いびき、睡眠時無呼吸について                                 

自分ではわからないのですが、「 いびきがうるさい」と家族に言われたりして、 受診される患者さんがよくみえます。いびきは少し前までは「よく眠れている」 ことのシンボルだったのですが、最近では、程度にもよりますが、「病的なもの」と の認識がとみに高まっています。肥満傾向のある中年男性に多いのですが、女性にも、 また小児でも結構みられます。

(1)いびきとは?
医学的には「睡眠中に上気道で発生する異常呼吸音」のことです。 当然寝息や、歯ぎ しりなどとは区別されます。また区別しにくいこともありますが、のどがごろ ごろ鳴ったり、ぜろぜろ言ったり、またひゅー、ひゅー、ひーひーと言うよう な喘息のようなものとは異なります。

(2)いびきの種類は?  
大きくタイプ別に分類すると、呼吸する道、気道がつまる閉塞型中枢型と に分類されます。いびきの95%は閉塞型と考えられていますが、これはさら に(イ)振動型と(ロ)狭窄型に分類されます。中枢型は呼吸中枢や、神 経の異常で、胸やおなかの呼吸運動がまったく認められないタイプです。耳鼻科で主に扱うのは閉塞型です。

(2)どのような機序(メカニズム)で起こる?
口の奥には軟口蓋、口蓋垂(俗にのどちんこ)、扁桃腺があります。 舌とこれらの組織とで構成される部位(口峡と言います)の狭さが基本的に問題となります。 上気道(鼻から咽頭、喉頭まで)軟部組織や粘膜壁の弛緩、緊張低下をきたすことによって狭窄や接触 状態が生じ、その結果、気流の摩擦や振動、共鳴などの現象がおこるために発 症します。

中咽頭より上の部分(鼻、鼻の奥にあるアデノイド)に問題があり、気道が狭くなっていると、睡眠時には筋弛緩が起こる ので、さらに気道が狭窄します。そうすると換気障害が起こり、動脈血酸素分 圧の低下と二酸化炭素分圧の上昇が起こるので、反射的に呼吸運動が増強され、 呼吸気圧が上昇します。気流の通過に際し、狭窄部粘膜,おもに中咽頭側壁の粘 膜は振動して、音が発生します。これがいびきです。重症になると、(睡眠時に) 呼吸が一定時間停止します。これが睡眠時無呼吸症候群と呼ばれ最近ではマス コミでも取り上げられ、非常に注目され始めています。

(3)いびきの原因は?
閉塞型のうち、(イ)振動型は軟口蓋、口蓋垂の振動によって起こります。成人に多く、ひとによっていびきをかきやすい咽頭の構造があり、長く太 い口蓋垂、後口蓋弓の始まりが低く内側にあり、粘膜幅が広く、咽頭後壁の面 積が狭い、など、の特徴がみられます。(ロ)狭窄型は特に舌根部(舌の付け根)の狭窄によって生じるものが主体です。小児では アデノイドと扁桃肥大によるものが最も多いです。

小児、成人共通です が、鼻アレルギー、慢性副鼻腔炎のほか、肥厚性鼻炎、鼻中隔彎曲症、鼻茸な どの鼻の病気や後鼻孔の狭窄、上咽頭の腫瘍などで口呼吸をしてしまう場合も、 こういった症状がでます。 これらに肥満が加わるとひどいいびきが必発です。

(4)検査は?  
まずは問診です。「いびきをかかないか」「いびきの合間に息を止めないか」 また口呼吸の有無、などを確かめます。本人にはわかりにくいので、家族に聞 くことが多いです。睡眠中に口、鼻両方から呼吸気流が10秒間以上停止する 場合を睡眠時無呼吸と言います。正常でもある程度出現しますが、一般的な診 断基準では「7時間の睡眠中に30回以上、または平均1時間に5回以上生じ る場合を異常」とみなします。

実際は一晩中観察することは難しいので、 精密には施設のある病院に1泊入院して調べます。モニターをつけて、呼吸と 脈拍数、心電図などを測定します。これで治療の必要ないびき、無呼吸と経過 観察でよいものを鑑別、診断します。とくに睡眠時無呼吸症候群の場合は重症 になりますと心肺に無理な負担がかかりますので、なるべく早めの治療が必要 となります。

(5)治療は?
成人でお酒の後、睡眠薬を飲んだ後、精神的、肉体的過労の後など、一時的 なものは特に心配ありませんし、枕の高さ(あまり高くないものがよい)寝返 りで横をむくと静かになる程度なら良いのですが、さきほどの検査で異常と判 定された場合は治療の対象となります。  
閉塞型の場合、基本的には呼吸の道、気道を広くすることとなります。扁桃 腺やアデノイドが大きい場合はそれを取り除く手術(扁桃摘出術、アデノイド 切除術)、軟口蓋、口蓋垂の形を改善する手術(軟口蓋形成術)を行います。鼻 づまりから、口呼吸をせざるを得ない場合は鼻腔形成術なども必要なことがあ ります。

