やさしさの在り処 < 1 >
誰かの鼓動
半身に感じるあたたかな感触
このままずっとこうしていられたらいいのに・・・
そんなことはできない、できるわけがない
わかっているだろう
呼ぶ声がひどく遠くに聞こえる
呼んでいるのは誰だ?
呼んでいるのは私の名前?
けれど、その「名前」が聞こえない――――
見慣れない天井。
妙に重い身体と、その身にまとわりつく薄布の感触に感じる違和感。
霧がかかったようなぼんやりした頭をふって身を起こそうとした瞬間、腕をつかまれ引き戻された。
密着する素肌。
違和感の正体は生まれたままの姿であること・・・そして、自分の動きを封じるこの男も。
それが意味する事実に震えが走った。
男の唇が私のそれに重なる。反射的につきとばした。
「貴様、なにをするっ」
「なにって・・・おはようのキス」
鳩が豆鉄砲くらったような顔をして私を見つめる黒髪の男。
胸元までシーツをひきよせてあとずさる。
なぜ、どうして、私、こんなしらない男と―――。
「ここはどこだ、おまえは誰だ、私に何をした。私に・・・私は、私は誰だーー」
そこに思いあたった瞬間、意識が悲鳴をあげた。
悪い夢でも見ているようだ。
もういちど目覚めても、目覚めない夢の中。
見知らぬ部屋、見知らぬ男、見知らぬ自分。
「『−−−−』、大丈夫か」
すでに身支度を整えた男が、心配そうにのぞきこむ。
なんと言った?
耳慣れない発音は、私の名前なのか。
いつのまにか白いバスローブを着ている。
この男が着せつけたかと思うと、何も身にまとっていないよりもはずかしい。
「クラピカ?」
男がもういちど言った。
クラピカ、クラピカ・・・
何度か口の中で反芻する。
「どうしちまったんだ、クラピカ」
「クラピカ・・・というのか、私は」
やっとの思いで紡いだ言葉に、男は色を失った。
「レオリオだよ、わかんねーか、全然覚えてねーか」
心底、困った顔をしている。
「お前はクルタのクラピカで、287期のハンター試験でオレと知りあって、いっしょに合格して・・・ああ、ゴンやキルアのことは?!」
「・・・ハンター?!私が?」
「そうだよ。これ、お前のカバン、ライセンスもはいってるはずだ」
はじめて見るハンターライセンスは本物とも偽物とも区別がつかず、実感がわかない。
「ハンターなんて・・・そんな、信じられないっ」
「凄腕のブラックリストハンターなんだよっ」
なかばやけのように、吐きすてるように、男――レオリオは言うと、頭を抱えた。
「・・・忙しくてなかなか会えなくて、やっと暇ができたからって昨日うちに来て・・・」
疑いはじめればキリはないけれど、この男の目は嘘を言っているようには見えなくて、いや、私のことを心配しているのは確かなようで。
それに、私の記憶が欠落しているのは間違いのない事実だ。
もっともクスリかなにかで私を拉致し記憶を操作したなどということも考えられなくはないが、そこまで疑うほど底の深い人間には見えない。
このレオリオという男が私と懇意な間柄だったというのなら、私はずいぶんな態度をとってしまったということになる。
「すまない、レオリオさん。さきほどの非礼はわびる」
すると、ひとが謝っているというのに、この男ときたらばかみたいにぽかんとして。
「どうかしたか」
「いまの、同じセリフをはじめて会った時にお前言ったんだ」
「・・・はじめて会った時?」
「ひでぇ出会いだった」
「ひどい?」
「ああ。それと、さん付けはやめてくれ。どうもおちつかねぇ」
泣き笑いのような複雑な表情。けれど、なんだかすこしだけ気分が和いだ。
ばらばらと広げたカバンの中身。他人の所持品をあさっているような心許なさ。ふと携帯に目がとまった。なんの飾り気もない実用一点張りのストラップがついただけの、ずいぶんと傷がついた携帯。
なにか思い出す手がかりはないかと履歴やらアドレスやら開いてみるが、驚くほどになんのメモリーも残っていない。
「たぶん・・・用心だと思う。けっこうやばい世界に足つっこんでたから、お前・・・」
「あ?」
空白続きのスケジュールの中にひとつだけ、何を意味するのかわからないチェックが見つかった。
「今日は何日だ?3月3日にチェックがいれてある」
「・・・3月3日は昨日で・・・オレの誕生日だ」
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060307