![]() |
第七十段 一遍会「掲示板」(平成十九年葉月八月)に日録を掲載せしこと。
| 8月31日(金) | |||||
| 「夏休み」最終日は「坊っちやん劇場」で「わらび座」のミュージカルコメディー『吾輩は狸である』を鑑賞する。 | |||||
| 正午に道後温泉駅から送迎車で森松経由で東温市見奈良のレスパス・シティに直行。「クールス・モール」で昼食とショッピング。10年ほど前にカネボウの関係会社「ショップ&ショップス」が出店したのだが、場所を確認できず。撤退したかもしれない。「ディック」も撤退していた。 | |||||
| 90分のコメディーは「伊予八百八狸」が下敷きにあるが、ストーリーは自然保護と「ロミオとジュリエット」である。主人公の「狸ロミ丸」は安達和平、自然派の娘「ジュリ絵」は丸山有子が好演。笑い、涙、退屈の欠伸と眠気・・・ | |||||
| 見奈良温泉「湯楽」で和定食をとり、豊富な湯量と外風呂が充実している湯槽でゆっくりと寛ぐ。温泉地ならではの観劇スタイルである。玉井葵著「お袖狸、汽車に乗る~昭和十年愛媛の『狸騒動』〜」を通読。安芸狐と四国狸(伊予・讃岐・阿波)の抗争は井上ひさしが描いた『腹鼓記』の通りである。 | |||||
| 8月30日(木) | |||||
| 「一遍会報」第230号納入。一遍会HPの9月度版更改作業に集中する。 | |||||
| |||||
| 11月度例会講師は小沼大八代表「念仏の布教」、来年3月例会講師は田中弘道理事「河野用水と道後湯之町」で内定する。下期の講師の割付は完了した。午後3時間、昨日に引き続き畑と庭の草取りと整地作業で汗を流す。 | |||||
| 8月29日(水) | |||||
| 子規記念博物館9月度懸垂幕俳句「神鳴ノ鳴レトモ秋ノ暑サカナ 子規」の鑑賞文を執筆する。発信は恒例により月初となる。午後一杯畑と庭の草取りと整地作業。残暑厳しくさすがに疲れる。 | |||||
| 和田克司子規会副会長から「道後温泉図」原色コピー版が届く。下記礼状をメールする。 | |||||
| 【本日、「道後温泉図」原色版コピー拝受しました。ご多用の中、ご手配頂き有難うございました。有効に活用させていただきます。秋風と共に依頼されている小論を2〜3本取り纏めて発表する予定ですが、「松山発子規辞典」も井手会長の石手寺分が纏まれば最終原稿を執筆いたします。残暑厳しき折、くれぐれもご自愛下さい。】 | |||||
| 8月28日(火) | |||||
| 夏バテの特効薬で、奥道後温泉のバイキング料理とジャングル風呂で半日のんびり過ごす。夕、道後温泉本館でのエベントを観光客気分で楽しむ。 | |||||
| 一遍会下半期の講師計画を小沼大八代表に提案する。3月の一遍生誕会での特別講話の講師がセットできれば完了である。窪野の中川重美理事から9月23日の「窪寺まんじゅしゃげ祭り」のパンフレットが届く。打ち合わせと若干ズレガあるので後日調整の要がありそうだ。 | |||||
| 夜、道後温泉本館前で一ヶ月間開催中の「夏祭りエベント」を見物する。今夜の出し物は「ちんどんや」と「水軍太鼓」。 | |||||
| 8月27日(月) | |||||
| 「一遍会報」第230号再校の上、松栄印刷所に印刷を依頼。HP「鐘紡春秋」第20章「鐘紡技術学校〜魂ある技術者へのメッセージ」を三分の一の分量を記載する。完結次第公表したい。 | |||||
| 日本温泉文化研究会編「温泉の文化史 論集【温泉学@】」通読。那須の極楽蜻蛉さんに下記メールする。 | |||||
| 【残暑お見舞い申し上げます。連日の猛暑でグロッキーです。雑草との格闘を現在も展開中です。温泉博士である平田さんを思い出す一冊の本を読んでいます。日本温泉文化研究会編「温泉の文化史 論文【温泉学@】」(2007年6月 岩田書院発行 9,500円)です。 有馬、熱海、恐山、那須岳<三斗小屋口白湯山、湯本口高湯山>が随分詳しく学術的に述べられています。図書館で目に留まったらご一読なさって下さい。はじめ道後温泉が載っているかと思ったのですが、完全無視でした。温泉寺・温泉神社が今日的にも存在しないと学者の興味をそそらないようです。冠山の湯神社には中・近世の面影は皆無ですし・・・いやはや。 8月上旬、信州高原(栂池、車山)を散策してきました。足の調子が悪くなったので、山登りから高原歩きに転向中です。那須高原、日光高原を数日散策したい気持ちはあるのですが・・・・・】 | |||||
