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第三十八段 一遍会「掲示板」(平成十七年卯月四月)に日録を掲載せしこと..。
| 4月1日(金) |
| 弥次さん喜多さんの終着地点である京三條から先斗町を歩く。その昔の「お茶屋」の雰囲気は全く無く若者と女性に迎合する雰囲気か。祇園甲部・歌舞練場の「都をどり」をうっとり眺めてきました。 |
| 4月2日(土) |
| 4月の子規博物館の俳句メッセージは「弥次郎兵衛喜多八帰る桜かな」です。一九の「東海道膝栗毛」に目を通していないので、弥次さん、喜多さんが江戸に戻ってきたのが桜の季節かどうかわかりませんが、この句も「よもだ」の句として鑑賞すると面白いなあと感じました。新暦四月は旧暦三月弥生の季節。弥生となれば「よっお 弥次郎衛」と云ったところで花見酒となるのでしょうか。 |
| 4月3日(日) |
| やっと花見の休日となったが、なんと「花冷え」の雨となる。藤沢のHさんから下記のメール(要約)を頂く。『確か、2年ほど前にFAXでお願いをした覚えがあります。 |
| あれ以来、浅山円祥著の「一遍と時衆」を探しておりますが未だ入手できずにおります。京都西蓮寺の梅谷繁樹先生へお願いしましたところ三好様を紹介して頂きました。というわけで改めて古書の探索をお願いする次第です。そちらの地域の古書店で見つかるとよいのですが・・・』浅山円祥師の名著「一遍と時衆」のご要望は多く再販を考えたが、本山を含めて宗派である程度購入していただかないと個人出版では危険が多すぎる。本山にお願いはしたのだが・・・藤沢のHさんにお手渡しできるのだろうか。ご割愛していただける方がいらっしゃれば是非ご一報いただきたい。 |
| 4月4日(月) |
| 一遍会4月度例会講師の円増治之氏(愛媛大学教授)から「一遍と良寛」のコメントが届く。 |
| 「ともはねよ かくてもおどれ 心ごま 弥陀の御法と聞くぞ うれしき」(一遍) と「つきてみよ ひふみよいむなや ここのとを 十と納めて また始まるを」(良寛) の二つの歌の比較を通して、一遍と良寛の異同を考える。素人にも分かりやすい講演になりそうである。楽しみである。 |
| 半日掛けて一遍会の平成16年度の決算書を取り纏める。7万円の赤字であるが、賛助会員の拡充でなんとか乗り切って行けそうだ。 |
| 4月5日(火) |
| 藤沢のHさんから恵贈された論文「仮想・一遍上人との対話 真夏の世の夢・・・サイバー空間Q&A」を拝見する。エンジニアの専門分野の論文はビジネスでは目を通したことは多いが、一遍論文にパソコン上での「対話」が登場するのは「初見」である。知的興奮を感じた雨の一日でした。Hさん有難うございました。 |
| 4月6日(水) |
| 3月下旬の大垣・名古屋・京都旅行を紀行文を「雛飾り旅」として取り纏める。「一遍聖絵」に雛祭り行事に関する記述は無い(と思う。)平安時代に御所、貴族社会では女性の楽しみの行事であった筈だが。とすると、聖戒の世界、伊予の国では無縁であったのか。この視点から【「一遍聖絵」と年中行事】を調べて見ると面白いのでは・・・梅谷繁樹論文「時宗の遊行上人の旅と食」もユニークな内容であった。 |
| 4月7日(木) |
| 東日本、西日本も桜は満開の由。一斉に咲いたのは良いが、色の深みは今ひとつではないでしょうか。松山の三大桜名所は、湯築城址(道後公園)、松山城、奥道後公園で、奥道後の桜は数百本あり大都会であればマスコミの話題になるのでしょうが・・・もっとも一遍さんの時代は山桜。「宝厳寺」のある「奥谷」の近くの谷は「桜谷」だから、その当時は山桜の匂いが境内に流れてきていたのだろうか。 |
| 松山藩の守り神である「松山神社」と松平初代藩主を祭る「祝谷山常信寺」の桜を見て回る。住職は「薄墨」さんで「薄墨桜」が有名である。 |
| 4月8日(金) |
| 松山子規会のお仲間と石手川公園に花見に出掛けました。子規や漱石が吟行した場所でもあります。話題が「南方熊楠」と「正岡子規」の交流に及びました。大学予備門で同級でした。最初の年に子規が落第し翌年熊楠が落第し、同年漱石は留年し・・・といった事実はあります。インターネットで調べると「子規と熊楠」に関する論文を発見し、驚きました。年子規会で発表する講演の中に引用する予定です。 大学の新入学生が「一気飲み」のしごきで、数台の救急車が活躍する。しっかりしろよ、18歳! |
