| 2月29日(金) |
| 月末の業務処理に集中する。 |
| 1)「一遍会報(323号)」初稿ゲラ校正。松栄印刷所手渡し。 |
| 2)「『熟田津今昔』第二十七章 子規記念博物館「今月の俳句」(懸垂幕)鑑賞」に平成20年3月度俳句掲載。 |
| 3)子規博懸垂幕俳句写真取り込み。月初のメール発信準備完了。 |
| 4)温泉事務所長、県観光協会長宛「一遍生誕会松寿丸湯浴み温泉奉納」依頼。 |
| 5)「みんなの掲示板」(2月日録)を「一遍徒然草紙第78段」掲載。 |
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| 午後、脚のリハビリを兼ねて御幸山頂まで登る。往復2時間を要す。夜はパソコンで一遍会月末処理に追われる。 |
| 2月28日(木) |
| ハイキング日和。 |
| 8:40出発。里山の瀬戸風峠を越え(40分経過)バブルの残骸であるモーテル「道後城」を通り伊台に出る。薄墨桜の名刹「西芳寺」から食場に10:30着。ケーブルで「積水ハウス
グリーンヒルズ湯の山」に上がり「高級住宅街」を散策し、11:30奥道後温泉着。バイキング&ジャングル風呂、ロビーでの読書で清遊する。伊台の農家の富裕な家屋、湯の山団地の整然とした町並みを可能にした経済的な地盤は何かを疑問に抱く。 |
| 「一遍会報(323号)」初稿ゲラ刷り届く。 |
| 2月27日(水) |
| 次期町内会長選出に当たって現町内会長と副会長と連れ立ってお宅訪問。第一候補は以前の町内会役員時の「トラウマ」で頑なに拒否、第二候補は病後のため一切の役職を辞退との申し出。振り出しの戻って再挑戦である。町内に愛媛大学退官教授が2名居ることを「発見」する。町内シニアクラブで講演など考えるか。 |
子規記念博物館「今月の子規さん俳句(懸垂幕)」は「蝶々や順礼の子のおくれがち」。館内図書館で出典に当たる。「子規俳句索引」では「てふてふや」である。
好天になり、伊佐爾波神社ー風土記の丘ー山頂(権現)ー石手寺ー義安寺を回る。萎えた足をなんとか健全体に戻したいのだが・・・ |
| 2月26日(火) |
| デンマーク映画「アフター・ウェディング」を鑑賞。丁抹映画と云ってもラース・フォン・トリアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」以外の印象は薄い。この映画は脚本が優れ、基調はメロドラマだがミステリアスに展開する。導入とフィナーレはインドの貧困地帯のシーンで象徴的である。監督は女性のマッツ・ミケルセン。3月には彼女の監督作品「ある愛の風景」が上映される。期待したい。 |
| 昼食は鍋焼きうどんの「ことり」。50年前から全く変わっていない。三越で「第54回日本伝統工芸展」を見る。陶芸・漆芸・木竹工・染織・金工・人形・諸工芸に分かれ出品数300点。多過ぎて注意力散漫となる。磁器には見るべき作品多し。 |
| 2月25日(月) |
| 寒さがぶり返す。炬燵に入って網野善彦著『日本中世の民衆像〜平民と職人〜』(岩波新書1980)を再読する。 |
| 1)平安末期、鎌倉初期は美濃以東の年貢は絹、綿、布など繊維製品が多かったこと。(米の陸上輸送はコスト高) |
| 2)職人、芸能の遍歴と天皇家由来書 |
| 3)傀儡子・唐人の商業活動 |
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| HP第33章に「一遍成道の地・伊予国窪寺再考〜『一遍聖絵』に描かれた二人の僧は一遍と聖戒か〜」を正式に掲載する。伊佐爾波神社、護国山義安寺、道後温泉本館を散策。月曜日であり観光客、宿泊客とも少なく閑散としている。「本日閉店」の土産物屋多し。 |
