1.難治性内リンパ水腫疾患に対する治療の進歩
メニエール病・遅発性内リンパ水腫では、内耳に内リンパという液体が過剰に貯まり内リンパ水腫という状態になります。そのため、めまいや難聴などの様々な耳症状が現れます。この疾患に対しては、生活指導、抗めまい薬、経口利尿薬等の保存的治療が第一に行われます。残念ながらこのような治療が奏功せずめまい発作を繰り返す内リンパ水腫患者がみられます。
このような難治性内リンパ水腫には、内リンパ圧を減圧させる内リンパ嚢開放手術や内耳機能を破壊する手術が行われてきました。その後、内リンパ液を減圧する理学的治療として1999年に鼓膜チューブ留置を必要とする侵襲的な中耳加圧装置Meniettが米国FDAで承認され、2018年に同等の効果の期待できる非侵襲的な中耳加圧装置が富山大耳鼻科を中心とするグループにより日本で開発されました。
2.中耳加圧装置による中耳加圧治療
中耳加圧装置「EFET(エフェット)01」は陰圧陽圧の圧力を発生する医療機器であり、耳栓を耳の穴にあてることで外耳道を介して鼓膜に圧波と呼ばれる短時間の圧力の波が加わります。鼓膜からは耳小骨等を介して内耳に圧波が伝わります。中耳加圧装置による中耳加圧治療は、難治性内リンパ水腫疾患患者のめまい発作に対して有効であることが臨床治験にて証明され、2018年厚労省より薬事承認を受けました。現在、中耳加圧装置による中耳加圧治療は保存的治療が有効でない場合に、手術や内耳機能破壊的治療へ移る前に考慮される新しい治療法として保険診療の対象となりました。
3.対象者:保存的治療に抵抗してめまい発作を繰り返す総合的重症度がStage 4のメニエール病又は遅発性内リンパ水腫の確実例であって、外耳道損傷、耳垢塞栓および鼓膜穿孔がない患者。
4.中耳加圧治療の実際、治療期間
日本めまい平衡医学会の中耳加圧装置適正使用指針に従って、耳鼻咽喉科専門医の指導のもと、中耳加圧装置を自宅に持ち帰り、在宅で中耳加圧治療を行います。1回3分、1日2回の治療を継続します。
治療効果や安全性を確認するために、月1回外来受診します。治療中は、毎日、月間症状日誌に、@めまいのレベル、A自覚的苦痛度、B日常の活動レベルの3項目について5段階で記入します。
症状日誌を基に、治療開始1年後に効果判定
1)著名改善:寛解とみなし治療中止 寛解後6ヶ月の地固め継続も可能
2)改善、軽度改善:さらに2年間(計3年間)治療継続
3)不変または悪化:中止
費用(毎月の負担額):中耳加圧装置はレンタル扱いで、購入費用は必要ありません。
在宅中耳加圧療法指導管理料18.000円(3割負担で5.400円)+再診料730円(3割負担220円)
*遅発性内リンパ水腫の指定難病患者は2割負担(市民税非課税世帯では2500〜5000円が上限)
5.予測される有効性・副作用
国内臨床治験では有意にめまい発作が抑制されました。1年以内の治療で80%の臨床的寛解率でした。海外の侵襲的内耳加圧装置では4ヶ月の継続使用で9割の症例でめまいに有効(ただし難聴や耳鳴には有意な有効性なし)でした。そのため、治療された全ての方に有効であるとは限りません。
これまでの臨床治験や臨床研究では明らかな副作用の報告はありませんが、治療に関連してめまい・難聴の悪化が疑われた場合には、中耳加圧治療を一旦中止します。
< 月間症状日誌 > 毎日、以下の3項目について5段階で記入
@めまいのレベル
0:なし 1:軽度(軽度な発作) 2:中等度(中等度な発作が20分以上持続した場合) 3:激しい(激しい発作が1時間以上持続したか、気分が悪い又吐いた場合)
4:経験のない強さ
A自覚的苦痛度は、めまい、耳の閉塞感、耳鳴、難聴について