| 4月9日(土) |
| 一遍会四月例会開催。講話は愛媛大学圓増治之教授の「一遍と良寛」。京大哲学専攻で「ニーチェ学者」の一遍観・良寛感は中々ユニーク。5月発行の「一遍会報」に講演内容抜を掲載します。 |
| 岩田憲明さん 頂戴した「(別府)湯路YURO」を先着35名に手渡しましたよ。勿論、別府市のHPで勉強して、正確にPRしました。ご安心下さい。インターネット会員の方にも4月度分に同封させていただきます。お楽しみ下さい.。 |
| 4月10日(日) |
| 天気予報通り、午後から風、そして雨となる。「散る桜残る桜も散る桜」の風情である。伊予史談会総会と例会出席。発表は【武家官位と殿席から見た松平隠岐守の家格】(藤本数夫)伊予松山藩15万石初代の「松平定行」は家康の義弟(母は同じ)で、御三家(尾張・紀伊・水戸)と越前家に次ぐ名門家(権少将)。「伊予守」でなく幕末まで「隠岐守」であり続けたのは「隠岐守」は家康が定行に直接命名したので「権現様のご威光」で守られてきたのが真相の由。長年の疑問が解明できてほっとする。 |
| ところで一遍の実子(義弟)の「伊予房」仙阿、「伊豆房」聖戒命名の謎(伊豆・伊予)は永遠に解けることはないのだろうか。 |
| 4月11日(月) |
| 一晩の雨で桜の花に混じって葉が目立つようになりました。しばしの晴れ間を活用して、子規や漱石が散策した石手川の川堤を石手寺から遍路橋を経て立花まで3キロほど歩きました。週初でもあり酔客は見当たりませんでした。 |
| 電車で三津浜(漱石の上陸地)と高浜(ロシア俘虜上陸地)の中間にあり梅津寺で下車、大丸山に在る秋山好古陸軍大将、真之海軍中将の銅像に久々の対面。桜吹雪の中で「坂の上の雲」の二軍人は颯爽と立っていました。松山に戻り、秋山兄弟の生誕地(徒士町)に立ち寄り2万歩の強行軍で本年の桜見物は終わりました。 |
| 4月12日(火) |
| 4月度の「一遍会報」ほか一遍会関連資料をお送り致しました。ご受納下さい。本年6月に一遍会例会は第400回を迎えます。正直凄い回数だなあと実感しています。 |
| 今後ともご支援をお願い申し上げます。年内に初回から400回までに発表されました講師並びに演題を一覧できるように取り纏めます。併せて掲載論文についてはインターネットでご覧いただけるように準備を致しております。一人で作業しておりますので大変ですが、なんとかお役に立てるように実現してまいります。故浅山圓祥師の貴重な論文も入っております。早速、梅谷繁樹師より返礼メッセージを頂戴しました。上記「資料集」を3万円で上梓を企画しましたが資金的な面もあり断念しました。インターネットであればサービスで提供できますので方向転換した次第です。 |
| 岩田さん@「湯路」活用例拝見しました。A鉄輪・蒸し湯の資料調査の件、了解しました。 |
| 4月13日(水) |
| 葉桜となりました。四国では「花冷え」から一気に初夏気分です。上下肌着も短く軽くなりました。【熟田津今昔】第十九章「一遍と神々の出会い(3)尼僧ということ(上)」、第二十章「道後村庄屋催事記(工事中)」、【ホットニュース】 41号(2005.4.12)「焼酎一遍」云々を掲載しました。インターネット会員には「一遍と神々の出会い(3)尼僧ということ(上)」の関連資料を別途メール致します。 |
| 4月14日(木) |
| 久方ぶりの快晴なので午後から「晴耕」に汗をかきました。庭の蕗を皆さんに差し上げて喜んでもらっています。【一遍会決算書】も出来上がり、19日に会計監査を受けて5月14日総会に提出の段取りです。「梅錦山川」さんや「ダイキ」さんが「賛助会員」になっていただきましたので気分的には楽です。とは云え、やはり個人会員の会費で安定的に運営したいものです。お仲間がいらっしゃればお誘い下さい。 |
| 4月15日(金) |
