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| 4月30日(月) |
| 一遍会HPの5月度模様替え作業に注力する。 |
| ○「捨て聖一遍上人の『一遍会』」 |
| ○「月例会のお知らせ」 |
| ○「一遍徒然草紙」 (第六十四段 一遍会「掲示板」(平成十九年卯月四月)に日録を掲載せしこと。) |
| ○例会講演録 リンク |
| 平成18年11月例会 小沼 大八 一遍会代表・愛媛大学名誉教授
人類の教師 |
| 平成18年12月例会 菊池 佐紀 文芸誌「アミーゴ」主宰 斎藤茂吉と永井ふさ子の〜四国なるをとめ恋しも〜 |
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| 4月29日(日) |
| 「昭和の日」・・・戦争を知っている年代にとっては意義ある祝祭日と思う。 |
| 富田メモ<元宮内庁長官富田朝彦氏日記>に続いて卜部亮吾元侍従日記が発表され、昭和天皇がA級戦犯靖国合祀に不快感を持っていたことが明らかになった。昭和天皇の「意思」が宮内庁関係者により明らかになることに「臣三好」としては不快感を持つ。腹心の部下は自らの死と共に記録は消し去るべきと思う。これでは天皇は本心を語ることが出来なくなろう。天皇の戦争責任に一言も触れなかったA級戦犯に対し昭和天皇は憐憫の情を一切持たなかったのだろうか。 |
| 初夏の陽気である。ケールの移植を一週間遅れで実行する |
| 4月28日(土) |
| 横浜から長男一家が帰省し急に賑やかになる。次男一家は春から金沢に住んでいるのでゴールデンウイークは近郊のドライブに充てる様だ。 |
| 伊予史談会斉藤事務局長から5月の「八幡浜保内町巡検」のスケジュールが届く。三島神社・旧宇都宮壮十郎邸・旧白石太郎邸・旧二宮庄屋跡・愛媛蚕糸会社・旧東洋紡赤レンガ倉庫などが見学コースd八幡浜史談会との懇親会がある。 |
| 子規記念博物館竹田美喜館長と電話で「5月の子規俳句」の情報交換。子規編『春夏秋冬』では「夏の部」に集録されていることを確認する。 |
| 4月27日(金) |
| 子規記念博物館で5月の子規俳句「五月雨や畳に上る青蛙 子規」の懸垂幕を撮影。竹田美喜新館長と立ち話する。一遍会でも講演をお願いする。「五月雨」は夏の季語だが明治34年発行の子規編『春夏秋冬』では春の部に集録されている。俳句鑑賞文を取り纏める。 |
| 一遍会田中弘道氏と明治初年の道後村が松山市と道後湯之町に吸収され消滅していくプロセスを史資料に基づき議論を続ける。「一遍会報」第318号納品。インターネット会員には会報を直接メールする方向で具体化することとした。反響がよければ拡大していきたい。 |
| 4月26日(木) |
| 和田和子さんの葬儀に参列する。20年前の一遍会の会員でもあった小学校からの女友達である。天台宗・祝谷山常信寺が菩提寺である。 |
会員の渡辺久さんからメッセージを頂く。有難うございました。核心に触れたご指摘、同感ですが、まだまだその境地に達せず悩む日々です。最近、一遍上人の教えを「一遍思想」として色々考えていますと、一遍上人は自らの思想を文章で残さず行動で示したわけなのですが、解釈がどんどん拡大して行ってしまいます。
私が思うには、今「近代あるいは近代社会」というものに対して100%肯定する人間は全くなく、それに疑義を出す事がかっいいような風潮ですが、それを唱えるには背景に特定の思想が無ければ出来ないのではないかと思います。私は本当のものは一遍思想であると思っているのですが、全然勉強不足で体系的に主張できません。が、東京で一遍会に入った方々は皆いろんな立場で疑問を持っている方なので、いろいろ勉強させて貰いながら行こうと思っています。その中で原則となるものは、「一遍思想は我々の世界は阿弥陀仏によって救われた、即ち価値付けられたものである」と云う事が前提になると思って居ります。今後ともご指導ご鞭撻よろしくお願い申し上げます。 |
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| 4月25日(水) |
