第六十七段 一遍会「掲示板」(平成十九年水無月六月)に日録を掲載せしこと。

6月30日(土)
 HP「一遍会」と「月例会のお知らせ」を7月度に更改する。併せてインターネット会員宛に例会案内を送る。梅雨の晴れ間に座敷の草引きに精出す。一昨日の宝厳寺長岡住職との話でも草引きの苦労話が出た。宝厳寺の境内もすっきりしてきたがご夫妻の労苦あっての事である。
 子規記念博物館の「7月度子規さん俳句」は発表が遅れる由。数日お待ちいただくことになる。「あいあい宗匠」宛の手紙からの引用では・・・
 【先ほどお手紙受け取りました。素晴らしい記念切手を併せて送っていただき恐縮しております。「クリオネ」とは久しぶりで再会しました。猛暑だけに流氷見物の感激がよみがえってきました。有難うございました。NHKラジオ「俳句・短歌を詠む」(6月15日)で黒田杏子さんの「俳句列島 季語の現場へ<月の話「B>」は一遍さんと宝厳寺の話が中心で大いに楽しめました。
○寒満月遊行上人遊行の眼
○稲光遊行上人徒跣(かちはだし)
○一片の月速かりき一遍忌
○遊行者一遍倒れ伏す曼珠沙華
 杏子さんとは時宗・宝厳寺でお会いしており、「いつか寂聴さんを連れてくるわ」と話していただいています。寂聴さんの「お説教」と杏子さんの「一遍俳句」であれば子規記念博物館を満員に出来るなと一人で夢想しています。「七月の子規さん俳句」は未だ発表になっていません。子規博も天野名誉館長も小生の様な「ひやかし俳人」には冷たいようです。7月に入ってからのメールでお知らせしたいと思っています。いやはや。】
6月29日(金)
 俳人黒田杏子氏の「NHKカルチャーアワー」で放送した「季題月の話」はまるで「一遍と宝厳寺特集」の内容である。分りやすいし女性向けである。
放送内容をレジュメ形式で取り纏める。9月例会では卓話担当の杉野祥一理事が講話するので、卓話では「寒満月遊行上人遊行の眼  杏子」と題して話してみたい。
 HP「ひと・出会い・旅」に「革命的中国残像」「高校同期会年度幹事始末記」を新掲載する。8月末には「工事中」の看板を下せそうである。高山秀嗣氏(「中世浄土教者の伝道とその特質〜真宗伝道史研究・序説〜」著者)に所見をメールする。第三部一遍の伝道」のみ読了す。
6月28日(木)
 宝厳寺定期訪問。長岡隆祥住職と雑談を交えて2時間話す。
@JRグリーン車用PR誌「ひととき」1月号「『一遍聖絵』から踊り念仏を解く」(松岡心平)
A「旅の手帖」6月号「随筆」(黒田杏子)で宝厳寺の佇まいに触れている。
BNHKラジオ第2「カルチャーアワー」<俳句・短歌を詠む>で黒田杏子氏が宝厳寺と長岡隆祥師に触れてお話をしている。
C新『一遍上人御誕生旧跡』碑の家紋は【傍折敷に三文字】で旧碑の家紋は【折敷に縮み三文字(波型)」である。一遍の位牌の家紋から借用した由。
D元々在った「稲荷神社」は伊佐爾波神社宮司により御霊を抜き道後温泉駅前に在る道後稲荷神社に合祀した。檜垣家で祀っていたものである。
 8月度例会(宇和町の県歴史文化博物館)参加23名で団体割引(20名以上)適用で一安心。長岡住職は宇和小学校の訓導(教師)であった。高山秀嗣氏から博士学位論文「中世浄土教者の伝道とその特質〜真宗伝道史研究・序説〜」(永田文昌堂刊)を贈られる。一読後ご紹介します。
6月27日(水)
 25日に発送した一遍会一般会員向けメッセージの反響が届き始める。「幽霊会員」ではないが「お付き合い会員」があぶりだされてぃている。一遍フアンを中心にした組織作りを再検討すべき時期に来ているようだ。「団塊の世代」にいかに関心を持ってもらい参加してもらえるか、だ。
 株主総会もほぼ終わったが誤算のひとつが「加藤吉」であった。四国が本社の企業に絞って投資しているが企業倫理欠如でのトラブルは許しがたい。
