第四十一段 一遍会「掲示板」(平成十七年文月七月)に日録を掲載せしこと。

7月31日(日)
岩田さん 「むし湯」の資料受け取りました。夏休み恒例の「孫台風」が襲来しゆっくりと机に向かえず失礼をしました。初見の情報に接して、驚きと興味で「湧く湧く」です。
@旧建物の瓦にl菊のご紋章」が・・・
A瀬戸内文化圏と石風呂、むし湯の広がり
B鉄輪むし湯内部構造と宗教儀礼
C「上人に従った桂室前、桂室中」の人物の正体?
接近中の「孫台風」が昼寝したときに、じっくりと読ませていただきます。有難うございました。
7月30日(土)
『伊予史談』338号に拙論「伊予松山藩士小林小太郎〜文久三年起『慶応義塾入社帳』筆頭記載者〜」が掲載されました。早速慶応義塾連合三田会の服部禮次郎会長(服部和光会長)と法学部寺崎修教授からメッセージが届きました。服部さんとは9月中旬に二年ぶりにお会いして慶応義塾の歴史についてお話をすることにしています。楽しみです。
愛媛大学で開催された「山岳地下水開発技術検討委員会」に出席しました(7月25日掲載)。
@山をくりぬいて巨大なトンネルに水を貯めることは技術的に可能なるも、少子化社会にあって30年後日本の人口が三分の一も減少すれば水飢饉が起こりうるのだろうか。
A多雨、日照り、猛暑と「天候不順」ですが、単に気候不順なのか、それとも「地球温暖化」で日本が「温帯」ゾーンから「亜熱帯」ゾーンに移行しているのではあるまいか。乾季と雨季の相互作用とすると洪水と旱魃の説明もつきやすい。
「空気も水も安全もただ」ではなくなったことを痛感する。ベンダサンのおっしゃった通りになって来たのであろうか。
7月29日(金)
お湿り程度の小雨では畑は湿らず、草花も息苦しそうです。元気なのは「ケール」(青汁の元)のみ。ジュース、油炒め、おひたしと三食とも食膳に上ってますが美味いものではありません。
関西以西(と思いますが)であれば年中栽培できますから「食糧危機の切り札」になるのではないかと思っています。連作が可能ですから空き地に播種されては如何でしょうか。「サカタのタネ」一袋で4人家族でも食べ切れないと思います。春には菜の花が楽しめます
7月28日(木)
鉄輪のむし湯の興味深いレポートを楽しみに待っています。
道後温泉も戦前には「砂湯」があり、足でかき混ぜると温泉が湧き出ていました。湯量の減少と不潔ということで今はなくなってしまいました。更に「先進県」とやらで塩素殺菌までしているのですから「流し湯ではないのか」と観光客に疑問を持たれています。
鉄輪の大正から昭和初期の記録は少ない由。ところで花街に類するものは別府に集中していて、鉄輪は長期湯治客が中心だったのでしょうか・・・
7月27日(水)
近年では珍しく映画をダブルで鑑賞しました。一応ロードショウの「星になった少年」(主演柳楽優弥)と京極夏彦原作「姑獲鳥(うぶめ/コカッチョウ)の夏」の二本。
前者は象と話が出来る日本の象使い少年の物語。犬や猫との対話を楽しむ時代だから象と話が出来ても不思議はないのだが・・・松山では砥部動物園の人工飼育のシロクマ君【ピース】と飼育員一家の交流が大きな話題になったし・・・アッシジの聖フランスコは小鳥に説教し、高山寺の明恵上人は鳥や栗鼠と一緒に修行し、一遍さんは自然に溶け込んだ仏教者だし・・・
後者は京極氏の原作を読んでいないと映像だけではなかなか理解できないのではと思う。架空存在(バーチャルリアリティ)は歴史上の人物にも当てはまる。今日学会では「聖徳太子」は架空存在となった。
「信じなければ確かめることの出来ない存在」を大切にしたい。平和も愛国心も正直も勤勉も神も仏もサンタクロースも「存在」はするだろうが「確かめること」は出来ない。
7月26日(火)
「塾田津今昔」第22章【一遍会講演記録 例会40年の歩み(資料集) (工事中)】は例会講演第220回まで記載しました。