| 分家の持田三好家を訪問。子規「散策集」当時の持田周辺の写真と「伊予柑の父」として顕彰されている三好保徳の事績の取材調査である。「遊行日録」から遊行上人の伊予回国時の道後周辺の参詣先を確認する。「予陽盛衰記」記載の一遍上人にまつわる文章は荒唐無稽ながら大変面白い。機会を得て「一遍会報」で紹介したいものだ。和田和子さんの逝去の報に接す。「東の窓」にメッセージを送る。 |
| 「和田和子さん、永久のお別れ、寂しい限りです。和田さんとは1年近く会っていなかったので、どうしたんだろう。車椅子に戻ったので、椿湯にもレディー薬局にも出掛けられなくなったのかな」とみんなで心配していたのですが・・・・・訃報の連絡を受けて言葉が出ませんでした。小学校1年梅組以来のお付き合いだけに肉親が去っていったような気持ちです。同期会でもお世話になりました。寂しいなあ。心からご冥福をお祈りします。一週間前に同級生の「うーしゅう」こと宇都宮信壽君を見送ったばかりです。浄土の地で美しい歌を歌ってあげて下さい。以上 |
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| 4月24日(火) |
| 読売旅行企画の「ふぐの恩返しと世羅高原ピンクのじゅうたん”60万株の芝桜”」という誇大広告まがいのバスツアーに参加する。料金は6千円弱の破格の低料金だが、バス定員49人という旧式の椅子の設定で窮屈である。もっとも一遍会のバスツアーでは活用できそうだ。しまなみ海道・山陽時自動車道を通って山口の湯田温泉の「ホテルタナカ」まで5時間半の長旅である。ふぐフルコースを満喫し、温泉で一風呂浴びる。帰途は中国自動車道から世羅町に入り「せら高原花夢の里」で満開の芝桜を楽しむ。三分咲き3,000円、五分咲き5,000円、七分咲きで7,000円の料金設定は面白い。 |
| 松山と山口を直線で結べば目と鼻の先でが、車で丸一日のコース。先月のトルコ並みの観光コースである.。 |
| 4月23日(月) |
| 「一遍会報」再校ゲラ届く。印刷を依頼、週末には納品の見込み。今市上町内会安東美智子会長と平成19年度運営について話し合い。個人情報の蒐集が厄介である。 |
| 午後、喫茶「ひょん」で一遍会新理事田中弘道氏と懇談。オーナーの大屋千鶴子さんは「お話も写真もプロ級」とか。気安く落ち着ける「文化人のサロン」の位置づけか。店内で松山城総合事務所
森正経氏に出会う。一遍会については熊野伸二理事から情報入手済みで小生のことも結構話題になっていたらしい。いやはや。帰宅後オーナー宛に「一遍会報」を取り纏めて送付する。 |
| 4月22日(日) |
| 松栄印刷所に「一遍会報」再校ゲラ依頼。 |
| 「伊予史談」(345号)の藤本数夫論文「松平隠岐守の家督相続〜実子相続から養子相続へ血統の保持〜」は教えられるところ多し。明治になって藩祖松平定勝の男系血統者が当主になった経緯は感動的ですらある。現在の天皇家にあっても旧伏見宮家の男系血統者は保持されるべきであろう。柳宗玄著「秘境のキリスト教美術」読了。同氏の実父は「南無阿弥陀仏」の著者柳宗悦であり、カッパドキアの修道院・修道僧の孤高に一遍を想起する。 |
| 4月21日(土) |
| 「一遍会報」第318号初校ゲラ校正。柳宗玄著「秘境のキリスト教美術」と渡辺金一著「コンスタンティノーブル千年」を読む。引き続き邸内の畑のカルチベータ作業。 |
| 細川氏から「鍵屋明王院と瓦屋伊七が松山藩の能舞台に招待された」との古文書につき照会あり。瓦屋は初見。旅籠の屋号ではあるまいかと返事するも・・・・・「松山発子規事典」は持田村庄屋について記述する。拙宅の分家なので具体的に著述できた。100米の土塀は幼児の記憶にもないが、持田分家に写真が残っておれば有難いのだが。 |
| 4月20日(金) |
| 本格的に「松山発・子規事典」の執筆開始。「散策集」明治28年9月20日分の石手寺以降の道後公園・持田町の項目を取上げる。「持田のいま昔物語」(編集・執筆 黒田義清)が大いに参考になった。黒田さんは一時一遍会に顔を出していたのだが・・・・・分家である持田村庄屋三好家のこともあり曹洞宗西龍寺で史実確認を行ないたい。 |
| 邸内の畑のカルチベータ作業。明後日までに開墾作業まで進めておきたい。 |
