第五十四段 一遍会「掲示板」(平成十八年水無月六月)に日録を掲載せしこと。

6月30日(金)
道後湯之町ハイカラ通りの「一遍堂」さんが今回HPを立ち上げられた。おめでとうございます。このHP「一遍堂」にHP「一遍会」を貼り付けたいとの申し出があった。喜んで了承した。併せてこの機会に一遍会に出席されるよう依頼した。実は一遍堂の創業者「故・新田兼一」氏は一遍会の発起人の一人でもあった。新田氏の血縁の方が縁あって一遍会に再度参加されることを故人は喜ばれると思う。
6月29日(木)
地元の有力企業である「ダイキ」の第44回定時株主総会あり。同社は本年9月1日付でカーマ梶Aホーマック鰍ニ3社で「DCM Japan ホールディング」を設立するのでダイキとしては最後の総会となる。総会の「引き出物」が株主にはささやかな楽しみであったが次回からは東京開催のため総会も縁遠くなる。
午後からは書斎の夏向きの模様替え。
6月28日(木)
「熟田津今昔」(道後庄屋催事記)執筆。一遍会HP「月例会のお知らせ」を7月度に改訂す。夜TV映画「北京ヴァイオリン」を観る。
●HP「東の窓」に「小説 「うらなり」がやっと出版されました!!!」を投稿する。
小林信彦著「小説 うらなり」がやっと出版されました。発行元は「文学界」を出している「文芸春秋社」です。平田さんには半年前に那須の図書館に取り寄せて読んで貰った経緯を思い出します。その節はご苦労様でした。
個人的には本年度の「○×△◇文学賞」を受賞するだろうと信じています。全国の「坊っちやん」愛好家のみなさん、是非ご覧になってください。面白いですよ。但し「マドンナ」には失望しますよ。もっとも漱石も「マドンナ」を良くは書いていませんが・・・・・。いやはや。
6月27日(水)
一遍会HP「月例会のお知らせ」を7月度に更改しました。逐次追加して7月1日には全面改訂します。併せて4月度例会の菊池佐紀氏(文芸誌『アミーゴ』主宰)の「日本文学に現れた「妖」〜「源氏物語」から近代文学まで」の講演要旨を掲載しました。「熟田津今昔」シリーズ の第二十章 道後村庄屋催事記(社寺覚書「義安寺」)を加筆する。「一遍会報」313号原稿を印刷所に手配する。
6月26日(火)
一遍会平成十八年度第一四半期の決算を取り纏める。4〜6月で一遍会報を3.5回発行したので予算に対しては大幅の超過である。インターネット会員にとって「定期便」が事務局との強力な繋がりであり、二ヶ月1回の会報発行は厳守していきたい。「乞ご期待」である。昨年秋子規記念博物館で開催した「跡部の踊念仏」と「NHK・ETV特集『一遍聖絵』を読む」のビデオをDVDに編集のため発注する。
●HP「東の窓」に「「わらび座公演『坊っちゃん』放映!!!」を投稿しました。
昨夜(6月25日)10時からNHK第2「劇場への招待」で今春オープンした「坊っちゃん劇場」で上演中の「わらび座公演『坊っちゃん』(ジェームス三木脚本・演出)」が放映されました。前日に分かっていたら皆さんに連絡して観て頂きかった。地元人としては取って付けたような「なもし言葉」が耳につきますが結構面白い。歌唱力も充分でしたよ。まさに全国レベルのミュージカルです。
道後温泉駅から正午に劇場までの無料バスが出ています。遠来の客人は是非ご利用いただきたいものです。まだまだ「坊つちやん発表100年」のエベントは続きます。「松山坊ちゃん会」入会ご希望の方はHP「漱石研究会」にお立ち寄りくださいな。
6月25日(月)
伊予鉄道の定時株主総会出席。今期は@減収減収A森本社長の不自然な退任で大荒れの総会となる。全日空総代理店の契約切れで20%以上の減益になるが経営陣に危機感が薄いのは困ったことだ。もっとも非上場・安定株主だから議案は承認されたが・・・・・
