第八十五段  一遍会「掲示板」(平成二十年葉月八月)に日録を掲載せしこと。

8月31日(日)
HP「一遍会」中「月例会のお知らせ」「一遍会」「子規博俳句」「一遍徒然草紙・8月日録」など一斉に切り替え作業を済ます。午後、国民休暇村瀬戸内東予に出掛け、ひと夏の疲れをリフレッシュする。
夕食後のイベントは燧灘を眺めながら休暇村の海岸でウミホタルの観察会。学名は「ヴァルグラ・ヒルゲンドルフィ」で「節足動物門 甲殻綱 介形虫亜綱 ミオドコーバ目 ウミホタル科」に所属、約3ミリメートルである。
8月30日(土)
「一遍会報」第326号再校。伊予史談会二神将監事から貴重な道後湯之町の写真が届く。
公民館での講演「一遍と道後・松山・伊予国」の参加者が拙宅を訪ねてこられ、内容について詳細な質問あり。後日、再度面会することを約す。
子規記念博物館「今月の俳句<枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル 子規>」を確認、月初にHPに掲載する俳句鑑賞を執筆する。『仰臥漫録』明治34年9月13日付の作品である。
【⇒二神氏】
貴重な写真拝見しました。左中程の林は想像もしていませんでした。湯之町の和田邸・三好邸の西側は田圃と思っていたのですが(写真<東西南北>の読み違いかもしれません)「一本杉」が龍穏寺山のシンボルツリーでしょうか。
「大和屋別荘・・・龍穏寺山周辺の様子」についての「ガサネタ」をご報告します。
1)秋の植樹祭に天皇陛下は来県されますが、「ふなや」が「天皇のお宿」の指定を受けない見通しです。
理由は「白山荘」跡に高層マンションが建って警護上問題があるとの判断です。候補として大和屋別荘が浮かび上がった由です。
2)大和屋別荘の瓦に「梅木」紋が使われています。この瓦は昭和7〜8年頃「八重垣旅館」が梅木家から森家に移りましたが、その際に再利用されたとの話が残っています。
石垣も瓦もということになると「新天皇のお宿」を誹謗することにもなりますし、奥村家の名誉にもかかわる噂ですので、今しばらくそっとしておきます。 
8月29日(金)
新居浜の仁平叔父の葬儀に参列。極めて個人的なことだが戒名は「瑞光院観法仁徳居士」とある。宗派は真言宗豊山派である。「観法」は広辞苑によれば、「@法を観想すること。真理を心に思い浮かべて明らかに悟ること。A観心の方法。真理を観念するしかた」とある。導師である御幸寺の住持の解説では禅宗における「座禅」に相当するとか。叔母の一周忌が叔父の百ヶ日に当たる。夫婦愛の不思議な因縁を感じる。
「石鎚神社」が新居浜行高速バスの途中停車駅となっている。石鎚修験者と先達者の宿坊をテーマにした次の旅行プランを考えてみたい。
8月28日(木)
待望の雨が終日降る。9月から予定されている夜間時間断水が延期(中止)になることを祈るや切である。新居浜の敬一君にお悔やみを伝え、葬儀に夫婦で参列する予定を伝える。「一遍会報第326号」初校を松栄印刷所に手渡し。十二坊上品蓮台寺に礼状を認める。「
【⇒上品蓮台寺 方丈様】
謹啓 庭の虫の声に秋の気配を感じます。さてこの度は貴「権僧正瑞巌大和尚」殿についてご照会申し上げましたところ、御盆法要のご多用の中、貴「過去帳」資料並びに同大和尚殿の五輪塔の写真をご恵送頂きまことに有難うございました。衷心より御礼申し上げます。当家の過去帳や墓地に貴「権僧正瑞巌大和尚」殿の記録が残っているのが不思議な気持ちですが、ご連絡賜りました歴史的な事実に基づいて改めて調査してまいる所存です。
