ミスティ





白いバラを山ほど腕に抱えて、高耶がマンションの直江の部屋を訪れたのは、金曜の夜のこと。

「遅かったですね」

セキュリティカメラで確認したのか、高耶がインターフォンを鳴らす前に扉がさっと開いた。

「どうしました?これ・・・」

「・・・・・・買った・・・」

花を直江に渡し、靴を脱ぎなから、高耶はぼそりと言った。

珍しい事もあるものだと、直江の目が丸くなる。

それとも、自分が忘れているだけで(断じて有り得ないが、念のため)、今日は何かの記念日だっ

たかと、記憶を振るいにかけたが何も思い当たらない。

「何の日でもねぇよ。駅前の店で売り残ってたんだ・・・」

見るとはなしに眺めていたら、もう、今日明日ぐらいしか持たないから、半額でどうかと持ちか

けられたらしい。

自分が花なんて柄でもないから、買う気は無かったのに、店員が明日はもう捨てなくちゃならな

というのを聞いて、ついて手を出してしまった。

高耶は、その手の消費システムが苦手だ。

理屈で解っていても、どこか釈然としない。

「まぁ、貴方の柄じゃないかもしれませんが、ある意味、ずいぶんとらしいですね」

「悪かったな・・・」

真っ赤になって俯く高耶が可愛くて、つい笑みが浮かぶ。

「花瓶かなんか、あったっけ?」

「そうですね・・・花瓶はありますが、これだけの量を入れるには、ちょっとね・・・・

バケツなら2,3ありますよ・・・」

「色気ねぇな」

呆れてしまったが、仕方が無い。

バケツに水を張って、リヴィングにぽんと二つ並べて飾った。

都内の高級マンションの一室だから内装もそれなり、加えて直江のインテリアセンスもあって上

品な部屋なのだが、やはり花が一つあると部屋がふわりと引き立つ。

「いいですね」

「あぁ、明日は駄目かもしれないけど、どうせ今夜だけだし・・・」

他意のない、ただの事実をさらりと口にする高耶。

歳に似合わぬ冷静さを、直江は時々、小憎たらしいと思ってしまう。

自分に彼を責める権利なぞ、何処にも無いと解っていながら、彼の本音を暴きたくなる。

だが。

「掃除の方に言伝しておきます」

些細な感情の揺れを表にださないぐらい、自分には朝飯前だ。


それに、ここは・・・・・・。


「高耶さん・・・・・・」

直江が、柔らかく甘い独特のイントネーションで名前を呼ぶと、彼の肩がピクリと揺れた。

高耶はこんな風に直江に、呼ばれるのが嫌いだ。

抗うことさえ出ない自分を思い知ってしまう。

固まった身体を促すように、背中に手があてられた。

白バラの香りが部屋に満ちる。

くっと背中の手に力が加わったのを感じて、高耶は隣の部屋へと足を向けた。

抗うなんて、ただの、意地だ。


だって、ここは・・・・・・。
週末だけの、秘密の部屋だから・・・・・・








ひぃ、ふぅ、みぃ・・・と高耶が指折り数えていると、直江がパスルームから戻ってきた。

「何を数えているんですか?」

半乾きの髪を無造作にかき揚げ、バスローブを羽織っただけの姿が嫌味なくらい似合っている。

こっちは寝返りをうつことさえ、億劫だと言うのに。

明日もバイトがあるからと、やんわり伝えたら、「じゃあ、自分からしてごらんなさい」と、死

ぬほど恥かしい思いをさせられた。

失神するほどでは無かったにしろ、その寸前の快楽も躰にはこたえる。

直江がベットの端に腰掛けたせいで、片方だけがグッと沈んだ。

「出逢ってから、何年、経つかなぁて、数えてた」

「何年でしたか?」

解っていて尋ねる。

「ん・・・と、7年」

その7年が長かったのか、短かったのか、二人のどちらにも答は出せないまま、今まで続いて

きた。

「あなたが14で、私が26の時でしたよね・・・」

英語教室の生徒と先生。

高耶が14の夏、秋から交換留学生に決まったため、夏休み中の特訓のため訪れた英語教室で臨時

講師を務めていたのが、直江だった。

急病で倒れた友人のピンチヒッターで土日だけの講師。

秋には外国へ行く高耶と、秋には結婚する直江と、接点はそこまでの筈だったのに、二人の緩や

かな放物線は冬の終わりに再び交わった。

「後悔しているの?」

直江は屈みこみ、高耶の額に軽く口付けを落としながら訊いた。

「・・・・してない・・・けど・・・感じてないかって問われたら、嘘になる・・・・・・」

「私は・・・してませんし、感じてもいませんよ」

「・・・酷ぃよ、それって」

泣き笑いにような顔をして、高耶は直江を見上げた。

今は自分と恋愛をしているから、他者を切捨てる事が言えるだろうが、でも、この恋が終わった

時は立場が入替ってしまう。

15の時に自分を愛していると告白されて、それを嬉しいと泣いた子供も、時と共に大人になった。

始まったものには、いつか必ず終わりが来ることを知っている。

優しい表情(かお)で、今度は高耶に冷たい言葉を紡ぎ出すのではないか。

彼の狡さと残酷なまでの優しさは、いつか自分の上に鋭い刃となって振り下ろされる。

昏い予感の影に怯えながら、揺り籠のような夜の日々を、高耶は心で小さく抱きしめる。

いつか刃がこの身を貫いて、一人孤独に震えてる日がきたら、抱きしめた日々を今夜の白い花に

かえてしまおうか。

そうしたら部屋いっぱいの花の中で、愛の記憶に充たされて、少しは幸せになれるだろう。

トロトロとした眠りの淵に引き込まれながら、いつしか高耶はかすかに漂う薔薇の香りに、身を

任していった。



BACK
HOME



コメント
お題が「秘めごと」だったので、多少、や○いました。
えー、どこが?と仰る方は探してみましょう(苦笑)
すっごく簡単なトコに隠してます。
ただし、読んでからの苦情は受付けません。
ぬるい〜とか、反対に、こんなの恥かしくてヤですとか言われても、対応しか
ねます。
今回は不倫設定・直×高でした。
前は絶対に書かなかった設定ですわ(遠い目)。
このお話を読んで、ある歌のタイトルが浮かんだ方は、たぶんまゆと 同年代か
かなり近い方です(苦笑)