| 2月24日(日) |
| マイ・ホームページの閲覧ナンバーが3万回を本日越えた。感無量である。ご覧いただいたすべての方に心から感謝申し上げたい。有難うございました。 |
| 一遍会最長老であった渡邊雄登三翁(94才)の葬儀参列(ベルモニー会館・吉藤)。教師出身だけに参列者が多い。戒名は『大雄院教岳禅登居士』。前席に戒田先生が座る。「渡邊君は大正生まれだが僕は明治生まれだ」と97歳の矍鑠とした恩師は語る。70歳は洟垂れ小僧らしい。絵手紙で著名な小池邦夫氏は道後中学校の教え子で、お弟子さんに「絵手紙の大切さを中学三年時に渡邊先生に教わった」と感謝の気持ちを伝えていた由。 |
| 一遍会の上田淳君の車に同乗、中学時代の南町の住まいの両隣が満野久君宅(ゲンブラン設計事務所代表)と故村上節太郎氏宅(愛媛大学教授)であった由。 |
| 2月23日(土) |
| 一遍会最長老である渡邊雄登三翁(94才)の訃報が届く。大変お元気でしたが昨年末の12月28日に事故に遭われて再起がかないませんでした。明2月24日13:00からベルモニー会館・吉藤で告別式が執り行われます。一遍会会員のご参列をお願いします。 |
| 3月の一遍生誕会に詩人である大田美智子理事から一遍を讃える献詩を頂くことになった。一遍会2月度講演の「一遍成道の地・伊予国窪寺再考」の後半をHP【熟田津今昔<第33章>】に掲載する。3月末までには決定稿に仕上げたい。畑にフキノトウが10数本頭を出してきた。春はそこまでやってきた。晩酌にフキノトウの天麩羅で絶品である。 |
| NHK土曜ドラマ連続ドラマ「フルスイング」最終回。主演高橋克己が適役で、教育の原点を見事に描ききった。「夢」「気力」「思いやり」「自己犠牲」など。宮尾登美子著『天璋院篤姫』をやっと読了する。前半の将軍家輿入れ迄と後半の幕末の動乱と余生は面白いが大奥での和宮(公家方)との葛藤はつまらない。宮尾登美子の初の時代物長編であるが小説として成功したとは思えない。一橋・徳川慶喜についての評価は意外で下敷きになった資料を知りたい。 |
| 2月22日(金) |
| 一遍会2月度講演の「一遍成道の地・伊予国窪寺再考〜『一遍聖絵』に描かれた二人の僧は一遍と聖戒〜」を取り纏めHPに掲載する。後半は時間切れで明日掲載の予定。「一遍聖絵」に興味のある方が私流画像解析は面白いと思うので是非ご覧頂きたい。自己PRです。 |
| 摂氏15度の陽気になったので本年初の本格的畑作業。午後はフルに農作業で鍬を持ったので一汗かく。気持ちよし。 |
| 2月21日(木) |
| 杉野祥一理事から「卓話『一遍聖絵を読む』を終えて」の原稿入手。『一遍会報323号』割付を済ませ松栄印刷所に印刷を依頼。月末校正か。 |
| 子規博友の会依頼の「子規と一遍」ゲラ刷りの修正し担当の中川女宛発送。宝厳寺長岡隆祥師宛、一遍生誕会法要を正式にご依頼する。今市上町内会世話人会(友輪荘)に出席、次年度以降の役員人事を協議する。 |
| 2月20日(水) |
| 子規会井手康夫会長と『松山発子規事典』の細部打ち合わせ。次回から常任委員会参画の要請と子規会5月度例会での研究発表を依頼される。了承する。湯築城資料館企画展示室で石田ボランティアガイドから説明を受ける。観客多く写真の説明を分担する。預金金利をチェック。0.2,0.6,0.8,0.85から1.0%までさまざま。金利0.8%以上の1年定期に集中することにした。「捨ててこそ」の心境には程遠いわが身である。いやはや。 |
| 2月19日(火) |
