第四十二段 一遍会「掲示板」(平成十七年葉月八月)に日録を掲載せしこと。

8月31日(水)
子規記念博物館九月の子規の句をご紹介しましょう。 「草の花少しありけば道後なり  子規」
明治28年9月20日に柳原極堂(俳誌「ほととぎす」創始者)と松山の郊外を散策した時の句です。ご存知のようにこの年8月に子規は結核を病んで松山に帰省します。松山中学の教師として赴任していた旧友夏目漱石の下宿先「愚陀佛庵」で52日間の共同生活を送ることになります。
初めての吟行は愚陀佛庵→(常信寺)→砂土手(松山東高の西)→石手寺→御竹藪(道後公園)のコースを散策したことになります。軽く一万数千歩でしょうから病み上がりの子規は案外健脚だったんだなと思います。
砂土手から遠望するとご城下からの道後往還道の向こうに冠山(湯神社)や伊佐爾波の森が手に取るように見えたのでしょう。この句は「散策集」に漱石らとの吟行を含めて冒頭部分に載っています。
「散策集」は芭蕉の「奥の細道」のように俳文紀行(ちょっと大袈裟かな)になっていますのでご覧いただきたいものです。
8月30日(火)
宝厳寺ご住職は最近ご多忙で電話連絡が多かったのですが、下記の重要な案件があり本日はお寺にお伺いしました。
9月19日(月・祝日)子規記念博物館で長野県佐久市の「跡部の踊り念仏(無形民俗文化財)」が披露されます。公式行事はともかく、その後の「ご接待」についての相談です。昨日はその件で檀家総代ともお話し合いをしました。お互いに知恵は出せても「それにつけても金の欲しさよ」でスポンサー探しが当面の急務になりました。幸い理解のある地元企大業があるのでストレスは感じず、ご好意におすがりしようと思っています。まさに他力本願そのものです。いやはや。
8月29日(月)
やっと秋の風情となった。「朝散歩」を復活させる。再開初日でもあり松山藩八代藩主 松平隠岐守定静公が造営した松山神社に参拝しました。一昔前には東照宮とも呼ばれていた。往復30分の散歩でした。7時15分に神主の朝の祝詞があり挨拶を交わしました。境内から見る松山城と市内(ご城下)の光景は素晴らしいものです。
清々しい気持ちの一日でしたが、午後に放映された日本記者クラブでの党首討論会は「党首の真剣勝負」を感じました。日本では2大政党がいいのか、右から左までの多党政治が国民性に合っているのか・・・一神教でない神仏混在の宗教社会の長短にも通じるのかなと考えさせられました。
8月28日(日)
第十二代市川団十郎の白血病再発の疑いで入院治療のニュースが流れる。9月19日に県民文化会館での「松竹大歌舞伎 十一代目市川海老蔵襲名披露」で父子で出演することになっていた。新「海老蔵」は新之介時代に浅草や国立での若手歌舞伎で数回観たことがあるし、NHKの「武蔵」での印象は強烈である。十二代目団十郎の十代目海老蔵時代はあまり記憶がない。企業戦士時代は予約して高価な演劇を見る余裕はなく映画中心だったように思う。
第十一世団十郎については昭和30年頃と思うが九世海老蔵として光源氏を歌舞伎座で演じた「水もしたたる色気」をいまだに鮮明に記憶している。十一世団十郎は七世松本幸四郎の長男だから市川家との血縁ではないのだが、十二代目幸四郎を見ていると、まさに市川家の面構えと目玉だから驚く。「にらみ」は遺伝子までも変えてしまうのかなと思うほどである。
8月27日(土)