この時期が「一遍会」の黄金時代ともいえましょう。バブルとの関連もあり、資金的にも潤沢でした。一遍生誕会に本山から他阿一雲上人を迎えて開催するなど、今は昔の物語の感がします。
7月25日(月)
週末に愛媛大学で開催される「山岳地下水開発技術検討委員会」出席のご案内があり、出席することにしました。松山の水資源問題は古くて新しい今日的問題ですが、解決のキーマンは・・・
ご存知のように肱川からの分水計画が撤退されましたが、今回突如@黒瀬ダム分水かA海水淡水化以外の選択肢はないとの加戸県知事の爆弾発言以来「政治問題化」してきました。選挙か利権か、どうもきな臭い匂いがしてきました。
そこでB山岳地下水開発という全くクリーンな環境融和型の提言が出てきました。平たく言えば「地球規模の井戸水活用」という「トンネル湧水とトンネル貯水」ということでしょうか。もしこのプロジェクトが実現すれば50万人都市松山の21世紀は大安心ですが・・・
それにしても一遍時衆にとっては、大水で困っても渇水で困ったことはなかったようですが・・・
●HP「東の窓」に「松山の水資源解決のキーマンは篠原俊憲さんだ!!!」を投稿しました。
7月24日(日)
7月30日一遍との縁が深い大三島の大山祇神社で薪能が開催される。三百年ぶりの幻の能「伊予乃湯」が甦る。貴重な能の写本が國學院大學図書館で「発見」され、金剛流家元金剛永謹氏がシテで上演される運びとなった。ご同慶の至りである。
江戸時代の作とされる幻の歌舞伎「一へん上人記(みやこのどうじょうゆぎょうねんぶつ)」が東京大学総合図書館に眠っている。歌舞伎・浄瑠璃の通の方に研究していただきたいものである。「一へんの仇討ち物語」だから宗門ではお嫌いかもしれませんね。
7月23日(土)
第155回「松山坊っちゃん会」出席。済美高校(高校野球初出場で初優勝。「やれば出来るが魔法の合言葉」でご存知でしょう。)の寺岡信子氏から「小説『こころ』と現代高校生」についての講話。
ご存知の先生(私)と「K」とお嬢さんを巡る三角関係ですが、現代学生は「先生(私)」の行動を是とするものが圧倒的に多くなってきた由。
初読は高校時代の夏休みと思うが、「友の憂いに我は泣き我が悦びに友は舞う」ことを至上としていたし、教養時代はキエルケゴールの感化で哲学的・文学的失恋?に酔っていたので、「先生(私」)の生き方を肯定したことはなかった。正直仮面をかぶった青春時代の恋愛体験だったのかも知れない。
一遍を巡る女性像については瀬戸内寂聴さんの「花に問え」しかイメージが浮かんでこない。女性が描いた一遍の小説、エッセイをご存知の方ぜひ情報をお寄せ下さい。時衆尼集団に最近強い関心を抱いておりますので宜しくお願いします。
7月22日(金)
「道後地区交通等総合的まちづくり協議会」が開催され地元の世話人として出席しました。
都市設計家の小野寺康氏も出席しマスタープランの骨格が纏まりました。「車より人優先」「回遊型観光コース」「お祭り広場の拡充」「町ぐるみの歴史・文化発信」などやや理想・アイデア先行ですが・・・次世代に何を残そうかということで参加者の同意が得られました。
一遍生誕寺の宝厳寺をどのように組み入れるか、「一遍上人像(重要文化財)」や「河野氏系図」を展示する「宝物館」が是非欲しいところです。会員OBの上田雅一さん作成の一遍関連のフィルムは20本近くありますから是非皆さんにご覧いただきたいものです。
●HP「東の窓」に「映画「がんばっていきまっしょい 」が明日から再上映です」を投稿しました。
「がんばっていきまっしょい 」のテレビ放映は好調のようで何よりです。ところで「シネマルナティック湊町」(松山劇場2階)で監督:磯村一路 出演:田中麗奈/中島朋子の映画「がんばっていきまっしょい 」が 7月23日から8月5日(12:10)まで 再上映されます