| 8月26日(日) | |||||
| 連日の真夏日で、夏バテの状況である。思考能力も減退し、持続力がなくなってきた。「一遍会報230号」の初校をすませ、ファックスで松栄印刷所に校正箇所を送る。再校で印刷に入れる見込みである。 | |||||
| 8月25日(土) | |||||
| 「『歩き遍路』1日体験ツアー」の調整作業。小沼大八一遍会代表を通じて「浄土寺」と小生から「宝厳寺」の住職に連絡し、空也・一遍上人像の拝観の了承を貰う。松山大学・金村威教授と現地窪野の中川重美一遍会理事にも経過を連絡する。改めて両寺には金村教授と同行してご挨拶しておきたい。 | |||||
| 日本温泉文化研究会編「温泉の文化史 論集【温泉学@】」を読み始める。残念ながら道後温泉の記載はないが、道後温泉の温泉寺は円満寺か? | |||||
| 「一遍会報」」第230号の初校分が届く。月末納品が可能か。インターネット会員には月初の定期便dお送りする。カルチベータのテストを兼ねて炎天下で除草作業。3時間でダウンする。 | |||||
| 8月24日(金) | |||||
| 午後、松山大学温山会館で人文学部長金村威教授と会う。大学が企画している「『歩き遍路』1日体験ツアー」への協力依頼である。 | |||||
| Aコース:浄瑠璃寺〜浄土寺(空也上人像)〜石手寺(衛門三郎玉の石)〜宝厳寺(一遍上人立像) | |||||
| Bコース:三坂峠〜「坂本屋」〜「窪寺跡」〜「大黒座」(三坂馬子唄)〜浄瑠璃寺 | |||||
| 尚、ドイツ語、英語、中国語、韓国語の通訳がつくことになる。国際交流と遍路と若者の結びつきが可能となった。一遍会としても協力することを約束する。 | |||||
| 県図書館で下記3冊貸し出し。 | |||||
| |||||
| 8月23日(木) | |||||
| 本年度芥川賞受賞作「アサッテの人」をやっと読了。読みにくくはないが、分りやすいとも、面白いともいえない。誰しも持っている「つぶやき」を再認識した。 | |||||
| 「一遍会報」第230号を松栄印刷所手渡し。閑散期なので今月中に納品とのこと。会員宛の一遍会9月度案内状(例会並びに窪寺まんじゅしゃげ祭り)40枚を発送する。 | |||||
| 杉野祥一理事がご家族で拙宅訪問。湧ヶ淵の大蛇について話をする。息子さんの夏休みの宿題にするらしい。 | |||||
| 金森毅 松山大学人文学部長 教授からバイリンガル遍路通訳についての問い合わせあり。明日、同大学で打ち合わせすることにした。 | |||||
| 夕、N響松山定期演奏会(県民文化会館)。指揮はジェームス・ジャッドで、バイオリンは神尾真由子。彼女は2007年6月第13回チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門で優勝しており、今回は凱旋公演でもある。ラッキーである。メンデルスゾーン「序曲フィンガルの洞窟」、チャイコフスキー「バイオリン協奏曲ニ長調」、ベートーベン「交響曲第7番」。会場で白石勝也前町長、自他共に認めるクラシックフアンである三輪田米山の曾孫三輪田綱丸氏、岡田三沙さんに出会う。 | |||||
| 8月22日(水) | |||||
| 「一遍会報」第230号の記事割付完了。9月例会で配付できるように松栄印刷所に手配する。 | |||||
| シネマルナティュクで映画「ヒロシマ ナガサキ」と「夕凪の街 桜の国」を鑑賞する。「ヒロシマ ナガサキ」は日系3世のスティーヴン・オカザキ監督作品。82年に被爆者をテーマにした第1作「生存者たち」、91年に日系人強制収容所を描いた「待ちわびる日々」、05年に胎内被爆にメスを入れた「マッシュルーム」に続く第4作である。 | |||||