幸運にも貴「権僧正瑞巌大和尚」殿の来歴が判明しました時には、お許しを得て墓前にご報告したいと願っております。末尾ながら方丈様はじめ皆々様のご清祥を祈念申し上げます。まずは御礼とご挨拶まで 拝具
8月27日(水)
一遍会9月例会<大三島巡見>参加の26名全員にメールと葉書で細部内容を通知す。参加取消者にはバス代実費4,500円負担とした。「一遍会報」第326号の校正。8月末に「国民休暇村瀬戸内東予」を予約。温泉に入浴し瀬戸内の魚を堪能し、鎌倉仏教書に目を通すことにする。
仁平叔父逝去の知らせあり。九十何歳。終戦を朝鮮の開拓団で迎え、逃亡中家族全員死亡した。彼の地の国民を絶対に許そうとはしなかった「戦争被害者」であった。父方・母方の伯父伯母・叔父叔母全員が亡くなってしまった。寂しいが、これが人の世の常というべきだろう。従兄弟達が集結ことになる。
【⇒六時屋サミット】
やっと涼しくなりました。県美術館開催の「八犬伝展」はがらがらの不評判ですが、若い世代にはよくは分からないだろうと思っています。わが古希世代も細かいことは忘れてしまっていますなあ。昔読んだ記憶のある「日本児童文庫」がインターネット図書館に掲載されていました。「初秋の夜長?」に如何かと思いお知らせします。結構面白いですよ。
『日本児童文庫 八犬伝物語 土田杏村訳』  http://satobn.net/syoko/koten/hakkenden.html
【橘諸兄⇒】
やっと涼しくなり、ホッと致しております。里見八犬伝の情報、有難うございます。インターネットで八犬伝のアニメ映画を見つけました。結構良くできていますので開いてみてください。さし当たって物語の全容を知りたくて観ています。  http://dsten.blog83.fc2.com/blog-entry-527.html
【⇒橘諸兄】
「第一話 万華鏡」をとりあえず鑑賞しました。ストーリーを知っていると10倍面白くなりますよ!秋の夜長、ストーリーと併行して、「八犬伝」を楽しんでいきます。一週間は必要ですなあ。素晴らしいアニメ紹介、有難うございました。
8月26日(火)
雨、気温27度・・・50数日続いた真夏日が終わりとなるか。
「アジア仏教史・日本編「鎌倉仏教(V)地方武士と題目」を通読するも、第三章南都仏教の復興、第四章中世社会と諸信仰で引っかかる。南都仏教(奈良仏教)弥勒・観音・地蔵信仰、神道、修験道の基礎知識が脆弱で、半分どころか2割も理解できない。再読、精読の必要があろう。松浦恵氏から礼状を受け取る。川本臥風氏と遠戚の由、驚く。
「日韓文化交流・歓迎会」(9月19日第一ホテル)、高校同期会(10月21日伊予鉄会館)は日程の都合がつかず欠席の旨連絡す。
8月25日(月)
夏バテか。集中心に欠ける一日となる。公民館図書館で青春亭・お伽座の座亭である大亀昌子氏と出会う。一遍の昔話を一遍会例会での公演をお願いしたい。畠中恵著「うそうそ」(「小説新潮」6ヶ月連載)を楽しむ。「つくもがみ貸します」以来の彼女のフアンである。
一遍会理事田中弘道氏からHP立ち上げの連絡を受ける。写真が鮮明で理解が容易である。今後が楽しみである。http://www.asahi-net.or.jp/~tr2h-tnk/ 松浦恵氏の「俳句界の革新提言」へのコメントを記す。
【⇒田中弘道氏】
HP拝見しました。画像が鮮明なのが驚きです。次々とリンクの輪が広がって「田中道後史」が完成するのが楽しみです。夏休みの宿題がほぼ完了ですか。おめでとうございます。
【⇒松浦恵氏】