| 4月19日(木) |
| 松山子規会の理事会、総会と四月度例会に出席する。松山子規会も会員の減少で切り詰めた予算となっている。一遍会も同様であるが・・・・・子規記念博物館の館長に就任した「竹田美喜」新館長の挨拶あり。竹田館長は一遍会でも度々講演して頂いている。今後更に連携を強めたい。講演は子規博物館二代目館長でもある「長谷川孝士」氏で演題は「子規の三並良あて最初の書簡」。明治15年7月31日付の書簡である。 |
| この書簡には子規の最初の歌が書かれている。「墨田でふ堤の桜さけるころ花の錦をきてかへるらん」。この歌が『竹之里歌』では「墨田川堤の桜さくころよ花のにしきをきて帰るらん」となっている。推敲の歌人・俳人子規の原点と言えよう。 |
| 4月18日(水) |
| 冬に逆戻りしたような寒さである。最高で13度である。炬燵を入れて読書する。小学校からの友人「宇都宮信壽」君の葬儀に参列(ベルモニー会館土居田)。子息が2人、孫が3人。なにものにも代え難い「財産」を残したなあと思う。彼の愛称は「うー衆」で、僕は「みー衆」であった。 |
| 例会講師の黒田仁明朗氏(4月度)上田雅一氏(6月度)、石野弥栄氏(7月度)に書状を出す。5月の総会までに講義テーマをセットしておきたい。 |
| 4月17日(火) |
| 奥道後温泉にて半日清遊する。ホテルでは小室直樹著「宗教原論」(徳間書店)を読む。一神教に関する論述に興味あり。7月度例会講師である石野湯築城資料館長と講演テーマにつき打ち合わす。梅谷繁樹著「捨聖 一遍上人」を「アマゾン」経由で僅か4日間で入手。新品同様で送料込み600円少々。夢のようである。確かに幻の一品であった。 |
| 小学校時代の「蛍雪会」グループの宇都宮信壽君死去。高校のメールリンクで下記連絡する。 |
【小学校・中学校時代に男女共に一度や二度は泣かされたり、悪戯された経験をお持ちの方も多いと思いますが、愛すべき「悪がき」だった宇都宮信壽君が昨日16日逝去されました。東君、木村君同様に彼のことは殆どの方がご記憶でしょう。一昨年までは現役のパチンコ屋の「釘士」として松山市内を巡回していた、その道では著名な技術士でした。昨年癌の手術をしましたが手遅れでした。個人的には小学校時代から今日まで途切れることなく付き合ってきました。
明日18日午前10時から「ベルモニー会館土居田」(974−4441)で告別式が執り行われます。彼とのいろいろな思い出をお持ちの方が多いと思います。 小学校、中学校の追憶を重ね併せて、ご冥福をお祈りしたいと思います。 合掌。】 |
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| 4月16日(月) |
| 「一遍会報第318号」の割付を完了して松栄印刷所に連絡する。 |
| 四国遍路第50番繁多寺・小林隆盛住職に「一遍会報」を取り纏めて送る。寺伝では@一遍さんが繁多寺で修行したのは大宰府から帰郷した頃でA正応元年(1288)亡父の追善のため『三部経』を奉納した由。マスコミ向け「五月度一遍会例会案内」を取り纏める。 |
| 岩波新書「ユダヤの民と宗教」に目を通す。 |
| 4月15日(日) |
| インターネット会員にメッセージを送る。主文は以下の通りです。 |
一遍会インターネット会員様
4月14日「四月例会」を道後公民館で開催しました。講師はご案内の通り
@黒田仁朗氏(エディター&フリーライター)の講話「伊予の山岳信仰」と
A杉野祥一氏(当会理事)の卓話「『一遍聖絵』」でした。
講師のレジュメがありませんでしたので今月の「定期便」は割愛させていただきます。
本年度は「団塊の世代」が第2ライフステージ出発の初年度でもあり、当会と致しましたも更に多くの会員に参加していただいてご一緒に勉強して参りたいと願っております。お知り合い、ご友人にもお手渡ししていただこうと「一遍会報」を今後は2部お送りいたします。宜しくお願い申し上げます。
【お知らせ】
@「幻の新書」といわれている梅谷繁樹氏(春秋社版「一遍上人全集」の訳者)の「捨聖・一遍上人
(新書) 」が意外と思える安い価格で「アマゾンhttp://www.amazon.co.jp/」のリストに挙がっております。ご関心のある方が検索されることをお奨めします。尚「アマゾン」で「一遍上人」を検索されると既存図書を購入することは可能です。