 夜は「丸山真男講義録<日本政治思想史1964>」の学習。「鎌倉仏教における宗教行動の変革」には一遍に触れる箇所がある。「目から鱗」とは云わぬが栄西(臨済宗)日蓮(日蓮宗)親鸞(真宗)法然・一遍(浄土宗)のマトリクス分析から学ぶべき内容が多い。
 HP「ひと・出会い・旅」に旅紀行を数編掲載し第11章となった。上記URLをご紹介します。
6月26日(火)
 伊予鉄道第99回定時株主総会に出席。ご多分にもれず本業(鉄道)赤字、関連事業黒字の決算である。バス事業の長期見通しは暗い。
@鉄軌道事業 営業利益
71,005千円
A自動車事業 営業利益
-278,614千円
B付帯事業  営業利益
1,098,820千円 
  合計    営業利益
891,210千円
 県立図書館に立ち寄る。お目当ての@「丸山真男講義録<日本政治思想史1964・1965>A「時衆の美術と文芸 遊行聖の世界」を借りる。Aの同名の展覧会を平成7年(1995年)「大津市歴史博物館」で見学し、時宗への興味が生まれたことを思い出した。猛暑の中読書に没頭する。
 夕、現役時代の戦友である清水輝男氏と「道後ぎやまんの庭」でアルコールを飲みながら懇談。株主代表訴訟が決着するまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
6月25日(月)
 一遍会一般会員60名にメッセージを送る。事務局としては初メールである。竜谷大で博士授与された高山秀嗣氏から電話あり。博士論文をお送り頂ける由である。10数年前に時宗・宝厳寺にも立ち寄り、長岡隆祥師とも面談している。同氏の論文に「組織者としての一遍」がある。
6月24日(日)
 終日雨である。時に強雨となるが、四国の渇水対応が出来るほどの長雨とはならなかった。腰を落ち着けて一遍研究に集中する。テキストは梅谷繁樹師の「時衆研究」第15号掲載の「遊行回国」である。
1)一遍上人の時衆を伴っての遊行について経済的な背景である。都洛での喜捨は考えられるが陸奥、関東、中部、中国、北陸ではどうなのか。私見では河野氏に繋がる鎌倉武士集団と山人・修験者の支援なくしては長期的な遊行は極めて困難と考える。
2)おどり念仏の「おどり屋(桟敷)」は常設か仮設か。時衆が担いで歩くことは考えられないから市(寺社)の常設施設ではなかったか。
3)聖絵の「一人の勧め」の一人とは誰か・・・通説では「いちのひと」として高位の人⇒摂政関白九条忠敬を充てているが根拠は薄い。聖絵原文は「一人のすすめによりて此の画図をうつし一念の信をもよほさむがために彼(の)行状をあらわせり」である。
「一人のすすめ」−「此の画図」、「一念の信をもよほさむがために」−「彼(の)行状」を作ったを対語とすると、
「一人」「一念」「彼の行状」⇒「一遍」を指すことになるのだが。財政的な支援者は「摂政関白九条忠敬」であったとしてもおかしくはない。
4)政治学者丸山真男著「自由について(七つの問答)」における時宗の位置づけについては同氏の著書を読んでから一考したい。
6月23日(土)
 一遍会全会員に「例会ニュース」を送る。日中は、梅雨の晴れ間の除草作業に精出す。
@会員継続、休会、退会報告と年会費納入督促
A7月度例会連絡
B8月度例会(県歴史文化博物館研修)参加勧誘
 夜、NHK特集「日本の、これから」は「働くということ」がテーマである。ここ10年間で「会社(企業)観」が変わったことを痛感する。50人による3時間の討論は大いに啓発された。「労働組合」の話題が一切出ないのが気にかかる。労使のチェック&バランスは民間ベースでは無力化したのか。
@実力主義→格差化を必然的に生むが、格差化を否定する機運から実力主義の見直し論。
A「自己実現」を第一義に捉えて転職を重ねる世代の意識。企業内での「辛抱(自己抑制)」の否認。
B「長時間労働」の是非論。残業代→生活給化している実態。「程ほどの働き方」と「実力主義」のギャップ。