05年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞の「ブロークン フラワーズ」鑑賞。「舞踏会の手帖」の男性・現代版だが、老いとは寂しく孤独な「季節」である。三日続きの雨。土砂崩れが心配である。
6月24日(日)
一遍会会友の「あべはるこ」さんの「第10回チャリティーほのぼのコンサート」に出掛ける。小沼代表夫妻、宇和理事夫妻と同席となる。オリジナル曲は「コスモスの花」「休もうよ」「自然に帰りなさいと」「やさしいめで」の4曲。残りは子守唄や唱歌が続く。明るさを貰った感じである。
6月度講師の上田雅一氏と高島屋の「東雲」で食事をしながら映像の話。「阿弥衣がゆく」のDVDを手渡される。複写して活用していきたい。古書店「ライブ」の主人が集めてくれた一遍関係書籍、冊子を一括購入する。質より量と割り切っている。毎月数冊は入手している。夜10時からのNHK第2「劇場への招待」わらび座公演「坊っちゃん」(ジェームス三木脚本・演出)放映。「なもし言葉」は耳につくが結構面白い。
6月24日(土)
「日本現代詩人会 西日本ゼミナール・in松山」(国際ホテル)に一遍会の小沼代表、杉野・矢野理事も揃って参加。150名以上の大盛会となる。司会は森原直子氏(文芸誌『野獣』主宰)。ゼミナールの主題は「日常の裂け目より」で、詩朗読、講演、パフォーマンス、歌(芦田容子氏)と続く。
夜、高校同期会のチャット1時間。男子4名(ピエロ・月見に一杯・伊佐爾波・道後関所番)女子2名(taechan89・Kちゃん)参加。初回としては大成功か。
●HP「東の窓」に「仮装「坊っちやん」に応募されませんか」を投稿しました。
「那須の極楽蜻蛉」さん、爽やかな「坊っちやん」のお知らせ有難うございました。モデルの有力な一人が「弘中又一」氏です。漱石と同じく一年間松山中学で勤務、今治中学に転勤してその後徳島第二中学に転勤しました。自分自身が「坊っちやん」であると主張した経緯があります。但し漱石は否定しています。
山口の湯野温泉(現周南市)には「弘中又一」氏の旧宅があり、河川公園には「坊っちゃん像」が立っています。湯田温泉と違い鄙びた温泉です。防府に三年間居ましたので頻繁に通いました。中国地方の温泉めぐりを企画される時は是非お訪ね下さい。
ところで6月30日(金)締め切りで「全員集合!坊っちやん同窓会」を松山市が募集しています。モデルは坊っちやん・清・赤シャツ・野だいこ・うらなり・山嵐です。仮装した全身写真が必要です。賞金は100年に因んだ100万円でなく僅か10万円です。詳しくは「松山市のホームページ」をご覧下さい。「那須の極楽蜻蛉」は「坊っちやん」の仮装でも入選するのではないかと思います。小生は「坊さん」なら可能でしょうが「坊っちやん」では、いやはや。
女性の方は「マドンナ」なら手を挙げる方が多いと思いますが、清さんでは腰が曲がり杖をついている仮装になるでしょうからお奨めいたしかねます。
6月23日(金)
今日も終日雨となる。サッカーワールドカップは強豪ブラジルに4対Tで完敗し、予選敗退が決定する。マスコミの「戦犯探し」が賑わうことだろう。
今月の『熟田津今昔』(庄屋催事記・社寺覚書A「義安寺)を執筆する。「一遍会報」313号の割付完了する。奈良国立博物館「御遠忌800年記念特別展・大勧進重源」の解説書を軸に「舎利信仰・宝珠信仰・大仏様(天竺様)建築」など重源の研究を進める。
6月22日(木)
終日雨となる。戸外作業は骨休め。
「一遍会報」第313号の編集に注力。@今村威氏論文「宝厳寺内の文学碑(上)」とA上田雅一氏の随想「阿弥衣がゆく」B総会報告で割り付ける。例会用にパソコンから取り込むプロジェクターの設備投資(予算20万円)を予定している。DVDの投影が可能かどうかを勉強していきたい.夕、松山子規会会長の井手康夫氏と出会い、今秋予定の劇団旅芸人公演の「正岡子規物語〜糸瓜咲て」の地元の協力体制についての情報交換。
