第四十三段 一遍会「掲示板」(平成十七年長月九月)に日録を掲載せしこと。

9月30日(金)
子規記念博物館と石手寺の中間地点に「道後プリンスホテル」が建っている。創業30周年記念ということで終日ホテルの大浴場と露天風呂の無料開放。好奇心は極めて旺盛であるので、庭木の剪定で汗まみれの身体を大浴場でリフレッシュする。
道後では老舗が多く30年でも新興ホテルの位置づけで中級ホテルであり団体客も多い。温泉本館まで徒歩20分を要しそぞろ歩きには不便であるが、10分ごとに送迎バスが出ているので気にすることもあるまい。お奨めは石手寺、湯築城公園へは徒歩10分、宝厳寺、伊佐爾波神社へはとほ15分であり、家族旅行や俳句仲間との吟行には最適のホテルとも云えよう。
9月29日(木)。
草間時福の曾孫文彦氏とメールが通じる。草間時福に並み並みならぬ関心をお持ちの連合三田会服部禮次郎さん(服部和光会長)に連絡する。服部さんは近々「福沢手帳」に「福沢門下生の墓所をめぐる掃苔記」を発表されるので間に合えば喜ばれるだろうと思う。肩書きや年齢を越えてお付き合い出来る学的世界は有難い。
一遍会のインターネット会員には宗門の権威者や学者や大学生もいらっしゃるのだが、同様のお付き合いをさせていただいている
9月28日(水)
俳人協会の会長をしておられた「草間時彦」さんのご長男文彦さんから電話を頂く。時彦氏の父君は横浜市長で俳人の時光氏、祖父は時福(ときよし)氏で松山中学校の初代校長である。この三世代に関してのエッセイ風に取り纏めたい。故人のお墓の前に立つとインスピレーションが湧いて来るのは「彼岸から此岸へのメッセージ」が送られてくるからだろうか。
草間時福氏の墓所は青山霊園、時光氏(鎌倉市長)・時彦氏(俳人)の墓所は逗子市の法性寺(日蓮宗)にある。(注)前述の横浜市長は間違いです。時福氏については「熟田津今昔」第9章「松山中学校と慶応義塾〜初代校長草時福〜」にかなり詳しく説明させていただいた。ご覧いただければ有難いのだが・・・
9月27日(火)
阪急芦屋川で下車、神戸市森南まで歩き旧宅跡に佇みました。駐車場として震災後は活用中ですが「売却」か「建築」かで悩んでいます。もっとも私ども夫婦用ではなく息子用の家屋にはなるのですが・・・土地も底を打ち買い手がついてきました。
阪神電鉄株も3倍値上がりして結構億万長者も出てきたし、「タイガース優勝記念で買い手もた〜んとおりまっせ」と不動産屋は囃したてていますし・・・もっとも「みなと銀行」(旧兵庫相互銀行)の広いロビーに座っていると「ほんまかいな」という気持ちにもなり結論を出さずに四国に戻ってきました。
往復高速バスを利用しましたが、松山・三宮往復で1万800円(商用時間4時間)はお奨めのアクセスではあります。
9月26日(月)
箕面観光ホテルで現役時代の同期入社者15名が集まり「燦燦会」を開催しました。会名通りの昭和33年入社で全く偶然に同期生は33名でした。
最初にこのホテルを訪ねたのは四十年前の「愛媛県人会」で会長が佐伯勇近鉄社長。関西財界の大物と話が出来て感激した記憶があります。展望浴場の温泉はガラス越しに神戸まで見渡せ、一浴すればすべすべして温泉だなと思いましたが、天井や壁の痛みは無残でした。紅葉の季節以外は閑散としているのに破産もせずによく持ち堪えているなというのが率直な印象です。「戦友」との語らいは午前0時まで続きました。
9月25日(日)
朝散歩で湯築城の東馬場(道後公園東公園)に6時半頃着いたら、なんと100名ほど集まって「ラジオ体操」をやっている。久しぶりでラジオ体操をしたが持病の「腰部脊椎管狭窄症」の為右片足跳びがどうしても出来ない。
一遍会会員の田中弘道さんに出会う。4,5年前から皆勤の由で雨が降ったら傘をさして公園まで出てくるというから「プロ」である。一遍時衆の朝発ちは何時頃だったのだろうか。夏場は当然日中を避けた筈だから「日の出とともに」であったのだろうか。監事の岩田克之さんは中央公園の「ラジオ体操」に精勤の由。ラジオ体操フアンが多いのに驚く。
