第50回           Saint Valentine's Day

 「センセイ、コレ、私たち二人から。ちょっと早いんだけど、来週は試験中だから、来られないんで・・・。」
ヒカリとブレスがいつもと違う雰囲気で、少し恥ずかしそうな顔で小さな紙袋を差し出した。
 「えっ。」一瞬なんだろうかと思ったが、すぐに、「ああ、もうそんな時期か」と気づいた。そう、もうすぐバレンタインデー。職業柄、これでも女性から『ギリチョコ』をもらうことは比較的多いのだが、やはり若い女性からもらうのはうれしいものだ。うれしいのだから、素直にありがとうといえばいいのだが、照れくささも手伝っていつものようについ一言多くなる。
 ラッピングペーパーに書いてある文字を見て、「ゴディバって云うの、これ。モロゾフのじゃないんだ。」と憎まれ口を叩く。
 「モロゾフはもう古いんですよ。今は、ベルギー王室ご用達のGODIVAが一番人気なんです。」と、さすがデパートでバイトしているだけあって、この手の情報にはうるさいブレス。
 「あっ、そう。じゃ、ありがたくいただこうかな。まずは、このトリュフから。」一つ摘んで、口に放りこむ。「おっ、口の中であっという間に、溶けちゃうんだね。ん、リキュールも入ってるの?」
 「それは、トリュフコニャックと云って、コニャック風味になっているんです。コーティングされているビターココアとの絶妙なハーモニーがなんとも云えないでしょ。」と、またまたブレスが、メーカーの回し者じゃないかと疑いたくなるほどの薀蓄をたれてくれる。
 なるほどブレスの云うとおり、甘さとほろ苦さが口の中でうまく溶け合う感じ。入れたばかりのアールグレイを飲みながら、「ところで、二人とも『バレンタインデーの由来』って知ってる?」と訊いてみる。
 「聞いたことはあると思うけれど、はっきりとは覚えてません。」

 「まあ、由来といってもいろいろ説があるんだけど、バレンタインというのは、実はキリスト教が布教されていない時代のローマ帝国に捕えられていた囚人の名前。当時の皇帝が、ローマ軍に属する兵隊たちは、結婚もしくは婚約をしてはいけないと決めていたんだね。もし兵士らが結婚し家庭を持つようになれば、戦争よりも家庭に引きこもってしまうと恐れたわけだ。で、囚人だったバレンタインはその掟を破ってひそかに結婚してしまい、2月14日に処刑されたんだ。その日は、女性と結婚の女神ジュノー(Juno)を祭ったルーパーカス祭(Lupercalia)の前夜だったんだ。
 死後、ローマ帝国にもキリスト教の布教が進み、彼には『Saint(聖)』が送られたんだ。2月15日に行なわれていたルーパーカス祭もいつのまにか2月14日に移されて、今日ではルーパーカス祭としてではなく、聖バレンタインをたたえる祭りとして今日まで継承されていると云うわけ。」

 二人とも、私にくれたはずのチョコを頬張りながら話を聞いていたが、本当に聞いていたかどうかはあやしいものだ。ま、それはそれでいいけど。それにしても、『この日』と『チョコレートをやり取りする習慣』とはまったく関係がないそうだから、チョコレートメーカーの策略たるや見事なもの。なにしろ、年間売り上げの半分以上がこの時期に売れるそうだ。
 チョコをもらったその日から、1か月後の「ホワイトデー」の心配をするようになったら、もう立派なオヤジなのかなあ。

参考文献:「英語圏生活・文化情報辞典」学研

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