6月22日(金)
 夏至で終日雨となる。農作業はお休み。「愛媛県史」(学問・宗教)にて子規「散策集」記載の寺社の検証作業。「通説」の危うさを痛感する。
@道後・義安寺は通説では中世の「河野義安」創建となっているが、14世紀の「伊予国分寺資料」に義安寺(儀安寺)が記載されている。
A明治期まで石手川堤防に植えられた櫨(はぜ)と赤穂浪士の因縁を調査中、熊本・細川藩も同様で、しかも大石内蔵助良雄からの寄贈とは恐れ入った。
 松山女声合唱団の団長である細川人美さんから第16回演奏会の招待状が届く。今回は子規の新体詞から「月と星」「花売る歌」の初演がある。残念ながら「一遍会七月例会」の為出席できない。丁重なお詫びの書状を送る。是非成功してほしいと願う。
6月21日(木)
 「愛媛県史 資料編 文学」から「三嶋之大明神之事」に目を通す。「一誠堂古書目録<平成19年6月>」入手。一遍資料は特記なし・一遍に関して○「予陽盛衰記」第十一巻 第七章 「遊行上人由来の事」と○「地蔵菩薩霊験記」巻四の六「一返上人示生死事」を読む。面白い。明年2月の一遍会例会で「伊予人にとっても一遍さん〜「予陽盛衰記」「地蔵菩薩霊験記」を読む〜」(仮題)を是非発表したい。
 「フジトラベル」と子規会の中国視察について打ち合わす。松山空港発の企画商品はなかなか参加数が伸びないようだ。日中は庭の整美作業。思い切って低木を撤去するとすっきりした庭の風情となる。
6月20日(水)
 一遍会7月例会予告を愛媛新聞社とミニコミ2社に流す。
□日 時: 7月14日(土)13:00〜15:00
□会 場:  道後公民館3階 視聴覚教室
□講 師:   石野 弥栄 氏 (湯築城資料館長)
□演 題:  中世の伊予河野氏と三嶋社(大山祇神社)について
 「一遍会報」第319号の最終校正完了して松栄印刷所に発注。今村威氏「松山人 安倍能成」は原稿未着につき第320号掲載とする。「松山発子規事典」編纂につきチーフの和田克司大阪成蹊短大教授とメール交換。併せて「宝厳寺史(初代仙阿〜53世真阿隆祥師)」作成の提案。
 日中猛暑下の花壇作業。ドクダミの活用につき検討。
6月19日(火)
 映画「善き人のためのソナタ」を観る。製作2006年 監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 。ドイツ作品。
 ラストに示される、本扉にプリントされた文字 【善き人のためのソナタ HGW XX/7 に捧ぐ】がこの映画のすべてを物語る。1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員ヴィースラーは、劇作家ドライマンと舞台女優である恋人のクリスタの反体制言動の証拠をつかむよう命じられる。ヴィースラーは盗聴器を通して知る、自由、愛、音楽、文学に影響を受け、いつの間にか今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていく。「善き人のためのソナタ」が流れる<この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない>ふたりの男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界が開かれていく。秀作。
 子規会6月例会は理事相原左義長氏の放談「てまり唄」。「肥後てまり歌(あんかたどこさ)」が主題。冒頭の「あんた方どこさ」は「あんたがたどこさ」(複数)でなく「あんたかたどこさ」(単数)という。この説明は説得性がない。「殿方」「奥方」の「方」は「かた」ではなく「がた」であり、単数である。和田 副会長に「松山発・子規事典」編纂作業について原稿を添付して照会する。個人的な興味、性格からか文学史的アプローチは苦手でどうしても「郷土史的」視点であることのチェックである。