0:なし、1:軽度、2:中等度、3:非常に大きい、4:極度に大きい
B活動レベルは、日常生活の制限について、
0:正常な活動、1:少し制限有り、2:やや制限有り、3:在宅で不調、4:寝たきり
(参考資料 日本めまい平衡医学会 中耳加圧装置適正使用指針患者指導資料 2018)
<今月の疾患情報 2020年6月28日より>
この4月の医療保険の改定でメニエール病の治療にも大きな変化がありました。2018年秋に薬事承認されていた中耳加圧療法が、在宅中耳加圧療法指導管理料として正式に保険収載されました。小型の中耳加圧装置(鼓膜マッサージ器)を用いて自宅で1日2回内耳に圧刺激を与えるものです。睡眠時無呼吸へのCPAPと同じような在宅療法となります。
内耳は内リンパ液と外リンパ液で満たされています。内リンパ液の中の細胞が動いて音や重力加速度を感じる仕組みになっています。外リンパ液は卵円窓と正円窓で中耳と接しています。卵円窓は耳小骨と繋がっていることから、音の振動が卵円窓→外リンパ液→内リンパ液→有毛細胞と伝わって神経の電気信号に置き換わっていきます。メニエール病では、内リンパ液の産生過剰や吸収抑制で内リンパ腔が膨張(圧の上昇)して難聴やめまいを引き起こします。低音は長周期振動であるために蝸牛(かたつむり管)の奥で共振します。蝸牛の奥の方が圧の上昇で障害を受けやすいことからメニエール病の初期では低音の難聴が先行するのです。中耳の圧変化が卵円窓や正円窓を介して内耳のリンパ液にも伝わります。そのため、中耳圧の変動が大きくなるダイビングでめまいを起こすこともあるのです。
メニエール病の治療の主体は薬物療法です。内リンパ液を減少させる利尿剤が代表的な治療薬です。薬物療法でもコントロールできない重症例では、内リンパ嚢開放術という手術も行われます。中耳の骨を脳硬膜に達するまで削り、内リンパ液が吸収される場所とされる内リンパ嚢を中耳腔に開放して、内リンパ液が過剰に溜まるのを防ぐ手術です。周りの骨を減量して内リンパ嚢が大きくなるスペースを確保するだけでも有効なケースがあることから内リンパ嚢の開放までは必要ないとのデータや、内リンパ嚢を開放しても徐々に閉塞して再発する例があることなど、必ずしも全ての症例で著効という手術ではないのですが、内リンパ液を減圧する現時点では根本的な治療法です。
今回、この手術が適応となるような重症例に、内耳に圧刺激を加える治療法が選択肢として増えたことになります。鼓膜チューブ留置がメニエール病に有効とのデータがあります。中耳の陰圧化が防げる→正円窓などの内耳窓を介して外リンパ液から内リンパ液の圧が減少するという機序が考えられます。中耳加圧療法がメニエール病に有効なのも、中耳から内耳への圧刺激によって内リンパ液が減少するためと考えられます。
1970年代より中耳への圧刺激がメニエール病に有効との論文が出てきました。スウェーデンで中耳加圧装置が考案され1999年に米国でMeniettという治療器として承認されました。難聴や耳鳴には有効でないとのデータもありますが、4ヶ月の使用でめまいが減少した例が90%とのデータがあります。しかしこの治療は鼓膜チューブを留置するという侵襲的な治療を行った後に外耳圧をダイレクトに中耳に届ける治療法でもあったことからも、わが国での導入普及には至りませんでした。その後、わが国で富山大学耳鼻咽喉科のグループが中心となって、鼓膜に穴を開けない非侵襲的な圧刺激でもMeniett同等の効果があるとのデータが得られたことから、今回の薬事承認に繋がりました。当院でもこれまで鼓膜マッサージ器を中耳圧刺激に用いていましたが、2018年に小型化された装置が非侵襲的中耳加圧装置EFET(エフェット)01として開発されたことにより、自宅での在宅治療が可能になりました。
