聾学校との交流会「1/42プロジェクト」へ向けて
(「1/42プロジェクト」とは、「42人の中の一人」という意味で、聾学校の生徒を、クラスの一員として迎え入れることをめざしている企画のこと) 
1 手話との出会い  
2 HR活動で手話講習会を
3 講演 手話と私 ー講師 S・Cさんー
4 手話講習会を受けて ー感想文ー  
5 Sさんからの手紙
6 交流会に向けてー全記録ー
7 交流会での授業案と場面設定会話例
8 「1/42プロジェクト」最終報告  H.9.7.26

BACK TO HOME PAGE

手話との出会い

 HR活動で講師を招いて手話を学んだり、聴覚障害者との交流会の企画を立てたりと、個人的にもHR活動においても積極的にボランティア活動と関わりをもっていますが、そもそも私が手話と出会うきっかけはどのようなものであったのかをまず述べます。
 昨年(1996年)の5月頃に「福祉教育読本」の作成委員になるように言われました。担当は「ボランティア活動」でした。それまでほとんどボランティア活動とは縁がなかったので、さすがに面食らいましたが、断れるものでもないので資料を集めたり、苦労しながらもなんとか書き上げることができました。しかし、ボランティア活動について執筆したものの、委任を受けてから、仕上げるまでの間に実践したボランティア活動といえば、白寿荘へ慰問に訪れたのが唯一の活動でした。
 ですから、福祉読本の作成中も、そして作成後も気持ちの上で何かすっきりしないものがありました。そんなとき、手話サークルがあることを知り、軽い気持ちで「ボランティア活動の一環として、手話を学んでみよう。」と考えたのです。そして、手話サークルの指導者に、手話講師として来てもらえないだろうかと依頼しました。
 私の依頼に対するサークル指導者から返事は、「一度サークルにいらっしゃい。」というものでした。正直なところ、内心ちょっと面倒だなあと思いましたが、講師の依頼もしなければならないので、一度会いに行ってみることにしたのです。そのほんの一度だけのつもりが、結局は半年以上も通い続ける結果となったのです。サークルのメンバーも「たぶん続かないだろう」と思っていたそうです。確かに手話を習うというのは初心者の私にとっては本当に疲れることでしたし、メンバーのほとんどが子供や女性ばかりなので、これは大変だなあと思いました。それでも、手話をしている時の皆さんの実に生き生きとした表情と手話の美しさに惹かれ、もう一度だけ参加してみようという気持ちが生まれ、その気持ちの積み重ねが現在まで手話を習い続ける原動力になっています。

BACK TO MENU


 ホームルーム活動 ー手話を学ぶー
1 第1時間目(3週間前)    
聴覚障害者トライアスリートである高島さん夫婦の記録番組を鑑賞する。

2 第2時間目(2週間前)    
 (1) ボランティア体験の発表
  ・独居老人訪問     
  ・老人ホーム、松葉学園、希望の森訪問   
 (2) 指文字と簡単な手話を指導      
  ・聴覚障害とは何か(資料)     
  ・手話の歴史 (資料)     
  ・指文字の指導と「しりとり」・「伝言ゲーム」     
  ・自己紹介の練習

3 当日までの2週間、SHRをできるだけ手話や指文字の練習に当てる。

4 第3時間目 講習会当日   
講師 Sさん   
 (1)手話との出会い   
 (2)手話サークルの活動   
 (3)手話指導   
   ・挨拶 
   ・家族の紹介
   ・職業の紹介     
 (4) 手話による歌指導・・・「岡本真夜のtomorrow」
 (5) 手話講習を受けての感想文を書く(宿題とした)