| アメリカ並びにアメリカ人は原爆によって戦争は終結したと認識しているが、被爆者の取材を通した実態を観客に投げかけている。「夕凪の街 桜の国」はこうの史代原作、佐々部清監督作品で田中麗奈主演である。題名もそうだが、日本人らしい感受性に富む秀作である。三代に及ぶ被爆の恐れ、不安、差別が観客の心に訴えてくる。来週には第60回カンヌ国際映画賞グランプリ受賞の「殯の森」(河瀬直美監督)が上映予定である。 | |||||
| 8月21日(火) | |||||
| 午後、月例の六時屋サミット。明治14年版「道後温泉絵」に基づき、確認作業に入る。 | |||||
| |||||
| 和田克司氏から問い合わせにつき連絡あり。「等海社」については道後学の先学ある二神将氏に下記問い合わせ。 | |||||
| 【お変わりありませんか。子規会、史談会でもお会いする機会がなく寂しい限りです。梅木旅館の写真ですが、バックの山と木の茂みから、梅木賢正君とも現地確認して、現御手洗橋の周辺(放生池東)にあった「梅木旅館」であると特定しました。ところで明治初年、放生池(園)の北側に入母屋造りも建物がありました。「等海社」と記されて居ります。「等海社」なる組織、名前について何かご存知であれば、ご教示いただきたいのですが・・・・・ 宜しくお願い致します。文献があれば当方で調べます。残暑厳しい中、くれぐれもご自愛賜りますように念じております。】 | |||||
| 夕、温泉町をぶらつく。夜、二神将著「二神鷺泉と道後湯之町」に目を通す。下記収穫多し。 | |||||
| |||||
| 8月20日(月) | |||||
| 一遍会9月度例会案内状(愛媛新聞・ミニコミ各紙・会員向けを作成する。9月22日の「窪寺まんじゅしゃげ祭り」に去年までは松山市駅から丹波まで伊予鉄バスで行くことが出来たが、森松乗り換えとなった。マイカー時代ではあるが、公共交通手段利用者にはますます住み難い時代になってしまった。 | |||||
| 昨日の「湯築城歴史塾(第2回)」と「子規会9月例会」の復習と資料を整理する。 | |||||
| 10月実施の阪急交通企画の「アメリカ西海岸の旅」に参加申し込み。西欧・中近東に較べて割高だからハワイ以外は人気が今ひとつらしい。 | |||||
| 8月19日(日) | |||||
| 午前10時から湯築城歴史塾(第2回)受講。講師は県埋蔵文化財センターの柴田圭子氏、テーマは「考古学からみた中世伊予の地域社会」。柴田氏には一遍会講師として「湯築城発掘」について話してもらったことがある。歴史文献学と考古学の学際協力があれば更に歴史の認識が深まるのではあるまいか。道後町遺跡の遺構の時期と特徴は興味あり。「一丁四角」(109m×109m)の方形区画が出現しているが、居館の主を特定できないものか。 | |||||
| 午後1時、子規会8月例会。今村威理事の「樗堂、一茶そえいて子規」は「湯薫亭一茶新資料『日々艸』」と子規の一茶観を紹介する。『松山発子規辞典』編集会議で、和田克司氏から編集の大枠の提示あり、逐一検討。明治14年版「道後温泉絵」配付。明治初期のイメージが更に具体化する。早速お礼のメッセージを送る。 | |||||
| 【編集会議は大変楽しく、且つ有意義に過ごすことが出来ました。文献調査優先で頭でっかちの知識になっておりますので、秋ともなれば歩いて確認したいと思っています。サツマイモ、蕎麦、砂土手、櫨並木はじめまだまだ不明なことばかりです。ところで明治14年版「道後温泉絵」は『道後温泉』に部分図はありましたが、全図を拝見して、疑問に思っていたかなりの部分が直感的には開明できたと思います。「お竹藪」は見事な竹藪過ぎて、いささか「参った参った」です。放生池南一帯は田畑に描かれていますが、地番がついていますので納得です。道後小学校以前の「湯月学校」が元の神社庁の場所とは驚きました。現子規博がある昔の公会堂一帯が、ちゃんと外堀になっており、これまた納得いたしました。今後とも宜しくお願い致します。】 | |||||