6月21日(水)
一遍会例会7月度講師「大本敬久」氏(歴史文化博物館学芸員)と10月度講師「平田玲子」氏(仏教美術史家)と電話で打ち合わせ。7月度講師「上田雅一」氏(映像作家)に礼状送付。愛媛大学教育学部佐藤栄作教授から「坊っちゃん同窓会」について協力要請。小説『坊っちゃん』発表100年記念のエベントだが盛り上がりに欠ける。
午後は椿を軸に庭木の選定作業を続ける。
6月20日(火)
伊藤ていじ「重源」読了。一週間を要した430頁の大作である。著者伊藤鄭爾氏は建築史家で工学院大学学長を務めた学者だけに内容は重厚である。菊池佐紀氏から12月例会の講話案「斎藤茂吉と永井ふさ子〜四国なるをとめ恋しも〜」の連絡あり。上田雅一氏から6月講演の会報原稿届く。今月末には「一遍絵伝」と「阿弥衣がゆく」のDVDが一遍会に届く。インターネット会員に鑑賞していただける機会を検討していきたい。
午後は表庭のカイヅカの剪定に精出す。
6月19日(月)
早朝6時から読書。伊藤ていじ「重源」に集中する。上皇と幕府の等間隔を取りながら東大寺再建に取り組む重源の素晴らしさを多くの人に伝えたい。高齢社会にあって「老人」への呼び掛けには最適な人物ではあるまいか。「一大事今日只今の事」で過去も未来も「捨ててこそ」でありたい。
子規会6月例会欠席。講師は愛媛県俳句協会会長の相原佐義長氏で演題は「村上杏史〜朝鮮がにくくて恋し天の川」である。義妹から自宅ビルを診療所用に貸与する件の相談あり。南予の総合病院の勤務医が松山で開業する由。契約書案を示し「前向きで」とアドバイスする。
午後は座敷と亭庭の草むしりに精出す。夜「東の窓」新設の「チャット」で事務局の「三橋ピエロさん」と近況を話し合う。毎週末夜8時から「インターネット同期会」を開催することを決める。
6月18日(日)
「捨て聖一遍上人の『一遍会』」に「○月度一遍会ニュース」を掲載することにしました。初訪問の方が最初に開かれるHP「一遍会」で最新のニュースをご覧いただけるようにと配慮しました。
日本人の半数が視聴した(?) サッカーワールドカップ・ドイツ大会で日本はクロアチアと対戦するも勝ち点1で終わる。残念だが、結果がすべてである。
6月17日(土)
明日は「父の日」である。東京の長男宅から贈り物が届く。日暮れてから電話で話する。日中不在だったが、幼稚園の父親参加行事があったとのこと。神戸の次男宅は震災前の住所(神戸市東灘区森南町)に新築が完成したので引っ越す。雨で引越しは大変だったらしい。疲れた声で報告あり。
松山も終日雨で専ら読書。伊藤ていじ著「重源」と藤原嘉章著「中世のみちと都市」(山川出版社)を読む。
6月16日(金)
農林中央金庫から連絡があって「ワリノー」や「リツノー」の取り扱いが法的に廃止になったので解約するようにとのアドバイスがあった。他の金融機関への振替手数料は農林中金が負担するので心配なくとのこと。40年位のお付き合いで個人的には寂しい感じがする。松山は50万都市だが大手銀行は「みずほ」しかないので「みずほ」に振替する。地銀は煩いが大手はサービスが悪く逆にアプローチがないので有難い。
庭の梅の実を取り込む。早速梅焼酎作りの準備に入る。「梅切らぬ馬鹿」にならぬように本年は思い切って剪定することにしたい。
6月15日(木)
「正岡子規事典(松山版)」編纂委員会を松山市駅前(花園町)紀の国屋食堂で開催。発起委員は井手康夫・今村威・宇和宣・忽那哲・福井みどり・神野香澄・二神将・平岡英と三好恭治氏の9名で、略称は「九人委員会」である。松山人による「「正岡子規事典」である。スタートは子規の「散策集」の注釈・解説を中心に、一年くらいで取り纏めをすることを確認しあった。僕自身は道後を中心に百科事典的な取り纏めを進めてみるつもりだ。