鼻が原因の症例では小児では保存的治療、つまり手術でなく、外来治療が有 効なのに比べ、成人では手術が必要となることが多いです。外鼻孔から挿入し て、内鼻孔を広げる器具や、マラソン選手がやっている鼻に貼り付ける絆創膏 なども時には有効のようですが、程度がひどい場合はやはり手術が必要です。

若いときはそうでもなくても、40歳くらいを境にいびきがひどくなること が多いのですが、体重も増え、首やのどのあたりにも脂肪がついてきますし、 筋肉なども年齢的に少し緩んできて、緊張感がなくなり、のど奥を狭くするこ とが原因です。どうしても肥満体の人に多いので病院にかかると「体重を落と しなさい」と指導されますが、努力しても実際はなかなか言うようには体重は 落ちてくれません。そのへんが悩みの種となります。

よく誤解される患者さんがいますが、「睡眠中に息が止まって、そのまま窒息 死するのではないか」と。その心配はまずいりません。そのかわり、努力呼吸 に伴う体力の消耗、無呼吸に伴う低酸素、低酸素に伴う中途覚醒、中途覚醒に 伴う交感神経系の過緊張と睡眠不足などから高血圧症や、心臓発作、脳梗塞な ど生活習慣病の危険因子となる可能性が高いようです。健康なひとと比べた場 合、これらの病気に2倍から5倍かかりやすいという統計があります。  

またいびきということでなくても、「なんだか昼間眠気をもよおす」とか、「疲 れ易い」、「エネルギー不足を感じる」場合も実は十分、質の良い睡眠をとれて いないことが原因のこともありますので、お心当たりのある方は是非一度検査 を受けられると良いと思います。

追加 (1)
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome; SAS)は閉塞型 (obstructive SAS; OSAS) と中枢型 (central SAS; CSAS) に大別される。頻度的に臨床上問題になるのはOSASであり、肥満とも深く関連している。男性肥満者の半数近くがOSASに罹患し、OSAS患者の少なくとも60−70%が肥満者といわれる。また、肥満度は重症度の指標である無呼吸ー低呼吸指数 (apnea-hypopnea index; AHI) と相関している。高度肥満、日中傾眠などを主徴とした原因不明の肺胞低換気症候群として1956年に報告されたPickwick 症候群は、わが国においても厚生労働省特定疾患呼吸不全研究班で取り上げられ(1996年)、重症OSASとして肥満低換気症候群 (obesity-hypoventilation syndrome; OHS) と呼ばれている。
    日医雑誌 第130巻・第1号/平成15(2003)年7月1日p.69より抜粋引用  (2003/7/25追加)

追加 (2)
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は1976年にアメリカで提唱され、「7時間の夜間睡眠中に無呼吸が30回以上認められる状態、もしくは睡眠1時間ごとに認められる無呼吸・低呼吸の回数を無呼吸低呼吸指数 (apnea hypopnea index: AHI) と呼び、AHI が5回/時間以上認められ、かつその一部は、健康な人では最も規則正しい呼吸が観察できる non-REM 睡眠と呼ばれる睡眠中にも認められる場合」と言う定義が多く使われている。アメリカではスリーマイル島の原発事故、アラスカ沖のタンカー座礁事故、スペースシャトルチャレンジャー発射直後の爆発事故や高速道路での大型トレーラーの事故、日本でも今年2月に起こった山陽新幹線運転士の居眠り運転によって一躍脚光を浴びるようになった。
    日医雑誌 第130巻・第5号/平成15(2003)年9月1日p.775 村田 朗論文「睡眠時無呼吸症候群の診断と治療」より抜粋引用  (2003/9/27追加)

追加 (3)
スリーマイル島原発事故(1979年)は疲労した交代要員による機械故障の見逃し、スペースシャトルチャレンジャー号事故(1986年)は打ち上げ責任者の長時間労働と睡眠不足、アラスカ沖タンカー座礁事故(1989年)は乗員の不規則勤務による睡眠不足などが原因で、直接に睡眠時無呼吸症候群などの睡眠呼吸障害によるとの記載はない
    日医雑誌 第131巻・第4号/平成16(2004)年2月15日p.496 工藤翔二、堀江孝至氏論文「睡眠障害とスリーマイル島原子力発電所事故などとの関わりの正確な認識」より抜粋引用  (2004/3/10追加)

追加 (4) ー追加 (2)の補遺ー
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、1976年にStanford大学のグループが提唱した比較的新しい概念で、10秒以上の口・鼻の気流停止(無呼吸)が一晩の睡眠中に30回以上認められるか、あるいは1時間当たりの無呼吸回数(apnea index : AI ) > 5である場合を SAS と定義した。
しかし、その後の研究で、必ずしも完全な呼吸停止がなくとも、換気量が小さくなって(50%以上)、動脈血酸素飽和度 (SaO2)が前値より3−4%以上低下した場合には、これを低呼吸 (hypopnea) と定義して、無呼吸と同等の病的意義があるとした。したがって、現在では、1時間当たりの無呼吸と低呼吸の和  (apnea- hypopnea index: AHI) > 5をSASの診断基準としている。
    日医雑誌 第132巻・第3号/平成16(2004)年8月1日p.334 赤柴恒人氏論文「COPDにおける睡眠時無呼吸症候群」より抜粋引用 (2004/8/11追加)