BACK TO MENU   


Sさんの手話による講話 ー手話との出会いー

 私が初めて手話を見たのは、皆さんと同じ高校生の時でした。偶然テレビで「NHKみんなの手話」を放送していたのです。そのころ、手話はドラマで使われたりすることはなく、今のようにブームでもありませんでした。むしろ、奇異な目で見られるということで、聴覚障害者の間でも隠れるようにして使っていた状況だったと聞いています。ですから、手話を目にするのはまったく初めてのことでした。手で会話ができることに驚くと同時にその手の動きのいきいきとした美しさに惹かれました。そして、いつかは覚えたいとの思いを強く抱きました。
 その後、仕事のために松山で生活するようになりましたが、マンションの一階に聴覚障害のご夫婦が理容店を開いていました。私が仕事で留守の間に届いた荷物を受け取ってもらったり、野菜をいただいたりといろいろお世話になりました。感謝の気持ちを伝えたかったのですが、「ありがとう」と言うのが精一杯(もちろん手話ではありません)で、後は用件をまとめてメモに書いて渡さなければなりませんでした。もっとたくさん伝えたいこと、話したいことがあるのに・・・と思うと、とても残念でした。
 一度は本を買って勉強しようとしたのですが、その方法も分からず、なかなか一人では覚えられるものではありませんでした。やがて結婚し、子供が産まれました。そのころ、3ヶ月コースで夜間に手話講習会があったのですが、子供と一緒に受けることもできずあきられました。でも、手話への思いは募るばかりでした。
 一昨年、夫の仕事の関係で引っ越しました。この町は福祉の町で、聾学校もある。それに、子供も少しずつ手が放れてきた。今なら手話を勉強できるのでは・・・と思い、問い合わせてみました。そして、昨年、現在のサークルを紹介していただき入会したのです。念願の手話をようやく始めることができ、今はとても楽しく学んでいます。
BACK TO MENU

手話講習を受けて ー生徒の感想より抜粋ー
(   )内は担任のコメント
Nくん ・・・けれど、障害者の人々と私たちが同じ社会の中で交流をし、生活していくために手話が必要であり、障害者に差別のない開けた社会を実現するためには、もっと手話の存在やその意義を知ってもらう必要があると思う。そのためには、国語や英語を学校で学ぶように、手話を教育の中に取り入れるべきだと思う。
(手話を学ぶことは、手話を通して、聴覚障害について、障害者が受けている差別について、聾文化について学ぶこと、そして聴覚障害者と関わっていく第一歩だと思う。)

Kさん
 私たちは普段、考えや思いを言葉で伝えますが、手で伝える方法もあることに感動しました。これをきっかけに、もっと手話の勉強をして聴覚障害者と交流を深めたいなと考えるようになりました。人間は、会話でコミュニケーションを図るものです。この手話を使って、聴覚障害者とのコミュニケーションを図り、友達をたくさん作りたいというのが私の気持ちです。だから、次回への希望として、交流会を開きたいです。
(手話を我々が用いる言葉と同じレベルでとらえ、自分の考えや思いを相手に伝えるコミュニケーションの一つであると言い切っているのは大きな成長だと思う。)

Mさん.
 この講習を受けるに当たり、私たちは指文字の練習をしてきた。指の微妙な動きが何か特別なもののように思えて、一文字覚える毎に感動した。手話に何の縁もなかった私が指文字をすべて覚えられるとは思ってもいなかったので、このような機会をいただいて感謝している。
 これから先、聴覚障害者に出会ったとき、自分をどう表現できるか、自分に期待してみたいと思う。
(「自分に期待してみたい。」この一言で、今回の企画は報われた。)

Rさん
 私もわたぼうしコンサートに参加したので、Sさんの手話通訳を見ました。その時は、「手話ができてすごいなあ。ベテランの人かなあ。」と思っていたのに、初めてから1年しか経っていないと聞いて、とても驚きました。
(たった一年でも強い目的意識さえあれば、通訳ができるまでになれるという見本をSさんが示してくれたので、生徒たちは大いに勇気づけられたと思う。)

Mくん
 今回の手話講習をうけて私と手話との距離が近づいたような気がします。私たちがこれから一生聴覚障害者にならないとも限らないし、今いる私たちが障害者の手助けをしていくことが大切だと改めて実感しました。
(障害者の問題は、病気や老いの問題と同様、だれもがいつか好むと好まざるに関わらず直面しなければならない問題だということによく気づいてくれました。)      