6月14日(水)
株式市場が大荒れで軒並みに株価が下がった。「捨ててこそ」というわけには行かないのが娑婆の悩みである。福井日銀総裁が村上ファンドに1千万円投資したことについての議論は無意味と思うが、僅か1千万円で村上フェンドに投資できることを問題視したい。「ノー・マネー、ノー・フリーダム」が資本主義の論理だが、せめて「サム・マネー、サム・フリーダム」を実現させたいものである。チャールズ・チャップリンが、映画「ライムライト」 で、人生で必要なものはと聞かれて答えた『愛と勇気とサムマネー』を思い出した。
6月13日(火)
愛媛新聞社とミニコミ2社に一遍会7月例会記事を送る。(講師:大本敬久氏。演題:「日本文化における死生観」)佐藤辰生氏(「戯曲 一遍伝」著者)から「一遍聖絵の謎」を今後執筆したい旨知らせが届く。6月24日には出版記念会を開催とのこと。おめでとうございます。
「重源」(伊藤ていじ著、新潮社刊)を読み始める。「南無阿弥陀仏」と自称した聖(重源・一遍・一向)の全く異なる歩みを採り上げてみたいと考えている。
6月12日(月)
早朝(午前五時1分)に震度4の地震がありました。震源地は大分県中部ですから阿蘇山の周辺でしょうか。早速にお見舞いのメールを頂戴し有難うございました。
「文芸春秋」7月号を読む。作家・中野孝次「がん日記」、特集「愛国心大論争」「村上ファンド『マネー帝国』の全貌」など今月も気を抜けない記事が多い。
午後から庭の草引き。毎年のことだけにうんざりする。夜はワールドカップ・日本対オーストリア戦に集中する。1対3で緒戦を飾れなかったのは残念。1点のリードを守ることに難しさを痛感する。
6月11日(日)
伊予史談会6月例会出席(郵政公社四国支社)。
(1)「松山藩の修験道」 講師は竹島大祐氏
(2)」建築物に見る愛媛の近代」 講師は犬伏武彦氏(東雲女子短大教授)
(修験道は@当山派(真言系)A本山派(天台系)B児島五流(熊野系)に分れる。東予と南予は本山派、松山を中心に中予は当山派が優勢である。一遍が修行した窪寺周辺の「宮坊」は当山派の内山永久寺の統括に入っている。道後温泉の「鍵屋」である「明王院」は本山派に属する。四国を代表する「石鎚修験道」もセグメントして研究する必要があろう。大いに勉強になった
犬伏教授から近々拙宅の再度の調査を依頼される。江戸後期の建物だが「文化財」として後世に残すか、子孫に負担をかけないように解体するか。一遍修行の地の一つでもある45番札所岩屋寺の「大師堂」は明治期の建物らしいが、柱の飾り花が薔薇で日本には例がない由。初耳である。
6月10日(土)
一遍会412回例会出席者は35名。上田雅一氏制作の映画「一遍絵伝」・「阿弥衣がゆく」上映を予定したが「阿弥衣がゆく」は100分の大作。映画「一遍絵伝」は次回上映に変更する。それにしても20年前の8ミリ映画だがDVD編集で却って鮮明になり満足である。両映画ともに「一遍会の宝物」として大切に保存し、行事などで公開し一遍会の歴史を記憶から消去しないようにしなければと思う。
インターネット会員に「6月度定期便」を手配する。発送が日曜になるので、今後ともクロネコヤマトの「メール便」を使用するので了解願いたい。
6月9日(金)
グッドニュースです。
最近HP「一遍会」の検索が多くなりましたが、『ウィキペディア(Wikipedia)』経由でお訪ねの方が増えたのでしょうか。お役に立ったでしょうか。一遍会へのお便りやご感想を「みんなの掲示板」にお送り下さい。 「事務局は何人か」のご質問を頂きました。「道後関所番」一人で頑張っております。「ホットニュース」に 『ウィキペディア(Wikipedia)』の解説を複写して掲載しています。ご覧下さい。
