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第七十七段 一遍会「掲示板」(平成二十年睦月一月)に日録を掲載せしこと。
| 1月31日(水) | |||||||||||||||
| 明日子規フアンに公表する「筆ちびてかすれし冬の日記哉」鑑賞に当たって不明なところが多く万事休すである。こんなことはあまりないのだが・・・やむなく子規学者として著名な和田克司成蹊女子大教授に下記SOSメールを送る。 | |||||||||||||||
| 【子規記念博物館の「2月の子規さんの俳句」(懸垂幕)は「筆ちびてかすれし冬の日記哉」(明治三十三年俳句稿)です。下記につきご指導ください。 | |||||||||||||||
| 1)「冬の日記」ですが『松蘿玉液』(明治29年)と『墨汁一滴』(明治34年)『仰臥漫録』(明治34年〜)『病床六尺』(明治35年)の空白期の「冬の日記」はどの著作なのでしょうか。 | |||||||||||||||
| 2)「子規の使っていた筆」ですが「『金不換』なる中国(支那)製の10本くらい纏め買いしていた安物の筆」とのことですが、どの著作に載っているのでしょうか。実は「漢方薬」では『金不換』は高価な薬で「金に換えることができない値打ちもの(不)」の意ですが、筆は「「金に換える(不)値打ちもないもの」と逆の意になります。】 | |||||||||||||||
| カンボジア旅行の宿泊地がシェムリアップの「シティ アンコール ホテル」に決まる。中心部から4キロだから散策を楽しめそうである。カンボジア大使館にVISA申請を発送。長男が大阪門真勤務の内示を受け、東京から3年ぶりに古巣に戻る。息子・孫8人が関西に集結する日も近くなった。今年の花見は関西に決めたい。 | |||||||||||||||
| 1月30日(水) | |||||||||||||||
| HPの更改作業に注力。@「捨て聖一遍上人の『一遍会』」A「月例会のお知らせ」B「子規博『今月の俳句』」C「一遍会講演記録(資料集)」が略完了する。カンボジア大使館HPからビザ申請書並びに手引書を引き出す。いかに手数料が高いかを痛感する。 | |||||||||||||||
| 2月の子規さん俳句は「筆ちびてかすれし冬の日記哉」である。子規は「金不換」なる中国製の筆を使ったが、高価で「ちびるまで」使ったのかどうか。 | |||||||||||||||
| 1月29日(火) | |||||||||||||||
| 市役所で「健康保険料納付証明書」受領。3月末にカンボジア観光を企画、県国際交流センターでカンボジアの治安と大使館活動を聞く。センターのベテラン職員がカンボジアを視察しており内心ほっとする。タイは5月頃を予定している。「円」が弱いので今年はアジアの仏蹟を廻ってみたい。田中弘道氏に「天徳寺・龍穏寺レポート」の所見を送る。「六時屋」で個人レッスン希望を伝える。 | |||||||||||||||
| 南海放送編成局長から「一遍」を主人公にしたラジオドラマと舞台を企画中で協力要請あり。なんとか実現して欲しい。「踊り念仏」の踊り手を育成が急務か。「リビングまつやま」一遍会2月度紹介文校正。亀井宏著「踊る一遍上人」(東洋経済)は佳境に入る。実に面白い。 | |||||||||||||||
| 1月28日(月) | |||||||||||||||
| 朝6時から田中弘道氏作成の「天徳寺・龍穏寺レポート」を読む。初見の史実多し。寺院史料であり、河野家史料や年表との矛盾も多いが、ショック大である。戦国時代の寺院の戦略的な視点での分析は挑戦課題である。もっとも「俗」に近い鎌倉仏教は臨済宗と丸山真男は「鎌倉仏教における宗教行動の変革」で喝破したが・・・ | |||||||||||||||
| 駒女大・安藤嘉則教授、田中弘道氏と宝厳寺で住職に会い「一遍木像」と「坂村真民墓」に対面、市隠軒、〔義安寺〕、鷺谷寺→大禅寺、龍穏寺、天徳寺跡を確認。「古地図」による文献的確認を安藤教授と約す。「食場」さんとのメールは予想外の展開。 | |||||||||||||||
| @「大蔵大臣・勝田主計」の養子説は信じがたいが祖父母(曽祖父母か)葬儀参列が事実とすると彼と食場三好家との貸し借りは何か。A現存する「隠居三好家」に調査依頼す. | |||||||||||||||
| 1月27日(日) | |||||||||||||||