BACK TO MENU

講師のSさんからの手紙

 卒業して以来、14年ぶりにくぐる母校の校門。変わっていない風景に励まされながら玄関へと向かいました。こんな形で母校を訪れることになろうとは思ってもいませんでした。
 当日は教室にはいるまで、「引き受けるのではなかった。」との思いが頭の中を駆けめぐっていました。おそらく、ほどんどの生徒さんが手話に触れる初めての機会であるだろうし、どのくらいの関心があるのだろう?と不安でした。それになにより私のような経験の浅いものが果たして講師としての大役を無事務めることができるのだろうかとの思いでいっぱいでした。緊張感で頭の中は真っ白、心臓もパンク寸前。
 しかし、いざ講習を始めると、私のまずい手話に、話に、皆さんが真剣に目を向け、耳を傾けて下さいました。それまでの私の不安は一気に消えました。ちょっぴり照れながらも一緒に手を動かしてくれたことが忘れられません。そして、皆さんの笑顔も・・・。気がつけばあっと言う間に50分が過ぎていました。
 私にとってもこのような形での講習は初めての経験でしたので、十分な準備もできなかったことを大変申し訳なく思っています。あれも言いたかった、これも教えたかった・・・と反省ばかりですが、これをきっかけに少しでも手話に興味を持っていただけたならとてもうれしく思います。
 これから、皆さんも大学で、社会で、何らかの障害を持った方と接する機会があるのではないでしょうか。そんな時に、障害の有無にかかわらずともに歩める人になっていただきたいと心から願っています。私もそれを目標にこれからもがんばります。
 最後になりましたが、皆さんと一緒に学ぶ機会を持つことができたことを感謝しています。ありがとうございました。

BACK TO MENU

交流会に向けてー全記録ー

5月25日(日)
 インターネットで、聴覚障害に関する情報を集めた。日本のホームページからは、「聴覚障害について」アメリカのホームページからは、school for the deaf、evaluation of deaf children、 assistive listening devices

5月26日(月)
 インターネットの情報をSHRで紹介する。生徒の反応を見ていると聴覚障害に対する関心は高いようだ。しかし、このままだとせっかくの関心も薄れてくるだろうし、手話や指文字も忘れてしまう。SHRを活用して定期的に生徒に手話を教えようか。いや、それより生徒に手話を教えさせることはできないものだろうか・・・。Sさんから、「生徒さんの感想文を読んでとっても感激しました。」との電話をいただく。聾学校との交流会の件で、聾学校に「HR活動の一環として交流会を開きたい。」と伝えてもらう。できれば、聾学校の生徒を特別扱いするのではなく、一人の生徒として迎え、英語の授業をしてみたい。もちろん、乗り越えなければならない多くの障害はある。ALTが聾学校で実際に英語の授業をしているので、いろいろアドバイスを受けなければ。

5月29日(木)
 手話サークルに出席。Sさんが、先日の講習会の感想を書いてきてくれた。生徒たちの真剣な姿勢がSさんにも伝わったようだ。よかった。早速、あすSHRで生徒に紹介しよう。

5月31日(土)
 総体の取材で県運動公園へ行ったが、バスケット会場で聾学校の生徒に出会った。友達の応援ということだったが、その友達というのはどうもうちのクラスの生徒らしい。いい機会だったので、「交流学習でうちのクラスに来て、一緒に英語の授業を受けないか。」と下手な手話を交えて話したところ、とてもうれしそうな表情でうなずいてくれた。読話で私の言っていることはほとんど分かるようだ。彼の話す言葉も違和感無く理解できた。問題は、英語でどのくらいお互いにコミュニケーションが図れるかということだ。近いうちに、聾学校に連絡を取ってじっくり話す機会を持たねば。とにかく、今日直接話ができたのは交流会に向けて大きな弾みとなるはずだ。