 県美術館で第80回チャーチル会松山に立ち寄る。一遍会理事故川本陽吾氏の遺作も出品されている。合掌。
6月18日(月)
 「父の日」当日は働き過ぎたので、一日遅れの慰労は奥道後温泉(バイキング&ジャングル風呂)。心身ともにリラックスする。
 「時衆文化」(第15号)から金井清光「一遍の京洛化益」と砂川博「『一遍聖絵』巻三の詞と絵(上)を読む。お二人とも代表的な一遍学者ではあるが論旨の展開が強引で独断的ではないかと思う。自説の無謬性の証明ではなかなかついていけない。神は無謬なる故に存在しない。一遍の無謬性を強調してはなるまい。聖戒が実子でも決して一遍の尊厳を歪めるものではあるまい。
6月17日(日)
 早朝、仁藤敦史著「皇位継承と政争 女帝の世紀」読了。著者のいう「藤原摂関家の(陰謀)史観」で女帝の系譜を理解しているので素直には受け取れない。梅雨の晴れ間であり、日中は屋外作業に汗を流す。息子からの「父の日」の贈り物のケーキで珈琲ブレイク。
 一遍会8月例会は西予市の県歴史文化博物館で開催するが帰途「明石寺」に立ち寄る。プレスによれば同寺の9建造物が「登録有形文化財」の指定を受けることになった。
6月16日(土)
 知人に頂いたサルビヤ、かすみそう、千日紅などを移植。七月中旬には表庭も賑やかになるだろう。
 福田安典著「驚きのえひめ古典史」、仁藤敦史著「皇位継承と政争 女帝の世紀」を読む。南北朝期の「神道集」中「三嶋之大明神之事」は初見、原文に目を通したい。
6月15日(金)
 鴨頭さんご指摘の「情報論」が頭に残っていたのか「朝鮮総連本部売買」での緒方重成元弘安調査庁長官と土屋公献元日弁連会長の関与は引っかかる。プレスでは「ぼかし」が多く手掛かりがつかめない。「2ちゃねる」<ご覧の方は皆無でしょう>でチェックを続ける。交錯した無責任な情報の中にキラリ光るものがある。大物ボスの実名【右翼の大物 朝堂院大覚】を知る。了解である。過日、愛媛新聞のトップとの話し中、地方新聞の記者のネタ探しは「共同通信」でなく「2ちゃねる」だと裏話をしてくれた。成る程と同感できる。
 『時衆文化』(第15号)入手。梅谷繁樹師が「遊行回国」で研究余滴を披露している。改まった論文にない師の人間味が感じられる。松栄印刷所に「一遍会報319号」原稿を手渡す。
【鴨頭俊宏(広島大学大学院文学研究科)さんのメッセージに対するレスポンスです:鴨頭さん、ご鄭重なメッセージ有難うございます。恐縮しております。今回の発表を拝聴しながら、論理展開の緊張感は肌で感じとりました。前回は論理の展開について頭がついていけませんでしたが、今回は半分くらいは理解できたと思っています。「一遍会」の代表をお願いしている前代表の故越智通敏氏、現代表の小沼大八氏は共に広島大(広島高等師範)ご出身です。
国宝「一遍聖絵」の制作者は聖戒(一遍の実子または実弟)ですが、「歴史的事実」と「宗教的真実(聖戒の創作)」の混同し、幾つもの「定説」があります。「聖絵」の描写が実景と違っていると画家のデフォルメと断言し、合致していると実景であると賞賛する東大系学者の「論文」を見てガリレオの悲哀を感じています。「“情報”とは、そもそもこれぐらいの論理と分析姿勢で取り組まないと、なかなかその本質にはアプローチできないものだということです」全く同感です。更なるご研究を心から期待しております。当方も理解力向上の為、勉強を続けてまいりましょう。有難うございました。】
【鴨頭俊宏(広島大学大学院文学研究科) 書き込み:6/15(金)21:41:55