ご高承の通り俳句界は(というよりは文芸全体ですが)多岐に分かれ、大衆化を通して今日の隆盛を得ております。立場により見解は違いましょうが、「座の文芸」(ミニサークル)として今後更に普及していきますが、俳句そのものは変質するだろうと思います。特に「季語」は若い世代にはマッチせず、季節感は旧暦⇒新暦の当然の流れになると考えます。郷土出身の仏教大学教授の坪内稔典氏、大阪成蹊女子大学教授和田克司氏らが県下では指導的立場にありますが、ご提唱の論旨に賛同されるかどうかは甚だ疑問です。
8月24日(日)
午前、道後駅前のガロで子規会・井手康夫会長と子規著「散策記」の普及版についての相談を受ける。子規記念博物館との連携案については賛意を表す。「アジア仏教史・日本編「鎌倉仏教(U)武士と念仏と禅」を通読。北京五輪閉会式をTVライブで楽しむ。完璧な構成とマス演技・・・改めて社会主義国家の「秩序ある統制」の威力と威厳を知る。恐るべし中国である。
東京の松浦恵氏から「俳句界の革新についてリーダーシップをとってほしい」と長文の檄文が届く。同氏については面識はあるが近年話したことのない御仁だけに対応に苦慮する。インターネット会員の「大阪の朝日」さんご夫妻が「窪寺まんじゅしゃげ祭り」に参加される由。支局時代から20年振りになるのだろうか。
【⇒和田克司様】
秋彼岸前後のスケジュールの件ですが、19日(金)の子規忌と合わせて23日(火)は一遍忌に当り一遍(会)関連行事が錯綜しております。折角のお申し出並びに日程のご照会ですが、下記スケジュールになっておりますので、19日(木)当日は日中の子規忌行事(正宗寺&子規記念博物館)のみに参加します。悪しからずご了承下さいませ。
   18日(水)「窪寺まんじゅしゃげ祭り」現地打ち合わせ
   19日(木)子規忌行事(正宗寺&子規記念博物館)
   20日(金)窪寺まんじゅしゃげ祭り(一遍会主催)
   21日(土)湯築城歴史塾
   22日(日)鉄輪温泉一遍上人まつり(21日〜23日)
   23日(月)宝厳寺大施餓鬼(一遍忌)&総代会との懇親会
8月23日(土)
深夜にわたる北京オリンピックのTV観戦疲れが出てきたようである。「一遍会報第326号」の編集・最終割付を完了し松栄印刷所に連絡。(8月末納入)中村元ほか監修「アジア仏教史・日本編「鎌倉仏教(T)民衆と念仏」を通読。「選択・専修・易行」「念仏・題目・禅」のキーワードは納得。
『日本往生極楽記』・『大日本国法華経験記』記載の「(伊予国の)越智益躬」は今秋の講演「一遍と郷土」で紹介したい。
8月22日(金)
邸内の雨水溝の石積み作業が終わり、母屋玄関の三和土の改修工事に入る。
市の郊外(見奈良)にある「坊っちやん劇場」に出掛け、ジェームス三木脚色・演出『ミュージカル竜馬』観劇。竜馬・中岡慎太郎・寺田屋お登勢・お竜・西郷隆盛・岩倉具視・三吉慎蔵など「顔なじみ」の人物が顔を揃える。「クールス・モール」で昼食、「温泉湯楽」で入浴、「レストラン旬菜見奈良」で夕食と、日中はのんびりと夏バテの回復に充てる。夏の年中行事になった。一昨年は『坊っちやん』、昨年は『吾輩は狸である』のミュージカルコメディーを楽しんだ。
十二坊上品蓮台寺から「権僧正瑞巌大和尚」の記録と五輪塔の写真が届く。(平成20年8月15日「掲示板」記述の十二坊上品蓮台寺宛書状参照のこと)。「権僧正瑞巌大和尚」の存在が寺院の記録と墓名で確認できた。次は当家の墓苑にも墓があり「過去帳」にも記載されているので、俗名を調査する必要が出て来た。此ればかりは人に頼むわけにはいくまい。大仕事を背負い込んでしまった。
8月21日(木)
朝は27度、日中は29度、晩夏の気配を感じる。蝉の声もすっかり少なく、静かになった。