9月19日(月・祝日)松山市・道後の「子規記念博物館」で「子規と踊り」のテーマで「のぼさんとあそぼ」が開催されます。長野県佐久市から「跡部の踊り念仏(無形民俗文化財)」を招いて公開します。ぼつぼつですが、一遍復興の気運が出てきたようです。有難いことです。入場は無料ですが、整理券が必要です。同博物館(089−931−5566)までお問い合わせ下さい。
一遍会メール会員の皆さんにはパンフレットを添付しましたのでじっくりご覧になってください。後日、HP一遍会の「ホットニュース」に詳細を掲示致します。
文化団体の連携が悪くて、当日正宗寺(子規庵)では子規忌法要並びに記念講演が開催されます。申し訳ありませんが「踊念仏」を拝見しながら子規を偲んでいただけないでしょうか。
子規も下記の句を残しています。「見て来いや。面白いぞ。」と言っているようです。 「親負うて念仏踊り見に行ん  子規」
8月26日(金)
「愛媛三田会創立50周年記念誌」に掲載される拙論の校正依頼原稿が届く。
拙論は「愛媛と慶応義塾〜独立自尊を希求した二百七名の明治の大先輩〜」で『慶応義塾入社帳』(文久3年春〜明治34年11月)記載の愛媛県出身者のリストアップと卒業後の追跡が主題である。卒業生の履歴は不詳部分が多く、この論文を機として県内の三田会会員に各先輩の地元での新事実の発掘を要請したい。
8月25日(木)
終日、二本目の松の剪定作業に注力。夕食のビールの美味かったこと。
●高校同期会HP「東の窓」に下記をメールしましたのでご紹介します。多くの方からの「義安寺蛍」の書き込みを楽しく拝見しました。
『道後もほとんどの小川が暗渠になり、川の流れも楽しむことができなくなりました。今年は駄目でしたが、昨年は家の前を流れる「今市川」でも数匹の蛍を楽しむことが出来ました。道後を流れる川のほとんどは農業用水なので、このままでは農地の消滅とともに川もまた消失(暗渠化)してしまう運命です。
ダイキの大亀さんらと語って「観光河川」の新設を市に働きかけています。石手川から分流して義安寺周辺を通り、湯築城外(内)堀を回って・・・堀の内へのコースです。観光河川には鯉やフナやハヤが泳ぎまわり、夏には蛍、秋にはトンボが乱舞します。また伊予鉄の軌道も石畳ですが、ヨーロッパではよく見かけるグリーンベルト化して草道のベルトの上を「坊っちゃん列車」が走り、せせらぎが聞こえる風情は想像するだけでわくわくします。
篠原さんご提案の「ダム貯水」が実現して「観光用水」の水量が年間保障され、少しばかり自家用車の市内への流入が制限され・・・難問題続出ですが「念ずれば花開く」「やれば出来るは魔法の合言葉」を信じてドンキホーテ役を演じています。
朝夕秋の風情を感じるようになりました。青春時代強烈な印象を受けた俳句を思い出しました。
 芥川竜之介の自殺に際して    たましいのたとえば秋の蛍かな   飯田蛇笏
8月24日(水)
話題作の「亡国のイージス」を鑑賞しました。防衛庁の全面協力(?)らしく迫力満点で瞬時も注意力を散漫にせずに集中できました。戦後日本で制作した「戦争映画」としては最高傑作でしょうか。バーチャルで見る殺人には血の匂いもうめき声も感じ取れないだけに、イラク侵攻のTV実況映像と同じく「戦争を知らない息子や孫たち」には危険映画なのかもしれません。
鎌倉から室町、戦国時代の「戦争」は死と隣りあわせで死体が常に傍にあったからこそ、宗教も「実在」したのでしょうか。21世紀の「元寇」に対して「亡国日本」の国民として「イージス(砦)」をいかに築くかを考えさせられた2時間でした。お奨めしても良い映画かなと思っています。