6月2日(月)
交流会の内容について自分なりに考えてみた。
1 聾学校生徒の自己紹介、将来の夢
2 英語の授業  
(1) POWWOWTのテキストを使う・・・カバーするパートを事前に連絡し、英語の先生に指導(意味、読み指導)しておいてもらう。 
(2) テキストの内容に即したようなグループ活動も併せて考える。
(3) 手話による歌の指導・・・Sさんに指導を受ける
   (あのすばらしい歌をもう一度、この広い野原いっぱい、翼を広げて・・・等)

6月4日(水) 
 1年生用の英語到達度テストを数年ぶりに改訂することになった。交流会での指導の参考にしたい。

6月5日(木)
 手話サークル。3人の新メンバーを加え、久々に講師さんからたっぷり2時間ほど指導を受けた。難しい文章が多かったが、繰り返し指導してくれたので家に帰ってからも自分でできた。手話サークルに参加してもう半年以上になるのだからもう少しうまく手話をあやつることができてもいいのになあ。(自分の不勉強を棚に上げて!)

 6月6日(金)
 岡本真夜の‘TOMORROW’を生徒たちが練習。私は、出張だったが、生徒達は教育実習生も参加して7時過ぎまで練習していたようだ。

 6月7日(土)
 SHR前に生徒たちが集まって手話の練習をしていた。女子5名、男子2名と実習生の8名がSHR時にTOMORROWを指導してくれた。手話指導が担任の手から生徒の手へと移ったようだ。これで、交流会プログラムの英語の授業に専念できる。授業内容はいまのところ教科書を離れての指導であるB案にする予定。

 6月11日(水)
  このところ生徒各自が自分の役割を自覚し、積極的に動いてくれるのでありがたい。次はどんなことをしてくれるのか楽しみだ。音楽の先生がHR活動のために音楽室を提供してくれ、さらに自らピアノで伴奏してくれるとのこと。これは、盛り上がるHR活動になりそうだ。

6月13日(金)
  今日のHR活動は「時事問題徹底研究」と題したディベイト形式の討論会に向けて、各班でどのような問題を取り上げるかの発表出会った。最初の10分間を「切手のない贈りもの」の練習に当てた。

6月14日(土)
 明屋で「詩と歌で覚える手話の本」を見つけた。これまで覚えた「TOMORROW」や「切手のない贈りもの」の他に「碧いうさぎ」「翼をください」「いい日旅立ち」等が載っていた。坂村真民さんの詩「二度とない人生だから」があったので、これからこの詩に取り組んでみたい。
 
6月20日(金)
 聾学校へ行き、生徒に授業内容を説明し、簡単な会話の練習をした。英語でのコミュニケーションも、彼の音声に慣れればほとんど問題はないと思われる。ただ、生徒とのコミュニケーションがどの程度できるかという不安はある。事前に生徒と英語で話をさせる機会を持つ必要があるだろう。
 打ち合わせ後、英語の先生が「音楽の演奏会のリハーサルがあるので是非見に来て下さい。」と言われたので、体育館で鑑賞した。演奏が始まる前から、生徒は全神経をある一点に注いでいた。ある一点とは、もちろんタクトである。聴覚に障害を持つ彼らは、指揮者の振るタクトのみを頼りに楽器を演奏する。私から見れば、とにかく厳しい指導であった。厳しい指導ではあったが、だれも嫌な顔一つ見せず指導に素直に従っていた。指揮者の先生からは少しの妥協も許さない姿勢がひしひしと感じられた。生徒にしてみれば、自分たちの奏でる音が聞こえないのだから、先生との信頼関係がなければ決してこんな厳しい練習には耐えられないであろう。換言すれば、厚い信頼関係があるからこそこの練習が成り立っているのだろう。
 ちょうど聾学校の校長先生が来られたので、交流会の件を相談したところ、ありがたいことに前向きに考えて下さるとのことだった。