松山で出版されている図書については、ものによっては高額の表示がされていますので事務局までご照会ください。
A6月17日京都四条・南座で「声明 時宗すすき念仏」が開催されます。
◇日 時: 6月17日(日)14:00〜
◇場 所: 京都四条・南座
◇料 金: 一等 7,350円 二等 5,250円
◇内 容: @?朝合喚声磬A?朝礼讃偈B?朝居讃C半斎念仏Dすすき念仏時宗法式声明研究所による声明公演。
時宗の声明は初重、二重、三重、無常偈、居讃などの何れの宗派にも見ざる妙音で構成され、聞く人の心を遥かな極楽浄土に誘う妙なる曲であるといわれる。
尚、チケットはインターネットで購入が可能です。 |
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| 午後、カルチベータで半月ぶりで除草と整地作業。土自体から春の匂いが上がって来るのに驚く。体調がやっと回復したので深更まで「一遍会報第318号」の編集作業。割付作業まで進む。 |
| 4月14日(土) |
| 日野英彦氏の告別式に出席。義兄の本多昌史夫妻と昼食を共にする。 |
| 一遍会4月例会には遅れて出席する。 |
| @講師:黒田仁朗氏(エディター&フリーライター)「伊予の山岳宗教 |
| A講師:杉野祥一氏(一遍会理事)「『一遍聖絵』」を読む」 |
| 理事会では5月例会(総会)提出の決算書&事業計画の審議と岩田克之監事による平成18年度収支決算書の監査と続く。新役員に田中弘道氏(理事)と神田豊氏(監事)が内定する。 |
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| 4月13日(金) |
| 体調が思わしくなく5年振りに「かかりつけ医」の柳井内科クリニックで受診。感冒は治っても咳と痰が後にひくのが今年の風邪の特徴とか。明日の一遍会例会の配布資料など杉野理事宅に届る。気管支炎を併発しているようだ。熱があり、だるい。午後床に就き、夕刻日野英彦氏の通夜に出席する。 |
| 4月12日(木) |
| 朝8時半から保健所の健康診断の受付で11時までかかる。特に異常はなさそうだが血液検査の結果を待つしかあるまい。胃癌と前立腺がんを目下警戒している。 |
| 後輩の三好孝信君から「『坊っちやん』旧制山口高校説」について依頼あり。発表した論文に目を通して欲しいと伝える。平成10年に立案したままになっている「人事百景」の見出しが出てきた。原稿はバラバラだが執筆済みなので年末には一巻に取り纏めたい。 |
| 伯父(日野英彦)の逝去の知らせを受ける。明日が通夜で明後日が告別式。町内会総会と一遍会例会がバッティングしたが伯父との別れを優先することにした。今村理事、杉野理事、岩田監事に例会運営を依頼する。なんとか理事会には出席して一遍会総会の議事検討を進めたいのだが・・・・・ |
| 4月11日(水) |
| 「平成19年度一遍会総会資料」と「4月度一遍会ニュース」を作成する。併せて決算書類一式取り纏める。会員の拡大が今年の最大の目標になろう。「土耳古夫婦旅」で撮影した写真のスライドショウ。といっても観客は登場人物ふたりのみであるが・・・10枚程度は自画自賛のトルコ写真になりそうだ。 |
| 庭の草木も百花繚乱の風情。桜、椿、桃、ハナミズキから春の草花、とくに芝桜が庭一面に広がり苔庭とのコントラスストも鮮やかである。 |
| 「文芸春秋」(5月号)で僧侶作家の玄侑宗久氏の「霊に個性があるのか? 江原啓之ブームに喝!」を最初に読む。僧侶=カウンセラーは云い得て妙である。 |
| 4月10日(火) |
| やっと床上げしました。電話も受付開始です。実質半月以上「不在」しました。もっともインターネットとメールだけは「対話」できましたが・・・・・午後「六時屋サミット」。桜談義に花が咲きました。週末までは遅れ桜、残り桜を楽しめそうです。 |
| 4月9日(月) |
| 午前中に「平成19年度一遍会総会資料」(18年度報告・19年度事業報告)を取りまとめる。午後からは留守番電話にセットして静養につとめる。解熱し咳き込みも少なくなり、やっと快方に向う。 |