| 晴天が続く。「雛飾り」の片付けがやっと完了。引き続き「五月人形」飾り・・・丸一日かかったことになる。戦前までは一般家庭でも、五節句の行事をいかに大切にしていたのか、いかに手間がかけたのか、改めて痛感する。同時に「家族の情景」が浮かんでくる。 |
| 4月16日(土) |
| 作詞家星野哲郎氏の出身地「周防大島」まで出掛け長閑な瀬戸内の春の海をゆっくりと眺めました。「ホテル大観荘」には「演歌風呂」があるのに驚きました。温泉ぐらいはゆっくりと入湯したいものです。瀬戸内海の島の面積は、淡路島、小豆島、大三島(愛媛県)、周防大島(山口県)の順だと思いますが・・・淡路島は一遍の最後の旅路のコースですし、両大島は河野水軍が関係しています。高速艇から眺めると瀬戸内の無人島の多さに驚きました。 |
| 4月17日(日) |
| 高校時代ボート部で活躍した同期の葬儀・告別式に参列しました。痩せ衰えた故人の顔を拝んだ時人生の無常さを痛感しました。男子の同期生は223名で、物故者は41名(18・4%)です。60台で2割の死亡率は、高度成長を支えた企業戦士としてはあまりにも残酷な数字でもあります。平均年齢が30歳より確実に低位であった鎌倉時代に、自らに過酷な遊行を課した一遍が50歳まで賦算を続き得た生命力に改めて驚きを禁じえません。 |
| 4月18日(月) |
| 松山の映画館は、毎週月曜日男性特別割引1,000円です。高橋伴明監督(女優高橋恵子のご主人)、田中裕子主演の「火火(ひび)」鑑賞。主人公は信楽自然?を成功させた女性陶芸家で「骨髄バンク」を立ち上げに尽力した神山清子。白血病で倒れた息子との葛藤は涙なくしては見れないくらいの感動がこみ上げる。 |
| ところで映画は月何回ご覧になりますか。現役時代から映画、演劇は好きでしたから・・・今月から来月にかけて「酔画仙」(韓国)「恋に落ちる確率」(デンマーク)「トニー滝谷」(イッセー尾形)などなど毎週見ても見切れません。ところで松山で全ロケした「恋は五・七・五」が月末には全国で上映は予定です。スターはいませんが、「全国高校生俳句甲子園大会」が下敷きです。話題作「スウィングガールズ」の面白さがあります。ご推薦致します。 |
| 4月19日(火) |
| 「松山子規会例会&総会」が開催され、引き続き理事を務めることになりました。例会の演題は「子規と大学予備門落第の周辺〜隈本有尚と塩原金之助(夏目漱石)〜」を予定しています。隈本有尚は小説「坊っちゃん」の山嵐のモデル説もあります。自称「俳人」は何百万人いるらしいのですが、在野での「子規研究会」は全国で「松山子規会」が唯一とのことです。「松山子規会」についてのご照会があれば「貧乏暇なし よろず承り」の道後関所番がお引き受け致します。 |
| 4月20日(水) |
| 内閣府選定の「生活達人2005」に一遍会OBの上田健一さんが選らばれた。まずはおめでたい。米寿を迎えられたが、さまざまな著書を出版後映画制作を始める。海外の映画祭において受賞51回は驚き。作品の場面を抜粋した写真集の出版を海外向けに出版の予定。「老いて益々盛ん」とはこの人のためにある言葉か。 |
| 上田健一さんのHP(http://home.e-catv.ne.jp/abc234/index.html)は面白い。一遍会例会400回(本年6月)に20年ほど前に一遍会が一遍の足跡を訪ねた記録「阿弥衣がゆく」を上映の予定。ご期待あれ。 |
| 4月21日(木) |
| 久しぶりの快晴。農事に多忙である。定期預金が満期となり、無い知恵を更に絞る。@オリックス信託銀行の「ダイレクト預金」(期間5年年利0.8%)とAスルガ銀行の宝くじ付預金の組み合わせ。平均して年利0.4%で「3億円の夢も買える」という次第。1000万円保証付の「ノーリスク・ロウ(ハイ?)リターン」のベストプランではなかろうか。 |
| 一遍さんに申し訳ないが「貧すれば鈍」では老後が不安になるのも事実。「恒産なければ恒心なし」で「苦しい時の阿弥陀頼み」では救いがあるまい。ご思案しておられる諸先輩のお知恵をお借りしたいものである。 |
| 4月22日(金) |
