第35回                   Lesson at business location 

 少し花冷えのする夕暮れ時、国道を東に向かって小1時間ほど走ると、緩やかな峠にさしかかる。桜三里というその名のとおり、延々と続く峠道沿いに、見事に咲き誇る桜並木。もうほとんど満開で、ちょうど見ごろ。つい見とれてしまい、ハンドルを取られそうになった。

 「センセイ、さっき友達からメールが入ってね、例のEnglish Networkの記事を読んだ友達のお姉さんが、どうしても直接センセイに教えに来てもらいたいんだって。あさっての午後はどうかしらって言うから、即OKって返事しておいたから。ね、大丈夫でしょう。」
 例によって、いきなりヒカリが過激なことを言ってくる。いつものことだから慣れてはいるものの、こちらの予定もお構いなしに、決めてしまう。まあ、こちらもそれほど忙しくはないのでいいようなものの、どんな相手にレッスンするのかも分からないのはすこし困る。
 少しもったいぶって、スケジュール表を取り出しながら、
 「あさってはと・・・。28日の水曜日か。そうだなあ、昼間は予定が入ってるけど、夕方の5時からなら空いてるよ。で、一体そのお姉さんって何してる人なの。」
 「塾の先生で、通訳訓練法を高校生の指導にうまく活用したいらしいの。English Networkで紹介してる方法っていうのは、社会人や大学生が対象でしょ。高校生となるとちょっと勝手が違うらしいの。で、センセイが近くに住んでることを知って、ぜひ直接指導してもらいたいっていう話なの。近いって言っても、車で1時間以上はがかるけど。
 あっ、それから、私の友達だから、授業料は要らないって言っておいたから。いいでしょ。あの雑誌買ってくれたんだから、それくらいのサービスはしないとね。そうでしょう?」
 ヒカリにかかると、万事この調子だ。

 「はい、はい。仰せのとおりにさせていただきます。ボランティアのつもりで出張レッスンに行ってまいります。」
 「そうそう。その心がけが大事。そうしていたら、きっとまたいいことあるから。」
 ヒカリと話していると、いったいどちらがセンセイなのか分からなくなってしまう。
・・・
 峠を下ってすぐに国道を左に折れ、さらに約30分ほど車を走らせると、ファックスで送られてきた地図が示すように鮮やかな青色の屋根をした建物が見えてきた。例のお姉さんが経営する教室だ。
 レッスンは、できるだけゆっくり、ていねいに進め、音読中心の指導にした。指導してみて、高校の授業でリスニングや音読がいかに軽視されているかを再認識させられた。生徒の英語力はかなりあるという手ごたえを感じたが、暗記中心で、文法訳読式に染まっているため、英語の音声変化をうまくとらえられない様子。予想以上に時間がかかったが、なんとかひととおりの指導を終えた。高校生達も音読訓練やリピーティングによって、学んだ内容が効率よく定着することを少しは実感してもらえたと思う。

 最後にインストラクターのお姉さん達とお茶を飲みながら雑談をした。そして、話は盛り上がり、地元の英語の学習グループがあるので、次はそこでニュース英語を教材としたレッスンをしてもらえないだろうかということになった。近いうちに、もう一度足を運ぶことになりそうだが、その頃にはあの峠の桜はもう散ってしまっているだろうな。

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