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第三十九段 一遍会「掲示板」(平成十七年皐月五月)に日録を掲載せしこと
| 5月1日(日) |
| 歴史エッセイ「熟田津今昔」第20章「道後庄屋催事記」に旧暦正月催事を加筆。フォームが決まらないので当分は「工事中」の表示を続ける予定。 |
| 映画「アビエイター」鑑賞。アメリカの大実業家ハワード・ヒューズの「実話」と「神話」をスコセッシ監督がレオナルド・ディカプリオを主演にハリウッド仕立てして3時間の大作。キャサリン・ヘップバーン、エヴァ・ガードナーとの色恋と30〜40年代のジャズと来ると、わが青春と若干重なるところもある。それにしても映画は面白い。4月は「アビエイター」「火火」「ベルリン・フィルと子どもたち」の3本を鑑賞した。5月も名画が目白押しで上映される。 |
| 5月2日(月) |
| 東京に居る息子は本日は「出勤」で最終便で里帰りしてきます。家族は一足先に帰省しています。「猛烈社員」当時を思い出します。ところで一冊の書籍が届きました。学習研究社から五月発売の東雅夫著『妖怪伝説奇聞』です。雑誌『ムー』連載の「日本伝説紀行」を取り纏めたものですが、第十章「松山蛇骨伝説」は拙宅に伝来する物語です。東さんのインタヴューを受けました。蛇骨は現在【奥道後観光ホテル】庭園の【竜姫堂】のご神体です。物好きの夏目漱石も現地「湧ヶ淵」に立ち寄り句を残しました。 |
| 湧ケ淵三好秀保大蛇を斬るところ 蛇を斬った岩と聞けば淵寒し 漱石 |
| 散歩のついでに書肆で立ち読みしていただいたら(出版社に叱られるかな)幸甚です。 |
| 5月3日(火) |
| 「師範学校」卒業の梅木さんと情報交換。現在松山城と道後湯之町のボランティアを担当している由。この御仁から突拍子もないの話を聞いた。延喜式内「伊佐爾波神社」の元々の境内を流れる道後川に「御手洗橋」と「湯桁橋」が架かっている。昭和初年梅木さんの幼少時代に川遊びをしていて、「御手洗橋」の橋桁の裏面(川向き)に難解な漢字が刻まれていた記憶がある。今回「御手洗橋」の大幅な改修があるのでコンクリート舗装の橋桁をばらして往時の姿に戻してほしい。もしかすると「聖徳太子の伊佐爾波の丘入湯時に詠まれて幻の温泉碑かも知れない」。 |
| 江戸時代には「聖徳太子の温泉碑」を見たという資料もあり、神仏分離時に「橋桁」にしたということもあながちありえない話でもない。野次馬は多いほど話題になりそうなので復元運動のお手伝いすることにした。またひとつ仕事が増えた。 |
| 5月4日(水) |
| 熊本日日新聞から抜粋しました。ビッグニュースです。国内最古級 玉名市高瀬の願行寺に伝わる高僧像 玉名市教委発表 玉名市教委は二日、修復を進めていた同市高瀬の願行寺(近江仙州住職)に伝わる僧形倚(い)像が、踊り念仏で知られる一遍が開いた時宗の高僧像としては国内最古級のものだと分かったと発表した。ヒノキ製の像はいすに座った姿で、高さ一二一センチ、座高八二センチ。寺伝では時宗三世・其阿(ごあ)上人像とされていたが、同市教委は、「一遍上人絵伝」などにある大きな頭頂部、特異な眼光・ほほ骨から一遍自身ではないかと期待を寄せている。 時宗の高僧像は、銘のついたものでは滋賀・高宮寺の伝切阿(せつあ)上人座像(国重文、一三二七年作)が最古級とされ、願行寺の像も姿、構造が似ていたことから同年代の作とみられるという。同寺には座像がもう一体残っているが、こちらは倚像より新しいとみられる。一遍は一二七六年の九州遊行で、玉名を訪れたことが分かっている。願行寺は県内にある時宗唯一の寺。像は同寺庫裏の屋根裏に残され、一九八四(昭和五十九)年の市史編さんに伴う調査存在が確認された。しかし、像自体がバラバラで、左右の玉眼が欠けるなど破損が激しく、住友財団の助成を受け昨年から修復作業が続けられていた。もう一体も本年度修復される予定。県立美術館では七月八日から、県内仏教美術を一堂に集めた「親子でみる不思議な世界展〜お寺探検」でこの倚像を公開する。 |