| 休暇村発(09:40)灘黒岩水仙郷行き南淡バスで早春の風情を楽しむ。昨年夏の日照りで水仙の開花と色付きは今一つの由(セット2,000円)。昼食はうずしお観潮船発着の「なないろ館」レストランで「わかめうどん」。福良は洲本まで電車が通じていた50年前(昭和30年)が初訪問だけに印象が強い。帰途は往路と同じコースである。14:10バスに乗車し、夕日を追いかけて西に向かい大街道には18:14着。8,900歩。次回は直島+休暇村讃岐五色台の予定。 |
| 2月18日(月) |
| 淡路島1泊小旅行。【松山発シニア向け標準コース】です。予算一泊二食オール込み@20,000円。「吉野川エクスプレス」(大街道08:14発)で徳島駅11:10着。通の方には県郷土文化会館「阿波木偶資料館」がお勧め。昼食は老舗橋本の「祖谷そば米雑炊」。美味くはないが蕎麦の原点であり一生に一度は如何。淡路交通13:00発で淡路島南IC乗り換えで福良14:15着。奮発してタクシーで大鳴門橋記念館に向かう。「淡路人形浄瑠璃」を楽しみ渦潮を遠望する。 |
| 夕日を眺めながら送迎車で「休暇村南淡路」に着く。此処のお目玉は@リニューアルA魚中心のバイキング(蛸良し)B南淡温泉露天風呂C付設天文台(400ミリ大望遠鏡)夜間観測会ありC2キロの散策コース。テレビを忘れて大自然をエンジョイする。8780歩。 |
| 2月17日(日) |
| 平成19年分「所得税確定申告」最作業。前回の申告額より3万円程カットできた。所得税・固定資産税・市民税・社会保険料・株式配当課税など完全に捕捉されてお手上げである。 |
| 一遍会インターネット会員の会費納入名簿作成。平成16年6月の「窪寺隆」「渡辺久」両氏が名簿のトップ・お二人に如何に助けられたことか。継続である。平成19年度満了の10名の会員に継続依頼状を出すが是非了解して引き続いてご支援頂きたいものである。子規記念博物館の「子規さんサロン」での講話を「子規会だより」に掲載したいので了解してほしい旨、担当の中川女から連絡。了解する。 |
| 2月16日(土) |
| 朝一番に練炭に火を付ける。一日部屋が暖かいし、焼き芋の匂いがする。昼食は芋粥。舌が肥えてきたので美味ではないが、身体は温まる。「一遍会3月例会」をマスコミ(朝日・毎日・読売・愛媛)&ミニコミに案内する。JR松山駅で「吉野川エキスプレス」手配。徳島まで夫婦で往復15,000円。淡路一泊の水仙見物で予算は@25,000円。祖谷蕎麦、阿波人形浄瑠璃は味わう予定。 |
| 「湯築城資料館」企画展「絵図・写真でたどる湯築城・道後公園」初日見学。手直ししますと学芸員が弁解していた。 |
| 【絵葉書提供者の二神将氏に下記メール】 |
本日早速出掛けました。二神さん提供の貴重な絵葉書を一枚一枚見ていきました。是非ご来館の節にはご説明を受けたいものです。その節は宜しくお願いします。
陳列している歴博所蔵の@「道後温泉絵図」とA「道後温泉鳥瞰図」は以前から「解読中」です。 |
| @の「梅木権現」(現岩崎町筋)が所在不明 |
| Aの温泉本館左上(北)に2つフラッグが立っていますが、一つは役場(代官所?)かなと思っています。 |
| B「放生池(園)」左の建物には「等海社」と記載されていますが、宿屋か然るべき建物なのか目下不明です。是非ご教授いただきたくお願い申し上げます。 |
|
| 今回は一遍と湯築城について一切触れられていません。石野館長から見れば「史料(資料)無きものは存在せず」でしょうが「一遍会」としてはいささか残念であります。宝厳寺の長岡住職が「河野系図」の提出を断った野ですから致し方ありません。とは云え、道後での展示は有難いのです。 |
| 2月15日(金) |