8月23日(火)
「道後地区交通等総合的まちづくり案」が本日の寄り合いでほぼ地元の同意を得て、行政では県との折衝に入ることになりました。車より人に優しい温泉町・道後の二十一世紀マチづくりが順調に行けば平成19年には着工となります。明治初年以来の地積の測量もかなり進んできました。
甲子園を湧かせた済美高校の「やれば出来るは魔法の合言葉」ではありませんが温泉も人も温かい道後のマチづくりのお手伝いが出来ることは有難いと思っています。
9月に入ったら町内会の総会を開催して行政への協力と地元住民の期待を県・市にアピールしたいと考えています。一遍さんの遊行に相応しい「歩きのマチ」に生まれかわれるかどうか・・・
8月22日(月)
終日松の剪定。松はプロでも1日1本、日当は2万円である。リタイアしてから庭木の剪定に取り組んだが、松の剪定は躊躇した。素人は暑いうちであれば失敗しても松自身が直してくれるという出入りの職人の言葉を信じて挑戦した。2年ほどは職人が後日手直ししてくれたが最近は「免許皆伝?」らしく立ち寄ってもにやにや笑って帰っていく。
植物でも動物でも、まして人間であれば、生気があれば自らが自らを治癒することが可能らしい。最近中高年の自殺が統計的には急増しているが、宗門が悩める人に絶対他力の教えを伝えることが出来ないだろうか。一遍会は幸いにも一名の自殺者も出ていない。最近は「眠るがごとき大往生」の物故者が多い。有難い事である。
8月21日(日)
別府の会員の岩田さんから嬉しい便りが届く。『「焼酎一遍」を3本下記のサイトから購入することができました。良かったら、掲示板の方でも紹介して差し上げてください。近くの酒屋などでも聞いてみましたが、分からないようでした。せっかくなので、次回の一遍上人探究会に1本持っていこうかと考えています。』
ということでもあり、購入サイトをご紹介します。四国県内は酒屋経由で大丈夫と思いますが・・・ご一飲後、是非飲み仲間にもお勧めいただきたくお願い致します。
 【http://www.web-japone.com/S_umenisiki.htm】
(注)「酒百花昇栄丸」取り扱いで3150円以上は送料は550円。「小麦焼酎 一遍」は720ml1,260円(税込み)ですから、3本セットでの購入がお勧めです。
8月20日(土)
子規記念博物館の奥和久事務局長、中川耕児主査が来訪。9月19日同館が開催する「のぼさんと遊ぼ」行事の説明を受ける。「のぼさん」とは子規の子供当時の通称である。本年度の行事のテーマは「踊り」で佐久から踊念仏一行を招いて松山市民に披露する。併せて商工会議所青年部を中心に念仏踊りを「学習」することも計画に含めている。
念仏踊りが一遍生誕の地に定着するものかどうかの大実験でもある。本来の宗教行事を離れ「町起こし(観光資源)」として甦ることに一遍さんは賛同してくれるだろうか。一遍会の老若男女も揃って参加してエベントを盛り上げたいものである。
8月19日(金)
松山子規会8月例会(751回)に出席しました。講師は前子規記念博物館館長の長谷川孝士さんで演題は「二十一世紀に生きる子規の『はがき歌』」。本年度の第10回入賞作をご披露しましょう。
[松山市長賞]     妻へ:先ず妻の誕生日の日に丸印しるして今年の暦はじまる
[松山市教育長賞]  木を切る人へ:あの、その木いっていなかった?もっともっと生きたかった、ていってなかった?
