たとえば、こんなぬくもり

ふわ、背後でちいさなあくびがもれた。

机に向かうオレには、ふりかえらずとも想像がつく。
おそらくページにおとされたその目は、文字を文様の羅列程度にしか理解していないはずだ。
「オレに気ぃつかわなくっていいから、もう寝ろよ。湯冷めしちまうぜ」
「いや、大丈夫だ」
全然大丈夫そうでない心此処にあらずといったぼやけた返事。
「無理すんな、どうせまた強行軍だったんだろが」
くるりと向き直ると、毛布にくるまったクラピカはどこか申し訳なさそうな目でみあげている。
「悪ぃな、せっかくおまえが帰ってるってのに、レポートの〆切だなんて」
「私が都合も聞かずに急に来たのが悪いのだ」
「ばか、家に帰るのに都合も何もねーだろ」
ほんとうに間が悪い。
まあ、追試代わりのレポートなのだから、完全に非はオレにあるのだけれど。
ひさしぶりのふたりの夕食だというのに腕をふるう余裕もなく、結局クラピカの手をわずらわせてありあわせのものでそそくさと済ませた。

「では、あちらでやすませてもらう」
そう言ってソファから立ち上がった。
向かう先は、帰ってきてもほとんど用を為さない彼女の部屋。

ま、あたりまえだよな。電灯が煌々とついている部屋で休めるはずもないし、なによりオレに気をつかっている。気をつかわせてしまった。
「無理をするな」
ドアを閉める間際に言ったそのことば、まんま返してやりてえ。



深夜もとうに過ぎて、ようやく片がついた。
一刻もはやくベッドになだれこみたいところだが、隣室のドアを細く開けて様子を窺う。
カーテンのすきまからさす月光が寝顔をてらしている。
呼吸をしているのかと疑うほどにしずかな様に、思わず膝をついてのぞきこんだ。
息がかかるほどの至近距離。
やすらかな寝息に安堵する。

  こんなちいさな手で
  こんな細い肩で
  こんな・・・まだ庇護されて当然な少女なのに

いまさらわかっていることなのに、つらい。

ほんとのことを言うと、いまだにこいつのやろうとしていることにオレは現実味を感じられないでいる。
知ったのは、それ自体が常識からおおいに逸脱したハンター試験のさなかだったから、なんとなく納得してしまったけれど。
実際に旅団と対峙したヨークシンの一件も、ある意味わけのわからんまま突風の如く過ぎてしまったようで、自分の平凡な現状と相容れない。

それでもこいつは旅団を追って、緋の目を追って、滑稽なくらいに不似合いな闇社会で無表情に神経すりへらして。
それが辛いだとか重荷だとか、そんなことは微塵も感じていない。それどころか、それは誇りであり、確かな意思であり、存在意義であり・・・だから、オレは何も言えない。

オレはひとりで平和に埋没している。

  オレはこいつに何もしてやれない
  オレだって仮にもハンターだってのに



「レオリオ、レオリオ、起きるのだよ」
肩を揺すられて気がついた。
「どうしたのだ、こんなところで寝たら風邪をひくぞ」
身体がやけにこわばっている。
「妙に腕が重くて目が覚めたら」
「げっ、すまねえ。大丈夫か」
どうやらオレはクラピカの枕元に座り込んだまま、その腕を枕に寝入ってしまったらしい。
「いや、かわいい寝顔だなって思ったらついみほれてそのまんま・・・」
照れ隠しは受けとめられずに宙に浮く。
「レポートはできたのか」
「ああ、そっちはばっちりだ。明日はずーーっといっしょにいられるぜ」
「のんきなやつだな」
「おお、それが信条よ」
クラピカがあきれたように笑った。

「いま何時ぐらいだ?」
外はまだ充分暗い。
「まだ5時前だ」
「じゃあ、もう一寝入りできるな」
がばりとクラピカを抱き込んだ。
いまさら自室の冷たいシーツにもぐりこむ気にはなれない。こっちのベッドはクラピカ専用だからふたりには狭すぎるけど、あったまるには充分だ。

「ちょ、ちょっと///」
「なんにもしねーよ、あったまるだけ」
抱きしめると、腕の中の抵抗があっさりと消えた。
「わかっている」
無邪気に言われて心の奥がかすかに痛んだような気がしたが。
「あったけーな」
「あたたかいのはおまえだろう・・・だから、ここに帰りたくなる」


そのひとことに救われる。

  夜が明けるまでもうすこし。
ありきたりな、ワンパターンな、ふたりの日常。

<< TOP >>


MEMO/051207