第19回           ANTIQUE
ヒカリが手土産下げてやってきた。
 「センセイが以前お気に入りだって言ってたから。」
と、クルミ入りの甘味を抑えたチョコレートケーキを差し出す。それも、ショートケーキじゃなくて、一本丸ごとである。なんの前触れもなく突然だったので、気の利いたジョークの一つも返す余裕なく、
 「おっ、どうしたんだ。雨でも降るんじゃないか?」
と、うれしさの照れ隠し。のつもりだったが、今日は朝から断続的に強い雨が降っていて、『このところ女性からケーキなどもらったことがなく、ほんとは非常に喜んでます。』とわざわざこちらの胸の内をヒカリに教えるようなものだった。どうもこのままでは間が悪く、いつになく饒舌になってしまう。
 「このクルミというのは、英語で"WALNUT"と言って、外国の(WAL)実(NUT)という意味なんだ。"WAL"というのは"Wales"のことで、訳すと、『ウェールズからイングランドに入ってきた実』といったところかな。」
などと、口からでまかせを言う。それでもなんだか落ち着かない。
 そんな私の心の動きを察してか、
 「一人で食べるには大きすぎるから、彼女とでも食べてよ。」
と助け舟を出してくれるヒカリ。私に彼女などいないこと知っているのに、大人だなあと妙に感心してしまう。せっかく出してくれた船だから、乗せてもらうことにした。
 「彼女と食べるには小さすぎるなあ。なにしろ、片手じゃ足りないから。」
 「ふ〜ん。じゃあ、バレンタインにはおこぼれたっぷりもらお〜っと。」
 こうして無事オチがついたところで、レッスン開始。

 「センセイ、昨日の準1、単語が全然わからなくてダメでした。」
 ヒカリが英検の準1級を受けた。準1級は、大学1年生のヒカリが受かるほど簡単ではない。英語の教員でも持っている人の方が少ないんじゃないだろうか。
 「不合格でも、A ランクなら十分見込みがあるから、次回の1月に再チャレンジすればいい。でもBランク以下なら、ちと厳しいから、間をおく必要があるだろうな。」
 「そうなんだ・・・。きっと、Bランク以下だから勉強のやり直しですね。でも、どんな勉強したらいいんですか。」
これまで英検を意識した勉強をまったくしていなかったヒカリ。
 「そうだな、準1レベルなら、単語は『コア1800』、文法事項のまとめは高校時代に使った文法書をなんでもいいから一冊やっつければいい。それから、リスニングは、ニュース英語を教材にしているこれがお勧めだな。」
と、以前使った森田勝之氏の基礎テキストを紹介した。このシリーズは、カテゴリー別にニュース英語が学べる構成になっていて、リスニングだけでなく、時事英語の表現や単語が体系的に身につく。これを一冊あげると、ニュースを聴いてもずいぶん楽になるはずだ。
 「それと、文法以外のテキストにはCDがついていることが条件だな。」
 「わあ〜、大変なんだ。」
 「そう、それが準1級。だからこそ、取得する値打ちがあるんだ。あとは、今やっている通訳訓練を取り入れた学習法で速読速解力を磨けばOK。」

 隣でうなずきながら話を聞いていたココロが、
 「ところで、センセイは何級持ってるんですか?」
と例によって痛いところを突いてくる。
英語のセンセイに
 『英検何級持ってるの?』とか『TOEICのスコアは何点?』
と訊ねるのはタブーだということを知らないのだろうか。
以前ネットの掲示板で、
 『英語教師の間では、お互いこの種の話には触れないというのが暗黙の了解になっている』
と書き込みがあったのを見たことがある。一般に、英語の教師は英語のプロのように思われがちだが決してそうではない。その辺は、英語教師自身が一番よく分かっている。
 「今のところ、3級だけ。」
 「えっ、サンキューですか?」と二人が声をシンクロナイズさせる。「私たちでも2級持ってますよ。」と追い討ちをかける。
 「自分でも、3級じゃあ、ちと情けないから、昨日受けに行ってきた。」
 「センセイも準1受けたんですか。」とヒカリ。
 「ん、じゃなくて、1級。」
 「1級!?。めちゃ、難しいんでしょう、それって。それに、準1級も取ってないのに受けられるんですか?」
 「・・・」

それから、3週間後1級一次試験合格通知が届いた。


     準1級と1級の英語力を簡単に比べてみる。
運用語彙数 リスニング リーディング ライティング スピーキング
準1級 3,500語 国内バイリンガルニュース 英字新聞 英文手紙 簡単な意見発表やディスカッション
1級 5,000語 CNN タイムをなんとか 英文アーティクル アカデミックなディスカッションやスピーチ

(参考文献:「発信型英語スーパー口語表現」ベレ出版)

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