[愛媛県知事賞]    お遍路さんへ:遙々とお四国踏んでくださった蜜柑ちぎってホイ持って行けや
[審査員特別賞]    思春期の娘へ:母さんは酸素を求める金魚です。ぱふぱふぱふとあなたを見ている。
[審査員特別賞]    おばあちゃんへ:最近ね、万葉仮名を習いました。さあ読めるかな。「安曽比仁幾天祢。」
[審査員特別賞]    会社の先輩へ:偶然に会うふりするため靴紐をほどいて結ぶこれで三度目
[審査員特別賞]    ヘンナトモダチヘ:買いましたマツ毛ビューラー四九八(ヨンキュウパ)安いもんだね幸せなんて
なんともついて行けない歌ですが、音読(微音読)していると明るい気持ちになります。携帯メッセージに五七五七七が普及すると新しい日本文化が芽生えないだろうか。
8月18日(木)
右足の痛みが取れないので近くの酒井整形外科医院を訪ねる。日大出身の医学博士で同世代のドクターである。ドクターに@加齢に拠るものかA背骨・骨盤の異常かB脳機能障害かCその他の要因かを訊ねる。10分以上の足の機能検査とレントゲンの診断で骨は15歳マイナスくらいの健全さで脊椎も全く異常なし。
ドクターから「困りましたな。原因が掴めないな。ところで自転車に乗りますか。いくら漕いでも足にストレスがかからない。そうですか。これは重要な所見です。××のストレスでしょう。対症療法として「かくかくしかじか」を毎日実行してください。薬は不要です。来週結果を知らせてください。
よもや自転車が治療方針の決め手になるとは、お釈迦様でも・・である。その瞬間、病気に対する不安は消え失せた。まさに悟りの境地である。痛みも消えたようである。
8月17日(水)
猛暑の為かパソコンが勝手に「昼寝」してしまいました。昵懇にしているNHK松山の元エンジニアの勝岡昭さんに連絡してアドバイスを求めました。
『慌てなさんな。故障したのですぐに修理したいなと焦ってますな。直そうと思ったら直りませんよ。』「はあ?」『パソコンは自分で正常になりたいと努力しているんです。静かにパソコンの声をお聞きなさい。パソコンに逆らっては行きませんよ。』「はあ?」『原因があって結果があるんです。パソコンを信頼してパソコンの声を聞いて、ひとつづつ問題を解決することですよ。』10分ほどで正常に戻った。
『直りましたか。良かった。良かった。』「何だか仏教の話を聞いて実践したような気分です。」『ほいなら、さよなら。また困ったら電話して・・・いつでも説教して上げるわ。』「勝岡さん、有難うございました。
他人にパソコンのことを聞かれたら『パソコンのことはパソコンに聞け。我は知らず。』と答えることにしましょうわい。」
8月16日(火)
今春朝日新聞(大阪企画委員)を退職した白鳥正夫さんのHP「白鳥正夫の関西ぶんか考」に一遍会OBの上田雅一さんが紹介されています。
【http://www.areabest.com/osaka/shiratori/index.html】
内閣府の「2005生活達人」にも選ばれた今年卆寿(90歳)を迎えた上田さんの倉敷芸文館で開催された「倉懐上映会」の報告です。「白鳥正夫の関西ぶんか考」も中々面白いし、上田さんの活動も新聞記者らしく非常にうまく取り纏めています。是非ご覧になってください。
尚上田さんのHP【http://home.e-catv.ne.jp/abc234/index.html】中「上田雅一のシネマなページ」は映画好き、写真好き、歴史好きの方には是非お勧めいたします。
8月15日(月)
敗戦の玉音放送・・・・・あの日も随分暑かったような記憶があります。今日の愛媛新聞に「朕ということば八月十五日  和田知子」が掲載されていました。「白露」同人で昭和七年生まれの俳人です。女学校一年生の少女の戦争終結の安堵感と鬼畜米兵の占領の恐怖感は「心の傷」として深く刻まれているのでしょうか。小生は小学校4年生、米軍の進駐までガキ仲間と国民学校の裏山で思いっきり軍歌を歌った記憶があります。