6月27日(金)
 交流会が7月14日(月)に決定した。野球の試合の関係でこの日に保護者懇談会が入ってきたが、うちのクラスだけ5時間目の授業をすることを了解してもらった。場所は会議室を使用できるようになった。期末考査後は、準備でかなり忙しくなると思うが、きっとやりがいのある、思い出に残る交流会兼英語の授業になる。

7月2日(火)
 ALTさんの好意で交流会に参加してくれることになった。ありがたいことだ。ALTにはAET'S SHOPで活躍してもらわねば。

7月7日(七夕)
 放課後最終打ち合わせのため来校。彼にはファスト・フードの店員になってもらうことになっていたので、生徒数人と練習した。彼の英語は十分理解できるものであり、店でやりとりする会話の応用もこなせる力があるようだ。また、生徒たちの話す英語も聞き取れていたので一安心。当日はモデル・ダイアローグをベースにどれだけ発展的な会話が交わせるかとても楽しみだ。あとは、うちの生徒にがんばってもらうだけだ。
 打ち合わせ後、モスバーガーまでハンバーガーのメニューをもらいに行った。手作りのメニューもいいが、やはり本物のメニューがあった方が雰囲気出そう。

7月10日(木)
 HR活動の時間に最終的な話し合いをした。どの班もユニークな企画で各コーナーを仕上げている。参加者全員が主役になれ、ほんとうに楽しむことができると同時に、英語の力もつく企画になりそうだ。

7月11日(金)今週はずっと雨だったなあ。
 今日はクラスマッチの後、全員で残って会場作りをした。各コーナーとも飾り付けが凝っており、楽しい雰囲気に出来上がった。指示カードも生徒の手作りで、カードに指示されたコーナーで一度活動してみた。生徒は「ほんとに楽しい。他のコーナーにも行っていいですか。」などと予想以上の反応を見せた。
 「Express yourself in English」というスローガンのもと、ディベイト指導から始まり、この場面設定会話練習に至るまで、クラスで英語を話すことに努めてきた。そのかいあって、いまではほとんど英語で話すことに抵抗が無くなったというのが、生徒が英語を楽しめるようになった大きな理由だと思う。
 こんなクラスの雰囲気が彼にも伝わり、一緒になって英語を楽しんでくれてはじめて、この交流会は成功したことになる。すべてやるべきことはした。後は本番を待つだけだ。
We did our best and now leave the rest to the providence.

7月14日(月) 交流会当日。
 午前中授業終了後、他の生徒は下校したが、昼食後、全員会場である会議室に集合し、最後の打ち合わせをした。これまでの準備に裏付けされた自信と本番前の心地よい緊張感とが生徒一人一人の表情に浮かんでいた。


        聾学校の生徒を迎えての交流会  「1/42プロジェクト」

1 目的
 本年度のHR活動年間目標を「ボランティア活動ー手話を学ぼうー」に定め、手話に取り組むことにした。その一環としてまず、5月16日(金)に町内の手話サークル指導者であるSさんを講師として迎え、手話講習会を開いた。その後、生徒から聾学校の生徒と交流会を持ちたいとの希望が出たので、実施に向けてクラスで動き始めた。ただ、本校では聾学校との交流会は毎年開かれているので、これまでの交流会とは中身の異なったものにしなければクラス独自で交流会を開く意義は無いように思われた。従来の形とは異なった交流会、つまり聾学校の生徒を特別扱いするのではなく、あくまでクラスの中で一人の生徒としてふれ合うことのできる交流会。そんな考えのもとに思いついたのが、ごく自然な形で英語の授業を受けてもらうということであった。そして、彼を特別な一人としてではなく、クラス42人の中の一人として迎えるという意味で、この企画を「1/42プロジェクト」と呼ぶことにした。

2 日時  平成9年7月14日(月)