 先日は「伊予史談会例会」において再び小生の発表をお聴きくださったようで、どうもありがとうございました。今度はどんな感想を述べられるのか、最も楽しみにしておりました。今回の発表、すなわち“情報史研究”に関する問題提起は、同日のもう1つの発表と比べると確かに論理的でした。まぁでも、現代社会におけるその実像からもいえるように“情報”とは、そもそもこれぐらいの論理と分析姿勢で取り組まないと、なかなかその本質にはアプローチできないものだということです(だから、各国政府にも警察にも専門の情報分析官なるものが設けられているのでしょう)。
現在この研究テーマは、大学の専門レベルでも、個別の分析・実証を蓄積している段階にあります。これから研究自体をさらに深化・洗練させていくことによって、何年後かには、一般の方々にもわかりやすい成果公表ができるようになると思います(もちろん、私がというわけではありませんが…)。】
【住吉さんのメッセージに対するレスポンスです:お久しぶりです。暖かいメッセージ有難うございました。「ゆづき」特別号(文化財フォーラム愛媛)に矢野元昭氏が「道後温泉郷の歴史遺産活用」を提言して居られます。「坂の上の雲」とは一味も二味も違った、一遍生誕寺宝厳寺と一遍さんを核にした「道後温泉やすらぎエベント」が具体化されるといいのですが・・・・】
【住吉 書き込み:6/15(金)09:00:49:ご連絡ありがとうございます。「宝厳寺入り口に新『一遍上人御誕生旧跡』碑が建立されました。」由、まことにおめでとうございます。子規が、「天下第一の豪傑」と称された一遍上人にふさわしい佇まいに門前がなったなら、真に子規が喜ばれるのは、未来の子供たちにもその御心が伝わった時でしょう。その意味では輝かしいスタートをされたと受け止めたいと思います。季節の変わり目です。三好さまも御身体ご自愛下さい。】
6月14日(木)
HP「一遍会<ホットニュース>」に 【宝厳寺入り口に新「一遍上人御誕生旧跡」碑が建立されました。】を掲示する。ご覧下さい。「一遍会報第319号」最終原稿を作成する。7月度例会で配付予定。
@4月度講話「一遍の足跡と山岳信仰」(黒田仁朗氏)
A2月度講話「浄土時宗開祖一向俊聖 〜一遍の一歩先を歩いた遊行聖〜」(続き)(三好恭治氏)
B3月度「一遍上人第七六九回生誕会 報告」
C「平成十九年度一遍会総会資料」
6月13日(水)
 午前中は「松山発子規事典」執筆に注力。午後、セキ美術館で開催中の「第2期展 大正から戦前の昭和 激動の時代 美を求めた画家たち」を鑑賞する。
 美人画家として高い評価を得ながら夭折した八幡浜出身の女流画家「河崎蘭香」は初めて知った画家である。大正ロマンを感じさせる。戦没学生の作品(毛利駿一郎、尾田竜馬、中川勝吉、上岡巳平)は解説と肉親の言葉で目頭が熱くなっての鑑賞である。毛利の正道寺本堂の襖絵は印象的だ。柳瀬正夢、中川八郎、野間仁根、水木伸一、重松鶴之助、古茂田公雄、畦地梅太郎、石崎重利、白井雨山、松本仙挙、武田耕雲、長谷川竹友、矢野橋村の作品が並ぶ。
 椿湯で天竜山・空無我堂の村上空山師に会う。話題は南米原産(ノウセンカズラ科)のジャカランダの開花のホットニュース。霜に弱い苗木をハウスで育成した苦労話と高木になるのでいかに成長を押さえ込むかなど。午後2時間は除草作業で汗を流す。
6月12日(火)
 宝厳寺の新しい門柱が先月建立されたので写真撮影に出掛ける。現在は山門前に在る「一遍上人御誕生旧跡碑」が元々建っていた場所(昔日当山惣門があった現上人通りの入り口右手)である。正面は「宗祖一遍上人 御誕生旧跡 時宗宝厳寺」、裏面は「宝厳寺略縁起」右面には「平成十八年十二月吉日 宝厳寺五十三世真阿隆祥建之」と刻まれている。
 午後、6月度「六時屋サミット」。国会並みに教育問題を中心に議論する。元教員の発言から企業人にはもつかない学園の荒廃の実態を知る。県歴史文化博物館大本敬久さんと8月例会の細部打ち合わせを済ます。
6月11日(月)