| 亀井宏著「踊る一遍上人」(東洋経済)を読む。表題の軽薄さとは異質の真面目な内容に驚く。著者独自の見解も多いが説得力あり。精読の必要性を感じる。夕方1時間半程祝谷「珈蔵」で駒澤女子大学・安藤嘉則教授と一遍会理事田中弘道氏と「龍穏寺」について意見交換する。貴重な情報を頂く。曹洞宗義安寺・市隠軒・西禅寺、時宗宝厳寺住持と駒澤女大・安藤嘉則教授訪問につき電話で調整。 | |||||||||||||||
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| 1月26日(土) | |||||||||||||||
| 書簡、メール、書類の整理と今週分の返信を済ます。 | |||||||||||||||
| 午後、愛媛大学「四国遍路と世界遺産」シリーズA「世界遺産を巡る諸動向〜ICOMOS国際記念物遺跡会議の視点から〜」の講演に出席。講師は国士舘大学イラク古代文化研究所教授岡田保良氏でICOMOSの日本代表の一人でもある。ICOMOS国際記念物遺跡会議の説明が中心だが、四国遍路の世界遺産登録への視点から理解に努めた。真実性・完全性・歴史性・普遍的価値などハードルは極端に高い。講演会で「伊佐爾波」さんに出会う。彼から義安寺の墓地購入の相談あり。早速義安寺住職に連絡。墓地の山手上の最低価格が100万円の由。 | |||||||||||||||
| 1月25日(金) | |||||||||||||||
| 菊池佐紀氏から12月例会講話原稿「川端康成と三島由紀夫〜二人の作家に共通する闇〜」が届く。次号に掲載予定。「アマゾン」から取り寄せた亀井宏著「踊る一遍上人(東洋経済新聞社)を読み始める。一遍の生涯を知っている読者にとっては面白い小説と云えよう。文芸春秋A「不老革命〜アンチ・エイジングの衝撃」は立花隆・茂木健一郎・玄侑宗久・白澤卓二・大内尉義の識者による討議。評論家、脳学者、僧侶・医師などの専門家だけに一家言を持つだけに興味湧く。僧侶である玄侑宗久氏の発言が私見にもっとも近いようだ。 | |||||||||||||||
| 農作業は寒肥と除草。水仙が庭の処々に咲き、香りと共に楽しめる。 | |||||||||||||||
| 息子からのメール【今、郡山から東京に戻る途中です。郡山では、前から気になっていた。安積開拓地を見てきました。この開拓地に、松山藩からも移り住んでいたのをご存じですか?大江健三郎も安積開拓のことを書いているようで、もしかしたら松山藩のことに触れているかもしれません。】 | |||||||||||||||
| 返信メール【「安積(あさか)開拓地」・・・「旧小山家」は郡山市の重要文化財ですが立ち寄りましたか。松山藩の下級武士を中心に明治10年代に遥々福島県まで移住したんですね。「前から気になっていた」という記述が逆に気になりました。大江健三郎の著作は知りませんでした。書名が分かれば教えてください。実は「安積開拓地」のことは東雲女子大・犬伏武彦教授から聞きました。犬伏さんは我が家へも数回来て、『民家と人間の歴史』(愛媛新聞社刊)で「道後村大庄屋・三好家」を紹介しています。という訳で、少しは知っています。もっとも大江健三郎は松山が嫌いですから触れていないかもしれませんよ。父 】 | |||||||||||||||
| TV映画「駅STATION」鑑賞。主演の高倉健・倍賞千恵子はともかく監督降旗康男、脚本倉本聰は評価しない。俳優を集めればよいということでもあるまい。 | |||||||||||||||
| 1月24日(木) | |||||||||||||||
| 駒澤女子大学・安藤嘉則教授の応対もあり龍穏寺の来歴について再学習する。特に河野氏との関係と末寺十三寺に注目した。 | |||||||||||||||
| 松山神社参詣して蜜柑山を散策する。拙宅の裏に建設した15階マンション10階のモデルルームから拙宅を「点検」する。2階の板張りを修理すべきか。「読売新聞」で「お囲い池」の写真が郡中の海水浴場の写真の可能性が強く「坂雲ミュージアム」での紹介は中止になったとの報道。各社の報道如何。 | |||||||||||||||
| 1月23日(水) | |||||||||||||||
| 終日一遍会関連のメール作業。平成19年に発行した「一遍会誌」6部を関係先に送付する。 | |||||||||||||||
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| 田中弘道氏から天徳寺・龍穏寺についての緊急打合せ。1月27日・28日駒澤女子大学・安藤嘉則教授が来県。愛大川岡勉教授との打合せ後、安藤教授と付き合い、河野氏と龍穏寺など曹洞宗について話し合う予定。 | |||||||||||||||