午後「愛・地球博」の閉会式をTVで観る。雅子妃殿下は欠席である。まだまだ全快ではないらしい。悩める心を解放するには「捨てる」ことが必要ではないか。
9月24日(土)
「窪寺まんじゅしゃげ祭りに出掛ける。窪野のあたりは年一年と彼岸花の道々や田畑が広がっているように見受けられる。念仏堂で十念仏、ご詠歌を唱え、中川理事から「正八幡神社と宮坊」についての話があった。
「一遍聖絵」にも描かれている丹波の国の住人「山内入道」は一遍に同行し伊予に来て独り窪寺に留まった。この地の大字は「丹波」であり、入道と関係があるのではないかと問題提起があった。
窪寺跡を廻り、閑居跡の広場で窪野の新米のおにぎりと地元のこんにゃくのさしみの接待を受ける。参加者は一遍会が30名と地元が30名でカラオケも流れ賑やかな一日となった
9月23日(金)
今日は「彼岸の中日」で一遍生誕寺の宝厳寺の第717回の一遍忌と施餓鬼法要があり招待を受けて出席しました。
松山の方にとっておきのニュースをお知らせします。
衆議院議員の塩崎さんの奥さんも施餓鬼法要に顔を出していました。例年は塩崎さん自身が来るのですが今年は国会の会期中なので今年は欠席です。奥さんは東大卒の才媛で美人ですが甲府出身の「時宗宗徒」です。武田信玄を誇りに思っておられます。一方中村松山市長は、母堂が信濃の善光寺の住職の娘さんで上杉謙信派で市長に云わせるとアンチ武田信玄です。
「塩崎対中村」は「武田信玄対上杉謙信」の関係ですから、甲府・信濃双方に親しい関係を有する「一遍上人」が乗り出さないと解決は難しいのかなと思っています。いやはや。
●HP「東の窓」に「どんぐり」を投稿しました。
「国民学校」3年か4年頃の記憶ですが、どんぐりを拾い集めて学校に「供出」しました。慰問袋に入れて兵隊さんに贈るという趣旨だったのかもしれませんが、祝谷と石手の分が多く町中の連中は到底彼らに敵いませんでした。ネズミの捕獲数では負けませんでしたが、いやはや。数ヶ月たって「どんぐりせんべい」が数枚づつ配られました。当時はおやつなど全く口にすることもありませんでしたからまずまずの味だったようにも思いますが・・・・・記憶しておられる方はいらっしゃいますか。
9月22日(木)
松山の温泉郡総鎮守府・伊佐爾波神社の秋祭りは10月5日宵宮、7日宮出し・宮入りで勇壮な「神輿の鉢合わせ」がある。全国向けにNHKが放映するのでご存知の方も多いのではあるまいか。
世話人に連絡して4日の午前7時半に拙宅に集まってもらうことにした。戦前は「お旅所」を兼ねていたので百人近く集まってもらっていたが現在は10人ほどの世話人のみ。それでも10月初旬は旅行にも出掛けることは不可能である。祭りは行政がやるものではなく、町衆・村衆が「自己責任」でやるべきものと信じている。夜には太鼓の音が聞こえてくるようになった。
9月21日(水)
10月2日(日)からNHKで5夜連続放映の「ハルとナツ〜届かなかった手紙」の第1回「姉妹」を一足早く視聴することが出来ました。一年前に赴任してきた松山放送局長が前編成局長でこのドラマの責任者でもあったので後任者が送ってきたのでしょうか。
ところでこのドラマは橋田壽賀子脚本だけに一言で云えば「『大地の子』と『おしん』を加えて2で割った最高傑作ドラマ」です。ハルは森光子/米倉涼子、ナツは野際陽子/仲間由紀恵が演じます。是非是非ご覧いただきたいNHKの大作です。大泣きしました。いやはや。
9月20日(火)
会社当時の部下が四国遍路の途中に立ち寄ってくれる。待ち合わせは「子規記念博物館」。51番札所熊野山石手寺に案内する。今までで最も大きなお寺であると驚いている。寺域にある「八十八カ所お山参り」まで含めると半日はたっぷりかかるよと説明すると驚く。
最近の四国遍路は車は勿論歩き遍路もお寺での滞在時間は30分以下で、まるで点から点への花を渡り歩く蝶々である。時間がたっぷりあるシニアは、是非それなりのお寺ではゆったりと過ごして欲しいものである。
