扁桃腺の手術と病巣感染症

扁桃腺で最も気になるのは手術が必要がどうかということです。「扁桃(腺)肥大で手術をすすめられたが出来れば避けたい」「子供がしばしば熱を出すのだが、手術でよくなるかどうか」 この種の悩みは意外に多いものです。

最近では扁桃腺が(特に子供の時期)免疫学的に非常に重要な役割を担っているとの観点から、手術に対して慎重になっています。従来は、大きめの扁桃腺が認められたら、割合気軽に医師も手術をすすめる傾向がありました。「大きいことイコール有害」と短絡的結論に至る傾向があったことは否めません。

扁桃「切除」術と言って、殆ど麻酔もしないで、ギロチンのような手術器具で口の奥に出っぱった大きな部分をチョンチョンと切り取ってしまう手術がありました。一定の年代層以上でこの手術を受けられた方は結構見受けられます。今でもその手術法がありますが、根っこが残っていると本来の扁桃腺の手術目的を達することが困難で、この頃は殆どしなくなりました。

ここでは扁桃「摘出」術と言って口蓋扁桃全体を取る手術について説明致します。手術の必要性を決定する時の判断基準はおおよそ次ぎのような事項です。これらのどれかにあてはまる場合は手術が必要です。

1) 習慣性扁桃炎: 一年間に五、六回以上、扁桃炎による高熱を反復し、こじれる場合。扁桃炎が身体に負担をかけ過ぎる心配のある場合です。なんらかの理由で薬が十二分に使えない場合も含まれます。しかし、「炎症の程度、頻度に少しずつでも改善傾向があれば切り急ぐことはない」というのが最近の考え方です。

2) 扁桃の肥大が強く、夜間の睡眠障害があったり、鼻、中耳疾患に悪影響がある場合。この場合が本来の扁桃腺のイメージに当てはまります。睡眠時にいびきがすさまじく、時々呼吸が止まったりするような場合です。子供ですと日中でも口をポカンと開け、ボーッとした顔をしています。こんな状況では子供の場合、心身の成長、発育の妨げとなります。また鼻の奥のアデノイドとともに、鼻炎や副鼻腔炎、滲出性中耳炎が難治となる原因になっていることも多いのです。このような場合は将来的に種々の後遺症を残さないためにも積極的に手術を行う必要があります。ただし、子供の扁桃肥大は、幼稚園から小学校低学年にかけて最大となり、それ以後は炎症を起こさなければ次第にサイズは縮小しますので、手術に踏み切るかどうかは時期的なことも考慮に入れて、慎重に決める必要があります。

大人の扁桃肥大は睡眠時無呼吸症候群と言ってポックリ病(突然死)を始めとして、心肺機能に悪影響がある場合が特に注目されています。一昔前は「いびきをかいてよく眠っている」と熟睡度のバロメーターのようにも言われていたのですが、実は危険な徴候であると考えられるようになり、テレビ、マスコミなどでもよく取り上げられています。

3) 病巣感染症: 扁桃炎の症状は軽微でも、血液検査で溶連菌や免疫関連の項目に異常値が認められる場合や、扁桃炎自体はそう強い症状でなくても、身体の他の遠隔部位、例えば腎臓や心臓弁膜、皮膚の病気を誘導したり、悪化させたりする引き金となっている可能性のある場合です。扁桃腺の大きさとは一切関係なく、「埋没型」といってむしろ口の中から見えないくらいに小さい扁桃腺のことも多いのです。扁桃腺以外でも慢性副鼻腔炎、う歯、虫垂炎などがこのような病状を生じる可能性が示唆されています。皮膚では掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)(主として手掌および足蹠に限局し左右対称性に増悪、寛解を繰り返す無菌性の膿胞を生じ、ついで発赤と角化性局面をきたす極めて難治な原因不明の慢性皮膚疾患ー「病巣感染を考える」形浦昭克著 金原出版)と扁桃炎との関連が重要視されています。

扁桃腺の手術自体は全身麻酔で行うことが増え、安全かつ確実に摘出できるようになりました。通常、痛み、出血の危険性が取れ、普通のご飯が食べられるようになるまで約一週間の入院期間が必要です。手術のタイミングは扁桃腺の炎症が激しいときは極力避ける方がよく、1)の扁桃炎の場合は二週間以上冷却期間をおいてから行う方が良いと考えられています。

扁桃腺の手術は時代とともにその概念が変わり、薬もよくなってきたので以前のようには頻度は多くなく、またその適応が変化してきましたが、今でも非常に重要な根本的治療法です。