| 1月22日(火) | |||||||||||||||
| 朝から雨が降り始める。天気予報を信じて瀬戸風峠越しで奥道後までのハイキングは中止し、バスにて奥道後に向かう。バイキング+ジャングル風呂+ロビーでの読書で半日過ごす。 | |||||||||||||||
| 道後の観光案内所で「松山百点」(新春号)入手。「ヒーロー伊予人」は「政尾籐吉」氏。彼に関するセミナー受講中だけに有難い。タイ国と云えば日本人では「山田長政」の世界であったのだが・・・湯築城資料館石野弥栄館長から七月例会での講師受諾の連絡を受ける。大三島・万福寺住職浅野純以師からの連絡を待って最終的に決定する。 | |||||||||||||||
| 建国記念日奉祝大会の案内が来る。本年の出し物は「記念講演『靖国で会おう』〜一人語り叙事詩「神風特別攻撃隊隊長 関行男二十三年の生涯」。関行男隊長は西条市出身の由。俳優・劇作家の中城まさお氏が演じる。毎年「紀元節」を歌うべく参加している。「右翼」ではないが「日本人」として参加している次第。 | |||||||||||||||
| 1月21日(月) | |||||||||||||||
| 全国的に厳しい寒さが続く。県下も東・南予は積雪、中予は気温は一桁だが風雪なくて助かる。一遍会2月度講話「一遍成道の地・窪寺閑室再考」のレジュメを取り纏める。A4版6枚、写真6枚だが、会員が研究を進められるような史資料として役立つだろう。 | |||||||||||||||
| 【東の窓】に「お囲い池」の関連ニュースを載せる。 | |||||||||||||||
| 1月14日「愛媛新聞」掲載の「松山藩士の水練場であった『お囲い池』の写真は伊予郡中新川水泳場の写真であった」との報道は市民の間で大きな話題となりました。 11日の同期会役員会でも豊後屋会長と熱心に語り合いましたが・・・ その後、郷土史家ニ神将氏、竹田美喜子規博館長、愛媛新聞の当該記者と会い当該者の話を総合すると、どうも記者の確認が正確さにかけていたようです。 絵葉書自体が「お囲い池」の写真を借用したのではないかという疑念も生じています。「お囲い池」で泳いだ方の記憶は如何でしょうか。 松山市の威信に賭けて真偽を明らかにすると竹田館長は張り切っておられました。 という事情ですから「愛媛新聞」の「特ダネ記事」の今後の推移については、今しばらく静観していただいてはと思っています。 水泳シーズンまでには解決していると思いますが、いやはや。 豊後屋会長、久しぶりに「お囲い池の思い出」などいかがですか。 |
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| 1月20日(日) | |||||||||||||||
| 県歴史文化博物館主任学芸員大本敬久氏から吉報が届く。5月度例会にて「仏教と年中行事」と題してご講話いただけることとなった。有難い。 | |||||||||||||||
| 11時から雨の中久米墓地で浅井の叔母の納骨式に参列。東予・南予は大荒れで新居浜の叔父一行は夕方になるも渋滞帰宅できない由 | |||||||||||||||
| 13時から子規会新年会に出席する。「子規会誌」116号<子規記念博物編「研究資料・文献目録>に拙稿「子規の東京予備門「落第」の周辺〜隈本有尚と漱石・子規」掲載。ニ神将氏に先日の「松山藩士の水練場であった「お囲い池」の公開写真が伊予郡中新川水泳場の写真であったとの新聞報道について質疑する。現状ではどちらとも確認できないとのことである。子規記念博物館の竹田美喜館長は、精力的に真偽について取り組んでいる由。 | |||||||||||||||
| 1月19日(土) | |||||||||||||||
| 「一遍上人絵伝」(中央公論社「日本の絵巻20」)から「窪寺閑室」全景をA4版でセットする。2月の講話は「窪寺閑室」図像解析中心で展開する。HP「一遍会」⇒「月例会のお知らせ」を2月度に改編し4月度例会まで記載。ご覧いただきたい。 | |||||||||||||||
| 午後、初鍬(畑の開墾)。プランターの金盞花、鉢物のシンビジウム、木蓮の蕾を確認する。春はそこまで来ているらしい。季語では<春隣>か。 | |||||||||||||||
| 島田裕巳著「日本人の10大新宗教」通読。天理教・大本・生長の家・創価学会・真光系教団・PL教団・真如苑7教団は親族・知人・友人が信仰している。 | |||||||||||||||
