スギ花粉症で悩む方が随分増えています。年々増加傾向が見られ、日本人全体の12―13%、都市部では18―20%とも言われています。
治療は飲み薬、点鼻薬が一般的で、色々な種類の薬剤、治療法が考えられていますが、まだ根本から完全に治すことは現時点では困難です。減感作療法と言う理論的には根本治療がありますが、効果がでるまでに数年かかり、今しんどい症状を抑えるのに間に合いませんし、全員がそれで治るというものでもありません。それぞれの治療法には長所、短所があり、そのいいところを組み合わせて行うことが一般的です。
症状がきついことと、病院にかかるのはいいが、シーズンにはどこの耳鼻科も患者さんでごった返しており、できれば一回で効果のある治療法を皆さん期待されます。そこでよく話題になるのが、ステロイド、副腎皮質ホルモンの筋肉注射とレーザー治療です。
ステロイド筋注は私自身は経験がないので、花粉症治療で有名な先生方の討論の最近の抜粋記事を引用してみます(日経CME 2001年1月)。
司会(耳鼻科医): ステロイド薬の注射は行っておられますか。
S(耳鼻科医): 私は行っていません。
司会: 劇的に効くということで患者さんには評判がいいようですが、副作用が強いですね。
S: X県にも筋注を行っている内科医がいて、患者さんが殺到しています。確かにステロイド筋注は切れ味がよく、症状はピタリとおさまります。しかし、怖いのは副作用で、生理が止まったり、虚脱感を訴えて、私のところに来院された方もいます。
O(内科医:) 私も行いません。喘息の治療に携わってきた医師にはステロイド筋注には苦い思い出がありますから、決して投与しないはずです。ただ東京にもそうした治療を行っている病院があって、多くの患者さんが押しかけています。その中には副作用を訴える患者さんがいるようで、心配しています。
(中略)
S: ステロイド筋注はアレルギー性鼻炎も適応疾患になっていますが、筋注はもってのほかで、絶対に避けなければなりません。
O: 筋注は適応から外すべきですね。
司会: 喘息と違って花粉症の場合はいくら症状がひどくても命に関わるということはありません。筋注は極力避け、同じステロイドでもリスクの少ないステロイド点鼻薬で対処するのが望ましいと思います。
実は自分は経験はないと書きましたが、耳鼻咽喉科医ならではの治療法として鼻内にステロイドを注射する、ちょっと怖そうな、痛そうな治療の経験は多数例あります。ほとんどは最近のように良い薬、点鼻薬、レーザー治療などができる以前のことですが。これはやはり重症の患者さんで「どうしても」という時に行います。筋肉注射でも、鼻内注射でも吸収された薬剤は血液に入って効果を発揮しますので、理屈はほぼ同じと考えてよいのですが、一発でドンピシャと治った患者さんは余り記憶にありません。通常は1週間間隔で3回ないしは5回を1クール(ワンセット)でやっていました。その時の効き具合は「抜群」という印象は残っていません。
記事の先生方も自分では実際はされてなくて患者さんからの問診、また聞(ぎ)きを参考にしてのお話と思います。口裂け女ではありませんが人から人へ伝播する過程で効き目が、かなり誇張された面があるのではないかと考えています。はっきりした医学的統計データがないので、きちんとしないといつまでも週刊誌などで効き目ばかり強調されて重大な副作用が見逃されることとなります。
一方レーザー治療のほうは和歌山日赤耳鼻科榎本先生のデータで、「鼻閉に対して90%ぐらいの効果があり、くしゃみや水性鼻漏に対しても70%ぐらいの効果があります。季節性(例えばスギ花粉症:筆者注)でも通年性(たとえばダニアレルギー:筆者注)でも同じような効果があるようです。2年ぐらい経つと、約20%の患者さんで再発しますが、効果的な方法」と報告しています。ただし、「花粉症、鼻アレルギーは基本的に免疫学的機序で起こっているので免疫学的に治療したい」ということを付け加えています(日経CME 2001年1月)。
現状ではそれぞれの患者さんの症状に合わせて治療方法を選択する必要があります。参考にして下さい。
(「鼻アレルギーについて」、「レーザー治療について」もご覧ください。)
日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会 花粉症、特効注射は危険
スギ花粉症の患者に「注射一回で治る特効治療」などと称し、副作用の危険があるステロイドを大量に筋肉注射する病院があることから、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会は学会としてこの治療の危険性を広く呼びかけ警告することを決めた。
同学会が問題視しているのは、アレルギーの原因になる過剰な免疫反応を抑えるステロイドを大量に注射する療法。ぜんそくなどの重い発作を抑えるため実施することはあるが、同学会などが一昨年まとめた鼻アレルギー治療ガイドラインは花粉症の治療としては採用していない。強力な治療のため、一回の注射で翌日から症状が消え、数週間効果が持続するが、副作用として、満月のような顔のむくみや皮膚障害、月経異常などの危険性があるためだ。
同学会ではこの問題を担当する京都市の先生(耳鼻咽喉科、アレルギー科)が代表する形で大阪市で開く学会のシンポジウムで特別発言、花粉症治療は絶対的な効果より副作用回避を優先させるのが基本と訴える。
(平成13年2月16日、オオモリ薬品 OMS情報サポート23号より抜粋掲載)
アレルギー性鼻炎へのステロイド・デポ剤は要注意 −皮膚萎縮や骨粗鬆(しょう)症の恐れー
(独ウィースバーデン) 特に重い症状や症状の悪化が認められる季節性アレルギー性鼻炎患者に対して、トリアムシノロンアセトニド40mg(まれに80mg)の注射を年1回処方しているという家庭医から、「骨粗鬆症危険因子のない青年もしくは比較的健康な成人の場合でも、同注射による骨粗鬆症リスクを警戒すべきなのか」との問い合わせが本誌ドイツ版編集部に寄せられた。この件に関して、鼻科学・アレルギー学センター(ウィースバーデン)の Ludger
Klimek教授は以下のように回答した。
ステロイドは、既に何十年も前から炎症性疾患の治療に用いられ、成果を上げている。近年、アレルギー性鼻炎治療では点鼻スプレーが用いられており、その効果は局所的で全身性副作用を生じるリスクはきわめて低い。治療抵抗性の鼻炎に対して、あるいは、より重度の鼻炎や鼻閉に対する強化治療をしてはステロイドの経口投与を検討する。
これに対して、ステロイド・デポ剤の注射は極力回避すべきである。有効成分がきわめて長期にわたって結晶懸濁液から放出され続けるため、ステロイド分泌調節機構全体に混乱が生じ、皮膚萎縮、骨粗鬆症、白内障といったステロイドに典型的な副作用の発現リスクがかなり上昇するというのがその理由である。
(Medical Tribune 2008/1/17 6頁より引用)(2008/1/21追加)
「一回の筋肉注射によって花粉症シーズンを乗り切ることができる」という風説があるが誤った情報である。
デポタイプのステロイド筋注によって出血した場合は、筋炎ならびに脂肪織炎を起こし、筋麻痺、筋委縮を来す。また注射後に出血がない場合でも、ステロイドが局所に長くとどまり、脂肪組織の萎縮を来して皮膚陥凹を来す。皮膚陥凹は、注射後1か月以上を経た時点で出現し、陥凹の回復に1年から数年を要する。
まれではあるが、デポタイプのステロイドの(鼻粘膜などへの)局注で、網膜動脈の塞栓が出現し、失明、視力障害を来すことがあることも留意する必要がある。
(愛媛県医師会報 877号18−19頁より抜粋引用) (2015/4/22追加)