| 「文芸春秋B」に全文掲載の「芥川賞受賞作・川上未映子『乳と卵』」を6時から読み始める。前作を読んでいないが風変わりな文体の32歳の才女である。女性の持つ感性というか、男性では描くことが不可能の思える乳房、卵巣、生理という単語をちりばめて女性三人の凝縮した2泊3日の「対話と葛藤」が描かれている。HP「一遍会」に「資史料・宝厳寺」を掲載することにして作業開始。4月には正式に掲載する。 |
| 湯築城跡南外堀の岩崎町から石手川の湯渡橋までの一本道を歩く。明治初期の地図に「梅木権現」が描かれているが、恐らく持田町の東端ではないかと思う。家が建て込んでイメージも湧かないが農業用水から詰めていくしかあるまい。新野弁護士邸(息子が小学校同級)、郷土史家森亮一氏邸を「発見」したのが収穫か。 |
| 【森亮一様宛】 |
| 一遍会の三好恭治です。ご無沙汰しております。益々のご発展をお喜び申し上げます。その節はお世話様になりました。有難うございました。さて明日から開催されます『湯築城・道後公園展』に出品されます『道後温泉図』について少々気になることがあり、本日外堀から湯渡橋まで「散策」しました。森様のお宅を目にしましたので不躾ながら下記ご照会申し上げたくメールを差し上げる次第です。ご検討方宜しくお願い申し上げます。 |
| 添付の『道後温泉図』「全景」と「拡大図」の「庄屋」「御出町」「宇佐八幡宮」は現在地確認が可能ですが岩崎町に在ったらしい「梅木権現」が全く見当がつきません。今日もぶらぶらしましたが社寺の痕跡すらも感じられません。ただこの絵図は江戸末期作成ですから、明治初年までは「梅木権現」が存在したのだろうと思います。今次展覧をご覧になった方から恐らく話題になると思いますので、道後の住人で確認する必要があろうかと考えております。宜しくお願い申し上げます。 |
| 2月14日(木) |
| 昨日(2月13日)に設置した「外付けハードディスク」に膨大な写真資料を取り込む。ひとまず安心である。「熟田津今昔」はじめ「一遍会関係以外の資料」はこの際すべて取り込み、デスクトップ自体を身軽にしてスピードアップを図りたい。 |
| 一遍会田中弘道理事と上一万の喫茶店「チャップ」で天徳寺・龍穏寺と河野家の関連についての情報交換。町内会会長などの役員人事を含めて世話人会開催を安東町内会長に提案、近々具体化の見通し。 |
| 2月13日(水) |
| 三越で「棟方志功展」を観る。一点だけだが1000万円を越えている。棟方の作品は「富士には月見草」であってほしいと願う。明屋書店で「文芸春秋B」<第138回芥川賞受賞作・川上未映子『乳と卵』掲載>と「パソコンテキスト」を購む。「パソコンテキスト」を参考にしながら@外付けハードディスク設置と不要のアイコン削除作業。 |
| 湯築城資料館に立ち寄り@中世の大工道具「木の葉鋸」と『春日権現記絵』A中年のガイドと一時間ほど情報交換し併せて一遍会参加要請。町内会の次期会長について、現会長・副会長から相談あり。対応に数日を要するか。 |
| 2月12日(火) |
| 平成19年分の「所得税申告」作業。国税庁の「確定申告書コーナー」は昨年経験したので午前中で申告書を取り纏める。締切は3月17日であり、改めて「節税対策」を検討したい。昨年より納税額が増加したが、さすが大蔵官僚は頭がいいなと実感する。 |
| 「六時屋サミット」では松山城堀の内の発掘結果について「伊佐爾波」氏かられレクチャ−。三の丸から黒門にかけての発掘は順調に進んでいる。朝鮮式城門・城壁は加藤嘉明が捕虜として連れて来た朝鮮の専門家の知恵と知識が結集したと思う。 |