| 同期の今井洋子医師に出会う。週末の瀬戸風峠散策を続けている由。 | |||||||||||||||
| 1月18日(金) | |||||||||||||||
| 「一遍上人絵伝」(中央公論社「日本の絵巻20」)から「窪寺閑室」の場面を接写する。一遍会2月度例会講話資料の作成に取り組む。 | |||||||||||||||
| 京都国立博物館での修理時に発見された「窪寺閑室」の右端の僧(一遍と目されていた)は修正されていたが、原画がどの程度リアルに再生できるか。同館制作「国宝・一遍聖絵」所載の「窪寺閑室」の原画を反転させて「窪寺閑室」を再現し、現在の聖絵の画面と対比させることにした。 | |||||||||||||||
| 午後、県生涯学習センターで開催中の「政尾藤吉」(タイ近代法整備の功労者)の関連講座@に参加。演題は「タイはどんな国?〜歴史・暮らし・見所〜」で講師は陣内幸子氏(タイ国政府観光庁)。観光案内に近いがタイ国政府観光庁制作の都市別資料(バンコク・パタヤ・スコータイ・プーケット・ホアヒン/チャアム・クラビ・チェンマイ・タイ東北部)入手。 | |||||||||||||||
| 明屋書店で島田裕巳著「日本人の10大新宗教」を購む。オウム事件で隠遁?した筈の同氏の復活を正直喜びたい。著者の挙げる10大新宗教とは?@天理教A大本B生長の家C天照皇大神宮教と璽宇D立正佼成会と霊友会E創価学会F世界救世教、神慈秀明会と真光系教団GPL教団H真如苑IGLA | |||||||||||||||
| 1月17日(木) | |||||||||||||||
| 阪神大震災13周年を迎える。毎年の事だが『鎮魂 平成七年乙亥 阪神淡路大震災私記〜臨危不変〜』を読み「生かされていること」への感謝の念をあつくする。 | |||||||||||||||
| 終日、一遍会インターネット会員宛の定期便資料取り纏めと平成20年度例会講師に依頼状を送る。講師の依頼は@大三島万福寺住職浅野純以師A湯築城資料館長石野弥栄氏B県歴史文化博物館主任研究員大本敬久氏。講師内定はC坂の上の雲記念館館長松原正毅氏D一遍会理事今村威氏E一遍会理事杉野祥一氏。上期講師6名のラインアップを2月末に決定したい。会費納入者で欠席が多い会員には一年分の「一遍会報」を一括して送付サービス開始。 | |||||||||||||||
| 「広辞苑第六版DVD」につき複数の友人から利用につき問い合わせあり。下記返事す。 | |||||||||||||||
| 【早々にメールを頂き有難うございました。昨日明屋書店から連絡があり、「広辞苑」DVDを入手し、早速ハードディスクにインストールしました。「広辞苑」全量のインストールですので驚きました。HPと写真はデスクトップ、「広辞苑」はノートパソコンに分けて利用します。パソコンが2台ないと容量の関係でお勧めできないなというのが率直な印象です。なんとか元(10,500円)を取りたいなと願っています。いやはや。取り敢えずご報告まで。道後関所番】 | |||||||||||||||
| 1月16日(水) | |||||||||||||||
| 小正月(15日)に外出したので1日遅れで正月の飾りを外し正月用品を片付ける。掛け軸も早春向けに模様替えする。一遍生誕寺宝厳寺に正月挨拶。伊佐爾波神社に御札と注連飾りを運ぶ。 | |||||||||||||||
| 県美術館で「吉村作治の早大エジプト発掘40年展」鑑賞。早稲田大学と吉村教授の関係がよく分からない。「セヌスのミイラマスク」は一見の価値あり明屋書店で「広辞苑DVD」と「日本古典文学・旅百景」(NHK出版)を購む。ノートパソコンに「広辞苑」をインストール。研究に役立てて生きたい。子規の「婆々さまの話し上手なこたつ哉」をめぐってのメールのやり取りをHP「子規博俳句」に掲載す。 | |||||||||||||||
| 1月15日(火) | |||||||||||||||
| 一遍会2月度例会のプレス連絡(愛媛新聞、ミニコミ)。インターネット会員と遠隔地会員への挨拶状執筆。 | |||||||||||||||
| 午後「六時屋サミット」。 | |||||||||||||||
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| 子規の「婆々さまの話上手なこたつ哉」をめぐって「あいあい宗匠」「月見に一杯」さんとメール交換。 | |||||||||||||||
| 1月14日(月) | |||||||||||||||