一遍さんも修行された不動明王が本尊である45番札所海岸山岩屋寺も「逼割禅定」を含めて半日かけて「修験道」も経験して欲しいお寺である。当方は年一回お参りし近くの国民宿舎「岩屋荘」に宿泊するのでたっぷり一泊2日であるが飽きることはない。
9月19日(月)
子規堂のある正宗寺の子規忌は欠席して子規記念博物館での「のぼさんと踊ろ」に出席しました。
プログラムは@伊予之国松山水軍太鼓(伊予之国松山水軍太鼓保存会)A虎舞(古三津子ども虎舞保存会)B伊予万歳(別府双葉会)C重要無形民俗文化財の「跡部の踊り念仏」(跡部踊り念仏保存会)の披露がありました。Dフィナーレはアカペラグループ「どんふぉげ」とダンススタジオMOGAによる華麗な歌と踊りのコラボレーションの発表でした。
踊り念仏は講堂に設置された特設舞台で公開されましたが照明が神秘的で太鼓、鉦、念仏、踏み足の音のシンフォニーが見事でした。約500名の会員の殆どは初めて観る踊念仏を通して一遍さんに親しみを感じていただいたようです。有難いことです。南無阿弥陀仏。
9月18日(日)
「ヒトラー〜最後の12日間〜」を鑑賞する。2時間35分の大作である。
題名の通りアドルフ・ヒトラーの首相官邸地価要塞でのまさに最後の12日間の記録である。面白いのは女性個人秘書の目を通したドラマであることだ。ヒトラーと結婚する愛人アヴァの描き方、側近ゲッペルスとその家族の殉死、主人公の脱出など胸打つシーンが多い。戦後60年のナチの決算書でもあろうか。日本の「一番長い日」とは全く違う。天皇の存在が大きかったと思わざるを得ない。お奨めしたい映画である。七尾さん、観ましたよ。
●「東の窓」に「同期会ご出席有難うございました」を投稿する。
昨日(9月17日)同期会は72名(恩師5名を含む)の出席を得て盛大に開催されました。ご出席の皆さん楽しんでいただけましたか。詳細は後刻写真を含めて「東の窓」に掲載されると思いますのでご覧いただきたいと思います。
総会・タイムカプセル開扉式・古希の集い(懇親会)の盛り沢山の内容が、梅木・岡田年度幹事の運営で恙無く進行しました。年度幹事始め当番役員の皆さんご苦労様でした。有難うございました。特に古希を迎えて同期会運営が円滑にすすむように会則変更をご提案しご承認を頂きました。「年度幹事制」から「事務局制」に移行してまいります。従って役員会は現在の50名から10〜15名に縮小することになりますが、現在の役員には「世話人」として引き続きご支援をいただくことになりました。よろしくお願いします。
11月には関西同期会(大阪支部)主催の「神戸催事」が控えています。東京、松山からの参加者も多く50名を越える大イベントになります。新規に参加希望の方は至急年度幹事までご連絡をお願い致します。
9月17日(土)
超多忙な一日となりました。松山東高校同期会総会&懇親会があり十一時頃から会場の高島屋「キャッスルルーム」で遠来の客人と応接に追われる。出席は72名。古希の祝いを兼ねており、16年前に校庭に埋めたタイムカプセルの開扉して壮年時の思いを再確認して「頑張っていきましょい」となる。
夕方からはホテルサンルートで愛媛三田会創立五十周年記念式&懇親会。出席は約100名。旧知の連合三田会の服部禮次郎会長も列席され、慶応義塾関係者についての歴史談義を楽しむ。記念誌に「愛媛と慶応義塾~独立自尊を希求した二百七名の明治の大先輩達〜」を寄稿する。親類縁者もいるらしく大いに感謝される。
9月16日(金)
朝散歩は温泉郡総鎮守府・伊佐爾波神社から宝厳寺を回るコース。住職ご夫妻は寺内の通路の清掃中。毎朝読経後の「お仕事」だが、知らない人が見かけてもご住職とは気付かずに通り過ぎる風情である。
「一遍忌法要」と「信州跡部の踊念仏」のご接待の打ち合わせ。「時宗」を離れた「踊念仏」の独自の在り方についてのコメントあり。本来の宗教的行事が宗教から離れて普及することの功罪を考えなさいと課題を頂く。「踊念仏」が舞台化すること、見世物化することは「一遍聖絵」にも描かれて居るだけに全面的に否定することは出来ない。
9月15日(金)