60年前には国民学校(小学校)の真下を流れる道後川(寺井川)には「義安寺蛍」が生息し、点滅する蛍の光を求めて散策したものでした。いよいよ「義安寺蛍」の復活に向けてのプロジェクトがスタートします。「清流を甦らすこと」と「車の通行を減らすこと」は至難の技でしょうが、歩き人中心の湯の町づくりに向かってやっと動き出しました。今日義安寺(河野義安創設の寺院)の住職が棚経の後嬉しそうに語ってくれました。
10年後の終戦70周年には、道後温泉本館の改修も九分通り完了し、車の心配もなく「義安寺蛍」を眺め、石手寺にも「新・山の辺の道」を通って参詣できそうです。
8月14日(日)
早朝6時10分に檀那寺である天臨山龍穏寺の住職に棚経を上げて頂きました。四歳の孫も正座してくれました。龍穏寺は戦前は十六日桜として著名な河野家の菩提寺でしたが、60年前の松山空襲の消失以降、小僧、雲水も居なくなり、住職のみの寺となって昔日の本堂も再建されず今日に至っています。住職の依頼もあり近々HP「熟田津今昔」に「天臨山龍穏寺」を紹介させていただくことにしました。本堂再建の一助になればと願っています。
8月13日(土)
お盆でもあり一遍会例会の参加者の激減を心配していましたが、三十数名の出席がありほっとしました。
「花のある」詩人・森原直子氏の「詩(ことば)の森にわけ入って」は忙しさの中で純粋さを喪失しがちなものにとっての清涼剤でもありました。鎌倉期の蒙古襲来の不安の中での一遍始め時代と共に生きた宗教家の言葉も庶民にとったは甘露なポエムだったのかもしれないなと感じました。現代詩と近代詩の区別も分かりませんが、詩人を囲んでお茶を飲みながら自由なひとときを持ちました。一遍会の旧会員である「念ずれば花開く」の詩人・坂村真民さんの詩の現代性にも言及しました。併せて真民さんの長寿を祈りました。
インターネット会員には森原直子氏の「詩(ことば)の森にわけ入って」のレジュメをお送りします。会場の雰囲気をお伝えすることは不可能ですが、ぜひ記載されている詩は、お念仏と同じように声を出して呼んでください。
8月12日(金)
猛暑の日中に墓所に参り、シキミを供え線香をくべました。春彼岸以来の「不幸者の先祖供養」といったところです。
昭和30年代紡績工場の女子寮の舎監が社会生活のスタートでした。寮生は新潟、富山、長野、岐阜出身者が中心でした。7月中旬の「新盆(にいぼん)」、8月中旬の「月遅れ盆」そして本来の「旧盆」の3形態が厳然と村々で守られていて今日の様な一斉休業とは違い生産管理が大変でした。松山では「月遅れ盆」が主流ですが、一遍生誕寺「宝厳寺」では秋彼岸の一遍忌にお施餓鬼も併せ行います。
正月とお盆を海外や県外で過ごす現代家族にとって、ご先祖様とのご対面は数年、いや10年に一回なのでしょうか。
8月11日(木)
愛媛県は保守王国で自民党天国ですが、残念ながら総理大臣が出ていません。結構有力候補はいましたが、寄ってたかって落選させる奇妙な県民性があるようです。異論をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが・・・現在ホープの一人が塩崎恭久さんです。財務官僚出身の二世議員で、安倍晋三さんの同志といった位置づけでしょうか。塩崎さんは「一遍忌」には必ず顔を出します。甲府出身の奥さんが時宗の檀家であり、結構時宗についても詳しい。
もっとも今回の総選挙が終わってからの一遍忌ですから、出席しても選挙運動にはなりませんが・・・ところで時宗の檀家の「先生」はいらっしゃるのでしょうか。少なくとも小泉総理は違うだろうなあと直感していますが、いやはや。
8月10日(水)
梅錦山川から「小麦焼酎 一遍」(720ml 1,260円)が本日発売になりました。愛媛県内の方は早めにお近くの酒屋に申し込んでください。すぐに売りきれる恐れがあります。県外の方は? 「梅錦」は全国ブランドですからお近くの梅錦取り扱い店にお問い合わせ下さい。冷酒で「一遍」を飲む。夏の楽しみが増えました。
8月9日(火)