3 指導計画  
13:30-13:40  自己紹介
13:40-13:50  手話活動
13:50-13:20  場面設定対話

4 授業報告 50分の授業時間を、場面設定会話活動に30分、手話活動に10分、挨拶などに10分と割り当てていたので、その30分を前後半に分けて役割交代をした。生徒の動きは予想以上にスムーズで、どの生徒も違和感なく英語での会話を楽しんでおり、各コーナーで応対する生徒の表情は、実に生き生きとしていた。また、そこで交わされる会話の内容も決して暗記した対話のやりとりだけではなかった。というのは、各コーナーへを訪れる生徒一人一人がそれぞれ異なったアプローチをするので、その対話は必然的に即興的な内容となるからだ。この点が今回採用した「場面設定会話」の長所であるが、それは同時に十分な事前練習と高校生としてはレベルの高い会話能力が要求されることも意味する。 

 次に、今回実施した「場面設定会話」活動の特徴を述べながら、その指導法を説明する。 
(1) 日常のいろいろな場面での基本的な会話表現が身に付く。 
 生徒には異なる6つの場面に応じたモデル対話(資料@)を、あらかじめプリントして渡しておく。そのモデル対話集には、それぞれの場面に必要と思われる基本的な会話表現が盛り込まれるように配慮する。これを暗記して、すべての場面で店員・受付あるいは客としてのやりとりが英語でできるようにしておく。そうしておけば、会話が苦手な生徒でも担当コーナーでの役割を果たすことはでき、活動に参加できる。

Eさん
・・・一応お決まりの会話パターンは言えるようにしていたけど、応用が利かず楽しく会話するところまでいけなかった。      

(2) モデル会話文の暗記にとどまらず、その場の状況に応じた会話を楽しむことができる。
 ひととおりの会話ができるようになれば、さらに次の段階へと進む。すなわち、与えられたモデル会話の枠を越えてオリジナルな会話を楽しむのである。「駅前で外国人に道を教える場面」を例にとって説明する。 
 指示カードに、[You met a foreigner at Unomachi station. He wants to visit Ehime Prefectural Museum of History and Culture. You are expected to tell him the way to get there.]と書かれてあるとしよう。普通の会話練習であれば、道案内に必要な基本表現を用い、交差点や信号、あるいは大きな建物などを目印として博物館への道順を説明すれば会話は終わる。ところが今回用意した町案内図にはざまざまな遊び心が盛り込まれており、それらをうまく活用すれば際限なく会話を楽しめる仕組みになっている。 
 例えば、道の真ん中に蛇が描かれているが、そこを通る場合、外国人役の生徒は、「私は蛇が苦手なので、回り道を教えて下さい。」と言って別のルートを説明してもらうこともできるし、お金が落ちている道を通る場合は、「お金を拾ったのですが、交番はどこですか。」と交番まで案内してもらい、さらにその交番では、同じペアが、お金を拾った外国人とお巡りさんの役に変わり、新たな会話を始めると言った具合である。このようにイマジネーションを働かせば、臨機応変にオリジナルな会話を楽しむことができる。 
 しかし、そんなに口で言うほどうまくいくものだろうかといぶかしむ向きもあろう。そのとおりで、単に「オリジナルな会話を楽しみなさい。」と言うだけでは不可能である。この段階に至るまでにそれなりの指導が必要である。私の場合、1年次のキーワードを用いた要約指導から、2,3年次のサマリーチャートを活用した要約指導やディベイト指導に至るまで、生徒のコミュニカティブな英語運用能力の向上に努めてきた。


生徒の感想(抜粋)
Rくん
・・・ロンさんが来たときに、道を尋ねたら、逆に博物館への道を聞かれて案内しました。地図上に下駄があったので、下駄の説明もしました。ロンさんに道案内をすることができたので、どこかで道に迷っている外国人がいたら、いつでも案内することができるなと思って、少し自信が持てました。
Sさん
・・・私の班はデパートだったが、来る人来る人みんなオリジナルなせりふを用意していて、それに対応したことが何よりうれしかった。・・・この交流会で少しでも英語が好きになれてよかった。
Aくん
・・・ぼくは3人の対応をしたが、その都度違った話ができたので良かった。
Kくん
・・・会話も、モデルのままじゃなく、いろんな形で練習できた。実際交流会に参加して、今までとは違った英語の楽しさが分かった。
Mくん
・・・この授業の準備は、それ自体が英語の勉強になったのでとてもためになった。
Tさん
・・・会話の練習はすごく楽しかったし、みんなお互いに会話を続けることの楽しさを実感しただろうと思う。
     

