第六十六章  奥谷道場宝厳寺歴代住職一覧
一、 はじめに
二、歴代住職一覧
世代 姓名 生没年 法名 経歴その他 史料
仙阿弥陀仏
珍一房
「中頃 住持の中には「譽号」の人がいるが、浄土宗色が濃くなったのではあるまいか。」(浅山 156ページ)
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11 真恵 健歴三年(1212)京都鞍馬山より毘沙門天像勧請 『宝厳寺縁起』
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13 旭應 境内墓碑
14 皆應 臨阿皆應比丘 境内墓碑
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16 縁應 寺院明細帳
17 真良 興徳院覚阿上人
真良老和尚
天保7年(1836)9月13日没 境内墓碑
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20 智教
21 智覚
22 宣教
23 泰善
24 尾野 善應 明治35年3月中完「国宝之霊像開扉之弁」少僧都 中島善應
25 恵勝 1875−1923 高槻宝泉寺徒弟 明治37年10月19日就任 大正10年8月5日辞任       僧籍簿 
26 小林 覚住 大正13年3月23日就任(正住) 昭和5年4月11日辞任(神戸薬仙寺へ担住)
昭和2年『宝厳寺縁起 一遍上人略伝並ニ和歌』出版
僧籍簿 
27 滝口 恵光 小林太空(他阿無外)徒弟 昭和5年5月就任 昭和17年12月28日辞任 僧籍簿 
48 松本 澄眼 小林佛眼徒弟 昭和41年1月24日、岩手県藤沢藤勢寺より転住
昭和29年2月17日辞任
僧籍簿 
49 松本 義定 昭和29年2月17日就任 昭和33年3月31日辞任(茨城県覚心寺へ転住)
50 永濱 秀道 昭和33年3月31日茨城県覚心寺より転任 昭和44年1月10日辞任 僧籍簿
51 渋谷 英之 永濱秀道徒弟 昭和44年1月10日就任 昭和47年6月18日辞任
52 浅山 圓祥 桂光院其阿上人
足下圓祥老和尚
神戸普照院住職越智義祥徒弟 神奈川県瑠璃光寺元住職
藤嶺学園藤澤商業高等学校校長 時宗教学研究所所長 大正大学講師歴任 
僧籍簿
兼務 福島 邦祥 時宗宗報
兼務 長岡 恵真 内子願成寺住職 昭和51年1月18日就任 昭和60年9月10日辞任 時宗宗報
53 長岡 隆祥 桂光院其阿上人
隆祥老和尚
富山浄禅寺住職福島邦祥徒弟  昭和60年9月10日就任 僧籍簿
兼務 川崎 玄倫 尾道海徳寺住職 僧籍簿
義縁 臨阿義縁和尚
柳含
(注記)
53 長岡 隆祥   『一遍会報』第366号(2015年1月1日) 「宝厳寺第五三世長岡隆祥師 平成二六年一〇月一一日ご逝去」
52 浅山 圓祥   『一遍会報』第364号(2014年11月1日) 「浅山圓祥師と門弟の時代」(「一遍会史」の試みA 誕生期)
51 渋谷 英之   『一遍会報』第366号(2015年1月1日) 
50 渋谷 英之  (注)現在は藤勢寺(岩手県一関市藤沢町藤沢字道場11)住職  48代松本澄眼師は、同寺から転任している・!?
49 永濱 秀道
25 橘  恵勝   『一遍会報』第370号(2015年6月1日) 「明治・大正期の宝厳寺学僧 第四五世橘恵勝師について」
             『一遍会報』第371号(2015年7月1日) 「【資料】一遍上人の思想と哲学 宝厳寺第四十五世橘恵勝師」
24 尾野 善應   (注)苗字は「中島」が正しいが、なぜ本山の記録が「尾野」か不明。
第四六世  小林 覚住  (大正一四年〜 
第四七世  滝口 恵光
第四八世  松本 澄眼   
第四九世  松本 義定 
  
 (注)第四六世から第五〇世までは、時宗霊山派の名刹兵庫「薬仙寺」(元・大輪田道場)の出身である。霊山派の本山「無量寿院正法寺」は国阿が(永徳三年1383)に創設。遊行七代託何の弟子。末寺に丸山安養寺、東山長楽寺、塩小路白蓮寺、兵庫薬仙寺など。「伊勢熊野参詣輩許永代汚穢」を賦る。奥谷派「宝厳寺」は、仙阿(一遍・聖戒の兄弟?)の法嗣で尼僧「珍一房」が遊行七代託何に帰依、康永三年(1344)遊行派に帰属。
(要 検討)小林太空(他阿無外)徒弟とは
藤勢寺(岩手県一関市藤沢町藤沢字道場11)