眠れない眠り姫 < 1 >

大学の悪友どもとの飲み会の流れで、狭いアパートには野郎ばかり酔っ払いが5人。自然、落ちつく先は・・・女の話。
「だいたいだなー、レオリオ。なにが不満であーゆー誘いを断るんだ、あ?」
先日、丁重にお断り申し上げた美人さんの件だ。
ほとんど目がすわっている。
「お前、決まったコレいるわけ?」
「えーと、いるようないないような・・・」
「どーゆー意味だ」
「・・・なんとなくそう言える自信がない」
そう確かにオレは何度もしつこいくらい「好きだ」と言い続け、根負けしたのか成り行きだったのかあいつも応えてくれたけれど。
日々の環境が違い過ぎて、なにより背負っている重みが違いすぎて、オレはあいつにとってなんなんだろうと自問すれば果てしがない。
ちらりとごったがえす机の上に目をやる。無精も幸いというか、ついつい積み上げた本に写真立ては埋没している。こいつらにあれを見られた日にゃ何を言われるかわかったもんではない。

ピンポーン 玄関のチャイムが鳴った。
「今頃、誰だ?」
時計はすでに日付が変わる頃。
「借金取りじゃねーのか?」
「女だったりして・・・」
うっせーと言い置いて、とりあえず玄関に向かう。
「誰だ、こんな時間に」
「・・・私だ」
心臓がはねあがった。
「ク、ク、クラピカッーーー?!!」
声がひっくり返ったのが自分でもわかる。あわててドアを開けると、暗闇にぼんやりと浮かぶ金糸の髪、今まさに思い浮かべていた・・・一瞬そのまま消えてしまいそうな錯覚を覚える。
「ど、どうしたんだよ、今頃」
「近くまで来たものだから・・・」
奥の喧騒に気づいたのか、視線がオレを通り越した。
「客人か」
「そんなたいそうなもんじゃねーよ、大学の連中だ」
「やはり電話をいれておくべきだったな、非常識なことをした。すまない」
「いや、あ、でも電話くれてたらあんなの追い出して」
「元気そうでよかった。では失礼する」
ーーーー失礼?
ちょ、ちょっと待ったーーーー!!!!
すんでのところで腕をつかんで引き止めた。
「おい、今ごろからどこ行くってんだ。それこそ、よっぽど非常識だろーが」

「レオリオー、誰だ〜その美人」
玄関先の押し問答に悪友どもがぞろぞろ顔を出してきた。
「おまえ、どんな女にもなびかんと思ったら」
「紹介しろ、紹介しろ」
「こんな時間に訪ねてくる仲なわけか〜くやしいっ」
「どこに隠してたんだーーちくしょー」
「ねーねー彼女、名前は?年いくつ?」
別に連中に悪気はさらさらないのだが、酔った勢いも加勢してたちまちオレを押しのけてクラピカを囲い込む。矢継ぎ早にまくしたてられてクラピカはひきつったように目をぱちくりさせている。
これがヤクザの強面とかなら何のためらいもなくのしてしまうだろうに・・・。
やばい、完全にかたまってる。
「よるな、さわるなっ!!!全員、出てけーーー!!!」



「・・・レオリオ、はなしてくれないか」
かぼそい声に、ついどさくさまぎれできつく抱きしめていたことに気がついた。
「わ、悪りぃ」
あわてて手をゆるめた。
ほぉと息をつき、見上げるクラピカと目があう。
どうして、こいつはこんな瞳で無防備に見つめるんだ。おかしくなるじゃねーか。
「どうした。私の顔になにかついているか」
「いや・・・その、おまえ、ほ、ほんものだよな」
オレの願望が見せた幻覚なんかじゃねーよな。
「な、なにをばかなことをっ」
やべ・・・

いや、なんかおまえの方から来てくれるってのが、まだ信じられなくて。

なんだか、またやせた気がする。顔色もよくない。
知らず、オレの手にすっぽりおさまってしまいそうな両の頬を包み込む。
そして気づいたもうひとつの違和感。
もういちどその身体を抱きしめた。
「レオ・・・」
やっぱり。
「おまえ、すげー冷えてる。いつから外にいたんだよ」


「そーだ、風呂はいれ」
ほんとはオレがあっためてやりたいけれど、ってそんな冗談言ってる場合ではなくて。
「そ、そんなこと、かまわない」
「オレんとこ来て風邪ひいたなんて言われたらたまんねーから」


絶対、おかしい。
なにかあったに違いない。
バスタブに湯をはりながら、思いをめぐらせる。
あいつがまえぶれなしに来ること自体すでに尋常でない。それも、ここへ来るまでにかなり逡巡したらしい。で、この時間だ。
普通なら、こんな深夜に恋人が(ほっといてくれ、願望120%だ)訪ねてきたなら、単純によろこんでおいしい展開を期待したって誰も責めたりしないと思うのだが。
とてもそういう気になれない。

なにがあったと聞いて、素直に答えるとは思えない。
しかし、わざわざオレのところまで来たってことは、オレに問われることを期待しているのかもしれない。問われなければ、はきだせないこともある。
どちらがあいつの望みなのだろう。


えーい、なるようになれっ。
オレは両の頬にばちんと気合をいれて部屋に戻った。

「なーなー、腹へってねーか。たいしたもんはできねーけど」
つとめて明るく声をかけた。
「え、いや、大丈夫だ」
視線の先、テーブルの上はとりちらかした宴の残骸。
「・・・よかったのか?」
「なにが」
「その、楽しんでいたようだから」
「あいつらは嫌でも毎日カオあわせてんだから気にするな。てゆーか、連絡くれてたら飲みになんか行かなかったのに」
クラピカをこごえさせた数時間、バカ騒ぎをしていた自分が恨めしい。
「酒は・・・楽しくなるのか?」
「ひとそれぞれだな、泣き上戸だのすぐ説教はじめるやつとかもいるし」
そういえばこいつと飲んだことはほとんどなかったなと思い出し、あわてて付け加えた。
「お、お前はやめとけよ」
「どうしてだ」
「なんか、はてしなく落ち込みそうな気がする」
「それはお前の推測にすぎないだろう・・・それに、落ち込んでしまったらお前が引き上げてくれればいい」
どーゆー意味だ。
「どっちにしてもコドモはやめとけ」
「すぐにそうやって子ども扱いするのだな」
上目遣いの瞳に、心臓がドキンと悲鳴をあげた。
・・・やっべー、酔いが戻ってきそう。
「オレよりはコドモだろー」
あえて乱暴にやつの髪をぐしゃぐしゃともしゃぐった。
「とにかく、あったまってこい」

「安心しろ、のぞきゃしねーよ」

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050312