岩田憲明さんのメールに触発されて「ダルヴィーシュ」の「スーフィーの物語」を本日「アマゾン」から入手しました。仏教説話と一味違ったイスラム説話がこんなにも面白いとは・・・170ページの分量ですが一気に読んでしまいました。気に入った物語を再度目を通して紹介したいなあと思います。
「三匹の魚」では頭のいい魚と半分頭のいい魚と馬鹿な魚が幸せに暮らしていたところ、人間が釣りに来て・・・結局頭のいい魚が救われて、馬鹿な魚が猫の餌になるという「当たり前の説話」は「仏教説話」のような宗教的な匂いがないのが何とも新鮮である。
8月8日(月)
予想通りというべきか「郵政民営化法案」が参院で否決され総選挙で民意を問うことになった。早速子規会から電話が届く。小泉首相が8月15日に靖国訪問をして選挙で小泉が勝ったら中国の反日運動が盛り上がるのではないかという。実は9月10日から13日まで中国・大連に出掛け、従軍記者当時の大連の子規を偲び、旅順観光をする予定である。今回の出来事が子規会の旅程にまで影響が出るとは思っていなかった。いやはやである。
8月7日(日)
9月のお彼岸前後に毎年開催している「窪寺まんじゅしゃげまつり」=「一遍忌」が変質してきた。もともとは一遍会主催で開催してきたが、第一世代の多くは逝去し、現地で実行していただく方々も老齢化してきた。今日現地の中川理事と電話で話し合う。
一昨年あたりから地元の若者が町おこし活動を活発化してきており、新旧交代がはっきりしてきた。ご好意でご接待を受けていたが、昨年から会費制を取り入れ本年から500円を頂戴して「おにぎり」と「こんにゃく」などの地元の農産物の昼食を用意していただくことになった。
「若者の熱意」と「有料化」により「窪寺まつり」のコンセプトを変えていくことになる。ご詠歌をフォークで、五線譜で、みんなして歌えるようにならないだろうか。町々村々で既に行事としてご詠歌が若者化している動きをご存知であれば、是非ご教示いただきたい。
8月6日(土)
渦中の人「小泉純一郎」首相のTV放映が原爆記念碑とともに流れている。昨夜は国会での苦悩に満ちた顔が印象的だった。63歳にしては頑張っている。縁戚に郵便局長が多いし、いろいろと議論することもある。当方は地方郵便局の「コンビニ化」を主張している。
現在特定郵便局長も定年は60歳でし、子供が引き継いでくれるとは限らない。本屋がなければ「アマゾン」を経由サービスで郵便局受け取りにすれば送料は殆どかからない。ベンダーを設置し飲料サービスをすれば過疎地の溜まり場にもなる。一日20本売れれば赤字になることもない。新聞、雑誌などなど返品自由な商品であれば、まずは損失は出ない。パソコン教室をして利用者とのネットを確立すれば新たな郵便局ネットは可能だ。病院・郵便局経由のサービス運転をやってみては・・・の段階までくると、「郵政民営化」も面白そうだという気になってくれる。
それにしても明後日は月曜日で参議院の議決が待っている。
●HP「東の窓」に「亀老山展望台に300人劇場があったのだ!!!」を投稿しました。
 昨年秋の卒業50周年記念同期会でしまなみ海道を観光しましたが、大島の「亀有山展望台」から眺めた360度の瀬戸内海の美しさは地中海の比ではないとよく言われます某建築誌に建築家隈研吾(くまけんご)氏の講演「建築にとって自然とは何なのか」が掲載されており、隈さんが「亀有山展望台」の設計者であることを始めて知りました。考えさせられる興味あるお話ですし、もう一度亀有山展望台からの光景を思い出していただきたいなあと思い抜粋しました。
【亀老山展望台】
 私どもが一九九三年に携わった、愛媛県の大島という島のプロジェクトです。ここは瀬戸内海の中でもいちばん島が多いエリアで、この山の頂きの上がすでにカットされ、舗装されているところに、町のモニュメントになる展望台をつくつてほしいというプロジエクトでした。しかし、私どもは現地にいって、山の上にそういうモニュメントをつくる時代ではないのではないかと思ったのです。せっかく瀬戸内海のきれいなところで、町の山自身がモニュメントになっているのですから、その山を元の形に復元するようなプロジェクトにできないか、ということを逆に提案したのです。木がないところには、そこに土を新たに盛り上げて木を植え、展望台を木の中に埋め込むようにしてもう一回自然に戻そうとしました。展望台の機能を持ちながら、見た目はただの山に見えるようなものにしようということです。出来上がって、木がだんだん育ってきて、見た目は穴のような入口から入っていきますと、コンクリートの底の部分に出て、階段を登っていくと瀬戸内海がダーツと見えるわけです。
