耳鳴りの多くは、発生源が内耳で、脳内で不快な音として認知されます。発症して6ヶ月以上たった慢性の耳鳴りは、残念ながら根本を直して完治することが難しくなります。1990年代に米国でTRT療法が考案されました。TRTは
Tinnitus Retraining Therapy の略で、日本では「耳鳴り順応療法」または「耳鳴り再訓練療法」と呼ばれます。耳鳴りを「不快な音」と認知することから、訓練によって、エアコンの音や川面のせせらぎの音のように「快適で意識しない音」へと無意識に順応させる治療法です。欧米でもわが国でも、約8割の方に有効であるとの論文が多く発表されています。 <当院での治療の流れ> 対象となる方:薬物治療などの一般的な治療の効果が乏しく、6ヶ月以上耳鳴りが続き、進行や変動がなく症状が固定されて いる方で、普段の耳鳴りを不快と感じている方。ただし、うつ傾向が強いなど、複数の神経症状を持つ方は除きます。 方法: 1、聴力検査や耳鳴検査で、聴力や耳鳴の状態を把握し、出来る限り原因を特定します。 2、頭部MRI検査で、脳内に特別な異常の無いことを確認します。 3、耳鳴りを評価する問診票で、耳鳴りの状態を客観的に記録します。これは定期的に行い、症状の推移の確認用のデータとします。 4、指向性カウンセリング;耳鳴りの仕組みをよく理解し、現在の状態を前向きに受け入れるための説明を行います。 5、音響療法;補聴器に似たサウンドジェネレーターTCI(Tinnitus Control Instrument)装置で、耳に優しい快適な雑音をわずかに聞くようにします。1日6〜8時間から徐々に装用時間を減らしながら、約6ヶ月〜2年間使用します。装置は提携の補聴器店で一定期間試用の上、購入して使用します。保険外のため5〜12万円要します。軽度〜中等度難聴であれば補聴効果もあるTCIを、高度難聴であれば補聴器のみで音響療法とします。補聴器の費用は片側で13万円程度要します。 6、当院での診察は、最初は2週間後に、その後は1〜2ヶ月に1回の受診で経過をみます。 ●慢性の耳鳴の基礎知識:約2割の人が耳鳴を経験し、特に高齢者では3割に及び、人口の5%の人が生活に支障のある耳鳴を感じているとの報告があります。伝音難聴の25%に、感音難聴の50%に耳鳴がみられます。特に突発性難聴や音響外傷では90%に耳鳴が発生します。耳鳴りで聞こえる音は、難聴で障害された周波数に似た音が多く、耳鳴を感じる方の80〜90%はなんらかの難聴があるとされます。耳鳴の8割が内耳(蝸牛)や聴神経の障害で引き起こされるとされ(末梢発生説)、難聴による音刺激の減少から脳内(視床)で過剰に感じます(中枢発生説)。 ●TRT療法の一般的な経過:個人差が大きく、一概には言えません。典型例では、TCI装用1〜3ヶ月程度で、装用中に耳鳴を少し楽に感じたり、「耳鳴に慣れてきた」と感じます。装用1年程度で「明らかに耳鳴が以前と比べて気にならなくなっている」と感じます。装用1年半くらいからTCIの使用を忘れがちになったり、使用しなくて済むようになります。ただし、この時点でも、耳鳴検査を行えば、耳鳴の音自身は小さくなっていない場合が大半で、約2割の方では無効です。 ●家庭での音響療法:家庭で「快適な雑音」を出来るだけ長い時間聞き続けます。YouTube上で、川のせせらぎや潮騒、鳥の鳴き声などの様々な環境音やクラッシク音楽を探すことが出来ます。 |