聴覚情報処理障害 APD
聴覚情報処理障害(APD:Auditory Processing Disorder)は、音を感知する外耳、中耳、内耳(末梢)の機能に異常が無く聞こえているにも関わらず、音を認知して聴覚情報を処理する脳内の神経システム(中枢)の働きが低下して言葉の処理ができない病態です。わが国の推定患者数240万人との研究もあります。「音は聞こえているのに聞きとれない」「聞こえているけれども分からない」ことで周りとのコミュニケーションが困難になります。2005年に米国言語聴覚学会が「APDは聴覚情報を処理する中枢神経システムの障害で,音源定位,側性化,聴覚識別,聴覚パターン認知,聴覚情報の時間的側面の解析,競合音下での聴知覚,歪み語音の聴取などに問題が生じた状態」との定義を公表し、欧米を中心に病態解明の研究が盛んになりつつあります。2018年にNHKでも取り上げられわが国でも知られるようになってきました。
1.症状:
成人と学童期以降の小児では 「会議や授業、電話、うるさい場所などで会話が聴き取れない」「聞き落としが多い」 など。
未就学児では 「ことばが遅い」「発音が悪い」 などで、言葉の聞き取りが悪い自覚がなくことばを文字単位に聴き取ることができないことで音韻意識困難、学習障害をきたす場合がある
2.原因:特定困難ながら1)脳損傷の既往 2)発達障害 3)認知的な偏り 4)心理的な問題 が提唱されている
3.鑑別すべき病気
1) ANSD(Auditory Neuropathy Spectrum Disorder):先天性難聴で内耳障害がなく(DPOAE+)、中枢性障害を認める(ABR -)。2008年新生児聴覚スクリーニング国際会議で提唱される
2) 発達障害:自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)
3) 機能的脳疾患:加齢、認知症
4) 器質的脳疾患:脳梗塞、脳腫瘍、モヤモヤ病など
5) Landau―Kleffner 症候群:幼児期までの知的・言語発達は正常で、幼児期後半から学童前期に聞き返しが増え、難聴様になり、発語の異常を生じ、後天性失語症・
聴覚失認・語聾の症状が出現する。約70%でてんかん発作を伴う。病因不明。難病疾患に指定されている
4.検査 *APDを確定する検査は確立されていません
内耳障害の否定のために:
純音聴力検査、OAE(耳音響放射)、ABR(聴性脳幹反応)、MLR(聴性中間潜時反応)
語音聴力検査、騒音下語音聴力検査
不快閾値検査
聴覚認知検査:Fisher の聴覚情報処理チェックリスト、聞こえ
の困難さ検出用チェックリスト など
*以下は主に大学レベルの研究機関で行われます
聴覚情報処理機能検査APT:両耳分離能、低冗長音の聴取、時間情報処理、両耳融合能、聴覚識別能
神経心理学的検査:記憶検査、複雑図形検査、注意課題、広汎性発達障害評定尺度など
5.治療と支援
1)環境調整:雑音を極力減らす環境作りと話者との距離を縮める、騒音防止用ヘッドホン(イヤーマフ)
2)補聴補助器具:送受信機、補聴器、音声文字変換アプリ、ボイスレコーダー、聴覚トレーニング教材、ノイズキャンセリングイヤホンなど
3)言語聴覚トレーニング:良好なコミュニケーションのための聞き返しの仕方の訓練、話しかける方の話者の工夫と配慮
参考図書文献:
APD音は聞こえているのに 聞きとれない人たち 聴覚情報処理障害とうまくつきあう方法 (国際医療福祉大学言語聴覚学科 小渕千絵教授)
聞こえているのに聞き取れないAPD聴覚情報処理障害がラクになる本 (平野浩二 耳鼻咽喉科専門医)
増田 慎:聴覚情報処理障害の診断と対応. 日耳鼻2020;123;275-277.