(3) 英語を道具として使うことの楽しさを実感できる。   
カードに記載されている用件を果たすことによって得る達成感が生徒にとって英語を学ぼうとする大きなインセンティヴとなることは間違いない。英語は単に学ぶためにあるのではなく、まさにコミュニケーションを図るために使う道具であるということを実感することができる。

生徒の感想(抜粋)
Rくん.
・・・デパートに行ってTシャツを一枚買いました。その時に、$10まけてもらいました。日本語混じりの英語だったけれど、英語での会話が楽しかったし、しゃべることに抵抗が無くなりました。
Mくん
・・・入出国管理コーナーで、パスポート以外にも、検印やいくつかの国に分けるプレートなども作っておいたらよかったと思いました。      

(4) 評価は生徒同士に任せる。   
ここで紹介したようなコミュニカティブな活動を取り入れた授業でとかく議論の対象となるのが、いかに生徒の活動を評価するかということである。しかし、あまり評価する事に固執すると、せっかくの「効果的で、生徒が楽しめる指導法」を考案しても実践に踏み切ることができなくなってしまう。これは本末転倒というもので、評価するために生徒を活動させるのではないのである。教師が生徒の活動をすべて評価しなければならないという強迫観念にとらわれるあまり、結果として教師も生徒も活動を楽しめなくなってしまう。それでも何らかの評価をしようとするのならば、生徒の相互評価に任せればいいと私は考える。そして、評価の基準も簡潔なのがいい。例えば、次のような評価基準(資料A)ではどうだろう。以下に示した例は、実際に今回の活動でカードの裏に印刷しておき、生徒の相互評価に用いた。  
資料A

    class( ) no.( ) name(        )  check

 1 自分の意志を相手に伝えることができた。
 2 相手の言うことが十分理解できた。     
 3 指示された用件を果たすことができた。  
 4 オリジナルな会話を楽しむことができた。  
  signature (             )  

 生徒自身がお互いの評価に基づいて反省し、達成できなかった点を次回の活動で生かせばそれで十分である。このような活動をしている時くらい、生徒も教師も気楽に英語を楽しんではどうだろう。要は、生徒に「英語を主体的に学ぼう」というインセンティブを与えられればいいのだから。


                        交流会で学んだこと

  4月からSHRやHR活動の時間を利用して手話を学んできたが、この交流会でも大いに役立った。むろん、手話といっても生徒は自己紹介と歌ができる程度なので、手話を使ってコミュニケーションを図ることはできない。しかし、この3か月間手話を学んできたことによって、聴覚障害者との見えない壁も少しずつではあるが着実に取り除かれているし、この日初めて聾学校生と会った生徒がほとんどだったにもかかわらず、ごく自然に接することができた。手話を学ぶことは聴覚障害そのものを学ぶことであり、健聴者自身が持つ差別意識を打ち壊すことだと思う。 
 また、生徒は手話が十分出来なくとも聴覚障害者とのコミュニケーションを図ることはできることを再認識できたと思う。手話ができれば便利だが、手話はあくまで補助的な手段に過ぎない。彼らは健常者の口を見て言葉を理解しているのだから、むしろ美しい日本語をはっきりと話すことが大事だということも体験することができたと思う。 
 もちろん聴覚障害を持つ生徒と英語で交流できたことも何よりの収穫だっただろう。彼と英語でコミュニケーションできたことによって、生徒はどれほど多くのことを学び、体験できただろうか。計り知れないものがあったに違いない。このことは、聾学校生と英語で会話を交わした生徒が皆異口同音に、「彼が言っていることも分かったし、自分の英語が彼に通じたことがとてもうれしかった。」とその感想を述べていることによっても分かる。中には、出入国管理(immigration control)コーナーで長い間話していたA.M.君のように、「話す前は多少の不安はありましたが、話を始めると、相手の耳が不自由なのをすっかり忘れて話ができました。」と感想を述べている生徒もいた。

