第八十段 一遍会「掲示板」(平成二十年卯月四月)に日録を掲載せしこと。

4月30日(水)
子規記念博の竹田美喜館長から同館初代館長の和田茂樹氏逝去の連絡、続いて子規会井手康夫会長から連絡を頂く。早速一遍会会員に下記メール連絡する。
【当会顧問 和田茂樹氏には昨29日ご逝去されました。通夜式は明5月1日19時から、告別式は2日午前10時から「ベルモニー会館天山」で執リ行われます。ご遺族代表はご子息「和田克司」氏です。ご高承の通リ、同氏には愛媛大学教授として多年にわたり教育に尽くされました。初代の子規記念博物館館長や松山子規会会長をされました。時宗・宝厳寺の檀家総代でもありました。心からご冥福をお祈り申し上げます。南無阿弥陀仏。】
午後、子規博喫茶室で南海放送田中和彦放送編成局長から南海放送55周年記念特別放送「一遍スペシャル」の説明を受ける。
第1部:ラジオシンポジュウム「一遍がいた風景 中世・伊予の国」。コメンテイターは川岡勉愛媛大学教授と私が担当する。
第2部」ラジオドラマ「SAINT IPPEN〜永遠の嘘をついてくれ〜」
秋には演劇公演を予定している由。一遍会にとっても私個人にとってもビッグボーナスになった。引き続き子規博平成20年特別展「子規と為山」を鑑賞する。夕方まで座敷の庭の草引き。松の剪定も気になる時期となった。
4月29日(火)
「昭和の日」である。昭和生まれとしては「天皇誕生日」から「昭和の日」に改称しても違和感はない。国旗を掲揚して昭和を偲ぶことにした。
義安禅寺の第20世足立道寛新命の「晋山結制」の慶事があり午前中は宗教的な雰囲気に浸る。稚児行列、晋山入寺式<道寛和尚の住職就任式>、晋山開堂(結制上堂)<道寛和尚の大和尚就任式>ほかである。それなりのお包みをして本堂に上がって眺める。午後はHP「一遍会」の5月度の大幅改定作業。例会講話録は平成19年12月まで掲載し、子規博5月度俳句鑑賞エッセイも同様に掲載す。
4月28日(月)
HP「一遍会」中「月例会のお知らせ」「一遍会」を5月度の更改する。イベントガイド(あっとえひめ)に例会案内を送信する。
子規記念博で「5月度子規の句」<家あって若葉家あって若葉哉>を確認し鑑賞エッセイ原稿執筆。若者にはこの感動は理解できないかも・・・午後、大街道スターバックスで一遍会平成19年度決算の監査を受ける。担当は岩田克之監事。伊予銀と松下電器・トヨタ自動車との「秘話」を聞く。夕、表庭の草引き。雑草は引き抜けども引き抜けどもであるが、宝厳寺でも長岡住職夫妻も雑草抜きを課業(行)としてやっておられる筈である。
4月27日(日)
やっと春炬燵を整理する。例年より遅くなったのは気候不順もあるが老化による気温対応が鈍くなった」ことに原因があるのかもしれない。
一遍会平成19年度決算を確定し印刷する。前年よりも繰越金も増えて、まずは順調な「一遍会経営」ができた。本年から理事にも講話代を手渡すことにする。子規会5月度例会で子規著「散策集」の講話を担当するので映像を使うかどうか検討開始。子規堂は暗幕設備もないので思案する。午後4時間座敷の草引き。結構重労働となる。
4月26日(土)
高齢者大学総会(4月25日開催)で文化講座「捨聖一遍と『一遍聖絵』」の資料が配布される。早速、知人三名が申し込んだ旨連絡あり。有難い。
一遍会平成19年度決算書並びに総会資料作成。監事と調整し、4月28日14:00伊予鉄会館で会計監査を受けることとした。午後天気が回復し、昨日に引き続き畑と庭の除草作業。まずまずの進捗である。
4月25日(金)
「一遍会報」(第324号)の初校を松栄印刷所に手渡す。4月中に納品の予定。一遍会平成19年度決算資料の点検。伝票とのチェックが不整合となり本日中に終了せず。来週には監事による監査を済ませたい。午後は穏やかな天気なので畑や庭でのカルチベート作業。草の根が強く、予定の半分も進行せず。
夜、吉沢紹氏から姪の結婚式で松山に来たので仁義を切るべく電話したとのこと。本社薬品OB会の運営と後輩の消息を聞く。一回り下の部下が六十歳定年であり、OB会の長老になったことを自覚せざるを得ない。嗚呼。
