第46回                             Vacant or Taken

 レッスンを1週間ほど休みにして、ロンドンに行った。博物館と書店めぐりに、ミュージカル鑑賞。ちょっと贅沢だとも思ったが、たまにはいいかなと自分に言い聞かせて出かけた。
 着いて3日目に、たまたまロンドン郊外でホームステイしていたブレスと合流して一緒にミュージカルを見ることにした。あれこれ迷った末に、「レ・ミゼラブル」に落ち着いた。ストーリーも分かっているし、ラストが盛り上がりそうという単純な理由。
 会場で周りを見渡すと、正装している人が多かった。これがミュージカルを楽しむ際のマナーなのだろう。二人ともカジュアルなファッションだったので少し気が引けた。安売りチケット売り場で購入した割には、比較的前の席を確保できたが、贅沢言うならもう少し正面で観られたらいいなとブレスと話していた。

 ミュージカルが始まってしばらくして、私たちの席より中央寄りのいい席が2つ空いているのに気づいた。
 ブレスに、
 「あっちに移ろうか?」と言うと、
 「えっ!勝手に席変わってもいいんですか?」と心配顔。
 「開演後しばらくしても空いていたら、大丈夫だよ。まあ、念のため空席の隣に座っている人に確認してみるか。ブレス、ちょっと訊いてごらん。」
 「『訊いてごらん』と簡単にいいますが、どう言うんですか?」とやや緊張の面持ち。
 「この席空いてますか、と聞けばいいんだからわかるだろ?」と冷やかし半分に急き立てる。
観念したのか、立ち上がってイギリス人紳士に歩み寄り、英語で話しかけている。
 すぐ戻ってきて、「センセイ、『空いている』は‘vacant’でしょ。だから、‘Is this seat vacant?’って、訊いたらあの人、‘Yes, it is, but taken.’って言うんです。これって、座ってもいいってこと、それともだめってこと?」

 なるほど。ブレスが、‘Is this seat taken?’と尋ねるべきところを‘Is this seat vacant?’と訊いたものだからあの紳士は‘Yes, it is, but taken.’と丁寧に答えてくれたんだろうな。つまり、『今は誰も座っていないけれど、空いているわけではなく、もうじき来ます。』くらいの意味。
 「なるほど、そうなんだ。」と納得顔のブレス。
 「トイレに‘Vacant’の表示があるのを見たことがあると思うけど、トイレを予約しているってことはないからね。」

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