第41回                               Astronaut

 午前中は、上半身裸でいれば何とか持つけれど、午後になるとさすがにエアコンに頼らなければ仕事にならない。もともと暑さには強いと自負していたが、このところの猛暑にはお手上げ状態。この暑さの中で、連日高校野球の熱戦が繰り広げられているが、選手も応援する人たちも偉い。私学のS高校と県立のK高校との決勝戦。私学が夏の甲子園に出場すれば初めての快挙となるそうだが、これは全国的にも珍しいことなんじゃないだろうか。せっかく巡ってきたチャンスなんだから、今年は私学を代表してぜひS高校に甲子園に行ってもらいたいものだ。

 「とってもかわいい人なんです、ね、ブレス。」
 「うん、ほんとにそうなんです。で、いつも夢みたいなことばかり言ってるんだけど、本人はけっこうマジな感じで・・・。」
 と、ヒカリとブレスが教室につれてきたのは小柄で目のクリッとした、笑顔のかわいい女性だった。彼女たちが言うには、その夢の実現に私に力になってあげてほしいということらしい。一体どんな風に私の力が必要なんだろうかと思い、まずはその夢とやらを訊いてみた。
 「私の夢は、『ER』を字幕なしで見られるようになることと、宇宙旅行することなんです。」と目を輝かせながら屈託なく言う。あまりにさらりと言ってのけるので、嫌味は感じない。しばし言葉が出なかったが、気を取り直して、質問を続ける。

 「なぜ字幕なしで見るのが『ER』なんですか?専門用語がいっぱい出てきて大変ですよ。」
 実際、私も医学用語や病院で日常的に使われる表現は分からないものが多いし、あのドラマは場面が切り変わるテンポが速いのでストーリーを追っていくのがやっと。
 「職業柄、医学用語ならわかるかなっと思ったので・・・。でも、実際は難しくて。」と、ポツリ。
 ナルホド、お医者さんですか。

 「で、二番目の宇宙旅行っていうのは、NASDAの宇宙飛行士になるってことですか、それともどこかの国の富豪みたいに大金払って地球の周りを回るってことですか?」
 「いえ。日本を含めた先進国や機関が、その建設に参加している国際宇宙ステーションの搭乗員になりたいんです。」 
 ちなみに、現在日本人の候補生は3人いて、二人がNASDA開発部員で、残りの一人は医師だ。
 「つまり、宇宙旅行するだけでなく、宇宙で生活したいわけですね。」
 「そうです。専門が皮膚科なので、宇宙環境が皮膚に及ぼす影響なども知りたいと思っています。で、ステーションではいろんな国の人たちが一緒に生活するわけですから、やっぱりコミュニケーションは英語でということになるので、英語を本格的に勉強しようかと。」
 これはほんとに、大きな夢だ。私などとても思いつかないし、仮に夢見ても今からではとうてい間に合わない。そう考えると、彼女の夢に一緒に乗ってみたくなった。
 「さしあたって宇宙に関する用語をインターネットの記事で勉強して、あとは生活に必要な会話力をつけるとしますか。それとも、まずは『ER』の方から片付けましょうか。ビデオかなんか、あるといいんですが。」
 「シリーズすべてDVDで揃えてあります。」
 「あっ、そう・・・。」
 「よかったら、今度お持ちいたします。何巻くらい・・・。」
 さて、明日から忙しくなりそうだ。

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