 この提案を説得するのが大変でした。町長さんは「おらが町のモニュメントで目立つものをつくりたい」というタイプで、それに対してこちらが提案したのは、「なるべく見えないもの、元の自然のはうがいいんじゃないか」ということですから。そこで、展望台に向かう階段の部分に人が座ると三〇〇人のホールになるような設計をしたのです。この町は何も文化施設がない町でしたから、町長さんに「同じ予算の中で野外劇場もでき、展望台もできて一挙両得じゃないですか」とお話をしながら、少しずつ説得していってこの線のプロジェクトができたのです(略)
 300人の階段劇場までは気がつきませんでした。「ギリシャ悲劇」ならぬ「河野水軍瀬戸内悲劇」などを演じてもらえば再度訪れて見たいのですが・・・町長さん、いや新
8月5日(金)
8月度の例会の準備と9月度行事の確認作業。一遍さんは兵庫の観音堂で正慶二年(1289)8月23日辰(午前7時)に大往生を遂げた。新暦換算では9月になる。
@宝厳寺大施餓鬼・一遍上人忌は9月23日(金)午後、本堂にて実施。一遍会会員の物故者も合わせて供養をお願いしている。
A恒例の窪寺まんじゅしゃげ祭りは翌24日(土)窪寺跡界隈で開催する。まんじゅしゃげを眺めながら窪野米と自家製こんにゃくのご接待を受けるのが何よりの楽しさでもある。
B第6回青空市「道後いっぺんさん」は9月4日11時から宝厳寺駐車場で開催する。
C9月10日開催の9月度例会と併せ松山近郊の皆さんはどっぷり「一遍さん」に浸かって頂きたいものである。
8月4日(木)
一遍会インターネット会員で作家の七尾みつおさんは目下京都で町屋旅館経営の為「修行中」で毎日のようにメールが届く。修行先は伏せましょう。当方も「共通体験」を通して「道後温泉町おこし」の参考にさせていただいている。有難いことである。週刊誌の広告ではないが、見出しだけで内容が分かればかなりの京都通、文学通でしょうか。
○天狗が棲む(という)鞍馬山には
○祇園祭 鉾建て
○祇園祭 今日は宵山 
○祇園祭 山鉾巡行 祭見物は場所取りが肝要なり
○さすがは一族経営
○リュウとハルキ、どっちが好き?
○カレーごときで街おこしができるか! 横須賀海軍カレー
○仙人店主 くらしや木左衛門
○蕎麦屋にこら そば杏仁豆腐は至極です
○蒼空 「よい酒は必ずや天に通じ 人に通じる」
○一族経営だけあって 人を使うのが下手クソ
8月3日(水)
(1)イスラム教とは全く無縁な私ですが、岩田憲明さんの「むし湯」リポート中の「ダルヴィーシュ」のキーワードから「スーフィーの物語」に辿り着きました。ここでは仏教説話とは異質の説話に出くわし、早速アマゾンに注文を出しました。「スーフィーの物語」、イドリース・シャー(Idries Shah)著、美沢真之助訳
(2)サウジ国のファハド国王が8月1日逝去されました。【リヤド2日共同】によれば1日死去したサウジアラビアのファハド国王の葬儀は2日、首都リヤドで執り行われる。
イスラム教ワッハーブ派の伝統に従い、半旗は掲げられず、埋葬場所には墓石も設置されない独特の葬儀となる。葬儀にはアラブ諸国を中心に世界各国から弔問客が集まる予定。
だが石油大国の指導者の死去にしては極めて簡素なものとなり、遺体は一般の国民と同じ墓地に埋葬される。聖典コーランに忠実なワッハーブ派では、コーランに書かれていない行為は忌避される。このため弔問客が天幕の下に集まりコーヒーを飲んで過ごすなど、他のアラブ諸国では一般的なことも行われない。現世の富の一切が来世(アラー)の前には完全否定されていることが大変ショックでした。