| 8月18日(土) | |||||
| 第3回全国和算研究(松山)大会に一般として参加する。会場はにぎたつ会館で100名以上の会員が出席。伊予史談会の会員では柚山俊夫氏、田中弘道氏出席。田中氏から一遍会8月例会(宇和巡検)のスナップ写真を受け取る。 | |||||
| 研究発表は筑波大学付属駒場高等学校・牧下英世教諭、近畿数学史学会・小寺裕氏・長崎和算研究会・米光丁、愛媛和算研究会竹田三千雄氏ほかで多岐にわたる。記念講演は日本数学史学会・佐藤健一会長「和算を教育現場へ」で、数学への興味、考え方の訓練に和算は格好の教育材料のようだ。作家である鳴海風氏(和算などの数学者を主人公に小説執筆)の「数学の美」のコメントは共感する。最新作「美しき魔方陣」の紹介あり。 | |||||
| 伊佐爾波神社で保存している江戸時代の算額22枚と復元した「文政六年関流関家喜多次」の算額が特別疲労された。見学者多し。伊佐爾波神社の野口宮司と懇談する。 | |||||
| |||||
| 8月17日(金) | |||||
| 次男家族が神戸に発つ。夫婦だけの静かな生活に戻る。 | |||||
| 「文芸春秋」9月号【特集 父と母の戦争】から一文を「東の窓」に掲載する。 | |||||
| 【終戦記念日も猛暑の中で過ぎ去りました。戦時中の松山・吉田浜にあった空軍基地「松山第343空隊・飛行長」は志賀淑雄少佐で、彼は真珠湾攻撃にも参加したエリート空軍指揮官でした。戦争末期に松山第343空隊へ「特攻隊志願」の割り当てが命令された時、断固命令を拒否し、結果として松山第343空隊から一人の特攻隊員も出ていません。高倉健主演の映画「蛍」では特攻隊の悲劇に涙を止めることは出来ませんでしたが、このような最前線指揮官もいた事実を最近知りました。 | |||||
| 命令拒否しても軍法会議にかけられる事もなく部下を守り切った軍人がいたのですね。尚、戦後は功を誇ることなく、警察官の装備資機材の研究開発に生涯を捧げられた由です。『文芸春秋』9月号【特集 父と母の戦争】に掲載されています。ステレオタイプでない、マスコミに汚されていない実話なのでご紹介させていただきました。】 | |||||
| 8月16日(木) | |||||
| 妻と次男家族が宇和町に出掛けたので、お盆の一週間の日記をワープロで執筆する。午後からは、信州高原小旅行(栂池高原・車山高原・善光寺・川中島古戦場)紀行文を取り纏める。送り火を焚き、義安寺に墓参り。 | |||||
| 夕七時、砥部近くの「ゆうゆう亭」で会食。郊外店ではあるが、ファミリーレストランと居酒屋や同居しているような雰囲気である。品数多く安価で庶民には申し分ないのだが、非常口も階段も急で狭く、よく建築確認が取れたなというクールな感想も抱く。 | |||||
| 8月15日(水) | |||||
| 息子達2グループ合流して奥道後ホテルのプールに出掛ける。午後4時、長男家族を空港に見送る。羅座亜細留新空港通り店で休憩する。 | |||||
| 夕、弟家族を案内して「坊っちやん列車」「からくり時計」「放生園足湯」「温泉本館」から「花ゆづきホテル内浴場」まで連れて行く。温泉本館前広場で「道後温泉夏まつり」の今夜の出し物は「坊っちやん劇場」の特別出演のエベントで約150名の観光客が集まる。坊っちやん劇場支配人の山川龍巳氏、フリーエディター黒田仁朗氏 、二宮雄三道後郵便局長らと顔を合わせる。山川坊っちやん劇場支配人から一遍さんと踊り念仏をキーに坊っちやん劇場で公演したいとの話しあり。 | |||||
| 外交辞令でも嬉しい申し出である。中村松山市長ほか知人友人に熱っぽく語って、是非実現したいものである。坊っちやん劇場の初年度上演は「坊っちやん」。今年は「吾が輩は狸である」来年は「坂本竜馬」である。 | |||||
| 8月14日(火) | |||||