| 11時から高校同期会役員会に出席(伊予鉄会館)。東京同期会への松山本部からのバス参加日程が、4月15日(火)から3泊4日に変更。19日の子規会総会に出席可能となり参加決定。 | |||||||||||||||
| 大街道からバスで北久米(北野)下車。久米墓地で浅井家の墓苑の確認。仁平叔父の「法師蝉鳴くだけ鳴いて風になる 劬羊)の碑に込み上げるものあり。明屋書店で「歴史読本A」<日本の古寺大巡礼>を購む。付録は「日本の古寺名刹100選」。子規記念博物館で新春特別展「子規の俳句を味わう」鑑賞。 | |||||||||||||||
| 旧姓与謝野浩子様からメールを頂く。 | |||||||||||||||
| 【「婆婆さまの話上手なこたつ哉」の句に目が留り、子規記念館の『今月の俳句」をクリックしました。我が家の昔の光景が思い出されました。いい句でね。】ということは、「婆婆さま」は歌人与謝野晶子に当たるのだろうか。急に与謝野晶子の姿が身近く感じられた次第。メール有難うございました。 | |||||||||||||||
| 1月13日(日) | |||||||||||||||
| 9時半から「伊予史談会」一月度例会(郵政講堂)。 | |||||||||||||||
| @講師:永井紀之氏(県立北条高校)。テーマ:「明治の『堕落』女学生と教育〜校外のまなざしと学校〜」明治20年代、30年代に分けて愛媛県の女学校と女子教育批判を「海南新聞」記事などを引用して詳述。大正期、戦前、戦後、現在と今後研究を進めて欲しい。 | |||||||||||||||
| A講師:田中弘道氏(一遍会理事)。テーマ:「湯築城下町、湯之町と寺井内皮水系」田中氏とは本テーマの情報を交換しているが、推定が多いので地質分析と発掘を通して客観性を持つことが要望される。同趣旨で3月度一遍会例会で発表の予定。 | |||||||||||||||
| 愛媛大学地理学教室の堤純准教授から『坂雲フィールドミュージアム』を通して江戸・明治・現代の地図並びに写真の検索についての紹介あり。 | |||||||||||||||
| 午後、小沼大八代表に同行して「坂の上記念館」に松原正毅館長を訪ねる。4月度例会で「遊牧の世界」で講演が決まる。県図書館に「一遍会報」最新号を届ける。一遍会正月例会(懇親会)スナップ30葉を会員にメールする。 | |||||||||||||||
| 1月12日(土) | |||||||||||||||
| 一遍会1月例会並びに懇親会開催。 | |||||||||||||||
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| 予約制で会費も2000円でセットしたが31名参加。残念ながら無届欠席2名あり。朝10時から午後3時までの行事で、さすがに疲れたが、参加者の満足度は高く「救われた1日」となった。高橋俊夫氏と大三島巡察バス旅行の情報交換を行なう。6月に実施できれば良いのだが・・・来年一遍聖をテーマにした@南海放送のドラマとA「坊っちやん劇場」のミュージカルが上演されるらしい。関係者も一遍会に出席されることになった。「こいつぁ春から縁起がいいわぇ」 | |||||||||||||||
| 「アマゾン」から1999年度和辻哲郎賞受賞の『逝きし世の面影』(渡辺京二著)が届く。紅茶でも飲みながらゆったりとした気分で読んでみたい。 | |||||||||||||||
1月11日(金) |
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| 一遍会12月度収支決算と1月度理事会資料を作成する。収入は対計画105%、支出は対計画で80%弱であり合格点である。プロジェクターによる映写の予行も無事終了する。午後勝岡昭氏から「伊予の湯桁」につき細部質問あり。下記回答する。 | |||||||||||||||
| 【湯桁の数】について | |||||||||||||||
| 南北朝の四辻善成の「河海抄」(源氏注釈書)に「いよのゆの湯桁の数は左八つ右は九つに中は十六」と詠まれている。本件は『道後温泉 松山市』(昭和49年)のP283に記載されている。原本は『道後温泉之記 上』(宝永五年1708)です。 | |||||||||||||||
| 【河海抄】について | |||||||||||||||
| 四辻善成が記述した「源氏物語」の注釈書である「河海抄」を将軍足利義詮に献じている。「河海抄」は、源氏物語のいわゆる古注のなかで最高の水準にあるものとされる。また、その源氏の秘説を集めた書が「珊瑚秘抄」である。 | |||||||||||||||
