第44回                             about a boy

 八丈島の沖で発生した季節はずれの台風22号も、関東から本州を北上して北海道までなめ尽くしたものの、松山にはまったくお湿りも施してくれなかった。それが、今日は珍しく激しく降った。その滅多に降らない激しい雨に、最近ほとんど乗ったことがなかった自転車に乗っている間に見舞われた私は、ラッキーなのか、アンラッキーなのか、誰か教えてください・・・。
 
 大学の休みも残すところ『わ・ず・か・2週間』となった9月のある日、バイトの帰りにヒカリが遊びに来た。早速、例によって、物知り顔で訊いてきた。
 「センセー、“SPAT”って知ってます?」
 「運動するときなんかに穿く、『スパッツ』のこと?」
違うのはわかっていたけど、知らないというのもしゃくだから、からかい半分で答える。
 「そんなんじゃありません。昨日観た映画に出てきたんだけど。」
 「聞いたことないなあ。」
 「じゃあ、ヒント。単語の頭文字を合わせた単語です。」
 「あ〜、頭文字ね。“SWAT”なら知ってるけど。確か、“Special Weapons Attack Team”だったかな。」
 「じゃなくてぇ、“about a boy”って映画に出てくるんです。」
これは、考えても分かりそうもないので、意地を張るのをやめて降参。
 「で、いったい何なの、それ。」
ヒカリは、『知らないなら最初から素直に知らないって言えばいいのに』とでも言いたそうな顔をしている。
 「“Single Parents - Alone Together”の頭文字です。」
そんなの分かるわけないじゃんと、心の中で思いながら、意味を考えてみる。
 「それって、『バツイチ男と女の会』ってこと?」
 「そう、そんな感じかな。そこでね、主人公のウィル役で、センセーに似ているたれ目のヒューグラントが出てくるの。」
たれ目っていうのは、よけいだと思うけど、ヒューグラントは悪くない。

 「そのウィルっていう男性がある女性と出会って、二日後にカフェで再会して、声を掛けるの。掛けたのはいいんだけど、よく見るとまったくの別人だったの。単に勘違いしてたんだけど、これが『怪我の功名』っていうんですか、うまくいってしまうんです。」
 「そんなにうまく、いくわけがないだろ。そんなの映画の世界だけだって・・・。」

 で、その日のうちに、原書を買ってその件を探して読んだ。
 “I like Pinky and Perky,” he said in what he hoped was a gentle, friendly and humorously patronizing tone, but he could see immediately that he had a terrible mistake, that this was not the same woman, that she didn't have the faintest idea what he was talking about. He wanted to tear out his tongue and grind it into the wooden floor with his foot.”
 以前会ったときに、その女性が“I like Pinky and Perky”って言ってたのを思い出し、“an opening conversational gambit”にそのまま使って、『親しみのある、愛想いい受け答えを期待していた』というのがまた受ける。普段クールに決めている男が、女性に間抜けなことを言ってしまうってのは、本当にきついよね。『自分の舌を引っこ抜いて、床に叩きつけて、踏み潰してしまいたかった』というその気持ち、実によく分かるね、ハイ。

 “ ・・・, but the woman kept breaking into a smile and looking across at him.
・・・‘but I've got to ask you. What did you think I was? I've been trying to come up with some kind of story, and I can't.’”
 『誰か別の方と勘違いしていらっしゃるんじゃないですか。それにしても、この口説き方って、どこかで聞いたか読んだような気もするんですけど、思い出せないわ。』なんて、一見『この女しょってるな』って感じを与える言い方なんだけど、実は勘違いをして声を掛けてきた男性を傷つけないようにという、彼女なりの精一杯の気遣いに違いない。こんな女性ならつき合って楽しいだろうな。

 “So he explained, and she laughed again, and then finally he was given a chance to start over and converse normally. ・・・ He had never before attempted to start a relationship cold in this way, but by the time they had finished their second cappuccino he had a phone number and a date for dinner”
 ふむふむ、こうやって『ウィルは、これまでこんな風に女性を口説いたことなんてなかったが、2杯目のカプチーノを飲み終えるまでに、電話番号を聞きだして、次のデートの約束までした。』のか・・・。
いつのまにか夢中になって読んでいる自分に気づいて、苦笑い。
 あっ、もうこんな時間か。さあ、仕事、仕事。
                                          
引用文献:“About a Boy” PENGUIN BOOKS
 

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