猛暑で日中は体を動かすのも億劫ですが、冷房の効いたガラガラの映画館っていいですよ。今日は韓国映画「大統領の理容師」を楽しんできます。今月のお薦めは「大統領の理容師」「星になった少年」と「ウイスキー」でしょうか。
7月21日(木)
朝から30度を越す猛暑に完全にグロッキーになりました。出産手伝いで妻が上京したので10数年振りに自炊生活に入る。
テキストは海上自衛隊給与班長高森直史一等海佐著「自炊のすすめ」である。現役時代激務ではあったが外食は「寂しい」ので単身赴任の6年間自炊したので自炊は楽しみ?ではあるが、この暑さでは・・・
家事の合間にHP「一遍会の記録」は第210回例会分まで掲載しました。オフセット印刷開始は第205回例会(平成元年3月)分からです。それ以前は昔懐かしいタイプ印刷でした。
7月20日(水)
全くの私事ですが、第4番目の孫が今日12:33分に誕生しました。
息子二人に、それぞれ男、女の孫を得ました。有難いことと思っています。最近の出生率を見ていると「在り難い」ことかなとも思い喜んでいる次第です。もっとも実父が古希の年には孫は大学受験の真っ最中だったことを思うと、孫に「じいじ」の元気な後姿を見せられないし、孫の結婚式に出ることは到底無理かなと思うと心寂しい気もしました。
聖戒が一遍の実子とすると父との別れは30歳だから「孫がいても不思議ではないなあ」と突拍子もないことが頭をよぎりました。いやはや。
7月19日(火)
毎月19日は子規の命日に因んで例会が開催されます。
当方が企画した「大連(正岡子規の句碑見学)・旅順の旅 三泊四日」の参加が20名に達し出発が確定した。9月10日〜13日だが旅順の203高地、東鶏冠山、水師営など「坂の上の雲」のコースも勿論回ることになる。格安の9万円ポッキリが受けたようだ。
参加者には子規記念博物館竹田美喜副館長や県俳句協会乾英司副会長の名前もあり、現地で「文化セミナー」が開催できそうである。参加のご希望があれば7月中にお申し出下さい。取り扱い旅行社はタビックス(089−932−7000)です。
7月18日(月)
梅雨明け宣言が出て本格的な猛暑となる。
県民文化会館で「郵便局を守ろう!愛媛県民大会」が開催され新井センセも出席し得意の郵政民営化反対を約30分演説。臨席のご老人が「参議院議員の選挙演説かいな」の一言が印象的である。1100名参加。
親戚の郵便局長ファミリー二組が我が家に集まり「喧々諤々」ならぬ「和気藹々」でおしゃべり。当方の立場は「過疎地の郵便局の文化発信局化」である。道後温泉の本館内に郵便局業務を併営したら・・・如何なものか。
7月17日(日)
古希を誕生日を迎えました。今年は戦後60年ですが、10歳の年の「日記帳」を久しぶりに開いてみました。軍国少年だったことを再確認しました。いやはや。
【硫黄島】
行け行け大空航空兵 ぼくも行こう君も行こう硫黄島 飛燕に乗って大手柄 お国に捧げこの体
行く行く大空航空兵 ぼくも行くぞ君も行こうぞ硫黄島 飛燕に乗って大爆撃 お国に捧ぐこの体
【米鬼】
米鬼は本土爆撃だ にくいアメリカ艦載機 にくい敵機を撃ち落せ
米鬼は本土爆撃だ にくいアメリカB29 にくい敵機を撃墜せよ
あのにくいアメリカの ヤンキーをこの手で押しつぶせ 勝つ勝つ大日本帝国は
【空の撃墜大王】
空の撃墜大王は残念ながら花と散り 愛知県下に 墜落だ
空の撃墜大王は 遠藤大尉その方だ 空の大王も花と散る
二階級特進だ 功三旭四頂いた 空の大王遠藤中佐 続く僕らの遠藤中佐
7月16日(土)
会員の方からメッセージを頂きました。私は平和運動も少しやっているのですが、知り合いから真宗大谷派の最高議決機関である宗会において6月14日『日本国憲法「改正」反対決議』が宗議会にて可決されたそうです。時宗はどう考えてるのでしょうか?