6月度「一遍会ニュース」の最終版を「月例会のお知らせ」の掲載中です。6月例会の映画「一遍絵伝」と「阿弥衣がゆく」の上映をご期待下さい。
6月8日(木)
四国も梅雨に入る。終日雨である。昨日脱稿した「能登小旅行」の随筆を校正し印刷する。京都の旨いもの数え歌をご存知の方はいないだろうか。@いもぼうAにしんそばCしば漬けD五色豆G八ッ橋I(湯)豆腐だがB、E、F、Hが思い出せない。
一遍会月例会並びに理事会を6月10日(土)に開催する。理事会資料と「一遍会ニュース」を取り纏める。
6月7日(水)
「一遍会報」312号が松榮印刷所から届く。小沼大八氏「日本文化の基層」、菊池佐紀氏「日本文学に顕れた『妖』〜源氏物語から近代文学まで〜」を掲載。能登小旅行をメモに取り纏める。能登は遠く、そして広すぎる。長年気になっていた能登の「総持寺」について今一度調べてみたい。
6月6日(火)
ホテルから一時間ほどで白尾に着く。甲州商人が経営するという北陸英雄堂七福神センター「宝石庭園」を見学する。御菓子城「加賀藩」、九谷焼、海産物センターに立ち寄る。衝動的買い物はしないので時間をもてあます。専ら試食、つまみ食いに徹する。帰路は神戸から淡路島経由である。徳島自動車道の「吉野川ハイウエイオアシス」に「美濃田の湯」がある。21時帰宅する。200通のメール処理で深夜になる。
6月5日(月)
八時にバスで能登に出発する。前田利家が織田信長から拝領したのは能登国であり、天文年間に豊臣秀吉に降って加賀二郡を得る。さらに佐々成政と戦った功績によって嫡子利長に越中が与えられてる。運が良い果報者である。能登・加賀・越中三国にまたがって百万石を領する前田家領が誕生する。更に関が原の合戦で東軍に加勢し、加賀国に残りも所領し百二十万石となる。後に越中富山藩十万石と加賀大聖寺藩七万石を支藩として分与したので一〇二万五千石で幕末を迎えることになる。ともあれ百万石のスタートは能登である。
【千里浜なぎさドライブウエイ】
【輪島の朝市】
【稲忠漆芸会館・キリコ会館】
【白米千枚田】
【関野鼻】
【義経の舟隠し】
【ヤセの断崖】
【岸壁の母石碑】
【世界最長ベンチ】
【能登金剛・巌門  貫通洞】
夕、和倉温泉「和倉パークホテル十番館」宿泊。和倉といえば日本一の旅館「加賀屋」である。フロントに挨拶して夜は加賀屋で楽しむ。
6月4日(日)
読売旅行のバスツアーで能登を訪ねる三田から、丹波、舞鶴、小浜、美浜を通り敦賀に出る。
【気比の松原】は敦賀市の中心部に近く長さ約1.5kmの海浜は白砂青松の松原。三保の松原(静岡県)・虹の松原(佐賀県)と並ぶ日本三大松原と初めて知る。幕末武田耕雲斎率いる水戸天狗党が捕縛され処刑された地として記憶している。小浜、三方五湖とセットにして後日訪ねることもあろうか。
【呼鳥門】呼鳥門は、強風と日本海の荒波の浸食作用によって長い年月をかけて作り出された天然のトンネルで景観は良い。この周辺の山肌が水仙が生育している。休憩所に「ふるさと基金」で具体化した一億円のトイレがあり、各室は灯篭付きの庭園になっており、鑑賞しながら用をたす仕組みである。後世の人はなんと云うのだろうか。気恥ずかしい気持ちでトイレを出た。
【東尋坊】午後も四時半近くになると土産物屋も閉店しており、人影まばらな東尋坊である。なんとなく夕暮れともなると自殺願望者が現れるとか。南無阿弥陀仏。