4月24日(木)
笑い話に思えるだろうが、拙宅の風呂は江戸時代から昭和30年前半まで薪、その後は灯油で五十年、今日ガス風呂に切り替えた。50年先は太陽熱発電に切り替わっていると思う。終日、ガスと電気工事の職人の応接と工事チェックに目を光らす。
朝日・毎日・読売に一遍会5月度例会のPRと新聞掲載を依頼す。話題の「ねんきん特別便」が届く。40年間(482月数)同一会社だから問題はない。年金加入期間は 482月だからざっと40年という所である。子規「散策集」記載の「五六反叔父のつくりし糸瓜哉」のへちまの活用先は化粧品(化粧水)である。明治20年代から白粉とお歯黒が廃れた背景を承知すべきであろう。
4月23日(水)
神戸ポートピアで2年前にオープンした「花鳥園」を訪ねる。さすが神戸の風土に合っているのかウイークでの午前中でも人手多し。「アクシア」の華麗な出迎え、池は熱帯性睡蓮が満開。多種多様な花・花・花の天井に囲まれて中華料理のバイキングで心も体も和む。 食後はフクロウ、ペンギン、オオサイチョウや小鳥と身近に接し、羽にも触れ、写真を撮る。欧米でもこの種の展示館は少ないのではなかろうか。
三宮17:14発の高速バスで21:30一番町到着。1万2000歩ウオーク。携行した松原正毅著「遊牧の世界」読了。遊牧・遊行・順礼・遍路などの「歩き」につき考える。
4月22日(火)
京阪電車で大阪天満橋下車。人波に沿って大阪造幣局まで歩き「桜の通り抜け」(最終日)を鑑賞する。「伊予薄墨」の花もしっかりと残っている。「花博記念公園鶴見緑地」に出掛ける家内とは帝国ホテル大阪で別れる。
正午過ぎ隣接のカネボウ薬品大阪支店に入る。午後のOB会に顔を出す。毎年参加者が減り今年は13名(大竹・角能・上村・白幡・武田・坪谷・仁木・平井・宮崎・盛盛・門川・山下&小生)。大西重樹社長と芝田業務部長から会社現況説明を受ける。
夕食は梅田界隈でイカ焼き・お好み焼き・焼きそば・御座候などなどスナック気分で大阪の味を楽しむ。お初天神に立ち寄る。1万5000歩のウオーキング。
4月21日(月)
ラッシュを避け7時半にホテルを出て、市バス(93)錦林車庫行きで丸太町京阪前に出る。出町柳経由で八瀬北叡山口に着く。旧八瀬遊園地跡には同系統のエキシブ京都八瀬離宮がオープンしている。叡山ケーブル・ロープウエイで比叡頂上に着きリムジンバスで横川に直行する。横川(中堂、恵心堂)ー西塔(釈迦堂・法華堂・伝教大師御廟)ー東塔(法華堂・阿弥陀堂・講堂・根本中堂)をバスと徒歩で回る。
15時バスで川端丸太町に下る。鴨川の涼風に当たり、京都御所御苑を散策、「せんべいの播磨屋」「大丸記念館」を過ぎる。「さと」で夕食。2万2千数百歩のウオーキング。
4月20日(日)
JR高速バスで神戸三宮に朝立ち(08:48〜12:50)。阪急嵐山線で松尾大社参拝。白、黄の山吹が満開で落ち着いた中に華麗さあり。桂川に沿って嵐山東公園、渡月橋を渡り、嵯峨天竜寺まで散策する。中国語、朝鮮語が飛び交う土産物店を物色し、菓子や漬物を試食する。市バスJで「広沢御所ノ内」下車、「サンメンバーズ京都嵯峨」で泊まる。会席「嵯峨野懐石」を味わう。1万3000歩のウオーク。
4月19日(土)
松栄印刷所に「一遍会報」(第324号)原稿手渡し。月末納入で5月度例会で配布予定。一遍会平成19年度収支決算書並びに平成20年度事業計画策定作業。
ニ神将氏から細井房重<伊佐庭如矢の妹の長男>につき照会あり。
メール@<三好⇒ニ神>@【細井房重】 「慶応義塾入社帳」記載分
1)住所: 愛媛県伊予国温泉郡新玉町壱番地  士族
2)生年月日:文久三年六月生
3)入社年月:明治十三年九月廿一日
4)保証人:府下北豊嶋郡金杉村四百五十六番地寄留 愛媛県平民  伊佐庭如矢 
メールA<ニ神⇒三好>
伊佐庭如矢は、岩村高俊県令が内務省戸籍局長に更迭された際に、内藤鳴雪らと共に愛媛県を辞職、如矢は7月28日に上京しました。
