気まぐれな愛情

それは年の暮れもおしつまった、けれど平凡な休日の午後。

  ドンドン

乱暴にドアが叩かれた。
「誰だ?ドアフォン壊れてたっけか」
昼食の後片付けをしていたレオリオは不審な声をあげた。
「私が見てこよう」
すたすたと玄関に向かったクラピカだったが、なにか様子がおかしい。ドアを開けたまま、かたまっているようだ。
「おい、クラピカ、誰・・・」
廊下の角からのぞくと、そこにいたのは無精ひげの中年男。
「・・・・・師匠?!どうして、ここが」
「弟子の行動範囲くらいお見通しだ」

「ふん、かわらねーな。男ができたら少しは飾るようになったかと思ったが」
「ばかもの、仮にそうでも部屋でごろごろしているときに飾るやつがいるか」
そう言いつつ「男」の方にはちらとも視線を向けず、ぐしゃぐしゃと弟子の髪をもしゃぐっている。
「おい、おっさん、おっさん、おっさん!!
だんだん語気を強くしても完全無視を決め込まれたレオリオが、肩をつかんでやっとふりむかせた。
「なんだ、うるせーな」
「か、髪にさわるな(・・・他に言いようはないのか、オレ)」

「おまえに文句言われる筋合いはねぇな」
あっさり振り払うと、荷から二つ折りにした幅広の大きな紙包みを取り出した。
「これは?」
クラピカの問いに床に置いた包みを開くと、あざやかな緋色が目に飛び込んできた。
「オレの国の民族衣装だ」
「師匠の国の・・・」
するりと持ち上げると、薄桜が散った緋色の海が広がる。
衣装というより布そのものという感じがする。
「美しいな、それになんという手触りだ」
「そうだろう、シルク100%だ。おまえにやる」
「私に?・・・何を血迷っているのだ」
「師匠と弟子といったら親子も同然だ。年頃の娘に晴れ着をやって何が悪い」
「娘・・・」
思わぬ展開にレオリオとクラピカは顔を見あわせた。
「単なる気まぐれだ」

「おまえの部屋は?あっちか」
「ああ」
「よし、つきあえ」
師匠はいったんひろげた緋色の衣装を抱え、クラピカの手をひっぱった。
「お、おい!!おっさん待てよ」
あわてて追いすがるレオリオだったが
「おまえにゃ用はねぇ、ひっこんでろ」
無常にもその鼻先でドアが閉められた。

オレより(たぶん)強いクラピカの師匠なんだから、(きっと)格段に強いはずで。
まさかとは思うが、確か断る口実(だとクラピカは言ったが)で「女っ気に飢えているから、師事したければそれなりの見返りをしろ」と言ったとか言わないとか以前に聞いた気がする。当然大事には至らなかったというが、それ以来オレはこいつを信用していない。

「クラピカ〜〜」
弱々しい声をあげて、レオリオはずるずるとドアの前にすわりこんだ。

一方、ドアの内側では。
「服、脱げ」
「な、なにを」
師匠の手に幾本かの紐が握られているのを見とめたクラピカは、一瞬蒼白になってあとずさる。
「勘違いするな。着付けてやるってんだ」
「?」
白い薄衣が投げよこされた。
「先にこれを着ろ。着物用の下着だ。胴着の要領で着れるだろ」
「祭祀の装束のようだな・・・」
ほお、とため息をつくと、クラピカは師匠に背を向けて長襦袢をまとった。

「不思議な着方をするものだな」
緋色の衣をはおり紐で結ぶ。
平面だった衣装が身体の曲線にそって形を成す。
あつらえたわけでもないのに、もとよりサイズなど知っているわけでもないのに、不思議とその衣装は身におちついた。
「紐で結わえて形づくるもんだからな、少々のサイズは融通が利く」
「それと、体型に凹凸のない方が着付けやすい。おまえ、なかなか着物向きだぞ」
「ほめているのか、けなしているのか!」

「きつっ・・・まるで、衣服に拘束されているようだ」
帯が締め上げる。
鏡がないので自分ではわからないが、背で複雑に結ばれているようだ。
「それをほどくところにまた快感があるんだがな」
「師匠・・・」
眉間にしわをよせて睨み付けた。
「冗談だ。だが、あの男には言うなよ、まちがいなく実践するタイプだ」
確かに的を得ている。

「よし、できた。おい、入っていいぞ」
ドアにへばりついて様子を窺っていたレオリオは、突然ドアを開けられて無様にころげこんだ。

「クラピカ・・・きれー・・・」


「師匠、ほんとうにどういうつもりなのだ」
「だから言ったろ、気まぐれだって」
愛弟子を着飾らせた師匠はさっさと帰り支度をはじめた。
「ちゃんと防虫剤をいれてしまえよ。悪い虫がつくといけねーから」
最後はいったい誰に対して言ったのだか、突然の嵐は来た時と同じく突然に去っていった。


「な、なあクラピカ、写真でも撮っとくか」
「ああ、そうだな・・・もういちど着られるとは思えん」

その後何度か試みてはみたものの、師匠のようにきっちり着付けることは叶わず、しっかり防虫剤を入れてタンスの肥やしになっている。
「隠れ師匠好き」です。
試験中のレオに負けず劣らずの密着度があったかと思うと・・・。おいおい
ヴァージンロードのエスコートは師匠だと思います。

「帯をぐるぐる・・」を知ったら、絶対に着付けを覚えようとするだろうな、レオリオは。
それにしても、へたれ・・・。

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MEMO/051211