| 5月5日(木) |
| 岩田憲明さん「鉄輪温泉」資料ご送付有難うございました。 |
| 1)第1回『むし湯』勉強会 後藤美鈴女将や岩田さんの名前を参加者名簿で確認しました。貴重な写真の時代確定は結構大作業となりますね。 |
| 2)添付の「鉄輪温泉の物語性」は「鉄輪温泉フアン」にとっては興味あるコピーです。独り占めしては悪いから皆さんにアドレスをお知らせします。是非お訪ね下さい。 |
| 【Viento 〜おおいたの風〜 2005 Winter Vol.7】 |
| 3)大分合同新聞社刊「月刊ミックス」2005・5号は写真が物悲しくて「戦前かな」と錯覚しました。湯治の老人が笠智衆に似ていたからかもしれません。「一遍会」で披露させていただきます。是非纏まって「鉄輪研修」を実施したいものです。 |
| 私事ですが「子息軍団」が今夕帰京し、拙宅の「黄金週間」は無事完結しました。皆さんのお宅では如何でしたか。 |
| 5月6日(金) |
| 月一回の「奥道後ホテル」での清遊。@道後温泉一帯で唯一硫黄泉であることA湯量が豊富で流し湯であることで「差別化」を図っている。とは云え経営は苦しい。温泉に敏感な観光客にお勧めの道後一帯でのベスト温泉は奥道後温泉「大理石浴場」。硫黄の匂いとすべすべ感で真正の温泉であることを体験できる。處幸治総支配人は国学院大卒の歴史・民俗関心派で話がよく噛み合う。園内で出会う。フジの最盛期が過ぎたことを慰めてくれる。「四国の大将」故坪内寿夫氏の養子洋輔常務企画担当とはメール仲間。5月2日付紹介の東雅夫著『妖怪伝説奇聞』から「竜に繋がる温泉」チャネルを提案する。竜ならば瑞兆であり、一遍さんも登場する筈であるが・・・ |
| 5月7日(土) |
| 小学校時代の恩師渡部武夫先生が拙宅に来られる。先生は「幸田志万」名で郷土史研究者として著名。「熟田津考」「熟田津考」「伊予の左公車と『(聖徳太子)温泉碑』の地下探査」等の著作あり。90歳を超えても矍鑠としておられるが難聴である。用向きは先生の研究の後継者依頼である。道後の旧家育ちである小生に白羽の矢を立ててくださったらしい。 |
| 「古田史学」を含めて古代史へのロマンは感じるが「熟田津研究」は考古学を前提にすべきと考え鄭重にお断りする。恩師の求めしものは求めるが、恩師の址は求めずといったところか。先生の寂しそうな後姿が気になるのだが・・・これもまた、一遍の最晩年と二祖他阿上人の事跡がダブって見えてくる。 |
| 5月8日(日) |
| 「伊予史談会」の「しまなみ大島巡検」に参加し、瀬戸内の大島に渡る。所謂「三島村上」は因島・能島・来島の村上水軍(海賊・海軍)であり、能島村上は「村上武吉」が著名である。因島村上は毛利水軍、来島村上は河野水軍的性格を有するが、能島村上は室町末期から豊織時代に独自の水軍(海賊)として瀬戸内を支配した。宮窪港から小船で能島に渡り本丸・二の丸・三の丸遺跡を見学する。潮流と渦の勢いは一見の価値あり。 |