 インターネット会員に本日6月度定期便」をご送付しました。ご案内の一遍会会友「映像作家 上田雅一」氏の制作映画の鑑賞でしたので特に講話はありません。昨年末に逝去された「念ずれば花ひらく」の坂村真民さんは一遍会のOBですので、例会毎にDVDを上映して真民さんの面影を偲んでいます。
ご参考までに「致知」誌の記事を同封致しました。
 県歴史文化博物館の大本主任研究員との8月度例会の細部の打ち合わせに入る。
 「文芸春秋」7月号は内容が特に充実している。
@城山三郎、塩野七生、梯久美子、山崎正和、桜井よしこ各氏の評論
A「『不都合な真実』主犯は米国だ」(武田邦彦)「日産ゴーン改革 挫折の内幕」(井上久男)
 朝5時半から年2回(夏・冬)の伐採した庭木の焼却。粗大ゴミでは数ヶ月を要するだろうが、数時間で形がなくなる。葉は貴重な肥料として活用している。
6月10日(日)
6月度伊予史談会出席(郵政局講堂)。
@鴨頭俊宏氏「旧『岩城村教委文書』を読んで〜情報網の視点から〜」。歴史情報学とでもいうべきか。あまりに論理的で、社会経済史学徒はついていけそうもない。
A武智利博氏(伊予史談会会長)「漁村研究の原点〜伊予市小網漁村の共同体経営〜」。喜寿を迎えた武智会長の漁村研究の総纏めの「序章」に当る。小網漁村の共同経営は51株制で@平等出資(1戸1株制)A平等労働(1戸1労働提供)B平等分配で成り立っている。まさに共同体(ゲマインシャフト)であり、教科書モデルではないか。大洲・加藤藩の庇護と漁獲(いわし漁)の安定で100年以上存続し得た形態である。今日では、漁業組合による共同経営と高齢・人口減少で実質的には村落(漁村)共同体は「消滅」している。更に町村合併(伊予市に併合)が引導を渡した。
 紀伊国屋書店に立ち寄る。明屋書店に比べ店員の知識が的確なので助かる。もっとも現在の書籍検索機は手間が掛かってウンザリする。苦情が出ないのが不思議だ。田中弘道氏(道後・寺井内川)、二神将氏(御竹藪)、高橋俊夫氏(三津の商家)について研究テーマの情報交換。
 夕、愛媛交響楽団サマーコンサート(県民文化会館)。指揮は池辺晋一郎。池辺晋一郎「悲しみの森〜オーケストラのために」、ドヴォルザーク「チェロ交響曲ロ短調Op:104、モーツァルト交響曲第10番K550。アンコールはNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」のテーマ曲のプレゼント。池辺晋一郎の楽聖「アマで〜す モーツアルト」に大爆笑&大喝采。
6月9日(土)
一遍会6月例会開催。講師・演題は「映像作家上田雅一氏の世界2007」で記録映画「サムライダンス(松山市興居島)」「土の舞踏(西予市城川町)」を上映する。第2部で故坂村真民翁のDVD【詩魂の源流】を鑑賞する。宝厳寺や重要文化財一遍立像の紹介もあり、坂村真民さんの詩の原点が分ったような気分になる。今後の例会で「すべての川は海に向って流れる」「光の森の祈り<真民さんと山の子どもたち>など順次披露していきたい。
6月8日(金)
新設の「エッセイひと・出会い・旅」についての賛辞を岡田三沙さんから頂く。素直に喜びたい。併せて「勝って兜の緒を締めよ」の出典の質問を受ける。次の様に回答する。小田原北条二代目当主、北条氏綱の遺訓に曰く 『勝って兜の緒を締めよということ、忘れたまうべからず』 とあるから一応初出ということだろう。鎌倉時代に既にあった言葉(故事)ではないだろうか。NHK大河ドラマ「風林火山」の第23回(2007年6月10日)は「河越夜戦」であるから、この台詞が出てくるだろうと思う。
 「エッセイひと・出会い・旅」に「第八章 歩苦から歩喜へ」を執筆中。愛媛大学寺内浩教授に「四国遍路と世界の巡礼」の所見を送る。「三田評論」6月号入手。慶応義塾のOB誌ではあるが総合雑誌の水準にあり啓発される点が多い。今月のテーマは「日本社会のイノベーション」である。