鳴雪は文部省、如矢は内務省図書局に転任しています。細井房重は甥ですから、身元保証人になったのでしょう。
メールB<三好⇒ニ神>
1)ご存知のことと思いますが細井房重は第五十二銀行で勤務しています。慶応先輩の石原操が第五十二銀行の頭取でした。
2)伊佐庭如矢の「寄留」の背景がわかりました。「話の壷」の中にしまっておきます。
午後、JR四国高速バスの松山・神戸間往復チケット購入(10,800円)。高島屋で第43回日春展鑑賞。約350点が展示、展示迷路(?)に沿って美の世界に没入する。
夜、愛媛新聞社文化部、ミニコミ2社に一遍会5月度例会予告の記事を送る。他社は来週に予定。
4月18日(金)
子規会第783回例会出席(子規記念博物館)。<10:00〜19:00>
1)理事会
2)平成20年度総会 
3)例会講演 講師:和田克司副会長 講話:子規の「散策集」をめぐって 
4)「松山発子規事典」編集委員会
5)有志懇親会(井手会長・和田副会長・平岡理事&小生)
 和田講師は(1)子規の伯父・叔父と親族 (2)松山の寺院 @大禅寺A天然寺B正安寺C法龍寺D妙有寺についてに新「知見」と視点の説明あり。「松山発子規事典」の進め方については意思統一できず。各人の能力・時間・熱意の差の現れか。小生も次のテーマがあり、全力投球は困難な状況となった。「子規会誌」(第117号)発刊。小生執筆の「『散策集』注釈(その三)石手・道後コース」が掲載されている。
4月17日(木)
「一遍会報」第324号の割付完了する。今回は写真が多く、画面構成に苦労した。画像がはっきり印刷されれば大成功であるが・・・5月度例会の講師である大本敬久氏(愛媛県歴史文化博物館主任学芸員)に確認を含めてメールを送る。
週末に上洛するがビジネスは別として@吉野山上・億千本A造幣局通り抜けB花博記念公園鶴見緑地C宝塚・武庫川の景観鑑賞を計画に加えた。
4月16日(水)
終日雨模様である。家事(日記、手紙・メールの返信、書庫の片付け、草むしり)に追われる。午後、県文化振興財団(伊與田洋三文化事業担当、菅正紀主査)が拙宅に来訪、文化講座「捨聖一遍と『一遍聖絵』」講師の正式依頼を受ける。遊行上人の伊予国歴訪に際して拙宅で接待した因縁などをお話しする。本年企画中の放送、セミナー、演劇を通して一遍についての関心を高めていきたいものである。
4月15日(火)
「一遍会報324号」割付作業継続。午後「六時屋サミット」。桜談義と真言密教に話題集中。墓の北向きがほとんど無い理由を問われる。南は観世音菩薩が住む補陀落山、東は浄瑠璃世界の薬師如来、西は阿弥陀仏が住むからと答えたが、北が「君子(仏)は南面する」から北向きは常に仏と相対する。「仏の顔も三度」というからあえて避けたのでは・・・キリスト教では天国・煉獄・地獄は直線型上下だが、仏教では三途の川を含めて平面的である。興味ある思い付きではある。
南海放送田中編成局長から、ラジオドラマ「一遍」のシナリオ完成。ついては解説に出演してほしいとのこと。一遍さんPRで5月31日午後の出演を了承する。愛媛大学川岡勉教授(中世史)ほか1名の予定とか。庭の草取りを夕7時まで続ける。
4月14日(月)
一遍会4月例会で利用したスライド用プロジェクターを松山工業に返却する。腰痛のため往復タクシーを利用、結構高価な借り賃になった。「老いの春」を感じる。
「一遍会報324号」割付作業。掲載内容が多く、久々に6頁となる。
@一遍聖生誕会&松壽丸湯浴み式
A三好恭治氏講話「一遍成道の地・伊予国窪寺再考(二)
B田中弘道氏講話「湯築城下町、湯之町と寺井内川水系【道後学@】
新規会員から下記メールを頂く。