| 宮窪の「村上水軍博物館」(http://www.city.imabari.ehime.jp/bunka/suigun/greeting.html)で矢野館長や学芸員から説明を受ける。 |
| 5月9日(月) |
| 映画「ピエロの赤い鼻」(http://www.wisepolicy.com/effroyables_jardins/)を鑑賞する。イデオロギー的な反戦映画の影が薄くなる粋な仏蘭西映画である。陽気なピエロの仮面に隠された孤独・勇気・希望・真実・友情・親子の情などなど・・・現代が喪いかけた愛の世界が甦ってくる感じでした。。 |
| ところで高校同期会HP「東の窓」(http://www.geocities.jp/kuma_piero/east-window.htmを運営している友人のネームは「ピエロ」です。日本一の同期会HPと自負しています。一度お訪ねいただけませんか。 |
| 5月10日(火) |
| 毎月第2火曜日は「六時屋サミット」を開催している。「超常識」による時代観察と提言を目指してはいるのだが・・・メンバーは小・中学校の仲間たちだが、「松山名産タルト」の「六時屋」は顔馴染みであり、コーヒー一杯で3時間気兼ねなくミーティングができる。小売店主、アートディレクター、元歴史教師、ビジネスマンと多種多様だから話題は尽きない。たとえば「停電による出産数増加・少子化施策」「【消費財】としての子供から【生産財】としての子供への価値転換」「アメリカにおける葬儀ビジネスの日本導入」などなど。 |
| 5月11日(水) |
| 「勝岡備前守」から「国内最古級 玉名市高瀬の願行寺に伝わる高僧像」(「ホットニュース」掲載中)に高僧の写真が添付していないのは如何かとの指摘がありました。ご指摘有難うございます。早速写真を添付しました。「ホットニュース」をご覧頂いた感想は?個人的には立像の方が一遍に相応しい「勝岡備前守」から「国内最古級 玉名市高瀬の願行寺に伝わる高僧像」(「ホットニュース」掲載中)に高僧の写真が添付していないのは如何かとの指摘がありました。ご指摘有難うございます。早速写真を添付しました。「ホットニュース」をご覧頂いた感想は?個人的には立像の方が一遍に相応しいとは思うのですが・・ |
| 5月12日(木) |
| 「時宗文化」第11号(2005.4)を落手する。終日書斎にこもって読書に耽る。 |
| (1)聖戒は一遍・時宗批判とどう向き合ったか(砂川博) |
| (2)『一遍聖絵』巻三「三輩九品の念仏道場」について(金井清光) |
| (3)遊行回国(聖戒の経歴など)(戸村浩人) |
| (4)書評・梅谷繁樹氏著『一遍の語録を読む』上下(金井清光) などなどです。 |
| 砂川論文で「一遍の権威を守ろうとする聖戒の『一遍聖絵』の編集方針」の指摘は「聖戒・一遍実子説」と全く矛盾しない、むしろ補強する考えでもあります。「三輩九品の念仏道場」は伊予国河野家縁の道場であり、梅谷繁樹師からも是非研究しなさいとアドバイスされているテーマである。今回の金井論文は大いに参考となった。 |
| NHKで本年3月まで12回にわたって放送された梅谷繁樹著『一遍の語録を読む』上下の書評であるが、金井論文で啓発を受けた箇所も多く再読することにした。なお梅谷師からの連絡では一部改訂して上梓の予定である。 |
| 5月13日(金) |
| 子規の友人で東京大学予備門で共に落第した同郷の「尾田信直」を調査中。「大分県尋常中学校教頭」まで辿り着き大分上野丘高校に照会するも保存資料に無し。県の公文書で確認となると厄介である。「文学士」とあるから「帝大卒」であろうが・・・「南方熊楠全集」から「子規」の記述2箇所を拾う。彼も大学予備門で同級であり「日記」には子規らの「落第者名簿」を記載していうというのだが・・・今秋の【論文発表】にむけて一遍・子規ともに資料集めに東奔西走中である。 |