| 【四辻善成】について | |||||||||||||||
| 四辻善成(嘉暦元年1326年〜応永9年1402年)についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)<四辻善成>に詳しく載っています。「河海抄」にも触れています。是非ご覧下さい。 | |||||||||||||||
| 【「六花(和歌)集」並びに和歌の作者】について | |||||||||||||||
| 妙な説明になりますが【不詳であることが文献的には明白】です。学者の論旨を下記します。 | |||||||||||||||
| 〔出典〕伊よの湯のゆけたのかすは左八右は九中は十六(一条兼良著『花鳥余情』所引、文明四年(1472)六花集) | |||||||||||||||
| @ 『花鳥余情』に、「六花集に古歌とて出せり/伊よの湯のゆけたのかすは左八右は九中は十六/すへて三十二ありといへり雑芸哥にはかそへすよますとうたへり(下略)」記載の「六花集」については不明。 | |||||||||||||||
| A 『奥入』では「伊豫のゆのゆけたはいくついさしらすかそへすよますきみそしる覧」という『体源抄』所載の「風俗歌」の「伊予湯」の囃詞のない文句を引用している。 | |||||||||||||||
| B『異本紫明抄』は「定家」と記して、それと同じ文章を引く。『紫明抄』・『河海抄』もそれを引くが、『河海抄』には囃詞が入った文章である。 | |||||||||||||||
| 平たく云うと・・・ | |||||||||||||||
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| 1月10日(木) | |||||||||||||||
| 一遍会正月例会で上映する一遍会製作『一遍聖絵』と子規記念博物館制作の『跡部の踊念仏』の映像テスト実施。前者が25分、後者が40分の上映時間である。 | |||||||||||||||
| 午後、県民文化会館で愛媛銀行主催の新春講演会に出席。講師は桜井よしこ氏で演題は『日本よ のびやかなれ」である。会場で子規会井手康夫会長、一遍会・高橋俊夫氏、南海放送元専務山本敬喜君や八塚豪君と立ち話する。 | |||||||||||||||
| NHK脚本賞受賞作品「おシャシャのシャン」を見る。山村の村芝居の舞台が長野県大鹿村。昭和34年伊勢湾台風時の大被害を思い起こす。 | |||||||||||||||
| 1月9日(水) | |||||||||||||||
| 休暇村10時35分発の「せとうちバス」で「小松総合支所前」乗り換え、伊予鉄バスで大街道には12時25分着。最短のアクセスと云えよう。総合支所前のコンビニが閉店、町役場当時は客があったが、町村合併のしわ寄せがこんなところにもあるのかと思うとぞっとする。 | |||||||||||||||
| 「一遍会報」第322号届く。写真も鮮明で安心する。来週には会員に配布したい。 | |||||||||||||||
| 高校同期会大川治会長から役員会の案内を受け、1年半ぶりに出席連絡。遅れ賀状26通。メール300余通処理。やれやれである。 | |||||||||||||||
| 1月8日(火) | |||||||||||||||
| 児島駅9時16分発「南風3号」で琴平には10時前に着く。表参道をと通って本宮を経て奥の院(海抜421米)まで上る。(本宮まで785段、奥社まで1368段で所要時間一時間半。)半時ほど休憩し、帰りは表参道と雰囲気が全く違う緑の多い裏参道を通る。讃岐うどんを求める。正月明けといった感じで混雑もなくのんびりと初詣が出来た。年行事になったが奥の院まで何年続けられることか。 | |||||||||||||||
| 13時半「南風14号」で丸亀乗り換え「いしづち17号」で壬生川15時24分下車、送迎車で「休暇村瀬戸内東予」着。温泉で身体をほぐし、瀬戸内の魚バイキングで満腹。冬の「レインボウ・キウイ」はお奨めの果物。朝風呂を含めて3度の温泉三昧となる。道中持参した宮尾登美子著「天璋院篤姫」は「第一章出立」を読了。 | |||||||||||||||
| 1月7日(月) | |||||||||||||||