以下のご返事を差し上げました。
メール有難うございました。ところで「日本国憲法改正」に関しての時宗の態度についてのお問い合わせですが、宗門についての動向は殆ど承知しておりません。ご住職とは毎月お会いしていますのでお聞きしてみましょう。
一遍の思想は「怨親平等」であり「山川草木悉皆成仏」でしょうから、戦争・平和の論議は「怨みを捨て去る」ことが大前提でした。草や木が功徳を積んで仏になるのではなく草や木を見る人間が仏になるときに草や木も人間と一緒に仏になるということだろうと思います。
「宗教者」の政治的発言は大賛成ですが、「宗門」の政治的発言については洋の東西を通して歴史的な反省から如何なものかと考えています。時宗も同様ですが、宗教は信仰ですから、大衆の討議の結論を「予定」していない筈です。「一遍会」は文化団体ですが個人の信仰・信条には触れないことにしています。
ところで一遍は日本の運命を決める惧れがあった元寇の時代に「遊行」を続け、従弟に当たる河野道有は海上・陸上で果敢に戦い鎌倉武将の範として以後の伊予国の覇権を確立しました。一遍にとっては国をも捨て切ったのかも知れませんが・・・・・
7月15日(金)
「熟田津今昔」の【第二十二章 一遍会講演記録 例会40年の歩み(資料集)】にやっと200回までデータを記入しました。現在401回ですからズバリ「道半ば」です。なかなか興味ある講演録もあり、ついつい読んでしまうのでなかなか前には進めません。完了は年末が目標ですから大丈夫でしょう。ご興味のある講義録があればお問い合わせ下さい。
7月14日(木)
子規記念博物館で調べものをしました。愛媛県下ではベストセラー郷土俳句シリーズの最近版「石田波郷」にも目を通しました。同書の「百人百句」中「百日紅ごくごく水を呑むばかり」に下記鑑賞を寄稿しました。
『生命力漲る夏、人も犬も暑熱にあえぎ渇した時に冷たい水を飛びつくように一気に飲み干す。「ごくごく」とのどごしの爽快感は何とも心地よい。耳に響くリズム感のある歯切れの良い句である。ふと夏を象徴する「百日紅」を目にし、「ばかり」という表現が一途に汗の吹き出す体の一瞬を捉える。昭和十二,三年の東京下町の情景が目に浮かぶ。水道の蛇口からというより若者ならかえって井戸の方が男らしい。閉ざされた空間でなく背景に広がりがある。そこに「他の想念を一切拒否してゐる」との作者の自信に満ちた青春の主張がある。』 
「百日紅」はこの句では「さるすべり」ではなく「ひゃくじつこう」と読まなければ勢いが伝わってきません。町を歩くと百日紅の花が目に付きます。ぜひこの句を思い出して水でも麦酒でもごくごく、ぐいぐい召し上がって下さい。   「百日紅ごくごく水を呑むむばかり  石田波郷」  
7月13日(水)
ダイキ(株)の大亀副会長と懇談しました。ダイキは一遍会の協賛会員です。ビッグなニュースが具体化しそうです。
今秋うまくいくと佐久から踊念仏を招くという計画が実現できそうです。子記念博物館の天野祐吉館長が最近一遍に大変興味を示して頂き、佐久まで出掛けられて踊念仏の招聘をPRしていただいた次第です。スポンサーがダイキさんであれば資金的な苦労がありませんから大助かりです。出来れば映画「捨聖 一遍上人伝」を上映したいものです。
秋のお彼岸が一遍さんの一ヶ月後れの命日でもありますが・・・いずれにしてもお手伝いできるのであれば有難いと思っています。
7月12日(火)
7月度例会が終了し、本日インターネット会員の方に「定期便」を発送しました。