| 5月14日(土) |
| 一遍会第399回例会開催。年会費納入65名で、本年は70名台達成の見通しである。まずは目出度い。「総会」で新理事2名選出。一名は宝厳寺檀信徒総代の蜂須賀さん、もう一人は松本さんで詩吟の名手で年賀式、一遍誕生会で一遍に関する歌を披露してもらっている。講演は今村威理事「湯聖一遍さん」で鉄輪温泉と一遍の話に熱が入る。岩田憲明さんからの情報(掲示板記載)を「道後関所番」が補足して説明する。 |
| 次回は400回例会。記念講演は小沼大八代表「『一遍聖絵』あれこれ」。特別企画は20年前の一遍会活動のフィルム上映予定。事務局は「一遍会400回例会記録」を編集する。今秋にはHPに掲載し、インターネット会員へのサービスを実施する予定である。 |
| 5月15日(日) |
| 文化の里宇和(現在は西予市)に出掛ける。 |
| @重要文化財「開明学校」に保存されている「記簿書」を紹介した拙論文を担当者へ説明。(注)「ブックキーピング」を福沢諭吉らは「簿記」でなく「記簿」と翻訳す。 |
| 主任研究員堀内さん宅は松尾芭蕉の母の実家との説あり。藤堂家が伊予から伊勢に転封時に「堀内家」も伊勢に移る。一説には芭蕉の実妹が堀内家に嫁している。御用とお急ぎでない方は「芭蕉 堀内 藤堂・・・」などでインターネット検索すると随分情報が入手できます。 |
| A仲之町の末光邸(重要文化財指定待ち)を訪ね末光一昭氏と懇談。 |
| B老舗旅館「松屋」で「ひゅうがめし」。某「格闘技」プロと同席、数日「歩き遍路」の由語る。再起戦をTVで見ることを約す。 |
| C県歴史文化博物館で主任学芸員宮瀬温子さんから「四国遍路アラカルト」の講義を受ける。併せてテーマ展「四国遍路 歩いた・描いた・記録した」を見学する。 |
| 5月16日(月) |
| 全国横断「正論」松山講演会に顔出し。講師は上坂冬子さんで「日本の失った気概」を75歳ながら熱っぽく観衆に訴える。 |
| @東京裁判と靖国問題A北方領土と昭和20年のソ連侵攻がテーマ。 |
| 松山出身のB級戦犯が「無罪」ながら「勝者の論理」で絞首刑にいたる経緯の説明に胸が詰まる。靖国問題を論議する前に、上坂氏の「巣鴨プリズン13号鉄扉 裁かれた戦争犯罪」に目を通しておく必要がありそうだ。 |
| 映画「蕨野行」鑑賞。深沢七郎原作の「楢山節考」と同様に「姥捨て」が基調であるが、映画手法は全く違う。 |
| 「蕨野」は「村」とは異質の「異境」であり、そこでの老人の死への準備と生活が美しい自然を背景に淡々と描かれている。老女の死ぬ前に「五日間絶食して初めて飢餓の恐怖を感じなくなり仕合わせになった」との述懐は「捨ててこそ」「無一物即無尽蔵」の世界なのか。 |
| 5月17日(火) |
| 午後、松山法人会通常総会に出席。講師の三宅久之氏から小泉首相と読売のアノ渡辺さんと三人で数日前に2時間半食事しながら懇談した中身を聞く。来週の週刊誌に掲載されるだろうとのこと。 |
| 小泉首相の「靖国観」は、昨日聞いた上坂さんの見解に近く歴代総理の中ではスタンスが明確である。本年も靖国参拝は実行する意思あり。謝罪外交は譲歩で解決しないのは国際政治の常識であり、この点は小泉首相を評価すべきか。 |
| 特種を披露します。 |
| @「ハルウララ巨人楽天ヤンキース」 |
| A来春予定の目玉キャンペーンは「江戸城本丸再建」・・・小泉首相も発起人になるかもとのこと。 |