【一遍会例会はとても有意義な一日になりなした。さて、本当はもっといろいろ三好さんにお話を伺いたかったのですが・・・。私、現在京都の佛教大学に通信のほうで在学中です。で、あと残すは卒論のみとなりました。興味のある分野も少なく悩んでいたところ、目に入ったのが「一遍会」でした。そこで勉強のしかたやら、資料の探し方、いろいろと教えていただきたいのですが。題目は中国の浄土学で提出済みだったのですが、「伊予道後における『一遍会』の意義」とか、そんな感じで進めて行きたいと思っています。もしよければ三好さんのお時間のあるときにお話をきかせてはいただけないでしょうか】
折り返し返事する。
【一遍会にご出席有難うございました。講師の松原正俊先生は国立民俗学博物館教授でトルコ・チベット・モンゴルには大変造詣の深い学者と伺っております。2月に初めてお会いしたきりなので、親しくなるには時間がかかりそうです。チベット仏教や異端キリスト教、拝火教(ゾロアスター教)などについて是非お話していただこうと考えています。ところでご質問の卒論のテーマですが、一度小沼大八代表に相談されてはと存じます。小沼代表は愛媛大学名誉教授で、ご専攻は倫理学・宗教学です。ヒントをいただけるかと思います。私がお手伝いできることがあればご支援致します。
6月から県文化振興財団主催(県民文化会館分館)で一遍・時宗の講座が始まります。講師は小沼代表を軸に私と杉野理事がサブテーマを担当します。まもなく発表の予定です。今週は子規会と定期的なサミットがあり、来週は23日までは京都の会議がありますので、24日以降であればお会いすることは可能です。。尚「一遍会」については県文化協会機関誌に寄稿した拙文を「HP一遍会」⇒「一遍徒然草紙 第四十九段」に掲載しております。ご参考までに http://home.e-catv.ne.jp/miyoshik/turezure/turezure49.htm】
4月13日(日)
伊予史談会4月例会出席(郵便局四国支社講堂)
@総会:武智利博会長が名誉会長に、高須賀康生副会長が会長に就任。新副会長には門田恭一郎、清水正史常任委員が就任した。
A講話は鹿毛敏夫新居浜高専准教授「16世紀の環シナ海域交流と瀬戸内海」。アジア史の立場から日本歴史を再検討するという視座である。中国をメインに据えて地図を左に45度回すと、上方に日本列島が弧を描き、環オホーツク海、環日本海、環東支那海、環南支那海の四つの内海が広がる。
「豊予・関門海峡の16世紀」「瀬戸内海を縦断する大名船」を資料で検討し、15・16世紀の戦国大名の内なる朝廷志向と外なる東アジア志向の二面性を指摘。
県図書館で坂雲・松原正毅館長の著作を貸し出す。雨でもあり通読する。○「遊牧の世界 上・下」(中公新書)○「トルコの人びと〜語り継ぐ歴史になかで」(NHKブックス)○「遥かなる揚子江の源流」(NHK出版)○「王権の位相」(弘文堂)
4月12日(土)
一遍会4月度例会開催(道後公民館)。
@杉野祥一理事の「『一遍聖絵』を絵解きする」初回。パソコン画面を拡大して風景、人物、家屋、動物まで詳細に観察する。通説、異説を取り混ぜて百人百説の解釈が出てきてもおかしくない。百花斉放というか百家争鳴の絵解きが出てくることを期待したい。
A坂の上の雲ミュージアムの松原正毅館長の講話「遊牧の世界」は国立民族博物館教授としての長期に亘る調査研究の知見だけに驚くこと多し。事務局としては講話内容をどのように取り纏めて「一遍会報」に掲載するか頭が痛い。
閉会後の理事会で次回の平成20年度総会での議題および決算内容、事業計画を審議し了承を受ける。散会後湯之町「町屋」で杉野、風本、太田理事と懇談する。
4月11日(金)
11時から町内会に花見会。参加者は25名。平岡・三好・安東・野本と新旧4名の会長も出席。但し男性は5名である。「にぎたつ会館」に弁当を注文したが、村上同館支配人の特別配慮もあり、今晩「にぎたつ会館」に宿泊することにした。同館は伊佐爾波神社の真南に当たるが、6階から眺めると階段の中腹に今まで気付かなかった建物を「発見する」。神社関係と推察するが・・・
午後は一遍会4月度例会の準備に注力する。浅井一志氏(「雲母」「白露」同人)宛「第三句集 百景」の礼状を認める。
4月10日(木)
