還れない夜 < at 飛行船.1 >

泥のように眠った・・・と思った。唐突に目覚めるまでは。

まだ、夜明けには程遠い。カーテンのない窓からさしこむ月光が、そこかしこで眠りこける受験生たちを照らしている。
滅亡した世界にたったひとり目覚めてしまったような、いたたまれない虚無感。

疲れすぎると眠れないというのは、ほんとうのことらしい。
断じて、あのトンパの野郎が気ぃ抜くなってほざいたからじゃねえ。
まるで10年分の疲労を1日でしょいこんだ気分だ。
湿原での記憶はふっとんでるし。

右斜め下に視線をやれば、うつむいて眠る金色の髪の少年。

こいつ、オレより何倍も華奢なくせして、オレより強いってか?
あの気色悪い奇術師の投げたトランプをはじいたのもこいつだっけ?

・・・なんか、しゃくにさわる。

ガキっていやゴンとかの方がもっとガキなんだけど、あいつらはほっといても全然大丈夫って感じで。
まあ、オレに他人の心配してる余裕があるかっていや、全然ねーんだけど。


クルタ族・・・って言ったっけ。
聞いたことねーよなー。
・・・一族郎党皆殺し、全然、想像つかねえ。
コトバの意味はわかっても、ひどく空々しい。
「復讐」なんて「きれいごと」すぎる。

こいつが見かけかわいい女の子みたいだから、なんとなく哀れみを覚えたのか。
いや、もっと屈強でマッチョなヤローが同じセリフをはいても、賛同したとは思えない。
そんなの―――愚の骨頂だと思う。

大きくためいきをついた時、見あげる瞳と目があった。

「お、起こしたか」
「いや、少し前から・・・」

なんとなく心の内を見られたような気がして、おちつかない。

そうして、しばらくオレたちは、眠りもせず、話をするわけでもなく、並んで毛布にくるまって、薄闇の壁にもたれていた。
先に沈黙に耐えられなくなったのはオレ。

「ちょっと、外、出てみねーか」



眼下に広がる暗い空。
夜景の瞬きはもう見えない。ただ、暗い雲が流れていくだけで。
飛行船の薄暗がりの廊下は、窓も床もすべてが渾然一体と溶け合って、中空に浮かんでいるようだった。
間接照明のほのかな灯りに、白い肌と淡い色の髪、白い服のクラピカは、ぼおと頼りなく浮き上がって、そしてそのまま消えてしまいそうな錯覚を覚えた。

ひどく不安だった。
なぜ、自分がそんなに不安になるのかわからない。

こんなホソイ腕で、こんなオレよりふたまわりもちいさい身体で。
ハンター試験に合格すれば、こいつは自滅の理想に向かって突き進んでいくのだろうか。


「蜘蛛の刺青?」
「ああ、旅団員の証だという」

何も見えない窓越しの風景を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「とりあえず、おまえの上半身にはなかったな」
「なに、下も見るか」
「・・・え、遠慮する」

なに、赤くなってんだ、こいつ。

「なんで、オレなんかに話したんだ。そんな・・・後々、禍根になるかもしれねーってのに」

多分、こいつにとってはトップシークレット。

「試験官の船長にはしかたねーにしても、衆人環視の中で言う話じゃねーだろ」
「気分が高揚していたのかもしれないな。これが、ハンターになる第一歩かと思うと」

笑ってやがる。
ああ、そうか、こいつは船の中でも、胸はって誇らしげだった。
ブラックリストハンターになるには、性格がまっとうすぎる。

「おまえ、甘すぎっぞ」
「確かに、そしりは免れない」

ふりむいたその顔は、ひどくおだやかで。

「そうだな・・・おまえを、ここで殺してしまった方がいいのかもしれないな」

そして、ゆっくりオレの方へ向き直ると、しずかに切り出した。

「いまさら、こんなことを言うのもどうかと思うのだが・・・私の素性、おまえの胸の内にとどめておいてはもらえまいか」
「んーー、まあ、別にいーけどよ」

はなから、そういう下衆な趣味はもちあわせてはいないし、かかわるつもりもない。

「担保がいるよなー」

それは、ほんの悪戯心。

ついと近づき、つかんだ腕をひきよせると、あっけなくバランスをくずした。
一瞬、その唇を掠めとる。

「き、貴様っ、何を」
「口止め料♪」

オレの腕を振り払って両手で口元をおさえると、数歩後ずさりする。

「これでおあいこだ、オレもゲイの噂はたてられたくねーからな」
「お、重みが違うぞ。それに、おまえがペナルティを負う意味がわからない」

ふるふると、ほんとうに少女のように肩を震わせて怒る様に、わけもなくほっとした。
薄闇にまぎれて微妙に瞳が色を成したのは、オレの目の錯覚だったのか。

「脅迫するならともかく・・・」
「なに脅迫してほしいわけ?」

・・・って、オレなにやってんだ。
相手はヤローだぞ、おまけにガキだぞ。
いや、女だったらいいってわけでも・・・てか、そっちの方が問題だ。
ヤローなら、まだ冗談ですむけどな。


「寝よーぜ。まだ先は長いんだ」

照れ隠しに何気なくつかんだ手は、ひどく小さくて、ひどくせつなく感じられた。



運命なんてかわいらしいコト言っていいか。
その時、すでにその歯車は、ずれ始めていたのだと思う。


原作ベースの「萌えシチュ」にのっかりたいとの思惑から。
まだ、この時点では「少年」だと思ってるようです。
最後の行動には異論があるかもしれませんが・・・。
おそらくピカさんはファーストキスでしょう。

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MEMO/050814