| 5月18日(水) |
| 岩田憲明 さん 5月13日記載の「尾田信直」(子規の落第仲間)の身元確認の手づるが本日「発見」できました。 |
| やっとのことで『〔大分県立大分中学校〕創立五十周年』記念誌にたどり着きました。「教頭尾田信直先生 宇和島の人。帝大文学士。『歴史』を受持ち明治二十七年九月来任、三十年転出。晩年病気の為め郷里宇和島市に閑居せられしが数年前逝去。」です。ヤッタ、ヤッタ! |
| 漱石も落第(留年)しましたから帝大の卒業が一緒でもしかして熊本で再会となると「新発見」になりましょう。 |
| 伊予と大分のつながりは、一遍さんだけではなさそうです。子規・漱石も絡んでくるとは、いやはや。 |
| 5月19日(木) |
| 例月19日は子規会例会。「子規庵」のある正宗寺で開催している。理事の末席を汚しています。子規会としては、本年度中にHPを立ち上げたいと考えているのですが・・ |
| 一遍会HP「月例会のおしらせ」は5月例会の報告を加えてリニューアルしました。「平成16年度決算報告」は会員のみの為掲載しておりません。 |
| 6月度例会案内は月末に致します。今回昔日の一遍会活動を撮影した記録映画を撮影者の上田健一さんの上映してもらいます。県内の方は「南海放送」で21日16:15からの「イキイキ夢見人」に上田さんが声で登場されますので、是非お耳を傾けて下さい。 |
| 上田さんのHPは下記です。映画フアンの方は一見の価値は十分ありますので是非お訪ね下さい。【http://home.e-catv.ne.jp/abc234/index.html】 |
| 5月20日(金) |
| HP「一遍会」と「月例会のお知らせ」を加筆修正致しました。 |
| 新理事の松本松吉氏は「特別行事担当」、蜂須賀俊一氏は「事務局担当」をお願いしました。松本さんには誰もが親しめる「別願和讃」のメロディーづくり(作曲)に挑戦していただきます。 |
| 毎晩寝床で「別願和讃」と「百利口語」を唱えて休みますというお電話を会員から頂きました。「般若心経」のように大きな字で印刷してある経典がないだろうかとのお問い合わせでした。「お探ししてみます」とお答えしましたが、ご存知の方はいらっしゃいませんか。 |
| 6月に「一遍と神々の出会いB〜尼僧ということ」の後半部分を「熟田津今昔」に掲載すべく執筆を始めました。毛利家と河野家の「後家」を中心に「中世の女性の位置付け」を検証してみたいと思います。一遍さんも女性を巡っては苦労をしています。 |
| 岩田さん、お誘い有難うございました。週末大分に出掛けて「由布岳」に登り九州一強い硫黄泉である「塚原鉱泉」に入浴してきます。もう少し研究の見通しがつけば「現地調査」にまいります。 |
| 「靖国問題」につき真摯なご発言有難うございました。勉強させていただきます。 |
| 「怨親平等の碑」(敵御方(味方)供養塔)が象徴する理念こそ今日求められているのではと思うのですが・・・『一遍聖絵』に蒙古襲来の著述がなされていないのは鎌倉幕府に対する聖戒と「一人」の遠慮だったのでしょうか。 |
| 5月21日(土 |
| 21,22日の両日大分に出掛け、豊後森の「万年山(ハネヤマ)」(1,140米)と湯布院の「由布岳」(1,582米)に登って来ました。 |
| 豊後森藩は1万3千石の小藩で城主は久留島氏。ご存知の伊予水軍(海賊)は因島・能島(ノジマ)・来島の「三島村上」ですが、来島村上は河野氏に属し蒙古襲来では河野の実戦部隊として大活躍をします。一遍さんも来島村上の舟で瀬戸内の移動をしたに違いありません。 |
