第57回                  Best before ・・・


 夕立の中をヒカリがずぶぬれになってやってきた。ソファに置いてあったバスタオルでおもむろに髪を拭きながら、
 「もう、急に降りだすんだから、ほんと嫌んなっちゃう。いい加減に夏らしくカーッて照りつけないものかしらね。」と文句を言っている。勝手なもので、雨の降らない天候に恨み言ばかり云っていた去年のことはすっかり忘れてしまっているようだ。

 「ところでヒカリ、今日レッスンあったっけ?」コンピュータに向かってウェッブ・サイトの更新をしながら、話しかけた。
 「あっ、そうそう、忘れてた。今日は、これもってきたの。」
 水色と淡いピンクのストライプの入った大きめのトートバッグから、白い箱を取り出してテーブルの上に置いた。もったいぶった仕草で箱を開けると、採りたてかと思うようなみずみずしいブルーベリーがたっぷりのったケーキが並んでいる。
 「これ『毋良田』のケーキで、なかなか手に入らないの。母が九州に旅行に行ったときに、ブルーベリー好きのセンセのために買ってきたんだって。」
 「おっ、それはありがたい。母上にお礼言っといてね。ちょうど疲れたからアフタヌーンティーにしようかと思っていたところなんだ。」胡麻とブルーベリーに目がない私は、ダイエット中であることも忘れ、いそいそとアールグレイを入れた。

 「ところで、センセ。箱の上に貼ってるシールに『賞味期限』って書いてるでしょう。英語で賞味期限って何て云うのかしら。」
 「そもそも、『賞味期限』という表現も賛否両論あって、『品質保持期限』とどちらを使うかでもめているくらいなんだ。問題は、『定められた方法により保存した場合において、その物として期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限』という定義をどちらの日本語がより的確に表わしているか、ということなんだ。ちと、ややこしいかな。」
 「どっちだっていいような気もするんだけど・・・。で、英語は、どうなってるの。」
 「難しく云うと、“date of minimum durability”(最低限の品質保証期限)というのがあるんだけど、一般的には単に“Best before 〜”と表示されているんだ。」
 「ナ・ル・ホ・ド。簡潔だけど、云いたいこと全部詰まってるって感じ。『期限内なら品質の完全な保持が保証されていて、たとえこの日付を過ぎても、BESTの状態ではないにしてもまだまだ大丈夫ですよ』ってニュアンスが伝わってきますね。そうだ、それならいっそ英語表示で統一すればいいのに。bestもbeforeも、誰だって知ってる単語だし、小難しい日本語よりよっぽど分かりやすいと思いません。」

 包装食品の表示に関する国際的な規定である『コーデックス一般規格』による定義は、次のようになっています。
 "Date of minimum durability"(best before) means the date which signifies the end of the period under any stated storage conditions during which the product will remain fully marketable and retain any specific qualities for which tacit or express claims have been made. However, beyond the date the food may still be perfectly satisfastory.

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