(一)「一遍会報307号」は圓増治之氏「一遍と良寛」、三好恭治氏「一遍と神々の出会い(3)尼僧ということ(下)」と「一遍生誕会詳報」を掲載しております。
(二)7月度講演熊澤芳裕氏「別当大師 光定(こうじょう)」のレジュメを添付しました。HP「月例会のお知らせ」に掲載している「大師光定(779〜858)の紹介」も併せてお目通し下さい。最澄亡き後天台宗を支え続けた松山(北条)出身の光定の再評価が進んでおります。ご関心のある方はお問い合わせ下さい。
レジュメは著作権の関連でHPには掲載できません。会員以外の方には申し訳ありません。今後はこういったケースが多くなるだろうと思います。ご了承下さい。インターネットを常用されない遠隔地会員には毎月資料をお送りしております。ご興味のある方はお問い合わせ下さい。
7月11日(月)
昨日の「近藤宗弘」さんにつき「伊佐爾波」さんから早速コメントを頂きました。深謝。早速みなさんにご紹介いたしましょう。
川内の近藤家は夏目漱石が晩秋の「白猪の滝」観瀑時に宿泊した家として有名である。
   雲来り雲去る瀑の紅葉かな(漱石) 
この句は名勝・白猪の滝の脇にある案内に記されている。そこには「漱石は,明治28年11月に子規が泊まった近藤家に泊まり、翌日に観瀑する。漱石は、子規への手紙に蓑笠にて白猪唐岬に瀑一覧致候と綴き送っている。」とあり,この句は,その折に詠まれたもの.
より詳しくは11月3日に松山を出発し,伊予鉄道横河原線で平井駅へ。ここからは徒歩もしくは人力によって河之内の近藤家(子規の親類)まで向かい,ここで宿泊したとされる.翌日に,近藤家を出立して,ゆっくりとした歩みで白猪の滝と唐岬の滝を目指した。明治の当時となれば鬱蒼とした山路を歩んだことになろう。「蓑笠にて白猪唐岬に瀑一覧致候」とあるように秋雨の中の観瀑となり,その様子を記したものに「山紅葉雨の中行く爆見かな(漱石)」がある。
7月10日(日)
一遍会会員の「近藤宗弘」さんから「法然仏教の研究」を頂戴しました。早速勉強させて頂きました。是非一遍会例会でご披露いただきたいと考えています。皆さんのご意見を伺いたいのですが、会員の方で論文掲載をご希望の方に一遍会HPを提供したいのですが・・
「グーグル」検索マシンと相性が良くて、一遍会HPに掲載すると、数日後には「グーグル」で検索可能になりのでお役に立てるのではないかと考えております。WINDOWS仕様のフロッピーでお送りいただければ当方は特に煩雑ではありませんので念為。
7月9日(土)
豪雨の中での401回例会開催。正直なところ出席者のドカ減を心配したが37名が顔を揃えた。事務局の杞憂に終わった。やれやれ。「梅錦山川」の山川社長が出席。「小麦焼酎『一遍』」の誕生秘話など披露あり。8月に第2回目の出荷の予定である。
八月度講師の森原直子さんのご紹介をします。
『詩と出会った十三歳の夏、姉の詩のノートを盗み見たときから、その詩の森の深さも、険しさも知らずに書き続けてきた。森は年々混沌と深まるばかりだが、そんなときは、愛する詩人たちの詩の飛沫に浴したいと思うのである。』
日本現代詩人会会員。日本詩人クラブ会員。愛媛詩話会事務局。詩誌『野獣』主宰。詩誌「こすもす」「多島海」同人。総合文芸誌『POINTぽあん』編集。著作 詩集『風待草』『花入れの条件』詩画集『トマト伝説』ほか。
7月8日(金)