| 終日、農事。夕刻より「松山中学・松山東高校同窓会役員会」出席。松山子規会井手代表幹事と会い、本年中に「松山子規会HP」立ち上げにつき協力を約す。@地元の文化団体との「リンク」とA子規さんの集いの全国ネットの「リンク」が当面の目標である。またまた大仕事を引き受けることとなった。 |
| 4月23日(土) |
| 天気が良かったので急に思いついてのハイキング。松山市のハイランドである白水台から権現温泉まで下り、権現山荘の庭園で食事をして温泉に入湯、麓に下りて三浦美術館(ミウラート)で彫刻を鑑賞して・・・といった約6キロ(15,000歩)2時間のハイキングコースでした。さすがにこのコースを歩く物好きはいないでしょう。堀江(一説では熟田津)→権現→伊台(湯の台)→食場(湯の山)が「通しで4時間」という「歴史的な歩行」を確認しました。 |
| 聖徳太子や額田王女の道後温泉入湯は堀江・伊台から湯湧き谷(祝谷)経由でしょうか。「熟田津の道」はまさに山の道でした。一遍さんもこの道を通過している筈ですが全く資(史)料がありません。食場(湯山)→久米(伊予で最も古い部族。「神武の東征」に当たって瀬戸内を守護する)へは福見山(腹)経由ではないかの仮説を立てています。残念ながら現在道は残っていません。 |
| 4月24日(日) |
| 大都会ではクラシックフアンが熱狂している(と思うのですが)映画「ベルリン・フィルと子どもたち」を鑑賞しました。ベルリン・フィル芸術監督兼筆頭指揮者のサー・サイモン・ラトルの提言する「教育プロジェクト」の中の「ダンス・プロジェクト」。250人の子供たちが振付師ロイストン・マルドゥームの指導でバレエ「春の祭典」を肉体表現する音楽と共鳴した踊りの素晴らしさ。「音と踊りの世界」に酔いながら、一遍遊行集団の念仏踊りの興奮を「体感」しました。身分・年齢・性別・貧富などすべての差別(区別)を超克した集団のパワー、内面を肉体が表現するパフォーマンス。フィナーレの舞台での子どもたちの踊りとラトル自身が指揮するベルリン・フィルの演奏に思わず拍手してしまいました。 |
| 4月25日(月) |
| 伊予の代表的な俳人である栗田樗堂の隠居所である「庚申庵」のふじと松山中央公園のつつじ、さつきを眺める。高島屋喫茶室で一遍会岩田克之監事の「平成16年度決算書」の監査を受ける。併せて本年度の旅行会として「内子願成寺」参詣と昨秋再建なった「大洲城」見学のプランを練る。 福知山線尼崎でのJR脱線の痛ましい事故に胸が詰まりました。現役時代芦屋に30年住んでいましたので知人が事故にあったのではないかと気を病みましたが・・・ 黄金週間が近づくと100年以上経過した古家だけに、「白蟻」の発生に「警戒警報」です。例年この時期に「大(中)掃除」に入ります。書庫の整理&虫干しが大変です。毎年「この機会に書籍を処分しよう」と思いますが結局並び替えるだけに終わります。ご同病の方も多いのではないでしょうか。 |
| 4月26日(火) |
| 4月27日(水) |
| 4月28日(木) |
| 4月29日(金) |
| 4月30日(土) |
| 岩田さん 第1回【むし湯】勉強会の速報有難うございました。写真付の詳報も併せて拝見しました。「町おこし」の名の下に「伝統的な文化」が変質していくことは「歴史の必然」かもしてません。「新しいとは古くならないことだ」の名台詞は小津安二郎監督が確か「東京物語」で使ったと記憶していますが、「今は昔」の方が真実でしょう。 |
| 道後温泉が昭和初頭「町おこし」で温泉浴槽の大拡張(養生湯、神の湯、西湯、砂湯などなど)を行い大成功をおさめましたが、結果として絶対的な湯量不足に悩まされています。近年の「町おこし」で旅館に温泉内湯が設置させていますが、湯量から考えて「循環方式」になっている筈です。(道後人ですからボケの表現をさせてください)。鉄輪温泉の自噴の「むし湯」は「歴史的遺産」として残し、観光資源としての「むし湯」は「他力本願」(自噴)だけでなく「自力」(ボイラー)併設の余地を残して置くべきかもしれません。実は昭和初年の道後の写真に「温泉を沸かす煙突」が残っています。その後はボイラーになりましたので人の目には触れていません。「天下の名湯・道後温泉」は昭和初頭から「沸かし湯」であったとは「お釈迦様でもご存知ねえ」。いやはや。 |