| 4月8日(日) |
| 県会議員選挙であるが残念ながら棄権して静養につとめる。【土耳古夫婦旅】(世界遺産パムッカレ、エフェソス、世界遺産トロイ、世界遺産イスタンブールブル歴史地区A)執筆。 |
| 4月7日(土) |
| 【土耳古夫婦旅】(世界遺産カッパドキア)を半日記述。トルコ風邪ではないが、インフルエンザに罹ったのかダウンする。ただひたすら布団にもぐりこんで休養する。 |
| 4月6日(金) |
| 【土耳古夫婦旅】(世界遺産イスタンブール歴史地区@)を終日執筆。 |
| 湯築城公園の夜桜見物。「散った桜散る桜散らぬ桜哉 子規」の風情である。 |
| 4月5日(木) |
| 時差ボケで昨夜「椿湯」に腕時計を忘れる。電話で照会すると、ちゃんと受付の届いていた。日本は良いなあとしみじみ思う。庭の除草作業に集中する。3分の1程度進む。週末までは作業が続きそうである。10日遅れで「ケール」の種まき。暖かいので数日で芽が出ると思う。 |
| 山形県川西町の時宗仏成寺副住職の天笠善照師から「一遍会ホームページページへの相互リンク」の申し出を頂く。勿論喜んでご了解する。時宗仏成寺ウェブサイトへはHP「一遍会」→「南無阿弥陀仏リンク集」→「時宗松国山来迎院仏成寺」です。 |
| 「子規博4月度子規さん俳句鑑賞」の所感が届き始める。結構好評なので喜んである。 |
○ますます深まる子規研究と文芸史への研鑽を感じさせる小論文風のメールを拝見、感服いたしました。
○毎月の子規句評、非常に感ずる所多く、ありがたく拝読しています。 |
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| 会員の渡辺さんから有難いお知らせが届く。「早速ですが、下記の方に「一遍会会報」3年間お送り願えませんでしょうか。私にとって賦算で御座います「祖霊信仰」の方で御座います。よろしくお願い致します。 |
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| 4月4日(水) |
| 昨夕「イスタンブル」から帰国しました。ドーバからの9時間は映画@「トロイ」A「涙そうそう」B「うどん」を鑑賞、一睡もしませんでした。 |
| 今朝から@子規博「4月の子規さん俳句」の執筆、A6月度一遍会例会会場申し込みBHP「一遍会」の4月度更改C約1000通のメールチェックとメール交換・・・などなどで日中はフル稼働でした。 |
| 4日遅れで子規記念博物館の「子規四月俳句」を執筆し公表する。 |
| 天野祐吉子規記念博物館長選句の平成19年4月の子規さんの句は「散った桜散る桜散らぬ桜哉 子規」です。この句は「寒山落木巻五」(明治29年)に載っています。「上野二句」としてこの句の前に「鬼事や女の鬼に花が散る 子規」と詠んでいます。 |
| 明治29年2月から脊椎カリエスに苦しめられ以後死ぬまで子規さんは臥褥の状態になるのですが、この年4月の中旬に人力車で上野を一周し桜を見物しました。4月も10日を過ぎれば、上野の桜は満開の時期を過ぎ人も疎らだったのかもしれません。子規さんの目には華やかな桜ではなく無常の桜が写ったのかもしれない。当時の医学では不治の病を抱え、まさに死を暗示する「散った桜」であり「散(りつつあ)る桜」として自画像を重ねたに違いありますまい。そして死んでいった身内や友人の在りし姿が思い浮かんでくる。 |
| 父常尚の二十五回忌、外祖父大原観山の二十二回忌、自死した藤野古白の一周忌、清水則遠の十一回忌などが続く。散る運命にありながら「散らぬ桜」を子規さんの姿として捉えると、過去・現在そして未来の時間の経過の中で自分の存在を明確に位置づけているように思えてなりません。 |
| 正直云って六・五・八の破調句には付き合いかねます。 |
| 「詠み人知らず」(ご存知の方があればご教示下さい)ですが「散る桜残る桜も散る桜」を口にした特攻隊員も多かっただろうし、定年を前にして今日只今この句をつぶやいている団塊の世代が多くいるのだろう。「みんなが渡れば恐くない」ではないが従容として死を、定年を待ち受けるのは何時の世でも同じなのだろうか。 |