| 朝日新聞「be編集グループ」及川智洋記者から「愛の旅人」シリーズで斎藤茂吉、妻輝子、永井ふさ子を紹介したい。HP「一遍会」で菊池佐紀氏の講演「斎藤茂吉と永井ふさ子の愛 〜四国なるをとめ恋しも〜」を知った。松山での取材協力依頼あり。菊池氏に連絡し了承の旨返信。 |
| TV映画「陽のあたる場所」鑑賞。 1951年製作米映画(初見)。主演はエリザベス・テーラーとモンゴメリー・クリフト。テーラーの美貌にうっとりする。 |
| 2月11日(月) |
| 午後、県民文化会館で開催された「建国記念の日奉祝大会」に出席。「紀元節唱歌」を大声で歌い「万歳」三唱する。 |
@「天皇陛下御即位二十年奉祝記念映画・平成のご巡幸『被災地復興への祈り』」で阪神淡路大震災後のご巡幸シーンがあった。
美智子妃が皇居の庭に咲いた水仙を瓦礫の上に添えられたシーンでは被災者の一人としてジーンときた。 |
A公演は「中城まさお」の一人芝居『靖国で会おう』(神風特別攻撃隊敷島隊隊長関行雄(西条出身)物語)。現代版講談といったところか。
挨拶に立った加戸守行知事(昭和9年生)に親しみを感じたのは同世代意識かもしれない。 |
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| 「一遍会報」(323号)の割付が順調に進む。一・二面は菊池佐紀氏「川端康成よ三島由紀夫」三面は小生の「窪寺再考」の半分、四面は正月懇親会報告(写真付き)と杉野祥一氏の「卓話アラカルト」。二神氏から「お囲い池」写真の続報。決定的な写真(年代確認可能)は確認できず、引き続き調査の由。 |
| TV映画「ガス灯」を50年ぶりに観る。名作は何十年経過しても名作である。1944年米作品。主演はイングリッド・バーグマンとシャルル・ボワイエ。 |
| 2月10日(日) |
| 伊予史談会2月度例会出席(旧郵政局ホール)。 |
| @県立図書館司書・天野奈緒也氏「古川重春と大阪城天守閣築造」 |
| 大阪城天守閣築造の古川重春氏は南予・三瓶出身。先行研究の古川重春についての誤謬を正し、実像に迫る論述であった。同氏の子息からも挨拶あり。 |
| A県立盲学校教諭柚山俊夫氏「愛媛県下聾唖学校100年の歩み」 |
| 柚山俊夫氏からは労作『稿本 近代愛媛聾唖教育史料』(253頁)を頂く。「おかわいそう」という差別的な無関心の態度を反省する。昭和天皇の聾唖学校来校時の御歌は『あはれなる おふしの子らを たくみにも 教へみちびく いたつき思ふ』の由。「盲人菱田中行」は慶応義塾出身で内藤鳴雪の従兄弟、松山中学校長心得(明治14年6月〜明治16年12月)。盲人になっていたとは、意外であった。 |
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| 午後、市内上野町「生涯学習センター」で香川孝三氏(神戸大学名誉教授)講演「愛媛が生んだ国際人 政尾藤吉の業績」を聞く。「忘れられた偉人」だが@慶応義塾明治22年入学(学歴疑問)A妻は三田藩主九鬼家息女B衆議院議員2期Cシャムの法体系など興味湧く。二神将氏から「お囲い池」の写真は「郡中・海水浴場」に変更になったが、再度変更の可能性を示唆。「事実」を否定することは容易だが確定することは難しい。 |
| 2月9日(土) |
| 一遍会2月例会開催。悪天候であったが、30名出席。卓話「一遍聖絵を読む」は最終回。7年かけて呼んだ事になる。担当も故・川本陽吾氏と杉野祥一氏の二代に及ぶ。講話は小生が担当し「窪寺再考」を語る。半分は興味を示し、半分はつまらなさそうであった。「窪寺」そのものを知らなければ正直分からないだろう。 |
| 理事会で@平成20年度事業計画とA3月の一遍生誕会の細部を詰める。 |