インターネット会員&遠隔地会員に本日「定期便」を発送しました。尚、インターネットに不慣れな会員には「月例会のお知らせ」も添付しております。同封しました「一遍会報」308号に初めて「広告」を載せました。「梅錦 小麦焼酎 一遍」です。ぜひご試飲いただきたいのですが遠隔地では一寸無理なのかんなあと思っています。
インターネットでの注文先のひとつをご紹介致します。 【http://www.web-japone.com/S_umenisiki.htm】
(注)「酒百花昇栄丸」取り扱いで3150円以上は送料は550円。「小麦焼酎 一遍」は720ml1,260円(税込み)ですから、3本セットでの購入がお勧めです。
9月14日(木)
朝散歩は「護国神社」・・・参拝者はゼロである。そういえば小泉総理の靖国参拝は、どうなるのかな。
50年前のガラス引戸の車輪の取替え。丹念に螺子でセットしてある。金物屋で売れ残りの古い車輪を購入したが穴が小さくて螺子が入らない。問い合わせると「いまは釘打ちですよ」とのこと。
自転車の空気入れのゴムホースが古くて朽ちたのでホームセンターでパーツを購入しセットするも微妙にサイズが合わない。新旧ともにJIS規格なのだが・・・
「新しいとは古くならないことだ」と思っていたが、伝統的なサイズは完全に過去のものになった。経典の理解も伝統的な解釈では若い世代には受け入れられないのだろうか。
柳沢桂子さん(生命科学者)著『生きて死ぬ知恵』がベストセラーとなっている。『般若心経』の「心訳」という。
 ひとはなぜ苦しむのでしょう・・・/ほんとうは/野の花のように/わたしたちも生きられるのです
 もし あなたが/目も見えず/耳の聞こえず/味わうこともできず/触角もなかったら/あなたは 自分の存在を/どのように感じるでしょうか/これが「空」の感覚です
   (略)
 行くものよ 行くものよ/彼岸に行くものよ/さとりよ 幸いあれ/これで/知恵の完成の言葉は/終わりました
9月13日(火)
にょきにょきと頭をもたげたと思っていたら「三日見ぬまのまんじゅしゃげ」とやらで、我が家の庭の彼岸花も2,3本咲いており驚きました。この調子でいくと24日の「窪寺まんじゅしゃげ祭り」当日は峠を越してしまっていないかと心配です。「お彼岸だな」という感じと連日30度近い残暑+熱帯夜で「残暑だな」の感じが入り混じります。春も秋も「暑さ寒さも彼岸まで」なのでしょうか。
●HP「東の窓」に「正岡孟様のご逝去をお悔やみ申し上げます」を投稿しました。
正岡孟(つとむ)様には、昨12日急性心不全でご逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げますと共にご冥福をお祈り申し上げます。数年前から脳梗塞の後遺症でリハビリ中の為同期会への出席はありませんでしたが、毎年メッセージを頂いていました。奥様のお話では最近はお元気に過ごしておられた由承りました。
ご葬儀は明14日午後1時から「ベルモニー会館天山」(松山市天山3−2−27 рO89−974−4441)で執り行われます。喪主はご令室加代子様です。以上ご報告とご連絡まで。
9月12(月)
【緊急のお知らせ:念仏踊りの整理券をサービスします】
9月19日(月・祝日)松山市道後の「子規記念博物館」で「子規と踊り」のテーマで「のぼさんとあそぼ2005」が開催されます。ここで長野県佐久市からはるばる来松して「跡部の踊り念仏(重要無形民俗文化財)」が公開されます。時間は14:00〜15:30で場所は同館4階講堂です。入場は無料ですが、整理券が必要です。残部が少々あります。ご希望の方は事務局(三好)にメールでお申出下さい。【miyoshik@tau.e-catv.ne.jp】
9月11日(日)
朝7時に総選挙の投票する。引き続き朝散歩は湯築城(道後公園)界隈。愛媛県は保守王国で全四区ともに自由民主党の独占は変わらなかった。
昨日開催した「一遍会9月例会」の事務処理。「一般会報」掲載の@「こころの文化」(小沼大八 代表)は、日常生活に追われがちな私どもに反省のきっかけを与えてくれる講話ではないか。HPでの公開は10月1日を予定している。