家人の本に目を通す。上野千鶴子著『おひとりさまの老後』、王慶祥著『最後の皇后』。軟派と硬派の文体だが結構面白い。我々も最後はどちらかが「おひとりさま」になるのだが、個室を持ったのは僕は大学の4年間だけで家人はゼロである。上野流表現では「雑魚寝」が未だ続いている。10数部屋もある屋敷だが、「個食」は取らず「個室」は持たず「雑魚寝」生活を保持していることは家人の自己犠牲の上に成り立っているのかもしれない。
大三島の万福寺住持浅野純以師から法話のテーマ「性空上人の三島社来参」の連絡あり。
8月20日(水)
猛暑も終わったらしく、終日30度迄でしのぎやすくなった。長屋門、母屋玄関の改修工事始まる。「キイチ」が担当する。「三和土」も思い切って大理石に置き換えるが、古い家屋に似合うどうか心配ではある。一遍会9月例会案内をマスコミ各社に発送する。12月度講師として菊池佐紀氏から快諾の連絡。テーマは「俳聖芭蕉〜「俳聖芭蕉〜一句として辞世ならざるはなし」で決定。
「文芸春秋9月号」で芥川賞受賞作 楊逸著「時が滲む朝」を読む。
【⇒平岡様】
「湯築城石垣⇒龍穏寺ヶ丘石垣」ではなく「湯築城石垣⇒松山城石垣(北郭=高石垣)⇒龍穏寺ヶ丘石垣」の経緯になるのでしょうか。今まで問題意識を持っていませんでした。大変興味深い問題提起ですなあ。年代的に後追いしてみます。

大正八年 北の郭が第六尋常小学校となり高石垣の一部取り除き
昭和五年 高石垣の取り壊し
昭和六年 龍穏寺ヶ丘石垣積み⇒大和屋別館ほかで活用

時系列としては、松山城石垣(北郭=高石垣)⇒龍穏寺ヶ丘石垣は整合性があります。恐らく新規石材よりも安く奥村さんたちは県(市)から購入したのでしょうか。県(市)資料から経緯が発見できるかもしれません。奥村旅館には「工事始末書」が残っていると思いますが・・・
8月19日(火)
一遍会9月度例会(河野水軍の跡を辿る大三島巡察)につき奥村観光バスに細部スケジュール連絡。愛媛新聞と三大紙、ミニコミ誌、インタネットイベントガイド用に9月度例会の予告記事を取り纏める。
午後、子規会8月度例会(正宗寺)&「松山発子規事典編纂委員会」出席.
講師は平岡英理事でテーマは「愚陀仏庵から城北へ〜「散策集<明治28年9月21日>」。さすがに地元松山に精通したマスコミ人だけに資・史料の読み込みが的確である。
【⇒和田編集委員長】
ところで、本日ご提示ありました「散策集周辺の人物」ですが、調査資料につきご報告します。該当書籍は県立図書館にあります。旧陸軍・海軍の将官については福川秀樹著『日本陸軍将官辞典』『日本海軍将官辞典』』(芙蓉書房出版)で誕生年・死亡年&軍歴については検索可能です。因みに「恒吉忠道  日本陸軍将官辞典」で検索すると「文久1年6月7日〜大正7年4月10日」が判明しました。 ご参考になればと思います。
8月18日(月)
シネマルナティックで藤沢周平原作『山桜』を観る。監督篠原哲雄、主演田中麗奈。北の小国「海坂藩」の美しい自然の中での人間模様はよく描かれているが・・・結末を含め「余情の美学」は充分感じられるが、叙情的に流れすぎる。やや不満が残る佳作である。
ライブ古書店で「アジア仏教史・日本編『鎌倉仏教』3巻を購入。副題は<@民衆と念仏><A武士と念仏と禅><B地方武士と題目>である。
横須賀の従弟来宅。新居浜の叔父が救命医療を断り自然死を迎えると云う報告あり。これも一つの選択であろう。道後温泉に誘い本館2階でゆっくりと語り合う。
8月17日(日)
午前中、お盆の仏壇・仏具を片付ける。僧侶の話では道後のような町でも伝統的な盆行事をおこなう家が少なくなった由。