 明日の一遍会例会&理事会資料を最終チェック。本年度新会員は順調に伸びてきており、もうひと踏ん張りという段階に来たようだ。
6月7日(木)
 「一遍会ニュース」ほか週末(6月9日)の一遍会例会配布資料を作成する。   「時衆文化」第15号を岩田書店に申し込む。内容は「一遍の京洛化益(金井清光)」「『一遍聖絵』巻三の詞と絵(砂川博)」「遊行回国(梅谷繁樹)」ほか。
 朝夕の涼しい内は土に向かう。鍬を持つと右腕に痛みが走るようになった。否応なしに老いの到来を感じさせてくれる。
6月6日(水)
 「四国遍路と世界の巡礼」(法蔵館)通読。第1部が「四国遍路の歴史と諸相、第2部が「アジアとヨーロッパの巡礼」である。遍路は古語では「辺地」「辺路」である。山岳信仰が修験道として結実し、海洋信仰が「辺地修行」となる。補陀落浄土・観音浄土信仰が結びつく。川岡勉愛大教授の「中世の石手寺と四国遍路」、河合眞澄大阪府立大教授の「近世演劇にみる四国遍路」は知の世界を楽しませ高揚してくれる。
 キーステイションを担当しているインターネットメール「燦燦会」が不調になり数時間調整作業。トラブルとなると支援してくれる友が居り有難い限りである。工事中表示のHP「ひと・出会い・旅」に第五章「みちのく旅(平成九年丁丑)」 、第六章「みちのく新緑旅(平成十年戊寅)」、第七章「思い込みの宿」を掲載する。
6月5日(火)
 子規博6月度懸垂幕俳句「十年の汗を道後の温泉に流せ  子規」の鑑賞文につき那須の宗匠とあいあい宗匠から所見が届く。クイックエスポンスは大変嬉しい。
 鳥越碧著『漱石の妻』を読む。鏡子夫人については知らないことが多いのだが、著者も資料の整理に追われて充分には描ききっていないように見受けられる。鏡子夫人が漱石の外遊中に子規を見舞い、葬式に参列している情景が描かれている。あり得ることではあるが初見である。
 紀伊国屋書店で「四国遍路と世界の巡礼」(法蔵館)を求む。四国遍路をグローバルに考えるきっかけにしたい。5月27日カンヌ映画祭で審査員特別大賞「グランプリ」を受賞した河瀬直美監督(37)の「殯(もがり)の森」が松山でも近日上映らしい。6月19日からチャーチル会松山第80回夏展開催。故川本陽吾一遍会元理事の遺作展でもある。会員に紹介するので是非「お別れ」してほしいものだ。
6月4日(月)
 下村為山研究家の高橋俊夫氏と「ふなや」で懇談。話題が豊富で話が尽きない。書と絵にあまり関心がないから今ひとつ話に入り込めない。
 6月度一遍会で故坂村真民翁の『花が降ってきたら』を紹介することにした。ご令嬢の西沢真美子さんが「まえがき」を書いている。市図書館で『漱石の妻』(鳥越碧著)を借りる。漱石夫人である鏡子悪妻論に対する女流作家の切り込みのようだ。「一遍会報」第219号(8月1日付)の割付。4頁では納まりがつかないので6頁建てにするかどうか悩むところである。
 子規博6月度懸垂幕俳句が本日披露。なんと「十年の汗を道後の温泉に流せ  子規」である。早速鑑賞文を執筆しEAST29メールとHP「熟田津今昔」27章に掲載。
【子規記念博物館選句の平成19年6月の子規さんの句は「十年の汗を道後の温泉に洗へ 子規」です 。この句は5月中の「東の窓」が「子規さんは道後温泉に入浴していない!?」と記述したら、那須の極楽蜻蛉さんが「へえ〜 驚いたアー」と突っ込みをいれたので、再度道後関所番が「十年の汗を道後の温泉に洗ふ子規もどき」と茶化しましたっけ。という次第で真面目に鑑賞しにくいのですが、「東の窓」をご覧頂いていない定期読者も大勢いらっしゃいますので解説させていただきます。
 この句は明治29年夏の句です。前書きに「小川氏大学を卒へて帰国するよし聞きて申遺す」と記しています。送別句で「小川君 東京での十年の汗を松山に戻って道後温泉でゆっくりお流しや。一晩で疲れは取れれるじゃろ。」といったメッセージでしょうか。となると小川某とは何者かを知る必要がありそうです。