9月10日(土)
403回一遍会例会を開催しました。講話「現代人にとっての念仏〜大無量壽経に学ぶ〜」(杉野祥一氏:一遍会理事・NHk学園講師)のレジュメは「定期便」で遠隔地会員にお送りします。
数年振りの県外研修は「鉄輪温泉」に決まりました。具体化すれば遠隔地会員にもご案内してご参加いただこうと思っています。
例会で生命科学者柳沢桂子さんの神秘体験「いのちの悟り〜般若心経と私」が話題になりました。少女時代を松山で過ごしたそうです。今月の「文芸春秋」の掲載されています。ご参考までに・・・
9月9日(金)
HPに「鎮魂 平成七年乙亥 阪神・淡路大震災私記〜臨危不変〜」を満10年経過を機に掲載している。反響もあった。その後駐車場として活用したが、思い切って手放すこととし、本日全契約車の他への移転が完了した。9月末には久しぶりに現地に訪れる。神戸に30年住んだので道後の生活よりも長い。一遍さんのような移動を原則とした「山人」でなく定着度が高い「農耕民」だから、「捨て去る」ことに物凄く抵抗がある。「第二の故里」を手放すことを決断するのに数年を要した。地価は毎年7%近く下がったので機会損失は大きい。
一方、ビジネス書もボツボツ処分を始めた。高度経済時代に輝いた経営学やビジネス関連書がなんと虚しくなってしまったのか。「経営」とは経糸の営みの意であるが、歴史という「経糸」はずたずたに切られ、グローバル化という「緯糸」だけで揺れ動いている。バブル崩壊以後の価値観が様変わりしたことを改めて実感する。
9月8日(木)
歯科・整形外科のダブル受診・・・結構時間がかかる。大した病気ではないのだが予防的治療に時間を割いている。
海外旅行、国内旅行、各種団体の大会参加、論文3本と年末まで超多忙でダウンする訳にも行かない。合わせてお世話している二団体の会長職を辞任する予定なので結構後任人事に気を遣う。少しは余裕を持って一遍会の事務局業務に対応したい。来春までに400回例会分の講演内容の取り纏めも完了せねばならないし・・・
「時宗文化」第12号で金井清光氏が「『一遍聖絵』巻一「窪寺閑室」について」の論文を発表しておられる。インターネット会員には「定期便」でご紹介したい。会員の窪寺さん、楽しみに待ってて下さい。
9月7日(水)
台風一過、まずまずの秋空である。家屋の被害はなかったが、菜園の支柱の修繕や野菜の手入れに追われる。会員である京都の町屋に住んでいる七尾みつをさんのお宅では雨漏りがあった由、お見舞い申し上げます。大分の岩田憲明さんのお宅は・・・関東は、秋田は・・・ともあれ皆さんにお見舞い申し上げる次第です。
今週末が一遍会9月度例会なので理事会資料づくりに精出す。卓話と講演に加えて子規記念博物館竹田副館長と県美術館学芸員がスピーチするので時間調整が大変である。ともあれ盛況で有難いことである。
9月6日(火)
終日強雨と暴風に襲われる。騒々しい選挙カーの応援メッセージも届いてこない。四国と本土を結ぶ交通機関は途絶し孤立している。台風がスローなので明朝までは動きが取れない。水不足のダムも満水となり放流を開始し始めた。
こんな中でも道後温泉に出掛ける馬鹿の一人である。一遍は熊野や鉄輪に温泉に纏わる伝承を残しているが道後温泉には全く触れていない。河野の居城は湯築城であるが「湯付城」とも書かれている。現代風に言うと「温泉付居城」である。一遍(松壽丸)の産湯は道後温泉である。現在の宝厳寺から温泉本館まで歩いても5分くらいだから温泉の湯気を吸って育ったのであろう。伝承など生まれる筈はない。
9月5日(月)
一泊2日の「越中おわら風の盆」ツアーの疲労がどっと出てきたようである。風の盆は豊年の祈願であろうが、目下ひたひたと九州、四国へ大型台風が迫りつつある。朝から時折強い雨が降ってきている。