| 朝6時15分龍穏寺(西禅寺)さんのお盆の供養から始まる。今年大学を卒業した住職の長男も見習いで同席する。驚いたことに金髪の次男が車の運転担当である。将来、龍穏寺が再建されれば息子二人で担当することになるのだろうか。お布施は一万円お包みする。その後、「説盂蘭盆経」をゆっくりと唱えて供養する。 | |||||
| 次男家族が金沢・神戸を経由して午後4時帰宅。去年の春以来の勢揃いで、十名の大所帯になる。椿湯。 | |||||
| 8月13日(月) | |||||
| 孫とピンポン、紙相撲を楽しむ。柏井宅に妻とお参りに行く。「文芸春秋」9月号を求む。夕方から激しい雨となり、道後温泉本館前のエベントは中止となる。椿湯。恒治に依頼していた学生時代の8ミリ「リクルートゲーム」受け取る。DVDとして永久保存しておきたい。 | |||||
| 8月12日(日) | |||||
| 朝、義安寺の墓掃除を済ませる。持田三好家の墓に「無縁仏取り扱い」の掲示あり、早速分家の三好氏に連絡する。午後、報告あり、無事決着する。義安寺の言い分では、住職の交代(婿入り)の引継ぎのミスと云うことだが、菩提寺とは云え無礼は許せない。分家も義安寺に墓地を設けてから二〇〇年は経過しており「老舗」である。もっとも重要な「顧客」として対応すべきではないかと思う。寺院が自らの寺の歴史を無視すれば、古刹としての義安寺の名前が泣くというもであろう。住職が檀家を育て、」檀家が住職をそだてるという金言を忘れないで貰いたい。 | |||||
| 10時、東京から帰省する恒治家族空港出迎える。リムジンバスで子規記念博物館の竹田美喜館長に出会う。「迎え火」をして長男家族と義安寺に墓参り。柏井正子さん、お盆のお参りに来る。松鶴祖母の60年忌でもある。 | |||||
| 夜、「松山まつり 野球拳おどり 企業の部」のパレードを見物に出かける。椿湯でのんびりする。 | |||||
| 8月11日(土) | |||||
| 一遍会8月度例会でバスをチャーターし西予市宇和町を巡検する。 | |||||
| 【行程】 道後温泉駅前<愛媛銀行前>(7:45)→松山市駅・高島屋前<バス降車口・観光バス乗り場>(8:00)→米博物館(9:30)<日本一長い旧木造校舎の109メートル廊下>→開明学校、民具館、先哲記念館、町並み(10:00〜)【ガイド 宮本さん】→「松屋」(12:00〜12:50)→県歴史文化博物館(13:00〜15:00)→明石寺(15:30)→どんぶり館(16:00〜)→松山市駅・高島屋前(17:30)→道後温泉駅(18:00) 参加費 6,000円 (注)町並み探検@末光邸 A 池田屋 鳥居門 奥座敷 からくり部屋(高野長英) 高野長英隠れ家 二宮敬作墓(分骨)清水家→池田家 | |||||
| 参加者(バス22名)田中弘道 田中布美 田中順治 佐藤敬子 塩谷佳花太田美智子 藤森美枝子岩井 昭 高橋俊夫 永井芳枝 三好恭治 西森さん 池田元治 今村威 岡邊正一 中川重美 中川ジュニア 岡田幸雄 岡田芳子 上田淳 山岡公三 中岡修也(現地6名)杉野祥一 ファミリー 小沼大八 | |||||
| ○「開明学校 明治の授業いろは」(テキスト) | |||||
| 【例会】 □会 場: 西予市愛媛県歴史文化博物館 □講 師: 大本 敬久 氏 (愛媛県歴史文化博物館主任学芸員) □演 題: 企画展「異界・妖怪大博覧会」解説 並びに「日本における地獄観念の変容」 □展 示「異界・妖怪〜「おばけ」と「あの世」の世界〜」 | |||||
| 8月10日(金) | |||||
| やっとお盆の準備に入る。仏壇を掃除し、仏具の点検修理して所定位置の配置。「過去帳」と「仏説盂蘭盆経」を正面に整える。精霊棚は南予は室内、中予は軒下、東予は玄関口に設けるらしい。南予の人情の深み、温かさは「餓鬼畜生」に対しても同様らしい。床の間に「遊行六十世他阿上人 肥前国遊行書」を掲げる。午後、樒(しきみ)を10束求める。明日は一遍会例会であり、お迎えは12日夕刻となる。 | |||||
| 8月9日(木) | |||||
一遍会8月例会配付資料の作成。
| |||||