― 資 料 ―
メニエール病診断基準(2017)
A.症状
1.めまい発作を反復する。めまいは誘因なく発症し,持続時間は10分程度から数時間程度。
2.めまい発作に伴って難聴,耳鳴,耳閉感などの聴覚症状が変動する。
3.第[脳神経以外の神経症状がない。
B.検査所見
1.純音聴力検査において感音難聴を認め,初期にはめまい発作に関連して聴力レベルの変動を認める。
2.平衡機能検査においてめまい発作に関連して水平性または水平回旋混合性眼振や体平衡障害などの内耳前庭障害の所見を認める。
3.神経学的検査においてめまいに関連する第[脳神経以外の障害を認めない。
4.メニエール病と類似した難聴を伴うめまいを呈する内耳・後迷路性疾患,小脳,脳幹を中心とした中枢性疾患など,原因既知の疾患を除外できる。
5.聴覚症状のある耳に造影MRI で内リンパ水腫を認める。
メニエール病確実例:A.症状の3項目を満たし,B.検査所見の1〜4の項目を満たしたもの。
メニエール病の重症度分類
総合的重症度 stage 4:進行期 不可逆病変は進行し、自覚症状の苦痛や日常活動の制限がある
病態の進行度:3点、自覚的苦痛度:2〜3点、日常活動の制限:2〜3点
病態の進行度(聴力検査を加味した評価) 3点:高度進行(中等度以上の不可逆性難聴)
自覚的苦痛度(主観的評価:めまい、耳閉感、耳鳴、難聴) 2点:自覚症状がしばしば苦痛 3点:自覚症状が常に苦痛
日常活動の制限(社会的適応、平衡障害) 2点:日常活動がしばしば制限される(不可逆性の軽度平衡障害) 3点:日常活動が常に制限される(不可逆性の高度平衡障害)
遅発性内リンパ水腫診断基準(2017)
A. 症状
1. 片耳または両耳が高度難聴ないし全聾。
2. 難聴発症より数年〜数10年経過した後に、発作性の回転性めまい(時に浮動性)を反復する。めまいは誘因なく発症し、持続時間は 10 分程度から数時間程度。
3. めまい発作に伴って聴覚症状が変動しない。
4. 第[脳神経以外の神経症状がない。
B. 検査所見
1. 純音聴力検査において片耳または両耳が高度感音難聴ないし全聾を認める。
2. 平衡機能検査においてめまい発作に関連して水平性または水平回旋混合性眼振や体平衡障害などの内耳前庭障害の所見を認める。
3. 神経学的検査においてめまいに関連する第[脳神経以外の障害を認めない。
4. 遅発性内リンパ水腫と類似しためまいを呈する内耳・後迷路性疾患、小脳、脳幹を中心とした中枢性疾患など、原因既知のめまい疾患を除外できる。
遅発性内リンパ水腫確実例: A.症状の4項目と B.検査所見の4項目を満たしたもの。
*遅発性内リンパ水腫の指定難病認定に当たっては以下の<重症度分類>3項目の全てが4点以上を対象とする。
A:平衡障害・日常生活の障害 4点:日常活動が常に制限され、暗所での起立や歩行が困難(不可逆性の両側性高度平衡障害)
注:不可逆性の両側性高度平衡障害とは、平衡機能検査で両側の半規管麻痺を認める場合
B:聴覚障害 4点高度進行(中等度以上の両側性不可逆性難聴)
注:中等度以上の両側性不可逆性難聴とは、純音聴力検査で平均聴力が両側40dB以上
C:病態の進行度 4点 不可逆性病変が高度に進行して後遺症を認める。
注)重症度分類は直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断する。症状の程度が重症度分類で該当しない者でも高額な医療を継続することが必要なものについては医療費助成の対象とする。