ニューオーリンズの台風のニュースで「合衆国」は「合州国」で、国防以外の国土防衛は州単位で国家ではないことを改めて知る。台風回避策も「自己防衛」であり。被害補償は「自己責任の保険」であることも・・・「非情」ではあるがひとつの「ものの考え方」ではある。「無情」は回避すべく持てる者が「免罪符」として寄付を行う。キリスト教社会規範と仏教的規範の差を如実に感じる。なんでも国家や小泉さんが悪いとするに平均的日本人の責任回避的発言は「無情さ」いや「非情さ」の裏返しではあるまいか。
それにしてもプレハブのニューオーリンズでは黒人の魂であるジャズの本場のイメージが湧いてこないのだが・・・
9月4日(日)
一夜明ければ、また同じ道を9時間かけて四国まで帰ることになる。「吉崎御坊」と「東尋坊」に立ち寄る。今回の北陸旅は「浄土真宗」にご縁のある旅となった。二祖他阿上人、時衆一行も一遍亡き後北陸道を賦算して歩いた筈であるが、一向宗同様浄土真宗の「覇権」下に消滅したのだろうか。
9月3日(土)
越中おわら「風の盆」の最終日である。朝7時前のバスツアーに乗り込む。松山・西瀬戸自動車道で瀬戸内海を渡り、中国・名神・北陸道を二時間おきに小休憩をとり約9時間で富山入りする。小杉町の「香月」で腹ごしらえして八尾の町に到着する。いざ出陣である。福島・天満・下新町・今町・東町・上新町・諏訪町と歩き回る。
男踊り、女踊り、町流し、輪踊り・・・風情がありたっぷり祭り気分になる。印象的なのは浄土真宗本願寺派「聞名寺」の「風の盆法要供養」である。もともと八尾は聞名寺の門前町として栄えたまちである。本堂の真ん中に門信徒が集まり、本堂の廊下に輪を「つくりベテランの踊り手が流れるように踊る。「念仏踊り」の雰囲気である。
個人的には郡上踊りが好きで、二十台には徹夜して踊り明かしたことがある。暁時に夜露と踊りの汗でしっとりとぬれた浴衣姿で河原に三々五々屯するのだが、若い男と女が結ばれても自然だなと夢想した経験もある。
それにしてもラッシュのごとき人ごみ、カメラを持って傍若無人に振舞う男達・・・「風の盆」の風情はなくまるで「台風の盆」である。もし一遍生誕寺「宝厳寺」で盆踊り(念仏踊り)を再興できたら廊下を踏み抜くことになるのか。一瞬気が重くなる。境内の片隅で幼馴染と過ぎし青春時代を語り踊り狂うことを夢想すれば神仏に罰せられるだろうか。
9月2日(金)
散歩は天台宗の祝谷山常信寺。住職夫人が庭掃除中で立ち話する。先年私より数歳年下の住職が六十数歳で亡くなり若住職が頑張っている。苗字は「薄墨」である。
寛永12年(1635)、時の松山藩主松平定行公が松山城の鎮護興隆を願い、松山城の艮(北東の方角・鬼門)である現地に常信寺を建立した。初代住職には慈眼大師天海大僧正の高弟憲海を招請した。寛文8年(1668)10月19日、藩主定行公が亡くなられこの寺に葬られた。定行の父定勝は家康の異父弟で家康が与えた「隠岐守」は幕末まで先君の意向とし変わる事はなかった。松山藩は15万石であるが御三家に続ぐ格式で明治維新では「朝敵」の汚名を受けた。
寺の道を上ると「瀬戸風峠」に出る。昭和の始めまでは尾根道を通ると宝厳寺にまで行くことが出来た。とすると一遍や時衆はこの山道を通って瀬戸内の海岸に出たとも考えられる。
9月1日(木)
朝散歩は愛媛県護国神社。この神社は県知事の玉串訴訟問題で最高裁で敗訴になった象徴的な神社である。靖国神社の「県分社」なのか、県単位の祭神が祭られているのか全くの無知であるが、慰霊は靖国で会っているに違いあるまい。毎朝鳥居から頭を下げて小学校に通学した「幼児体験」が強いものだから、イデオロギーとしての靖国問題は肌に合わない。
大貫恵美子氏著「ねじ曲げられた桜 美意識と軍国主義」(岩波書店)をベースにするあれば夜を徹してでも議論するのだが・・・「死と再生としての桜」であればこそ、死を賛美し再生の場としての靖国があるとする著者の指摘に同感できる。A級戦犯論議になると「怨親平等」論議との整合性がないので、いま一歩前へ出ないでいる。
当選は間違いない当県の郵政民営化推進派の前代議士は護国神社に参拝し、宝厳寺にも参詣する。融通無碍というか日本人受けする思考と行動が、温暖な風土にあっているのかもしれない。メール会員から選挙に関するメッセージを頂いた。どうも支持政党は違うらしいが・・・