| 田中富雄著「蒙古襲来『念仏水軍記』」(叢文社・昭和62年)を読む。従弟に当たる河野道有が念仏門に入ったという伏線で物語が展開する。面白い。 |
| 2月8日(金) |
| 3月9日(日)湯築城資料館」講演会が道後公民館で開催される。「道後公園の歴史」についての話は珍しい。ぜひ聞きたいテーマである。 |
| @石野弥栄湯築城資料館長「文献からみた湯築城と河野氏 |
| A郷土史家二神将氏「愛媛県立道後公園の歩み」 |
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『三田評論A』落手。「追悼石川忠雄君」と題して去年(平成19年9月25日)逝去した石川塾長追悼号である。足は悪かったが精力的に塾や行政で活躍された。
幸い10回以上も食事を共にしながらお話を聞くことができた。拙論「小林小太郎」にも目を通されてコメント頂いた塾の大先輩である。改めてご冥福を祈る。 |
| 明日の「一遍会例会」の問い合わせが数件あり。男性が多くなったのは「団塊の世代」の退職が増えた為か。会員増につながれば有難いのだが・・・「ベネッセアートサイト直島」に一度と考えているので@日帰りA直島一泊B休暇村一泊のプランを立てる。春先に実現させたい。安藤忠雄氏のロマンを感じ取りたい。 |
| 2月7日(木) |
| 「「伊佐庭如矢」に関し『伊予史談会誌』と昨日郷土史家二神将氏から頂いたメールを取り纏める。梅木賢清氏に下記書簡送付。 |
| 【結論から申し上げると「血縁者を特定することは極めて困難である」と言うことです。 |
| 1)伊佐庭家、阿部家とも絶家しています。従って今は鷺谷墓地の両家の墓の管理者も居ないのではないかと思います。両家の墓は「坂の上清談会」が清掃している。 |
| 2)伊佐庭如矢の「本家成川家」も、松山東高校教諭だった成川正氏までは道後小学校正門前の元の成川宅に住んでいましたが、今は売却しています。宝厳寺にある墓の古い卒塔婆にはご子息孝氏の名前がありますが、氏には子どももなく、今は分家が成川家の墓を管理して模様。如矢の墓の下方に数基の成川家の墓があります。 |
| 3)伊佐庭如矢ならびに伊佐庭家、阿部家の系図は 「伊予史談」(338号・339号)に詳述されています。】 |
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| 瀬戸内海「直島」でのしゃれた一泊旅行を計画する。愛媛新聞を中止したがインターネットで新聞の閲読ができなくなった。事務局に確認したら「その通り」の由。愛媛新聞の「読者囲い込み」<アスリートくらぶ>は本末転倒であり「自殺行為」である。愛媛新聞の公益性は消滅した。朝日、毎日、読売、日経、産経はじめ有力紙が読者のみを対象としたら・・・ |
| 2月6日(水) |
| 亀井宏著『踊る一遍上人』を集中して読む。前半の伊予国(誕生から岩屋参篭)での部分は小説として面白いが、遊行から終焉までは「一遍聖絵」の内容に圧倒されて展開の面白さは相殺されている。 |
| 慶応義塾卒業50周年招待状が届く。東京の仲間が「四国からの出席」を前提に連絡をくれる。青森の詩人・画家・バイオリン弾きの目時孟君に会いたい。カンボジア大使館からVISA届く。大使館斡旋の観光コース&タクシーの安価サービスに驚く。東京・大阪に住んでおれば・・・と思う。 |
| 2月5日(火) |
| 戦前は道後温泉を代表した「梅木旅館」の梅木氏が60年ぶりに来宅。道後の戦前・戦後の変貌について貴重な話を伺う。 |
| @100年前初代道後町長「伊佐庭如矢」氏の提唱した温泉本館新築問題が生じた時に同氏の祖父は町会議員は推進派で両者の交換した書簡が残っていること。 |
| A本館振鷺閣は「火の見やぐら」を兼ねていたこと。 |