(3)一遍会の講話のテーマは「清貧ということ」を予告済みで一遍さんとアッシジの聖フランシスコを対比して話を展開する予定でした。イスラム文化にも言及したくなり、ボツボツ関連書籍を読んでみるつもりです。
●HP「東の窓」に「「ミネラルウオーター」より安全で美味しい「水道水」を飲みたい!!!」を投稿しました。
篠原さん、今回の「山岳地下水開発技術検討委員会」第1回討論会ご苦労様でした。会場一杯の参加者をみて市民の関心の高さに驚きました。7月31日の「愛媛新聞」で「松山渇水対策第三案提示」の見出しで大きく取り上げられましたので更に関心が深まるに違いありません。最終的には「水収支と環境アセス」は同感ですが、水収支については経済的な水収支と政治的な水収支があるのではと思います。
安全と味覚のために「ミネラルウオーター」を費消する日本人ですが、水道水(タップウオーター)とブラインドテスト(同じ瓶詰めにしてどちらの水の味がいいかをチェックする)すると大阪では倍以上の人が「水道水がいい」(日経調査)という信じられない結果が出ています。東京でも「東京水」として市販されているそうですね。松山の水道水(タップウオーター)は東京や大阪に較べて確かにまずいと思います。将来、「地下水トンネル水道水」が「ミネラルウオーター」より安全で美味いということが明確になれば「奥道後水」が誕生しますね。大いに期待しています。
幸田志万さんの伊予の左公車と温泉碑の地下探査≠フコメント有難うございました。
「郷土史家幸田志万」さんといってもご存じないと思いますが、道後小学校6年梅組担任の渡部武夫先生です。五十数年振りに先生の謦咳に接し聖徳太子が建てられた「伊佐爾波の碑」の発掘を生涯を賭けて研究され、埋没場所を推定されたことを知りました。そこで専門家である篠原さんにご相談した次第です。「道後の町おこし」の一環で「地下水トンネル水道水」プロジェクトに負けないように問題提起していきましょう。もっとも「聖徳太子非存在」説が学会では有力ですし、ロマンだけでは1000万円の発掘資金は集まらないし、日本の「シュリーマン」も現れないのではと危惧しています。
「東の窓」の皆さん、聖徳太子が存在したと信じて居られる皆さん、いろいろな考え方やアイデアを教えてください。お願い致します。渡部先生をご存知の方も多いと思います。「奉加帳」を廻しましたときには何分とも宜しくお願い致します。
8月2日(火)
子規博物館、天野祐吉館長選の今月の子規の句は「炎天や草に息つく旅の人   子規」です。明治33年の夏の句ですが、明治35年秋には子規は逝去していますから、子規にとっては晩年に当たり、当然病床の句になりましょう。一読の瞬間、芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる  芭蕉」が浮かびました。
芭蕉の句の鑑賞とは違いますが「草」を俳句、「旅の人」を子規その人に当てはめると、炎天下根岸の庵の病床で俳句、和歌の改革に生命を削りながら苦闘している子規の壮絶な後半生が浮かんできました。本来は叙情的に解釈するのでしょうが・・・
子規博「はがき歌」全国コンテストの最優秀作をご披露しましょう。
「遙々とお四国を踏んでくださった 蜜柑ちぎってホイ持って行けや」
「おばあちゃんへ 最近ね 万葉仮名を習いました さあ読めるかな『安曽比仁幾天祢』」
8月1日(月)
新居浜の加地さん、「『遍路学事始』プレ研修」のご報告有難うございました。先月西予市の県歴史文化博物館に出掛け「歩いて描いた記録した〜お遍路さんとともに四国を廻った品々〜」も見学しました。70年前の遍路の用品を出品された白井トメさん(89歳)は新居浜の方だったのですね。保存状態もよく、強く印象に残っています。
珍しい見学スポットは窪野在住の中川重美理事に情報提供しておきます。窪野から一遍さんの修行地である岩屋寺までの修験道が再現できれば「世界遺産もの」(ちょっと大袈裟かな)なのでしょうが・・・
『新居浜史談』に@城と太鼓台 A大三島見聞録を寄稿しておられる由『地方史情報070』で知りました。是非一遍会例会でご発表をお願い致します。