一遍会4月度講話の坂の上の雲記念館・松原正毅館長から「遊牧の世界」の会報原稿を入手。早速に「一遍会報」割付作業。@松原正毅「遊牧の世界」A大本敬久「甘茶と百足除けの俗信」B三好恭治「江戸期四国の時宗二十寺院(1)
8月16日(土)
朝10時、長男・次男ファミリーを見送る。10人家族から夫婦家族へ、静かというか寂しい気分になる。
京都の上品蓮台寺、大三島の西向山万福寺浅野純以住持(九月度講師)、菊池佐紀氏(十二月度講師)、二神将氏(明年三月度講師)に書状差出。
夕、送り火。夏の行事も終わって、いよいよ秋祭りかの気分になる。TVで福原愛出場のの卓球を見る。愛ちゃんが2勝し、次回の団体戦で韓国と銅メダルを争う。レスリング女子55キロ級吉田沙保里、金メダル連覇が見事。
8月15日(金)
10時義安寺住職は代理僧が来る。仏国山瑞応寺の修業僧か。過去帳(五十五霊位)をすべて読み上げたのには驚いた。初めてのことである。過去帳記載の「権僧正瑞巌大和尚 宝永六巳丑年八月十八日 於洛北上品蓮台寺入寂」についての質問あり。今年は三百回忌に当たる。お寺に問い合わせ。
正午、一人だけで終戦の日の黙祷。朝8時に小泉前首相は靖国訪問。「有言実行」の小泉スタイルは、個人の生き方としては尊重すべきであろう。帰省中のファミリーは男組はホテルのプール&ランチ、女組は映画&ショッピングに分かれる。夕食は「北斗駅前店」での懇親会。
【⇒十二坊上品蓮台寺】
当家は伊予国(愛媛県)道後に約四百年前より住まいし、遠祖は伊予水軍河野氏配下の三好長門守で、現在で十七代目に当たります。菩提寺には権僧正瑞巌大和尚の墓石もあります。今回お尋ね申し上げます件は、「権僧正瑞巌大和尚」が上品蓮台寺様に記録されており、生国・俗名が伊予国、三好姓なのかどうかのご照会であります。宝永六年は一七〇九年に当たりますので、今年が三百回忌の相当年で、旧暦換算で九月中に法要が出来ればと願っております。
まことに不躾なお願いですが、ご調査頂いてご一報頂ければ有難く存じますし、権僧正瑞巌大和尚も生国での法要を喜んでくれるのではと存じます。
8月14日(木)
朝6時半、龍穏寺住職が侍僧(長子)をつれての棚経。何十年来、14日の道後(村)でのスタートは拙宅からである。有難い配慮である。
夕、金沢から次男家族4名帰郷。10人世帯となって大賑わいの夕食、花火、温泉・・・となる。何するわけでもないが、「ファミリー台風」到来で何も手につかない。
『子規会誌』編集長に苦言を呈する。もと母校の国語教師であっただけに気にはなるのだが・・・
8月13日(水)
墓地の整備と樒を供えに墓参。一時間ほどかけて清掃し線香を供える。夕刻「迎え火」で祖霊を出迎える。新井満さんの「千の風になって」が大流行だが、この歌は残された人にとっての鎮魂歌であって死者にとっての鎮魂歌ではあるまい。死者にとっての止まり木とは・・・
夕、神戸の長男家族4名帰郷。「迎え火」に間に合う。揃って椿湯に出掛ける。「坊っちやん広場」では民謡と太鼓の披露、見物客多し。
8月12日(火)
午前中に予約した樒を買い求める。室町時代から17代続く店主曰く、お盆はご先祖様は家に戻っているからお墓は簡素にして仏壇を飾りなさいとのアドバイス。納得。お包みを印刷する。昔は「お布施」一本だったが寺務費・施餓鬼料・納米料・墓地管理費・棚経料と費目別の「請求」となった。住職の保険料まで檀家で負担するか。昨日柏井家へお参りしたので、本日午柏井家からのお参り。戦時中の話になり「ひもじい」という言葉を久しぶりに聞いた。
プレスによれば北京五輪開会式での花火は事前に録画した光景を「実況」として放映したという。ニュース映画も「事実ではない事実」を「既成事実化」してしまうのか。恐るべし。
