源七狸
源七狸(立岩・小山田)の話

 昔々、小山田の郷に君原源七という肝っ玉のすわった馬方が住んでいた。源七爺さんは、毎日山から北条の町へ木を運んで生活をしていた。ある日のこと、北条の町からの帰り道、日もとっぷりと暮れてしまって「立岩地蔵様」の所までくると、道端に一人の美しい嫁さんが佇んでいた。この辺りは大松が茂り昼でも暗い場所で、狸や狐が出て来て、地蔵様の前を通る人を騙していた。源七爺さんは「ははぁ、古狸の奴め、今晩は美しい嫁さんに化けやがったな」と思いながら、素知らぬふりをして通ろうとした時「もし、源七爺さん、私もこの奥に帰りよりますんじゃが、私はいっぺんも馬に乗った事がありませんけん、いっぺん乗せて下されや。」と懇願された。
 そこは肝っ玉のすわった源七爺さんのこと、「おお、よしよし乗せてやるぞよ」と言いながら、「あばれ馬じゃから落ちるといかん」と、この嫁さんを馬の背中に縄でぐるぐる巻きにした。古狸は困ってしまったが、源七爺さんが縄をほどいた隙に逃げようと小賢く考えていた。
 源七爺さんは、家に着くと「おい、婆さんや、今帰ったぞよ。今日は途中でお客さんに逢うての。婆さんやお客さんに何かご馳走してあげておくれ」と言いながら、お婆さんの耳元で何やらヒソヒソと話をした。「うん。そうかい。直ぐに仕度しますけんのぉ」とお婆さんは言って家の奥に入っていった。
 古狸は馬の背で「源七爺さん、早よう降ろしてつかあさい」と頼んでおった。そこへお婆さんが出て来て
いきなり真っ赤に焼けた【まんぐわの子=蹄鉄】を嫁さんの額に押付けた。「ぎゃあー・ぎゃあー」と鳴き声を
あげて、嫁さんの姿は消え、白毛交じりの狸が馬の背にいたという。

 その後、源七爺さんが地蔵様の前を通ると「額焼きの源七・源七」とうらめしく、悲しそうな声が聞こえて
いたという。