終日雨。松山工業高校で「スライド・プロジェクター」を借用。時代はパソコンに移行しており、本体の重いこと。タクシーで自宅まで運ぶ。午後「カンボジア・アンコール遺跡歴訪」(アンコール遺跡、アンコールワット、パンテアイ・スレイ)を一気に執筆する。
「那須の極楽蜻蛉」からメール。
【春風ならぬ春風邪で10日遅れの書き込みとなりました。
「猫の恋」なんて季語があるとは知りませんでした。あらためて季寄せを開いて驚いています。あの恋猫の独特の鳴き声を思えばあって当然ですよね。無知を恥じています。関所番さんが連想ゲームのような季語と記されていましたが「猫の妻」「猫の夫」「恋猫」「浮かれ猫」「戯れ猫」「通う猫」・・・etc  「猫さかる」「孕み猫」に至っては全く連想の世界と感じました。 どんな句があるのでしょうか?「内のチョマが隣のタマを待つ夜かな」子規さんの連想の幅広さを感じました。】
早速返信メール。
【お江戸の桜は満開でしたので、上野公園、王子飛鳥山、慶早レガッタの戸田の桜を眺め、江戸東京博物館で「篤姫展」をじっくりと鑑賞しました。「猫の妻」「猫の夫」「恋猫」「浮かれ猫」「戯れ猫」「通う猫」・・・「猫さかる」「孕み猫」とくるとペット猫の本性が現れてきますなあ。その点、犬は・・・と云いたいのですが、猫族の反発を受けそうですから止めにします。いやはや。
昨日は石手川公園で子規会の花見をしました。東高校の後輩に当たる子規記念博物館の竹田美喜館長も出席して花談義をしました。昨年末、子規さんの「なぐさみや花はなけれど松葉関」をめぐって盛り上がりましたが、石手川沿いの「松葉関」で子規さんも花見を楽しんだのだろうと思います。あいあい宗匠さん、ご無沙汰していますがお変わりありませんか。「友あらば酌み花あらば句をなさむ」心境です。】
4月9日(水)
子規会恒例の花見は石手川公園で開催。参加は20名。竹田美喜子規博館長も顔を出す。11時から2時までの語らい。小雨となり散会。
「カンボジア・アンコール遺跡歴訪」は、アンコールトムとロリュオス遺跡群(ロレイ祠堂・プリア・コー祠堂・パコン寺院)を取り纏める。
従兄の浅井一志氏(「雲母」「白露」同人)から第三句集「百景」が届く。「一貫」「十歩」に続く平成に入ってからの句である。難解ではないが近寄り難い。
○花の座にして月の座の佛かな ○友あらば酌み花あらば句をなさむ ○鎌倉に月の海ある櫻かな ○十薬のすぐそこにある彌陀の闇
4月8日(火)
松山工業高校(土木科長黒田哲也先生)に坂の上の雲ミュージアム松原正毅館長の依頼でスライド・プロジェクター借用申し込みに行く。
昼前奥道後温泉へ出掛ける。松山では桜の本数は最も多く、花見+バイキング+ジャングル温泉を楽しむ。元の保養所団地から眺める杉立山の桜は小吉野山の風情である。露天風呂で伊予市中山町の「天照の癒 蛍泉館(岩盤浴)」と「古美術むかしむかし」の経営者と話が弾む。町村合併の悲哀、交通量の激減など事態は深刻である。帰途義安寺に墓参り。今日は偶々「潅仏会」であり、境内で60年振り(大袈裟かな)に甘茶を頂く。子供時代は「甘露」であったが今日では漢方薬の味香である。
4月7日(月)
絶好の花見日和が一変して雨となる。午後回復する。
予定変更して「一遍会平成19年度決算&平成20年度事業計画」策定作業。予算内で納まる。やれやれである。4月度理事会議案書を作成。
4月6日(日)
「カンボジア・アンコール遺跡歴訪」の旅行記の執筆開始。今週末には完了したいが花見と一遍会例会があるので無理かもしれない。午後、松山城公園花見。今回はリフトで上る。桜は満開で、天守閣からの眺望も最高であった。市内の柔道クラブの花見らしく可愛い剣士が100名以上集まっている。ジャンバーに「鍛者千日行 錬者万日行 試合者一瞬」とある。気合十分である。大街道のサンマルクでコーヒー休息。
インターネットの勝岡師匠から腰痛の自宅療法のアドバイスあり。壁から30糎下がり、左右の足を交互にずらして背中を反る由。早速挑戦してみる。吉田正治君から友人達とカントリ-バンドを組み、今年一月からは麻布十番にライブハウスをオープンした旨連絡あり。源氏名(芸名)は「マサ プレスリー」の由。