生徒の感想(抜粋)
Yくん
・・・彼の言っていることも分かった。ぼくの言ったこともちゃんと分かってくれたので、うれしかった。
R.くん
・・・手話を完璧に知っていなくても十分理解してもらえることが分かりました。障害者だからといって身構える必要はないんだなって思いました。
Aさん
・・・今までの交流会のイメージと違って変に気を使う場面がなくてよかったと思う。
Mさん
・・・私が、"What color do you like?"と聞くと、聞き返されたので、今度は少しゆっくり言った。彼が、"Blue."と答えてくれたので、通じたのが分かった。・・・相手の言うことを分かりたいとか、自分の言うことを分かってもらいたいという気持ちが大切なんだと改めて思った。      

 次に、彼を含めた参加者42人全員が主役だった活動であることに大きな意義を見い出したい。全員がそれぞれに役割を持ち、それぞれの持ち場で責任を果たすことができたし、幸いにも交流会の間生徒の動きが止まっている場面を目にする事はなかった。 
 今回の企画が成功した背景には、生徒が手話の学習を通して、自ら聴覚障害者との交流会を開きたいと希望したことが大きな要因としてあると思う。生徒から、聾学校の生徒との交流会を持ちたいとの希望が出た時、私は「聾学校高等部の2年生に、大学進学希望をしている生徒がいる。彼は英語にとても興味を持っている。彼を42分の1の存在として受け入れる交流会、それもどうせならうちのクラスにしかできないような英語を使った交流会をしよう。」と生徒にこの企画を持ちかけた。最初は、彼らも後込みをしたが、誰から押しつけられたのでもなく、生徒自身が希望した交流会だったからこそ、最後まで投げ出さず、一人一人が主体的に動いたのだと思う。(英語の交流会ということに関しては、多少私の押しつけがあったかもしれないが、まったく無謀な提案をした訳ではない。私が事前に彼と直接会い、英語で十分コミュニケーションが図れることを確認していたし、生徒たちが彼をクラスの一員として迎え入れようという気持ちで一つにまとまれば、絶対うまく行くという確信はあった。) 
 今回の企画の成功によって、生徒たちだけではなく、私もLeap before you see. の精神の大切さを学びとった気がする。

生徒の感想(抜粋)
Kくん
・・・僕たちの班は、デパートをすることになったので、班員みんなで構想を練って準備をした。だから、本番でも完璧だったように思う。・・・彼とは地区が同じということもあって、小さい頃から知っていたのだが話すのは中学1年生の時以来だったので少し緊張した。彼の言葉は多少聞き取りにくいところもあるが、昔とは違い話したいことや伝えたいことが十分すぎるほど理解できた。たぶん相当な努力をしてきたんだと思う。それから、見ていると、楽しそうにやっていたので準備した甲斐があったなあと思った。
Rさん
・・・最後のあいさつで、彼が「もっと長い時間したい。」と言ってくれたのでうれしかったです。もちろん私も、またしたいです。
Aくん
・・・交流会の間中、彼がどこにいて何をしているのかまったく知らなかった。それは、彼を特別な人と思うことなく、皆が一体となっていたからだと思う。
Mくん
・・・彼が初めのあいさつをした。私は彼が何を言っているのか分からなかった。たぶん聞き取りにくいので、私が聞こうとしなかったのだ。・・・最後に、彼がスピーチをした。最初と違い、聞こうとしたら言っていることが分かった。最初に私がとった態度が恥ずかしく思えた。これからはその態度を改められそうだ。  
TOP

HOMEPAGE