| 寄贈図書 溝口章著 詩集「流転/独一 一遍上人絵伝攷」読了。詩は苦手である。書評を書くには再読しないと自信が持てない。 | |||||
| 長崎原爆投下の日に当り「東の窓」に下記を記載する。 | |||||
| 【アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞を受賞したスティーブン・オカザキ監督の「ヒロシマ・ナガサキ」が「シネマルナティック湊町」で8月11日〜17日に上映です。アメリカ映画ですが、日米双方の加害者・被害者のインタビューで構成されている長編ドキュメンタリー映画なので是非鑑賞したいと思います。これも昨年の米映画ですが、クリント・イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」を観て涙を流し、「アメリカの良心」はまだまだ健全だなと感じました。正直羨ましいと思いました。日本映画も、もっと真剣に時代と格闘して欲しいと願っています。日本人も今回の参院選挙ではバランス感覚の投票行動となりましたが、国際問題、特に外交で独自路線を主張できるだけの「実力」となると・・・】 | |||||
| 8月8日(水) | |||||
| 3日間留守をしたが庭の草木は衰えなく、生命力旺盛である。一安心である。諸連絡に追われる。 | |||||
| |||||
| 「東の窓」のあいあい宗匠から「8月度子規さん俳句」の鑑賞が届き、当方からも返信する。 | |||||
| 【あいあい宗匠 &皆さん 月初から暑さを逃れてJR小糸線の白馬、小谷で数日過ごしてきました。最高27度〜最低15度の気温は快適でした。リフレッシュしてご返信させていただきます。 あいあい宗匠の「舞台は夕立、子規は天井桟敷の見物人」のご指摘に感服致しました。有難うございました。少々お調子が過ぎた我田引水的鑑賞になったようです。いやはや。 明治29年2月に子規さんはカリエスの手術をして以後、根岸子規庵で病臥中でした。外出した実景であれば「人力車から」が正しいのだろうと推察します。実は「寒山落木五巻(明治29年)」に「五月雨ノ頃板橋赤羽ニ遊ビ一宿シテ帰ル」と記述しています。この年1回だけの遠出でした。歩行は困難ですから人力車に乗って移動したのでしょう。連れが誰で、一泊先は何処かは研究すれば分るのでしょうが、詳細は不明です。「人力車の高所から板橋赤羽の野道を望んで一句」では興が湧かないので、子規さんらしく「夕立に濡れながら」とイメージした次第です。 「夕立や正岡升(のぼる)此処に在り 道後関所番」】 | |||||
| 8月7日(火) | |||||
| 8月6日(月) | |||||
| 8月5日(日) | |||||
| 8月4日(土) | |||||
| 「アイヌ文化フェスティバル2007」に出席(市民会館中ホール) | |||||
| |||||
| 県図書館でフレデリック・スタール著「お札行脚」と宮紀子著「モンゴル帝国が生んだ世界図」を貸し出し。「お札行脚」で道後温泉の「止め湯」なる特典制度があることを初めて知る。 | |||||
| 竹原暢夫君からの返信:【和紙の作品は3月上旬のヨセミテ実写です。夕景のため、色温度が下がり(ケルビン)背景の山がBlueに映っております。有名なアンセルアダムス(写真家)の作品にも有りますが、「白ぽい木立」がBLUEの山肌と雪原に調和して落ち着いた美しさだ出ていると思います。又、雪原の小さな緑の木がいいポイントになりました。】 | |||||
| HP「熟田津今昔」第27章の子規俳句にリンクをつけた。一発で所定の俳句を鑑賞できるので、是非活用してください。 | |||||
| 8月3日(金) | |||||
| 一遍会8月例会(県歴史文化博物館&宇和町巡検)参加者名簿作成。バス利用は22名、マイカー4台で30名でセット。10月例会講師である平田玲子氏からテーマ決定の連絡あり。会員の白石英志氏が松山まつり・野球サンバで「八百八狸まつやまサンバチーム」でパレード出場の連絡。 | |||||
