野郎も救われただろう。
だが、そうも行かないのが親父だ。
「どけっ!」
と叫んだのも虚しく、親父の数歩前に落ちていたバナナの皮を踏み、つるっと滑って転んだのだ。
そのまま人波に飲まれ、踏みつけられ……
「…可哀相に」
俺は思わずそう呟いてしまった。
結局、ルーゲンタや和貴も一緒になって家へ帰る。
賑やかで、どこか楽しくて、…恐ろしい。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしく」
…あんまり、よろしくしたくは…ない。
一時前に眠ろうとした俺の部屋に、血鬼がやってきた。
血鬼は中国産吸血鬼で、餃子作りの名人。
時々俺の血を吸いにやってくるのだ。
「孝太ー、血ぃくださいな♪」
楽しげにやってきた血鬼に俺は呆れて、
「お前、正月早々それかよ」
「正月?…ああ、こっちは太陽暦でするんでしたっけ?私の方は太陰暦なんで、お正月は来月なんですよ」
「へぇ」
「だから、来月にはいいもの持ってきますね」
「いいものって何だよ?」
「そりゃあ勿論、餃子でしょう」
「……」
「あ、今喜びましたね?嬉しそうな顔しちゃって」
にこにこと笑って血鬼は言った。
「どうせ、今日は他にもいっぱい人がいたんでしょう?旧正月は一緒に過ごしましょうね」
「餃子のためならな」
血鬼は少し残念そうに笑い、
「いいですよ、それでも。じゃあ、帰りますね」
「え?血はいいのか?」
「お正月早々、それは可哀相でしょう?では」
血鬼は押入れを開け、その向こうの闇色の空へ飛び込んで行った。
炬燵に入って紅白見て。
行く年来る年の頃にはコートを着込んで二年参り。
うちの近所には寺はないから神社だけど、緩やかに響き渡る太鼓の音を聞きながら新しい年を待つ。
配られる雑煮を食べ、焚き火に当たって身体を温め、そうしてまた、家へ帰る。
「あけましておめでとうございます」なんて、家族内でも畏まって言ったりする。
そんな日本の正月もいいけど、こんな変わった正月もいいかもしれない。
……危険な徴候だ。