【持田中⇒】
最近の「史談会」報告に比べ、先日の「一遍会講話」は2件とも非常に面白かったです。
杉野さんの話も、「縁起説」が「漢訳経典」のような複雑な形式ではなく、単純明快な形式であったであろうことは、想定していましたが、「スッタニバータ」などのなかで「3段階」に分けられる・・という話は面白かった。
「時宗寺院」の話も、あの日に早速図書館に行き、景浦勉氏の「観念寺文書、河野家文書、善応寺文書」を借り出し、再読いたしました。得能氏などを考える場合、こうした基本文献も改めて見ておく必要があることを痛感しました。松前・金蓮寺が中世の定善寺であるという発見は素晴らしいですね。「宝樹寺創建」の話は知りませんでした。
8月11日(月)
35度を越す猛暑。午後、樒(しきみ)を求めていつもの店に立ち寄るも、萎れて使い物にならず。予約し明朝買い求めることにした。「悪しき実」の意という。
インターネット一遍会会員向け「8月度定期便」を発送。「海老庄」さんから返信第1号。10月本山参詣の航空券申し込み。「サライ」8月21日号は「国宝眼福の旅」特集。『一遍上人絵伝』などに目を通す。画像は鮮明で、特別附録の「国宝」絵巻・屏風は活用できそうである。
【⇒海老庄】
今回の拙稿では海老庄様からお知らせ頂いた
@佐河 乗台寺・・・高岡郡佐川(さかわ)町「乗台寺」
A一山 善楽寺・・・高知市一宮「善楽寺(30番札所)」
B一野 西念寺・・・土佐郡土佐町「西念寺」
とは違った内容になっております。
理由はA、Bについて、地名の「一山」「一野」の確認を先行させたことです。通説では一遍さんは土佐国での賦算はないことになっていますが、伊予国の松野町に一遍さんの足跡があるとすれば、一山越えれば土佐国です。今回ご紹介した「時宗支院記録」がありますから、土佐国での一遍さんの賦算の可能性が見えてきました。
「一山」「一野」の地名が決め手になりそうです。小字あるいはホノギ(村の特定場所の通称名)だけに県外からの文献調査は至難です。お檀家の方やお遍路さんの中でご存知の方がいらっしゃればと願っています。ご協力方宜しくお願い申し上げます。
8月10日(日)
伊予史談会8月例会(1119回)出席。
1)沖野新一氏「愛媛のからさお―四国民具研究会連枷調査報告―」
「からさお」とは殻竿、唐竿である。豆殻を敲いて豆を取り出していたシーンは浮かぶのだが鮮明ではない。麦などは千把で穂をしごいていた様な記憶も在る。農業が過去の産業になってから松山では見ることのない民具であるが、記録に留めて、民具⇒民俗⇒農村文化(文明)の検証へのひたむきな努力。頭が下がる調査である。
2)森正康東雲女子短大教授「伊予の祭祀文書をよみとく―神をまつる人々と組織をめぐって―」なかなか興味深いテーマである。
@伊予史談会と伊予の祭祀研究
A特定旧家と祭り ○神事を主宰する特定旧家 ○神事を主宰しない特定旧家 ○神饌調達と特定旧家
3)宮座と頭屋制度・祭祀文書 ○芸予初頭地域 ○高輪半島先端地域 ○西条市周桑地域 ○松山市二神島 の各論で詳細に報告あり。
嘗ての勤務先周防国防府での松崎天満宮の「宮座」や「お笑い講」の特定旧家や特定村人を思い出す。祭には事業場長も近づきがたい「神の子」として振舞う。
二神将氏から宝厳寺・松が枝町(元遊郭)界隈の資料提示あり。大禅寺界隈の「芭蕉天神の存在」についての資料調査の依頼を受ける。
8月9日(土)
お盆に入ったので仏壇を盆供養用に設える。14日が龍穏寺、15日が義安寺住職の棚経が予定されている。迎え火は12日、送り火は14日にしたい。