| B田高池水路(現多幸町)の道路新設と護国神社に抜ける県道を巡っての裏面の動き。 |
| C梅木旅館を森盲天外家に売却→「八重垣旅館」→温泉前広場の系譜で、出雲崗神社(湯神社)の関連。大国主と少名彦が登場すれが最古の温泉となる。 |
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| 午後、多幸町界隈の日本有数のソープ‐ランド街(マリオ、国松山将軍、ホール・イン・ワン、重役室、夕月、マキシム)を歩く。ソープ‐ランドを囲い込むことで「坂の上の雲」観光スポットをクリーン化することが狙いか。またまた利権が動き始めている。 |
| 2月4日(月) |
| 1月度一遍会収支決算。平成20年度会費は借受金勘定なので年度末ともなれば「単年度収支バランス」は結構きつくなる。インターネット会員の3年期間が本年で終わるので継続会員が何名手を上げてくれるか、期待と不安で複雑である。引き続き会費継続をお願いしたい。 |
| 年賀状の当選番号のチェック。なんと・・・ |
| 2月3日(日) |
| 「一遍会報」第323号編集に入る。菊池佐紀氏の「川端康成と三島由紀夫〜二人の作家に共通する闇〜の生原稿をワープロに打ち込む。原稿用紙7枚。一遍会2月講話「一遍成道の地・伊予国窪寺再考」で映写する「窪寺写真」をパソコン編集。準備はほぼ完了。午後NHK全国放映で【ふだん着の温泉「“坊っちゃん”の心伝える道後の湯〜愛媛・道後温泉 椿の湯〜】が流れる。県外の仲間にはメールで伝える。 |
| 和田克司氏から「明治33年冬の日記」に関して詳細な続報を頂く。 |
| 月刊誌『選択』巻頭の「CO2『温暖化主犯説』に物申す」(東京工業大学教授・丸山茂徳氏)の「太陽主因説」は明快。 |
| @地球温暖化は地球次元でなく宇宙次元でで考えるべきこと。 |
| A主因は太陽の活動と地球の磁場。 |
| BAの最近の傾向から逆に「地球寒冷化」を警告。 |
| C雲が1%増加すると、気温が1度下がること。 |
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| 2月2日(土) |
| 一遍会2月講話の「一遍成道の地・伊予国窪寺再考 〜『一遍聖絵』に描かれた僧は一遍と聖戒か〜」の講義録執筆。午後、子規記念博物館で河東碧梧桐・勝田主計・三田村家の系譜を追求。『三田村秘事録』は三田村家の歴代当主が執筆した松山藩主の記録であることを確認する。 |
| 2月1日(金) |
| 道後公民館で一遍会4月例会会場申し込み。日中穏やかな天気となり畑仕事。水仙と梅が目を楽しませてくれる。 |
| 和田克司教授から深夜便で「筆ちびてかすれし冬の日記哉」の回答を頂く。@明治33年当時の日記なし。A「ちびた安物筆」は「小筌毫」(妹律の証言)。子規博・竹田美喜館長にその旨伝える。。安物筆「金不換」は山上次郎氏の著述と「ホトトギス」に記載のこと。「明治事物事典」で正鵠を期したい。田中弘道氏と「芳闕嵐史」の評価をめぐって意見交換。「芳闕嵐史」記述内容と河野期の三好氏の動向についての調査を参考に提示する。 |
| 「食場三好家」と「勝田家」の縁戚関係、特に「県初の大蔵大臣主計氏が松山の戦災により家族とともに「食場三好家」疎開の事実判明。(隠居三好家確認) 松木節子氏から「河東碧梧桐の姉妹が松山藩(家老?)三田村家に嫁し、その娘が松木家に嫁した由」連絡。『三田村秘事録』の三田村家か。「那須の宗匠」から2月度子規俳句について早速エッセイが届く。 |
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