| 関が原では西軍に属し、江戸幕府下では来島⇒久留島に改名し幕末まで12代に亙って存続します。現在は町村合併でも取り残され「玖珠町」として存続している姿は「孤高の海賊・来島村上」を象徴しているようでした。 |
| 宿は天ヶ瀬の老舗「久寿屋」に泊まり、「海ヶ瀬(戸)」で旅情を味わいました。 |
| 5月22日(日) |
| 待望の由布岳登山は、休憩する場所もないほどの雨の歓迎を受ける。登り2時間半、下り2時間で午前中に登山口に降りる。 |
| 九州一の強硫黄泉「塚原鉱泉」に立ち寄り体を温める。現代病であるアトピーによく効くとの評判で遠隔地方の入浴客が多い。一遍さんの時代から硫黄泉は刀傷や頑固な皮膚病に薬効があったことを今日的に実感できる小屋掛け元湯である。 |
| 鉄輪では温泉山永福寺に参詣。上人湯・元湯・渋の湯、むし湯に立ち寄る。むし湯で使用するキショウの香を嗅ぐ。市営浴場の開場を待つ老人との語らいを楽しむ。 時間の都合で筋湯や「入舟荘」は「改めて参上」となる。 |
| 6月には山陰の大仙登山を企画しているが足が動いてくれるかどうか、やや不安ではある。 |
| 5月23日(月) |
| 週末の不在中に町内会内で「ゴミ戦争」があったらしい。留守電に数回の電話が架かってきている。 |
| 新住民(といっても10年以上経過しているのだが)と「世話人」の見解が大きく食い違ってしまった。新住民は自分の家の周囲にゴミステーションを置きたくない。世話人は町内会全体のバランスを見てゴミステーションの見直し。 |
| 「全体と個の調和」は人類の歴史と共に解決でき得ない永遠のテーマだけに、町内会長としては頭が痛い。NHKの「お隣の知恵」を借りたいが時間が間に合わず、朝から走り回る。 |
| 「一遍時衆」30数名の生活ゴミはどのように処分したのか・・・聖戒も知っていたはずだが「聖絵」には勿論描かれてはいない。 |
| 当分町内会の「ゴミ戦争」に時間と労力を取られそうである。 |
| 5月24日(火) |
| 時宗・西蓮寺ご住職でNHK「宗教の時間」で昨年一遍さんの講義をされた梅谷繁樹師から「遠隔地ですが如何ですか」と公開講座のメールが届きました。早速インターネット会員の皆さんと小沼代表にはお知らせいたしました。昨年の放送の「ダイジェスト」なのか放送中に視聴者から寄せられた「フアンレター」の回答なのかよく分かりませんが・・・ |
| 日時は7月11日(火)13:00〜15:00 |
| 会場は大阪中之島「リーがロイヤルホテル」桐の間 |
| 料金は2,000円(税込み)です。申し込み・問い合わせは「リーがクラブ」рO6−6441・1727(直通)です |
| 小生は「行きたしと思えども浪速は遠し」の心境です。お近くの方は是非お出掛け下さい。 |
| 5月25日(水) |
| 播種した青汁の「ケール」の苗が10糎程になり本日移植しました。365日自家製青汁を飲んでおり庭一面が「キャベツ畑」になりました。一遍時衆は非定住ですから農業には無縁でしょうが山草を(生きとし生ける存在であっても)貪る様に食用にしていたのでしょうか。 |
| 梅谷繁樹師に『時宗の遊行上人の旅と飲食』の論文がありますが、非日常でなく日常の食事については如何なるものであったのか。 |
| 「梅谷繁樹師」で検索したらNHKを抜いて「一遍会」がトップ記載!!!お訪ねいただける一遍さんフアンに心からお礼を申し上げる次第です。 |
| 5月26日(木) |
| 爽やかさの中での農作業・・・「晴耕雨読」が実感できる田園生活を送っています.. |