平岩弓枝著「西遊記」(下)読了。三蔵法師は「梅壇功徳仏」、孫悟空(斉天大聖)は「闘戦勝仏」、猪悟能(天蓬元帥)は浄壇使者、沙悟浄(捲簾大将)は金身羅漢らに命じられる。しかし離れがたく三蔵法師に付き従って「行き行きて仏法に敵なす魔障の者どもを退治」すべく遊行の旅に出るという大団円である。あゝ面白かったが読後感である。
午後から一遍会8月例会。
@講話:杉野祥一理事「縁起説の完成するまで」
A卓話:三好恭治理事「江戸期四国における時宗20寺院について」
出席者28名で一安心。大分県から河野と名乗る青年遍路が参加。大三島巡察には26名申し込み、本山参詣は残念ながら申し込みなし。理事会後、杉野・太田両理事と懇談。
TVで北京オリンピック観戦。柔道女子48`級谷亮子は五輪三連覇ならず「銅」となる。素人目にもキレと圧倒的な強さを感じない。初メダルではある。
8月8日(金)
一遍会7月度収支決算と8月度理事会資料を作成する。義安寺施餓鬼法要に出席。僧侶15〜6名、雲水数名で盛大なるも肝心の参詣者が少ない。檀家との距離が離れているのではあるまいか。新居浜の瑞応寺(道場)の僧侶の法話は「仏説盂蘭盆経」。<供養>の本義(供給資養)は参考になった。義安寺住職のいまひとつ覇気がない。難病の様子である。
オリンピック開会式実況を視聴。8年8月8日午後8時(8・8・8・8)にこだわったので、日本では時差もあり9時開会。開会式の演出は中華三千年の文化と現代のハイテク技術が融合して歴史と美が眼前に広がる。もっとも選手の入場が延々と続き、睡魔に負ける。
8月7日(木)
祈りが通じたわけでもあるまいが、雷鳴と短時間の強雨が数回降る。やっとの思いのお湿りである。平岩弓枝著「西遊記」(上)読了。実に面白い。猛暑にもってこいの本と云える。午後はお湿りの中、黙々と草引きに注力する。思考能力ゼロとなる。椿湯でやっと人心地する。
NHKスペシャル「解かれた封印『米軍カメラマンが見たNAGASAKI』」を観る。昨年奇しくも長崎原爆投下の8月9日に亡くなった米国人カメラマン、ジョー・オダネルさんの苦悩の軌跡を追っている。焼き場での死亡した弟を背負った少年の凛々しい姿に圧倒された。
8月6日(水)
8時45分広島原爆投下の時間に合わせて一分間の黙祷で一日がスタートする。昭和20年、終戦の年だから63年前になる。午前中は8月度一遍会例会の資料(「一遍会8月度ニュース」と「江戸期四国における時宗20寺院について」のレジュメ)作成。
午後「しげまつ理容店」で主人と親孝行についての「床屋談義」。若い頃ロスに住んでいたことを初めて知った。息子は現在も海外にいる由。夕、椿湯。夜9時、久しぶりに雨の音を聞く。なんとかお湿りがほしいのだが・・・
8月5日(火)
午後から六時屋サミット。おしゃべりに終始する。平岩弓枝著「西遊記」(上)を読む。江戸期阿波国の時宗寺院4ヶ寺と河野通久の富田荘(現徳島城周辺)領有との関連の検討に入る。糸口が見つかれば「大発見」になるのだが・・・
子規博今月の俳句「一さじのアイスクリームや蘇る」鑑賞につき那須の宗匠と岡田さんからコメントが届く。「倫敦は遠しロンドン屋のアイスクリム 漱石もどき」を返信す。
8月4日(月)
7月5日の雨以降晴天が続く。丸々一ヶ月である。それでいて渇水都市松山の貯水池の水は大丈夫である。いかに梅雨が多雨だったかの証左である。最近はマスコミも学者もNPO某も、異常気象は何でも温暖化現象で片付けてしまうのだが、6月・7月を通算すると降雨量は変わらないのではないか。