粟津温泉「湯元かみや」の経営者は嘉宮姓で白山神社に関係していたらしい。粟津そのものが白山信仰の旅籠から出発したのだろうか。粟津温泉を代表する老舗旅館は千三百年の歴史を誇る日本最古の「法師」旅館だが、「かみや」も同様に古いらしい。旅館の裏山に「白山神社」と「大王寺」がある。大王寺は奈良時代,白山神社を創建した 秦澄大師が粟津の湯を開いた後にその弟子がこの寺を造った由。「法師」旅館前に黄門杉は三代目加賀藩主前田利常公(小松黄門・小松中納言と称す)が那谷寺を訪れた折、粟津に立ち寄りお手植えされたものらしい。
6月3日(土)
「愛媛・仏教と医療を考える会」主催の第15回公開講演会に出席する。講師は四天王寺国際仏教大学大学院教授の奈倉道隆氏で演題は「長寿の時代の健康と生きがい〜心を開く仏教カウンセリング〜」である。同氏は京大医学部出身の医師で、仏教大学を卒業した僧侶でもある。「仏教カウンセリング」(ビハーラ)の積極的な推進者である。
講師の話は総論としては理解できるが、今日の僧侶の中で檀家のカウンセリングに真剣に取り組んでいる坊さんはどの位いるのだろうか。殆どいないのでは無いか。一般人にとってお寺は風景であり美術館であり、決して魂の救済所ではあるまい。境内で無心に遊ぶ子供らの声が消えて何十年経つのだろうか。
会場で小沼大八一遍会代表と又午前中は宝厳寺を訪ねたので長岡隆祥住持とお話した、。ご両人に渡辺久さんから頂いた「焼酒(やさき)一遍」をお手渡しした。
6月2日(金)
評判の二時間強の大作映画「ダ・ヴィンチ・コード」を鑑賞する。キリスト教徒でもなくバイブルを真剣に読んだこともないので内容については評価は出来ない。「ギリシャ・ローマに見られる女性原理」「イエスとマグダラのマリアとの結婚」「聖杯伝説」「イエスの血がゲルマン王室に血脈として流れる」「秘密を守る修道院」「ヴァティカンによる隠蔽工作」「魔女裁判・火あぶり刑」などなどミステリー仕立てのストーリー展開が最後まで引き付ける。ダン・ブラウン原作の同名小説は全世界で4千万部、日本でも五百万部売れているらしい。残念ながら読んでいない。
イエスは神の子ではなくジッタルタと同じく人間の子孫と思いたいが、キリスト教義では「三位一体」だから許されない解釈なのだろう。改めてレオナルド・ダ・ヴィンチの超人的な活躍は眼を見張るものがある。
6月1日(木)
子規記念博物館・天野祐吉館長選の平成18年6月の子規さんの句は「水無月やうしろはほこり前は池 子規」です。明治29年の「俳句稿」に記載されています。水無月は梅雨の明けた陰暦の6月、太陽暦では7月になります。俳句では一ヶ月先取りのイメージですから梅雨前の選句としては如何かなと思います。
この句には「不忍」と前書きがありますから池は上野の不忍池で、子規さんの住む子規庵からは上野公園を通り抜ければ半時程の散策のコースでもあり、明治29年といえばカリエスが発症したとはいえ虚子・碧悟桐を従えて颯爽と闊歩したことでしょう。「水無月」→「水無し」→「埃(ほこり)」の連鎖は「よもだ発想」の典型でしょうし、それを受けて逆発想で「水を満々と湛えた不忍池」から「水有」といった俳句的発想は子規独自のものかもしれません。もっとも僕ら凡人が詠めば入選はまったく覚束ない凡作なのではとも思いますが・・・・・鑑賞としては「梅雨も終わり砂埃が舞う道と対照的に水を満々と湛えた不忍池が眼前に広がる。大都会の東京の夏は厳しくもあるなあ。」といったところでしょうか。
そこで現代の上野不忍池界隈を描写して一句
前書「不忍」   「水無月やうしろは排ガス前は池  子規もどき」
(追伸)
4月29日道後温泉本館東奥の小公園予定地で「坊っちやん之碑」の除幕式がありました。「松山坊っちやん会」の企画ですが、市から提供を受けたのは公衆トイレの直ぐ脇でした。国際温泉文化都市として如何かなと「道後関所番」は一人悩んでいます。道後温泉来訪時には、トイレのおついでにお立ち寄り下さいな。いやはや。