| 松山駅を9時12分(しおかぜ12号)で発ち瀬戸大橋を渡り(岡山県)児島駅に11時38分着。駅から下津井循環線「とこはい号」で鷲羽山第二展望台まで上る。第一展望台を経て21年ぶり(瀬戸大橋建設時)に花崗岩の頂上から瀬戸内海を眺望する。歩道は舗装道と砂利道があるが、どちらも歩きやすい。昔とは大違いである。偶々頂上で出合った夫婦から下山経路を確認し、弥生時代の古墳群から瀬戸大橋の真上に在る東屋を経て、道なりに下山する。人通りもない山の中に夫婦が迷い込んだ感じである。 | |||||||||||||||
| 頭の地図では南に下れば内海の筈であり、30分後に下津井瀬戸大橋真下の田ノ浦漁港に出る。ここから一キロ西に向かうと下津井漁港である。江戸時代、瀬戸内海で繁盛した港であり「下津井・金比羅街道」沿いにある「むかし下津井回船問屋」で往時を偲ぶ。遊郭のやりて婆が船乗りに声かけた「まだかい橋」も残っている。 | |||||||||||||||
| 16時日没前に「備前屋甲子」に入る。露天風呂からの夕日が自慢の宿屋だが、残念ながら雲が出て夕焼けは見えず。但し眺望は地中海の自然と遜色なかろう。「ジパング倶楽部」企画のプランであり、食事は値段相応か。楽しみにしていた蛸料理は出ず穴子が主である。浴場の化粧水が「ポーラ」には驚く。泉質は塩分があるのか泡立ちは良くない。「古事記」の国生み神話では九番目の島で「児島三白(塩、玉筋魚、綿)、「児島霊場八十八ヵ所」「修験道・五流尊瀧院」、両詣りの「蓮台寺」など歴史は豊かである。 | |||||||||||||||
| 1月6日(日) | |||||||||||||||
| 岩波クラシックス『論語』「学而第一」。「不患人之不己知、患己不知人也」。昭和40年版技校修了生への檄文「応用問題を解析する自主的な態度を確立せよ」のHP用執筆。完了次第「鐘紡春秋」に掲載予定。 | |||||||||||||||
| 冬晴れの午後、里山である瀬戸風峠(松山藩当時の五明・伊台からの往還道)まで上り、道後平・白水台をから戻る。約2時間のコース。次回は@瀬戸風峠→伊台→奥道後温泉(片道2時間)とA白水台→権現温泉(片道1.5時間)の散策 温泉を企画。<湯を張る>という懐かしい言葉に出くわす。 | |||||||||||||||
| 高校同期会大川新会長から4月中旬の東京同期会への参加要請あり。4月上旬は在京なので調整が必要となろう。 | |||||||||||||||
| NHK大河ドラマ『篤姫』(宮尾登美子原作「天璋院篤姫」)が始まる。『風林火山』と異なり女性向けホームドラマであり視聴率は高いのではあるまいか。 | |||||||||||||||
| 1月5日(土) | |||||||||||||||
| 賀状400枚の整理(番号付け)完了。本日(25通)からはリターン分か。 | |||||||||||||||
| 「ダスキン」初代社長故山田宏社長令夫人に下記メッセージを賀状に付して送る。【「仏教経営学」が脚光を浴びる今日、西田天香師(一灯園主宰)−鈴木清一氏(ケントク<謙徳>創始者)ー山田宏先生(ダスキン初代社長)への系譜を改めて考えております。縁あって「捨て聖一遍」の一遍会を運営しております。】 | |||||||||||||||
| 午後「六時屋」で高校同期会の豊後屋・石川・大川新旧会長と出会う。東京同期会参加プランを検討の由。残念ながら出席できず。 | |||||||||||||||
| BS・世界のドキュメンタリー「儒教の旅」(韓国制作)に啓発されて岩波クラシックス『論語』とNHK出版『孔子を語る(上・下)」』を開く。 | |||||||||||||||
| 1月4日(金) | |||||||||||||||
| 「一遍会一月度ニュース」を執筆。今年は【皇紀2668年、仏誕2573年、一遍生誕769年(延応元年)、一遍成道734年(文永十一年<熊野参詣>)】に当たる。 | |||||||||||||||
| 「読書始め」は森鴎外の歴史小説。「じいさんばあさん」「最後の一句」「高瀬舟」「山椒太夫」「寒山拾得」など何度読み返しても興味が尽きない。 | |||||||||||||||
| HP「一遍会」「宝厳寺」に「一遍会講演記録 例会35年の歩み(資料集)」の見出しを載せる。一発で過去の記録を検索してもらい、宗門や研究者、会員の便宜に供したい。 | |||||||||||||||
| 年賀状10数枚届く(子規記念博友の会の井上めぐみインストラクターほか)。山田修司先輩から『鐘紡春秋』を見たとのメールあり。「有朋自遠方来、不亦楽乎」である。 | |||||||||||||||
| 1月3日(木) | |||||||||||||||