公民館図書館で平岩弓枝著「西遊記」(上・下)貸し出し。県民文化会館の「ヤマハサマーコンサート」のがらがらの会場で暑さ知らずの読書に耽る。孫悟空と観世音菩薩のユーモラスな連携行動<観音禅院は炎上し黒大王、袈裟を盗む>に思わず噴出す。贅沢な「県文・読書ホール」を密かに利用したい。
秋の高校同期会総会欠席の旨大川治会長宛連絡す。二年連続の欠席で気になるのだが・・・
【→高校同期会長】
20年に一度位になるのですが、時宗宝厳寺にかかわりがある世話人一同が10月21・22日藤沢に在る本山遊行寺に詣り、遊行上人と朝のお勤めをご一緒することとなりました。縁あって一遍会の主宰をしており、一生一度の機縁でもありますので先導役として参加することにしました。事情ご賢察の上ご寛恕下さい。(略)
【宮内様→】
引き続きお調べいただき、誠にありがとうございます。私も教えていただいた書籍を購入して該当箇所を読んでみました。明治末期は大阪の天王寺に住んでいたと書いてありましたが、母が生前大阪に住んでいたと言っていましたので、その確証が得られたような気がしております。宮内の墓は、現在、鵯越の神戸市営墓地の一角にありますが、埋葬された方の氏名等は記載されていません。(略)
8月3日(日)
小林多喜二『蟹工船』に次いで『一九二八・三・一五』を読む。午後、亭庭と座敷の庭の草引き。猛暑ではあるが太陽光の強さは幾分弱まった感じである。秋の予感であろうか。赤塚不二夫死去の報。ギャッグマンガには無縁であったので彼の漫画は見ようとも思わなかったし、子供達もあまりマンガをみていたようにも思わないが・・・
宝厳寺檀家総代でもある一遍会理事の蜂須賀俊一氏とメールと電話で10月21・22日本山遊行寺参詣の打ち合わせ。上人から「南無阿弥陀仏」のお札を頂くことを確認する。一遍会からの参加の期待も大きいが、反響は今ひとつである。
8月2日(土)
朝布団の中で突然頭に浮かんだフレーズが「キロキロとヘクトデカけたメートルがデシにおわれてセンチミリミリ」である。10進法の基本が何故頭に浮かんだのか・・・午後は全国高校野球斉美対智弁和歌山のTV観戦。3対0で愛媛代表斉美高校の完敗。敗因は打てなかったことに尽きる。お盆を控えて草引きを再開する。『選択』8月号入手。
小林多喜二『蟹工船』読了。本書の明日が見えない現状の拘束感が今日の格差社会や若者の立場を反映しているとマスコミは喧伝するのだが・・・貧困社会の格差と豊かな社会の格差は同質ではないし「格差の無い社会」は存在しえない。格差は結果であり、前提ではないのだから。共産党への入党が増えている由。共産党も困っているだろう。マルクスもエンゲルスを知らなくて共産社会の理想像をを語ることは避けてほしいものだ。
高校同期の越智俊在君の訃報。親しい友人ではないのだが、ここ一年体調不良であった由。ご冥福を祈る。夜TV「広島発特集ドラマ『帽子』<緒形拳・田中裕子・玉山鉄二>」と「犬伏武彦東雲女子短大教授講演『道後温泉の歴史と建物の変遷』」を視聴する。
8月1日(金)
朝一番に公民館で10月度一遍会例会の会場予約。日中は35度を越す猛暑・・・9:30から恒例の「湯釜祭」に出席し道後温泉と「道後温泉夏まつり」の成功を祈願する。導師は円満寺の御住職です。今日から8月末まで一ヶ月間「道後温泉夏まつり」が続く。
現在若い世代に共感を呼んでいる小林多喜二著『蟹工船』を五十年ぶりに読む。徳永直、中野重治らのプロレタリア文学を愛読した時代が懐かしい。
夜、坊っちやん広場で新旧「道後マドンナ」の任命・卒業セレモニーと作詞作曲「道後マドンナ」の『粋な道後人』の披露あり。「町屋」経営の三好さんと出会い、時宗本山遊行寺訪問スケジュールについて打ち合わせる。