4月5日(土)
朝は雑事に追われる。昼から花見。久松家菩提寺常信寺(本堂修理中)で花の下で昼食後境内墓地を回遊。「道後ギヤマンの庭」に立ち寄り、山手のホテル街(プリンスホテル「別邸朧月夜」新規開業)を経て湯神社の展望路から温泉本館を眺める。
道後公園の桜を眺め「浪花屋」で足湯につかり足の疲れを取る。帰宅後はもっぱら庭の除草。夜は椿湯で足の筋肉をほぐす。まずまずの回復振りではあるが・・・。
4月4日(金)
朝5時起床。執筆意欲が湧き10時までホテルでカンボジアで感じた事象を一遍の眼を通した印象記として取り纏める。なかなか面白いエッセイとなる。11月県文化振興財団主催の教室での講話「郷土と一遍」では、鎌倉期の遊行とダブらせて受講生の理解に供したい。羽田への途中(浜松町)でカネボウ健保米田豊常務理事と出逢う。空港内で遅い朝食(オムライス)をとりビジネスコートで寛ぐ。17:30帰宅。
19:00平成20年ど道後今市上町内会総会出席(公民館)。新役員に会長・野本誠一(元県庁)、副会長・野本賢(元市役所)、会計・三好敦子を選出。夜、TV映画「眉山」鑑賞(さだまさし原作、常盤貴子・山本耕史・宮崎美子・山本学・富司純子ほか)。
B4月3日(木)
8時過ぎに東横線日吉に着き中央通りの「ドトール」で朝食。9:00BRBメンバーの橋本・渡邊・松沢・豊と合流し、慶応義塾入学式に参列する。昭和33年卒業組は約3500名だが、今回の卒業式の招待参列者は約3分の1に当たる1000数百名参加の由。安西祐一郎塾長、塾員代表祝辞は三井不動産岩沙弘道社長、昭和33年三田会代表(茂木友三郎キーッコーマン会長)らの式辞が続く。グリーンハウスで乾杯の後主に同級生と懇談、高校同期の平田、鐘紡同期の阿部、君と立ち話する。
午後、江戸東京博物館で開催中の「天璋院篤姫展」を見学。第一級の展示品の多さ(約200点)、島津家の姻戚(徳川宗家・御三家、近衛家)の華麗さに驚く。夜は浜松町・四季劇場[春]で「ライオンキング」を感激する。日本でも10年間のロングランというが、理屈抜きで楽しく面白い。リフレッシュできた。重い足を引きずり22時過ぎホテルに戻りコンビニ食とビールで乾杯。今日一日の多彩な出会いに感動しつつバスで気分を落ち着ける。
4月2日(水)
体調は全く最低で、ぎっくり腰と左膝痛、右足不安定と最悪の状態であるが、慶応義塾からの卒業50周年招待もあり3日間上京する。7:40松山空港を発ち9:00羽田空港に着き、上野に直行する。桜は満開である。人出も多し。
国立科学館で開催中の「ダーウイン」(1809年〜1882年)展を見学する。2005年から2006年までアメリカ自然歴史博物館で開催された展示だけに、幼少時代から主著「種の起源」の至るまでの彼の人生を豊富な資料をカバーしている。東京国立博物館で開催中の「国宝薬師寺展」は来館者で雑踏状態なので諦め公園内の桜を見物し、国立近代美術館の庭園で暫し憩う。昼食は上野駅ぶんか亭で済ませる。足の状態が悪く、午後3時新宿のサンメンバーズホテルに入り、バスで膝足腰を暖めて仮眠。夜の末広亭での寄席見物も中止し、静養に専念する。夕食はコンビニ。
4月1日(火)
新聞の大型文字、ガソリン代の値下げ、後期高齢者保険制度のスタート・・・マスコミの採り上げ方で明暗が分かれる。「捨ててこそ」(空)の確認をすべし。
一遍会6月度例会の会場予約を済ます。県文化振興財団(事務局主査・菅正紀)依頼の「捨聖一遍と『一遍聖絵』」シリーズでのテーマは「郷土と一遍〜河野氏の血脈の中でとらえる〜」とした。
子規博4月度子規句「内のチョマが隣のタマを待つ夜かな」鑑賞を執筆。HP「一遍会」の更新しインターネット会員に4月度例会の案内。@「一遍会」A「月例会のお知らせ」B「一遍徒然草紙 第七十九段 3月度日録」C「熟田津今昔 第二十七章 子規記念博物館「今月の俳句」(懸垂幕)鑑賞 」(4月度加筆)