眠れない眠り姫 < 2 >

なぜ私はここにいるのだろう。
ここに来てしまったのだろう。
確かに「近く」で仕事があったことは事実・・・列車で半日の距離を近くと言うのなら。
ローカル線の終着にその町の名を見たあとのことは覚えていない。

悪夢なら腐るほど見た。
うなされて目覚めることはもはや日常。
それでもひとりで生きていくしかなかったから。いまよりもずっと幼くて、日々生きることだけに何倍もの労苦を必要としても、ただ生きなければならなかったから。
底のない暗闇に引きずりこまれそうな恐怖や、世界にたったひとり残された虚無感におしつぶされそうになっても、ひとりで耐えてこられたのに。
生きる手立ても、ハンターの証も、念の力も、あの頃とは比較にならないほどに「強く」なったはずなのに。
目的は明確に見えているのに。

気づけば、あいつの声、手、あいつの体温を求めている。

私はなにかとんでもない間違いを犯しているのではないのか。

「クラピカッ、おい、おぼれてねーだろな」
バスルームのドアが乱暴に叩かれた。静かすぎるのをいぶかしく思ったらしい。
「だ、大丈夫だ」



オレが貸したトレーナーは大きすぎて中途半端なワンピースのようで、しかし期待した生足は自前のズボンに隠されて拝めなかった。
まあ、オレの精神衛生上その方がよかったのかもしれないが。

ティーバッグの紅茶をいれて、とりとめのない会話。
時折見せる笑みは以前と変わらないのだけれど、かえってそれが痛々しく感じる。
このまま朝までいたい気もしたが、そういうわけにもいかない。
「そろそろ寝るか。ちと男くさいかもしれんけど、オレのベッド使ってくれ」
「お前は?」
「オレはこっちのソファで寝るから」
「それはダメだ。私の方が小柄なのだからソファでいい。第一、勝手におしかけてきたのだから」
「なに言ってんだ。客にそんなコトさせられるか」
「客扱いしなくていい」
「・・・客じゃなかったら、他人じゃないよな」
触れそうなほどに顔を近づけてささやくと、一瞬、強気な表情がひるむ。
「んじゃ、実力行使!!」
ひょいと抱き上げてベッドにほうりこむ。
「寝なさいっ」
ベッドサイドのスイッチで灯りを消し、毛布をかかえて1歩踏み出したとき。
後ろからシャツがひっぱられた。
「・・・てくれ」
「え?」
「いっしょに寝てくれ」
「はあーーーー?!!」
バランスをくずしたオレは、そのままベッドの端にすわりこんだ。
右の肩におしあてられた金の髪。
「いっしょに寝てくれるだけでいいんだ」
その・・・だけっていうのに、ものすごい努力と根性を必要とすることを、このお姫様は気づいていない。


なにがあったんだ。
なにもなくて、こんな遠いとこまでわざわざ来ねーだろ。
なんか話したかったんじゃないのか。

「・・・眠りたい」
意外なような、しかしある意味納得できるような答えがかえってきた。

けれど、それ以上のこと、眠れない理由は決して語られなかった。
それでも、その「眠りたい」の一言は彼女のプライドのぎりぎりの譲歩だったのか。
まるで糸が切れたようにぱさりとクラピカの身体は力を失い、そのまま眠りに落ちた。

半身に感じる体温、鼓動、寝息・・・。
柔らかな感触に、オレの心臓だけがばくばくと高鳴って、彼女が目覚めるのではないかと危惧するほどで。鳩尾のあたりがずきずき痛む。
いまは触れてはならない。
ただ、悪夢に怯える幼い子どものように抱きよせた。
荊の檻にがんじがらめになった眠り姫、目覚めさせることはできなくとも、せめて平穏に眠ることができるのなら。


頭ではわかっている。しかし・・・。
なんで寝るのに、そうホントーにただ寝るのに、こんなに気合いいれなきゃなんねーかって。



結局、クラピカは翌日の昼近くまで眠り続け、もう夕方には夜行の飛行船で帰途についた。
かたくなに辞されたが、どうにも心配で空港まで送っていく。
「なにか醜態をさらしてしまったような気がする」
ぼそりとつぶやかれて
「気がするって、まさか覚えてねーのか」
「・・・いや、そうではない。そうではないから・・・できれば忘れてほしい」
「だーれが。普段見れないものを拝ませてもらってラッキーだったぜ」
わざと軽い口調で言うと、眉間のしわを倍増させて睨んできたが。
「眠れなかったらいつでも来いよ」
「ああ、そうさせてもらう」
我ながら歯の浮くセリフに、答えはひどく素直だった。
「じゃー、ダブルベッドに買い替・・・」
最後まで言わせないパンチもひどく素直で。
こういうことで実感したくもないが、いつものやつに戻っていた。安心はしたものの、いまさらながらにオレはものすごくもったいないことをしてしまったのではという後悔がつらつらとこみあげてくる。
そしてもうひとつ、多少の逡巡の末、オレは一抹の不安を口にした。
「・・・なあ、そのまさかと思うけど、他のやつにあんなコト言ってねーだろーな」
「あんなコト?」
訝しげな目で問い返す。まったく、こいつの鈍さときたら。
「だーかーらー・・・いっしょに寝てくれなんて
さすがに後半は声をひそめて言ったのに。
「バカを言うな。おまえだから言ったのだ。他の者の横でなど眠れるものか」
あーもー、そんな凶悪な殺し文句を真顔でさらりとはくんじゃねー。
そんな心の叫びを知ってか知らずか。
「世話をかけたな。礼を言う」
えーい、やけだ。
「んじゃ、お礼にちゅーとかしてくれたらすげーうれしーなーとか」
これぐらいいいだろう?けれど理性限界で頬をゆびさして。
しかし大きな瞳は、なにを言うんだこのばかはと言っていて。
ちと調子ののりすぎたか。
「・・・いいだろう。では、少しかがめ」
意外にも。
「目をつぶれ」
上目遣いににらまれて、しかたなく目を閉じる。
オレの首にまわされる両の手、そして予期していなかった一瞬の唇の感触。
思わず目を開けたオレは、よほどまぬけなカオをしていたのだろう。
「あほ面をするな。次の予約だ」
そう言い残すと、さっさと搭乗ゲートへ向かっていく後姿。

けど、この際「安眠枕」でもなんでもいいと思った。
この世界でただひとり、あいつはオレのところへ来てくれたのだから。
これは、昨年の11月頃、まだ私がサイトを持つ気などなかった頃に思いついた話です。
最初に浮かんだのは「レオリオの友人たちに囲まれてパニックになるクラピカ」。
それが、なんだか「にーさんの傍だと熟睡できるピカ」になり、「ラストシーン」だけさっさとできあがり・・・。
しかし、当時居候していた大家さんのネタとかぶってしまったので、いくら展開が違ってもまずかろうと自粛。
そろそろ、ほとぼりもさめたかなと引きずり出してきた次第です。というか、これが仕上がってくれないと、先へ進めないことがいろいろあって。

ピカが脆すぎるとか、乙女すぎるとか、なんだか書いている本人も心情が読めないままなので、あまりつっこまないでいただけるとありがたいです。
し、しかし、いつも思うのだが、あんたらどこまでの関係なんだ・・・

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050312