幻惑の森  < at ゼビル島.2 >

がくんっ―――――

思いっきり足払いをかけられて、オレは無様にしりもちをついた。

「・・・っ痛ーーー」

「女だからと甘く見ないことだ」
頭上から冷たく投げかけられる。
「わかったよ、おまえを襲おうなんて身の程知らずはいねーよな」
「・・・何度も嫌な思いをした。さいわいこれまでは回避してこられたが」

自嘲と後悔。
きっと言いたくもない事実だ。いくら少年のように見えていても、内なるものは少女だ。

「おまえみたく辛酸なめてきた者が、そんなにカンタンに他人信用すんのかって、かえって信用できなかったんだよ」
「信頼をおいた相手に信用されないのはつらい・・・」


  信頼・・・されてるのか、オレは

「あの・・・飛行船で・・・悪かったな。冗談でもあんなことして」
「あんな?」
「・・・その・・・キスした・・・」
「おまえは冗談で男にキスする性癖でもあるのか」
「だ、だから、その、悪ふざけってかなんていうか」
なんだか言えば言うほど墓穴を掘っている気がする。実際、あの時なぜクラピカの唇を掠め取ったのかよくわからない。

「―――はじめてだったよ」
「!!」
「驚いたけれど・・・不思議と嫌な思いはしなかった。だから・・・」

「軍艦島で聞いた幻聴を確かめたかったのかもしれない」
「幻聴?」
「いや、いいんだ。確かめてもしようがない」

「クラピカ・・・あの、試してみてもいいか?」
「なにを」
「キス・・・ほんとに嫌じゃないか」
「なぜ」
「嫌じゃなかったら、すげーうれしい」
「なぜ」
「んなこと、わかんねー。わかんねーけど冗談じゃねえ・・・ほんとにおまえにキスしたい」

瞳に一瞬とまどいが浮かんだが、黙って目を閉じる。

  いいのか、イエスととるぞ。

キスなんて何度もしてきた。
だけど、こんなに緊張するのは初めてかもしれない。まるでクラピカの緊張がそのまま伝わったかのようだ。
決意の表れのように組んだ両手を左手で包むと、それだけでびくんと震える。
目を伏せるというより、ぎゅっと必死で閉じているようで、口元もひきむすんで、妙に力が入っている。
急激にいとしさがこみあげてきた。

軽く触れるだけのつもりでいたのに、やわらかい感触に思わず理性が蕩けた。

おさえた手がもがくのを感じて、我に返る。
唇を開放すると、げほげほと咳き込んだ。
「・・・息が・・・できない」
背中をさすってやると、ぐったりとオレの胸にもたれてきた。

「ごめん・・・・やっぱ、嫌だったか」
「わからない。なんだか頭がくらくらして・・・」
「それは、きっと嫌じゃねーんだよ♪」

気をよくして、もういちど頬に手を添える。
見あげる瞳が緋い。
初めて見る色ではない。しかし、まるで違う緋だ。
心臓がどきんと高鳴る。


  だめだ、もう後戻りできねえ・・・


そのまま、おかれた状況も場所もオレの理性から消え去った。













   そして・・・











「・・・レオリオ、レオリオ、大丈夫か」
心配そうにのぞきこむ青い瞳。
あたりはうっすらと白んで夜が明けようとしていた。

「え・・・?!!」

あわてて起き上がろうとして頭部に残る鈍い痛み。
「急に起き上がるな。すまない、力の加減ができなかった」
ああ、またオレこいつに殴られたのか?
「オレ・・・なんかしたっけ、おまえに殴られるようなこと」
「・・・覚えてないのか?」
驚いたような呆れたような、そしてあきらめたような表情で。
「いや、覚えてないのならその方が都合がいい。もう思い出すな!」

ぷいとそらした頬は少し赤らんでいて、かわいいと思ってしまう。
「さっさと顔を洗って来い。時間が惜しい」


冷たい水で覚醒するうちに、昨夜の醜態がぼんやりよみがえってきた。しかし、それを言ったら死ぬほど殴られそうな気がしたし、自分でも思いきり後悔している。
多分、クラピカが回避してきた連中と昨夜のオレは大差なかったに違いない。

それでも朝までオレの傍についていてくれたのは・・・少しくらい自信を持ってもいいか。
失くした信頼を回復するのは、まだ時間がかかるかもしれないけれど。
いろいろとおかしなところはあると思いますが・・・。

前半のレオリオ、なんでこんな言い方になるんだ。
クラピカの真意がはかりかねて、なおかつ自分の気持ちもまだストレートに受け入れかねて、という混沌とした状態とでも、と勝手に理屈づけてしまうしか・・・。

そして後半。
教訓:早まるとろくなことはない、ということで。

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MEMO/051103