| 松戸の渡辺さんからお知り合いを「一遍会」にご紹介いただいた。有難いことである |
| お礼のメッセージで「例会も400回を迎えます。一年かけて過去資料を整備し、400回分の講演要旨をインターネットでサービスできるように準備しております。」 と書き添えた。「講師」と「講話のテーマ」は来月から逐次会員の方へお知らせする予定です。ご興味のあるテーマに出会えばお申し込みいただき、事務局から講演要旨をお送りするというシステムです。 |
| 5月27日(金) |
| 今朝目の前で壮絶が闘いがありました。 |
| 同じ種類の動物(鳥)同士は殺しあうことは通常ないと教えられていたのですが、なんと烏同士の闘いで一羽の烏が死に、勝った烏が「鬨の声」を上げました。こんなことなら石を投げて闘いを中止さすべきでした。 |
| 「いじめ」なのか「縄張り争い」なのか、それとも別の理由なのか分かりませんが、ゴミを漁る烏の方がまだましなのでしょうか。死骸を庭の片隅に埋めて花を挿してやりました。 |
| 「ホットニュース」をご覧下さい。「道後いっぺんさん」「焼酎一遍」にリンクをつけましたので、ご覧いただくと目下展開中の当地の「一遍さんイベント」をご理解いただけると思います。 |
| 「マツケンサンバ」の様に老若男女が心底楽しめる「一遍サンバ」が自然発生的に生まれたっていいのかな・・・ |
| 5月28日(土) |
| 松山中学・松山東校同窓会総会&懇親会に出席。同期は30名出席・・・年次別出席では第2位の集団であり2次会・3次会まで続く。いつまでも若くは無いはずだが、会えば一瞬のうちに学生時代に戻るから不思議ではある。 |
| 5月29日(日) |
| 松山子規会初の海外旅行として「大連・金州区にある正岡子規の句碑を訪ね合わせて旅順の203高地・水師営などの観光」案を常任幹事の井手さんに提案する。頃は大連が【国際ファッション祭り」で賑わう9月中旬を考えている。9月19日が子規忌であり結構忙しくはあるのだが・・・ |
| 5月30日(月) |
| しまなみ海道のもっとも愛媛県よりの大島の吉海町のバラ園を訪ねました。宿は今治市と西条市の境にある国民休暇村「瀬戸内東予」で全館オーシャンヴューでどなたにもお勧めできる宿です。夜ホテルから30分ほど離れた朝倉村の田圃に蛍狩りに出掛けました。懐中電灯で畦道を歩きながら・・・正直それほど期待していなかったのですがなんと蛍の乱舞とは!数年前南予の鹿野川ダム近くの「小藪温泉」(建物は登録文化財)で蛍狩りして以来でした。 |
| 一遍時衆の一行は度々蛍に囲まれて野や山で寝たのでしょうが、残念ながら「一遍聖絵」には出てきません。一遍の周りに蛍が乱舞して、或いは迷える蛍の一匹が一遍さんの膝元に或いは掌に澄み切った光を点すシーンを聖戒に描いて欲しかった。 |
| 蛍といえば「たましいの たとへば秋の蛍かな」なる俳人飯田蛇笏の句に出会った時の感動を未だに覚えています。芥川龍之介の生涯をこれほど的確かつ充分に表現した表現はあるまいと信じています。 |
| 5月31日(火) |
| 国民休暇村から今回国重要史跡に指定された朝鮮式土塁の残る世田山の麓にある梅壇寺(通称世田薬師)に参詣してきました。以前愛媛県下でもっとも古墳の多い朝倉村から笠松山・世田山を通って燧灘まで歩きましたが、今回は夏の暑さだけに山歩きはあきらめました。歴史ロマンとしてはこの一帯は南北朝の悲劇のドラマが幾つも伝承で残っています。 |
| 国民休暇村の近くにある桜井から一遍と超一一行は天王寺に旅立ちました |