また、狸通さんは同書の「八股榎お袖狸」の項で、お袖狸が住処としている大榎を切り倒す電車線路の工事の時期を、“昭和11年の春”としていますが、正しくは“昭和9年”の出来事です。
お堀の埋め立てと線路工事のため、八股榎を石井村(現・東石井)の喜福寺へ移すこととなり、昭和9年5月
4日に遷座式が行われたことが、新聞にも残っています。昭和11年に開通した西堀端-国鉄松山駅間の工事と記憶違いしたのでしようか。
また、お袖狸が大井駅近くの明堂さんに現れたのを、“その霊験談も忘れられようとした昭和2
0年の春のこと”と記載していますが、正しくは 《昭和1 0年》で、八股榎が移された翌年です。参詣人は一日平均2万人とも、当時の新聞に載っています。
それぞれの年を誤って記載しているため、この書を資料としたり、孫引きした文章が目につきます。 |