 小川某とは小川尚義(ひさよし)のことで、子規より2歳年下で松山中学時代から交流があった幼馴染です。明治2年(1869)生まれで昭和22年(1947)に没しています。東京帝大博言学科を卒業し、台湾総督府編修官、台北高等学校校長、台北帝大教授を歴任し「台日大辞典」「日台大辞典」を編纂する。退官後は松山に戻り下掛宝生流謡曲に長じ、松山を代表する文化人として余生を過ごされた由です。俳句にご趣味の方は、旧制松山高女(県女)出身の代表的な俳人吉野義子さん(俳誌「星」主宰)のご尊父と申し上げた方が分りやすいかもしれません。子規さんが明治23年に軽いタッチで執筆した珍道中記「しゃくられの記」の相方が小川尚義といとこの三並良(みなみはじめ)です。
 明治29年といえば、カリエスと判り第一回目の手術を受けた年ですが、漱石、鴎外との交流も深まり文学人生の充実期に入った時期に当たります。郷土の兄貴分としての子規さんの颯爽とした姿を彷彿させてくれる句でもあります。
 そこで子規さんにあやかって一句 「十年の汗を道後の温泉に洗ふ  子規もどき」は先刻「東の窓」に掲載しましたので、もう一句お付き合い下さい。「古希の汗なみだとともに道後の温泉  子規もどき」 いやはや。道後関所番 】
6月3日(日)
 2007年クリーンハイキングは石鎚山系の筒上山(1859m)コースで雨の中参加。旧美川村の「道の駅みかわ」で豪雨の恐れで予定変更となる。美川スキー場から大川嶺までバスで上り尾根にあがると風速20米以上の強風で吹き飛ばされそうになる。ギブアップしてぶな林を通り柳谷ダム、御三戸のコースを取る。
 休憩地久万笛ヶ滝公園が高校総体ラグビーの雨中の大熱戦で満員、久万公園に変更。やっと落ち着く。参加者32名名中男子は4名で、最高齢者は僕である。久万美術館で喫茶休憩。小林チヅル、小笠原知子リーダーご苦労様でした。来年も高齢者をフリーパスでお願いしたい。
6月2日(土)
 「一遍会」「月例会のお知らせ」に続いて「一遍徒然草紙・第六十五段」に「平成十九年皐月五月日録」を掲載する。黒田仁朗氏から 4月度講演「一遍の足跡と山岳信仰」の会報原稿が届く。京都在住会員の七尾恒雄氏から「六斎念仏事情」の寄稿の連絡がある。会員の投稿は450字までなら至近号に、500字以上になれば分割して掲載します。是非寄稿をお願いしたい。写真(但し白黒)も結構である。
 午後、三越での大相撲トーク(元寺尾関<錣山親方>と元関取大善)。大善関の「相撲甚句」とオペラ「椿姫より」のテノールに聞き惚れる。共著者の寺内浩志教授からの購入依頼された愛媛大学発の第2弾学術図書「四国遍路と世界の巡礼」(法蔵館)を紀伊国屋書店に注文。どうやら梅雨に入るらしい。
6月1日(土)
 「一遍会6月例会開催内容」を会員にメールする。子規博6月俳句の掲示について問い合わすと、週明けとのこと。正直がっかりする。
 加藤泰生さん逝去の知らせを押田匡俊さんからメールで受ける。26年京大卒の大物先輩であった。下記返信する。
加藤泰生様ご逝去のお知らせ、有難うございました。
最後にお会いしたのは何時頃かなあと思うほどお会いしていません。京都工場の事務長当時からのお付き合いでした。豪放にして繊細、人扱いの妙、野人にしてロマンティスト・・・・・人間的魅力が素晴らしかったですね。
食品で腰を据えられてからは、人事部と直接のつながりがなくて賀状程度でしたが、最後までカネボウフーズOB会の代表世話人としてご活躍だったのですね。ご冥福をお祈りしています。
お変わりなく過ごしておられますか。当方「松山発子規事典」の編纂スタッフとして時間を取られていますが、元気でやっています。道後温泉周辺の整備も進んできました。いよいよ「坂の上の雲」の全国的なイベントも来年からスターです。是非お出掛け下さい。