| 「一遍聖絵」窪寺閑室につき原文と聖絵の決定的或いは微妙なズレを一覧表に取り纏める。最後に登場人物(一遍、聖戒、旅の僧、在地僧)の特定化を提起する。市内2番町で一遍会理事矢野敬子さんに出会う。闘病生活を送っておりここ一年ほど例会欠席である。病み上がり感は特になさそうだが視力ははっきり落ちてきている。美空ひばりと同じ病気ですとのこと、詳しくは知らないが難病である。気候と体力が回復したら出席してほしいと依頼する。 | |||||||||||||||
| 賀状30枚。3日間の400枚の賀状には明年も元旦必着で投函せねばなるまい。平田玲子氏から「『一遍聖絵』の周辺の絵画事情」の最終校正が届く。 | |||||||||||||||
| 「松葉関」につき「あいあい宗匠」から回答があり問題点を指摘する。 | |||||||||||||||
| 【鈴木貞雄先生,稲荷島人先生の「松葉関」のご指摘はご指摘として、歴史的な誤認がありますのでご報告しておきます。 京都の公家西園寺氏の伊予統治の歴史は古く、鎌倉時代の嘉禎2年(1236)に「公経」が宇和荘を領し永和2年(1376)には「公良」が宇和荘の「松葉城」へ下向し戦国大名化しました。「松葉城」は15世紀末落城し、「黒瀬城」は「実充」の時代(16世紀)に築いた戦国向けの山城です。天正13年(1585)秀吉の四国征伐で最後の城主「公広」は軍門に降りました。 13〜15世紀の南予の中心は西園寺氏の居城(本城)松葉城で、16世紀に入ると群雄割拠になりました。(と、考えています。)現在も「字上松葉」「字下松葉」は宇和平野の中心部に広がっております。なお「松葉城」は宇和の「米博物館」入り口脇から、「黒瀬城」は「宇和文化会館」(満野久さん設計)から登ることが出来ます。 子規さんは「おなぐさみ」と「松葉関」で一句を作っていますし「おなぐさみ」は松山ご城下中心の春の行事ですから、石手川周辺の何処かで子規さんも家族と一緒に「松葉関」に出掛けたと考えた方が自然でしょう。 |
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| ◎NHK「ニューイヤーオペラコンサート」新春恒例のオペラ名場面を堪能。目下オペラは年一回のペースで松山での公演鑑賞がやっと・・・ | |||||||||||||||
| ◎ライスボウル日本選手権「松下電工対関西学院」。社会人の圧勝。大学選手に圧倒的に勝る体力と体格の格差にプロとアマの決定的な差異あり。 | |||||||||||||||
| 1月2日(水) | |||||||||||||||
| 庭で家族一同で焚き火を楽しむ。大都会や町中では絶対味わえない最高の贅沢かもしれない。焼き芋の匂いと味、ジャガイモのとろけたバター、焼き蜜柑のジュース、孫たちの最高の笑顔と逞しい食欲・・・大人も子供もワイルドが良い。遅れの賀状が届く(60余通)。JP会社の約束違反かな。横浜の長子ファミリーを空港に見送る。 | |||||||||||||||
| 夜、初湯(椿の湯)。係りの女性曰く「年末年始の昼間は見知らぬ人が多くて疲れる。夜は地元の馴染みが多くほっとする」と正直な発言を耳にする。 | |||||||||||||||
| ◎松山空港癒しルームで58番札所仙遊寺小山田憲正住職の説法を聴く。「遍路の歴史1200年、遍路の距離1200キロ」は云い得て妙なり。 | |||||||||||||||
| ◎NHK・TV見物 @大学ラグビー準決勝は慶応が明治を降す。優勝戦の対戦相手は早稲田。OBにとっては渇望の一戦である。 Aウイーンフィルのニューイヤーコンサード実況放送。楽友協会の建物に立ち寄りウイーンフィルは国立歌劇場オペラで見聞しただけに年初の定時番組化した。 | |||||||||||||||
| 1月1日(火) | |||||||||||||||
| 快晴の中で新年を迎える。雑煮とお屠蘇で新春を祝う。特に変わりはないが、雑煮の数は私が減り孫が増え同じ数になった。来年は逆転するのだろうか。 | |||||||||||||||
| 義安寺の墓地に詣でる。伊佐爾波神社ではご祈祷を受け御札(門・竈・厠・井戸)をもとめる。一遍生誕寺宝厳寺に立ち寄り道後温泉から鷺谷・山手を散策する。一遍会理事田中弘道氏夫妻に出会う。 | |||||||||||||||
| 午後から年賀状(着信300余通)を整理する。 | |||||||||||||||
| NHK・TV見物。 |
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