| 渡辺淳一著「愛の流刑地」(上・下)を読む。有島武郎の情死事件を題材とした「失楽園」の遺書に比し、裁判の場面は説得力が少ない。もっとも性的描写は氏の独壇場であるが・・・ | |||||
| 竹原暢夫君から「伊勢和紙デジタルプリント展 三輪薫と『わの会』会員作品」案内状。下記返事する。【ご案内有難うございます。お盆を控えており、大阪に行けそうもありません。悪しからず。 | |||||
| |||||
| 8月2日(木) | |||||
| 一遍会7月度の収支報告と理事会資料作成作業。併せて会費納入と4ヶ月間の出席状況をチェックする。収入は予算クリア、支出は34%進捗で問題なし。一遍会旧会員である詩人溝口章氏から『流転/独一 一遍上人絵伝攷』の恵贈を受ける。後日書評を「ホットニュース」に掲載する予定。 | |||||
| アマゾンから村井康彦著『生活文化史論 武家文化と同朋衆』が届く。室町期の時宗僧・阿弥・芸能集団の相関を研究してみたい。 | |||||
| 燦燦会メンバー10名にに「子規博懸垂幕8月俳句<夕立や野道を走る人遠し>」と「鐘紡の社史社風」をメールする。鐘紡エッセイの反響を待ちたい。 | |||||
| 今夜、台風は四国に上陸する。被害はなし。 | |||||
| 8月1日(水) | |||||
| 公民館で9月度例会会場を予約。9時半から「道後村まつり 湯釜薬師祭」に出席する。石野弥栄湯築城資料館長、竹田美喜子規博館長とお話しする。石野館長から宝厳寺と龍穏寺の話あり。九州の佐伯文書にある龍穏寺の「湯築での実在」だが資料的には確認できていない。「龍穏寺坂」の地名は残っている。浄土宗円満寺住職と明王院金子氏の過去帳閲覧につき依頼し了承を得る。三好家書(系図)と一致すると庄屋(村)と明王院(町)の結びつきが明確になろう。 | |||||
| 【子規博8月度懸垂幕俳句】 | |||||
| 子規記念博物館選句の平成19年8月の子規さんの句は 「夕立や野道を走る人遠し 子規」です
。 明治29年の作品ですが、何故か明治31年8月9日付「日本」に掲載されています。季語は「夕立」で夏の句になります。 (注「子規全集」第2巻480P) この句は特に注釈の必要はありますまい。私自身の心象風景としては次のような展開です。 眼前には何の前触れもなく、地上のすべてのものを叩きつけるように激しい夕立が襲ってきた。遠くの野道には雨宿りを求めて走る人が見える。行き先は自分でも分らない。雨に打たれながら捜し求めるだけである。稲光、雷鳴、黒雲の不穏な気配の中で逃げ惑うかのような人影。大自然は決して容赦しない。自然の中で人間はなんと小さく、力ない存在であるのか。眺めている吾(子規さん)は逃げ惑うことなく、夕立にずぶ濡れになりながら毅然として突っ立っている。俳句の革新を了え、明治29年には新体詩を発表し、明治31年春には「歌よみに与ふる書」で『古今集』を否定した。まさに疾風怒涛の真っ只中に現在する子規さんが居る。広重の浮世絵に描かれた名作「名所江戸百景 大川橋・あたけの夕立」の夕立の光景を思い出します。子規さんは明治29年に夕立の句を28句も作っていますし、生涯に200句近く詠んでいるようです。夕立が好きだったのでしょうか。 | |||||
| ところで、子規博に写真を撮りに出掛けて、公園北口の公衆トイレ入口の案内板に気付きました。汚れていますが「新発見」です。写真を添付しました。なんと伊予銀行道後支店(昔の紀伊国理髪店)辺りから石手寺に通じる県道が外堀跡で、ふなやの庭園(鴉谷)に直結します。西は現在の伊予鉄の軌道辺りまでが外堀だったのでしょうか。湯築城跡発掘調査の結果ですから説得力があります。子規博のお帰りに是非公衆トイレに立ち寄って、案内版を見ながら一席ぶっていただけませんか。鎌倉・室町時代の「城下町道後」の町おこしに役立ちます。「道後関所番」も「湯築城外堀番」を兼務する必要がありそうです。いやはや。 | |||||
| そこで子規さんにあやかって一句 「夕立や野武士の走る濠長し 子規もどき」道後関所番 | |||||