| 仏教(ヒンズー教)では「学生・家住・林棲・遊行」を人生の四つのライフステージと認識し実践している知識人も多いが、日本人は「遊行」(捨ててこそ)は苦手らしい。子規さんは物的(色)なものはすべて捨てざるを得なかったが、俳句という素晴らしい無限の文学(空)を残してくれた。「散った俳句」「散る俳句」は無限にあるが「散らぬ俳句」の永遠の生命を信じたい。桜と共に「全入全卒」の学生が今年も巣立ち実社会に出る。昔と違い公務員や企業への「本採用入学」が難しい世の中になったし、卒業(定年)するのが例外となる時代に突入した。 |
| そこで子規さんにあやかって一句 |
| 「咲く桜咲かぬ桜も散る桜 子規もどき」 |
| 高度経済成長、バブル景気を満喫したご同輩、まずは良い時代を歩んだのではないでしょうか、いやはや。道後関所番 |
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| 4月3日(火) |
| 【帰国】(四月三日機中泊 イスタンブール→関西空港→松山空港) |
| グランドバザールからイスタンブール空港に直行する。15時10分でドーハに向い、関西空港と同じく定刻23時34分が30分遅れで翌三日の離陸となる。関西空港へは時差6時間+9時間で15時間を要するので夕方着になる。思い切って徹夜でゲームと映画で過ごすことにした。 |
| ○ 『トロイ』(2004年 アメリカ映画 監督:ウオルフガング・ペーターゼン 出演 ブラッド・ピット(アキレス)エリック・バナ(ヘクトル)オーランド・ブルーム(パリス)ダイアン・クルーガー(ヘレン) |
| ○ 『涙そうそう』(2006年 日本映画 監督 土井裕泰 出演 妻夫木聡
、長澤まさみほか) |
| ○ 『UDON』(2006年 日本映画 監督 本広克行 出演 ユースケ・サンタマリアほか) |
| 定刻15時55分着予定が小一時間も遅れ、入国手続きをして松山空港行きの待合室には20分前に到着する。やれやれ間に合ったという感じである。予定通り午後8時には帰宅し、udonならぬラーメンで土耳古夫婦旅を締めくくる。 |
| 今回のツアーは起床、ホテル出発、ホテル帰着、就寝が安定しており、生活リズムが崩れなかったので疲れをあまり感じなかった。ところでこの日は22時に就寝し、翌朝目覚めたのが朝8時であり、赤子のように熟睡できた。お蔭で時差ボケにもトルコ呆けにもならず、4月8日(日)に「土耳古夫婦旅」を取り纏めることが出来た。次回はエジプトかバルト三国(エストニア・ラトヴィア・リトアニア)を考えているのだが・・・・・ |
| 4月2日(月) 【イスタンブールB】 |
| 朝九時にホテルを出てオプション(有料)で「イェレバタン・サライ(地下宮殿)」を見る。ビザンチン帝国時代に造られた最大の貯水池で、コンスタンチヌス一世の時代に建設された公会堂の地下にユスティニアス帝によって建造されたというから歴史の重みに圧倒される。ライトアップされており奥まった一隅に大理石でできた「メドゥーサ」(見たものを石に変える能力を持つ魔物。頭髪は無数の毒蛇で、イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼をそなえた容姿をもっている。)の首が逆さと横に据えられている。仁王に踏んづけられた天邪鬼といったところか。 |
| グランドバザールで一時間ほど宝石、絨毯、衣類などなどを見て廻る。 |
| 4月1日(日)【イスタンブールA】 |
| チャナカレからエリーでダーダネルス海峡を渡り、ウスクダラを通過しギリシャ、ブルガリアの国境に沿って北上し、大きく右折してイスタンブールまでの約三二五キロを専用バスはひたすら走る。午後二時頃イスタンブールの中華料理店で昼食。 |
| オプション(無料)でスレイマニエモスク(スルタン・スレイマン一世モスク群)を見学し、ボスフォラス海峡クルーズで黒海の入り口近くまで観光する。この先にあるのはロシアかと思うと、イスタンブールは交易の、世界政治の十字路であることを肌で感じる。次なる世界戦争がバルカンの地で起こらないことを心から念じておきたい。 |
| 夕食はボスフォラス海峡を眺めながらレストランで海鮮料理を味わう。 |