「Google」で何気なく「一遍聖絵」を検索したら第1ページに『時宗文化』と並んで「一遍徒然草紙」が掲載されている。な、なんと!絶句する。調子に乗って「一遍聖絵」と「大橋俊雄」で検索すると、なんと「熟田津今昔」が掲載されている。
故三波春夫さんではないが、これすべてHP「一遍会」を検索していただいている一遍フアンのお蔭です。有難うございます。がんばっていきましょい。
(注)「がんばっていきましょい」は松山人は100%知っている小説の名前です。目下TV放映中です。放送局:関東地区はフジテレビ・関西地区は関西テレビ・他に全国の系列局 放送日:7月5日から毎週火曜よる10:00
7月7日(木)
一遍会八月例会の講師と演題が決定。やれやれである。講師は現在松山で最も魅力的な女性詩人の森原直子さん。一遍会の会員であった故山本耕一路翁が主宰した詩誌「野獣」の主宰を引き継いだ。演題は「詩(ことば)の森にわけ入って」である。詩には無縁の方もいらっしゃると思い、森原直子さんの詩を時々ご紹介していきたい。
7月6日(水)
暫しの梅雨の晴れ間、天に上りては老躯に鞭打って雨樋の修理と落ち葉の撤去、地に下りては草花の移植と大忙しでした。
8月13日から「聖徳太子と国宝法隆寺展」が開催されます。この機会にで「聖徳太子」「道後」「一遍」のキーワードで「夏休みの宿題」を纏めてみたいなと思っています。
7月5日(火)
8月1日から「道後温泉まつり」が始まります。当日朝9:30「湯釜薬師祭り」が最初の行事です。湯釜薬師には河野通有の依頼で一遍が「南無阿弥陀仏」を刻んだという伝承があります。河野の勇将通有と一遍は従兄弟同士です。道後商店街振興組合から招待状が来て勿論出席の旨連絡しました。今年のお供えは「焼酎一遍」で決まりです。
7月4日(月)
降り戻しの雨が終日降っています。ここ数日で野菜類が急に成長したようです。
7月9日開催の一遍会7月度例会を控えて4〜6月の1/4半期の収支決算をしました。収入の部の進捗は95.5%。支出の部の進捗は22.0%で順調に推移しています。なんとか年内に会員の国内旅行を実現したく「作戦」を練っています。「子規会」の方は9月に中国・大連行き(子規の句が残っています)が決定しました。
7月3日(日)
やっと午後から雨がおさまりました。水不足が気分的には解決しましたが・・・
一遍フアンで一遍会の催事(一遍生誕会、新年懇親会)では素晴らしい歌を披露していただいている「阿部春子」さんの「第9回チャリティーほのぼのコンサート」に本日午後「テレビ愛媛」の「ヴィヴィットホール」で開催されました。彼女の笑顔と暖かい眼差しと素晴らしい歌の数々に2時間たっぷりが夢のように過ぎました。一遍会からも十数名参加しましたが二百数十名の会場は満席でした。
「あべはるこ」さん、おめでとうございました。今年も一遍会の催事で素晴らしい歌を「奉納」して下さい。
7月2日(土)
日中はかなり激しい雨となる。夕方道後温泉に出掛けると話題は恵みの雨の話となる。それにしても「天気予報」は当たらない。分析は立派だが、知りたいのは明日の天気なのだが・・・
一遍さんフアンのルポ作家の「七尾みつお」さんから「インターネット会員」の申し出を頂く。京都に「一遍会」の拠点が出来たような気がする。有難いことである。
7月1日(金)
一遍会HPの加筆修正をしました。集中したので暑さを忘れましたが、夕方になって雷鳴を伴った豪雨が深更まで降っています。二、三日は畑や庭の水遣りが解放されるかと思うとハッピー気分です。まさに「雨雨降れ降れ・・・」の心境です。